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三章〜神龍伝説爆誕!〜

56話「神龍、帰還!」

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「僕ガ愚カデ⋯⋯哀レダッテ?」


 流の不意打ちを受け、余裕を持ち畏怖を与えているはずだと自負しているウァラクは首を傾げた。


「愚カナノハ君ジャナイノカ? 君ノ攻撃ハ効カナイ。光ハ闇ノ中二消エ、熱ハ届カナイ。ソンナ状態デ僕ガ⋯⋯愚カデ哀レダッテ?」
「ああ、その通りだよ」
「⋯⋯ククッ、クハハ⋯⋯アハハハハハッッ! 傑作ダ! コノ後二及ンデ強ガリガ過ギルンジャアナイカナ!」


 ウァラクは嗤う。巨体に合わせたように口を大きく開き下卑た声を上げながら嗤う。


「いいや、強がりではないさ。我は哀れんでいるのだよーー貴様の無知を、な」
「プハハハハハハハ、僕ガ無知ダ⋯⋯ト⋯⋯エェ⋯⋯??」


 視界が廻る。
 空に浮かぶ流を見上げていたその光景。

 廻る。同じ目線。同じ高さ。違う向き。廻る。
 そして、次の瞬間には耳にドサリと大きな、大きなモノが地面に落ちた音が耳に入った。


「⋯⋯アレェ?」


 疑問。
 ウァラクの視界には流の姿があった。
 でも、その姿は上下が逆さまだ。しかも、どこか目線が合いやすい。

 鈍痛。
 ウァラクの視界には足の姿があった。
 でも、その姿は太腿の付け根までしかない。しかも、どこかで見たことがある。

 そして、悟った。


「——ッイダア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアァァアア?!?!」


 上下が逆さまになったのは地上ではなく自分だ。
 見たことがあるあの足は他でもない自分のだ。


(痛イ何デ痛イ何デ痛イ何デ痛イ⋯⋯痛イ痛イ痛イ痛イ!! 早ク治サナイト! 治サナイト!)


 ウァラクの中で巻き起こる疑問と痛みの連鎖。しかし、それも幾ばくか直ぐに痛みがウァラクを支配した。


(治レ! 治レ! 治レ!)


 必死に細胞を伸ばし、繋げ、戻ろうとするが⋯⋯


(ドウ⋯⋯シテ? ナンデ治ラナイ!?)


 自らの足も、繋がっている上半身も何もかもがピクリとも動かない。まるで——


「その傷は治らないよ」


 ——存在そのものが変化してしまっているかの様で。


「キ⋯⋯ミ⋯⋯何ヲ、シタッ!?」


 反転した視界の中でウァラクは精一杯の声を上げる。
 視線の先にはもう全てが終わったと言わんばかりに龍化を解き、人の形をした流が見下ろしていた。


「ナゼ君ノ攻撃ガッ! ドウ、シ⋯⋯テ!」
「⋯⋯悪魔よ。貴様はアインシュタインという人間を知っているか?」
「アイン⋯⋯シュタイン⋯⋯?」
「彼の者はこう言ったよ。『光とは粒子と波の性質を持つ』と」
「⋯⋯ソレガ⋯⋯ドウシタト言ウン⋯⋯ダ」
「光によって熱が発生する理由はなんだ? なぜ光は見える? 光が持つ力とは、エネルギーとは何だ?」
「⋯⋯」


 流はただ淡々と質問を連ねる。
 その一方で、ウァラクは何一つとして理解することができなかった。


「⋯⋯ツマり、僕は⋯⋯知識に負けたの⋯⋯かな?」


 肥大化した肉体はその雄々しさを忘れるように縮まり、幾何学的な顔の模様は徐々に薄くなっていった。


「貴様は知識に重きをおく悪魔だ。答えられないわけではないだろうが、理解ができていない」
「⋯⋯過大評価は⋯⋯しなくてもいいよ。僕には答えは分からない⋯⋯そんな知識は⋯⋯無いんだ」
「⋯⋯そうか」


 ウァラクは諦観的だった。負けた悔しさ、死への恐怖。思う所は様々だが最も強かったのは『諦め』だった。


(⋯⋯敵うはずがなかったのか)



