Labyrinth of the abyss ~神々の迷宮~

天地隆

文字の大きさ
3 / 111
第1章

第2話

しおりを挟む
 迷宮相互扶助協会、通称協会によって迷宮は管理されている。
 まず、冒険者が迷宮から持ち帰ってくる財宝を一括して協会が買い取り、その後各国に割り当てられた量を卸すことで迷宮の富を分配する仕組みを形成している。 加えて、一般の庶民も迷宮の宝を得られるよう、迷宮区画には協会が運営している巨大なオークション会場がある。オークションはほぼ毎日開催され、連日会場から人が溢れかえるほどの賑わいをみせている。
 協会こそ迷宮都市の要であり、協会長をはじめとした上層部は近隣諸国が一同に会す諸国連合会議によって選出され、不慮の事態を除き3年の任期の間は各国間の力関係パワーバランスに憂慮し軋轢を生まないように苦心する激務をこなさなければならない。

 また、迷宮の富の配分は各年ごとに定められるが、現行制度では一律配分ではなく国力によって分配するのでどうしても差が出てしまう。そこで各国の不満を減少させるために、迷宮探索に自国の騎士団を派遣できる制度が設けられている。
 定められた人数を協会に申請すれば、冒険者登録せずとも迷宮探索に派遣することができる制度であり、迷宮の魔物と戦うことで経験を積ませ騎士団を精強にすることもできるし、持ち帰った宝を協会に申告することなく本国に送ることができる利点を有している。騎士団の成果が上がれば上がるほど、自国に利益をもたらしてくれる仕組みだ。
 当然ながら、迷宮の富の配分割合の低い国ほど騎士団の派遣人数を増やせる優遇措置が設けられ、少しでも各国の不満を解消する制度になっている。
 ただし、あまりに人数が多いと治安の悪化や、最悪の場合、迷宮都市の占領も想定されることから、派遣する騎士団は協会の有する治安維持軍の所定の割合以下になるように定められている。

 そして、協会の最も重要な仕事の一つが冒険者の犯罪の取り締まりである。
 迷宮の入り口には協会の兵士の詰所が設けられており、規則に乗っ取った行為以外での迷宮の出入りを厳しく監視している。
 加えて、都市内での冒険者同士、あるいは冒険者と市民の諍いを厳しい罰則をもって処し治安の維持に努めている。
 また、迷宮内においても冒険者の犯罪行為を減らすべく魔法が付与された冒険者カードを携帯するように義務付けてる。このカードは冒険者の氏素性や迷宮の探索深度、今までの犯罪履歴などを記憶している。
 とりわけ重要な機能として、冒険者カードを所持している者同士が戦った場合、カードの色が変わり冒険者カードに争った相手の名前が記録される機能がある。
 探索終了時には迷宮の入り口の詰所でカードの提示を求められるので、迷宮内で冒険者と諍いを起こしたかわかる仕組みになっている。その後協会で争った経緯の説明を求められ、状況によって刑罰を与えられることになる。
 協会はこれらの刑罰の内容を広く周知することで、冒険者の犯罪発生率を低下させる活動も行っている。
 このような協会の様々な努力によって都市の秩序は保たれおり、協会は迷宮都市アドリウムになくてはならない存在なのである。

 エルが協会を見つけるのはさして難しくなかった。
 迷宮区画の最奥の巨大な建物を目指せばいいだけだったからである。
 様々な施設を収納しているのだろうか外見からはわからないが、建物というよりは小型の砦を連想させる大きさである。
 早速エルは協会の建物に入り、道すがら人に場所を聞きながら冒険者登録のための受付(カウンター)に向かった。 
 受付は多くの人でごった返していた。
 冒険者の登録だけでなく、迷宮探索後の報告もカウンターで行うせいか、ひっきりになしに人が行き交っている。
 エルは比較的人の少ないと思われる列に並び、自分の番になるのを待つことにした。
 
 ようやく自分の番になったので、エルは受付の女性に用件を切り出した。
 対応してくれた人物は笑顔が印象的な栗色の髪の女性だ。

「冒険者の登録をお願いしたいのですが」
「はい。この用紙に必要事項を記入してください。
 文字を書くことはできますか?」

 この世界の識字率はあまり高くない。貧しい家庭や一般家庭では勉学をさせる余裕はなく、奉公に出されるか家の手伝いをさせるのが当たり前であった。
 エルの実家は比較的裕福だったので、読み書きを習うだけの余裕はあった。心の中で実家に感謝しながら、問題ないことを告げ、記入用紙を受け取る。
 自分の氏名、年齢、出身地を記入し女性に渡す。

「この内容で問題ないでしょうか?」

 女性は記入内容に目を走らせ間違いがないか確認した。

「はい、問題ないようです。
 では、次に冒険者登録用のカードを作成します。
 登録費用とカード作成費用で銀貨1枚と銅貨20枚かかりますが大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」

 問題なさそうに頷きお金を渡したが、故郷から持って来た路銀は残り少ない。今の支払いで残りは銀貨2枚しかない。早く稼がなければ直ぐにお金は尽きてしまうだろう。エルは自身の修行のためだけではなく、金策のためにも今日のうちに迷宮にもぐることを密かに決意した。