 自らとて知を冠するモノだった。それが、知らないばっかりに負けてしまうのだから、と。


「冥土の土産だ。貴様に一つ言葉を送ってやろう」
「⋯⋯なに⋯⋯かな?」
「『無知の知』」


 誰の言葉、誰へ向けた言葉か。そんなことはどうでもよかった。
 ただ、その言葉に秘められた意味に自分自身がよく重なった。


「⋯⋯ははっ⋯⋯今の僕に⋯⋯ピッタリじゃ⋯⋯ないか」


 力無く出たその言葉を最後にウァラクは——その存在を消した。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「うっ⋯⋯ぐすっ⋯⋯ユウちゃん⋯⋯」
「ユウキ様⋯⋯」


 ウァラクとの戦いが終わり鬼龍の元へ行った流の目の前には呆然としている二人の少女が映った。


「⋯⋯死んだのか?」
「⋯⋯いえ、まだ息はありますがもう持たないでしょう。人間、貴方はダンジョンを直ぐに出なさい。そうすれば崩壊に巻き込まれなくて済みます」


 虚ろな瞳で事務的に答えたのは墨桜だ。
 表情には一変の希望も無い無表情。ただただ、来たる終わりを従順に待っているかのようだ。


「我が治す、と言うことは考えないのだな」
「世の中はそんなに甘くありません。貴方は僕達とは敵同士。ユウキ様が勝てなかったあの化け物を倒した貴方に勝てる理由はありません」
「よく身の程を弁えているな」
「⋯⋯ただ、願うならコアの破壊は待って下さい。ダンジョンのクリア報酬はユウキ様がお亡くなりになれば貴方に自動的に渡されるはずです。だから——」
「ハッ、小さい事だな⋯⋯よっと」
「あ、貴方ッ!」
「ユウちゃん!」


 流は願う墨桜、鬼龍の手を握る紅桜を押しのけ鬼龍を背中に担いだ。


「しばらくしたら連絡に戻る。此奴のことは我に任せろ」


 そう言い残し流は空間に亀裂を生み出しその中へと消えた。


「「⋯⋯」」


 残された二人の少女はただ顔を見合わせるのであった。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「⋯⋯終わらない⋯⋯終わらない終わらない終わらない終わらないオワラナイッ!!」


 場所は変わってここは流の部屋。
アンティークなギルドマスターの椅子に座っているのは流の幼馴染であり副ギルマスを務める真子であった。


「あんっっっのバカ⋯⋯いつになったら帰ってくるのよッ!」


 机に突っ伏した真子の隣⋯⋯周囲には書類の山が積まれていた。
 会議の議事録、失踪届けに始まり研究費などの経費の決済、果てには報告があった流が立ち寄ったダンジョンへの冒険者の編成や管理国への言い訳などなど。
 挙げればキリがなく、絶賛デスマーチ状態になっていた。


「コロス⋯⋯帰ってきたら今回はコロス⋯⋯あれだけやっちゃダメって言ったのにダンジョンに行くし、しかも他国管理とか最悪⋯⋯マジコロス⋯⋯つか、なんで身バレしないと思ってんだよ、ギルマスなんだから一発でわかるに決まってんだろうが⋯⋯変装もしないとか言い訳もできないんだけど⋯⋯」


 各方面からの圧力や口撃に完全にストレスフルになった真子の目は光を失っていた。
 その姿はまさに正気を失った悪魔のそれだった。


「戦場に降り立つ魔の子よ」


 流がよく真子のことを揶揄しているその言葉通りで——


「あー、ついに幻覚幻聴までか⋯⋯こりゃあ相当だわ」
「む、魔子よ。それは些か酷いではないか? 我とて——」
「まー、幻覚でもブン殴れれば気がおさまるわっ!」


 ——真子のイライラが乗った渾身の拳は流の台詞を遮り、強靭な装甲すらも貫いた。















「⋯⋯きゅ、救急班を⋯⋯頼む」


瞬く間に鬼龍と同程度の重傷となった流はそう言い残し意識を落とした。
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