「では、こちらの針に指をさしカードに血を垂らしてください。
 血は一滴で構いません」

 エルは言われるままに軽く針に自分の左手の指をさし、カードに血を垂らした。
 カードに血が落ちると、一瞬波紋のようなものが起き徐々に治まっていった。波紋がなくなると血の跡はカードに一切見受けられない。エルには魔法的な知識はないのでわかなかったが、自分の何らかの情報を登録したのだろうと推測した。

「はい、問題なくカードの登録は完了しました。
 このカードはエル様本人しか使えないのでご注意ください。
 また、カードを紛失しますと、再発行料は5倍の銀貨6枚かかりますので注意してください」

 ずいぶんと高額な再発行料だと内心冷や汗をかいたが、魔法の品を用いているので仕方がないのかと納得することにしてうなずいた。

「それでは気を付けて迷宮の探索を行ってください。
 協会内の建物には道具屋や武器屋、酒場など様々な施設がございますので、ご自由にご利用ください。
 お値段は商業区画や工業区画にあるお店の方が安い場合もございますが、協会では指針となる平均的な価格を採用しておりますので、安心してご利用ください」
「ありがとうございます。
 早速寄ってみることにしますね」

 エルは礼を言い受付を離れた。
 今すぐにでも迷宮に向かいたい気持ちもあったが、何の準備をしていないのは不用心かと思い止まる。
 自分が今まで修練してきたものは無手の技であるから武器は必要ない。防具は金銭的に余裕がないので、道具屋で探索に必要なものだけでも買おうと、道具屋に向って歩き出した。

 道具屋の主人は、頭に白髪がうっすらと見える老齢に差し掛かかり始めた恰幅の良い女性だった。
 張りのある大きな声でこちらから話す前に話し掛けてきた。

「いらっしゃい。
 その恰好は、冒険者に登録したばかりの新人さんだね。
 ここで道具を揃えてから迷宮探索に行きな」

 自分の姿を見れば一目瞭然なのだろうと、エルは苦笑しながら返答した。

「とりあえず1階にもぐってみるつもりなのですが、必要なものを売ってくれませんか?」
「あいよ。
 新人ルーキー用の初心者冒険セットを買っていきな。
 中には回復薬が4つに毒消し薬が1つ、それに麻痺消し薬が1つ入っているよ。
 しめて銅貨40枚のお買い得品さ」
「それじゃあ、その初心者冒険セットを売ってください。
 代金をどうぞ」
「あいよ。
 買ってくれてありがとうね。
 こちらが商品と……銀貨1枚頂いたから、おつりは銅貨60枚だね。
 気を付けて行ってくるんだよ」

 商品とおつりを受け取るとバッグに入れ、店の主人に別れを告げると迷宮に向うことにした。

 迷宮の入り口は協会の裏口を出て直ぐの所にあった。
 迷宮の入り口の周りは分厚い金属の柵で封鎖され、唯一ある門を通ってしか迷宮に侵入できないようになっている。
 門から薄っすらと見える迷宮の入り口は、灰色の岩盤に牙のような岩があちこちに生えており、まるで巨大な悪魔が地から天に向かって口を広げたような、おどろおどろしさがあった。
 エルは迷宮の門番をしている兵士に冒険者カードを渡しながら話し掛けた。

「今から1階にもぐりたいのですがいいですか?」

 兵士はカードを受け取り台帳にエルの名前を記載すると、カードを返しながら問いかけてきた。

「きみは初めて迷宮を探索するようだが、武器や防具を身に付けていない。
 不用心に見えるが大丈夫なのかい?」

 兵士は厳つい外見に似合わず親切なのであろう。少しうれしい気持ちになる。
 エルは心配してくれる優しい兵士に笑顔を向けながら答えた。

「ええ、自分は無手が主体なので武器は必要ありません。
 今日は1階に試しにもぐってみるだけですから、危なくなったらすぐ逃げますよ」 

 兵士はエルの返答に頷くと、門を開きエルに忠告した。

「危ないと思ったら、すぐ逃げろ。
 命を粗末にするなよ」
「ありがとうございます。
 危険だと感じたらすぐ逃げるようにしますよ」

 兵士に礼を言い、エルは迷宮に向かってゆっくり歩き出す。
 悪魔の顎を思わせる不気味な入り口を通り過ぎ、迷宮の1階に続くであろう狭い階段を下りだしたのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

湖畔の賢者

そらまめ
ファンタジー
 秋山透はソロキャンプに向かう途中で突然目の前に現れた次元の裂け目に呑まれ、歪んでゆく視界、そして自分の体までもが波打つように歪み、彼は自然と目を閉じた。目蓋に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けると大樹の横で車はエンジンを止めて停まっていた。  ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。  彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。 「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」  そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。  楽しみにしていたキャンプから一転し、ほぼ絶望に近い状況に見舞われた。  目にしたことも聞いたこともない。空間の裂け目に呑まれ、知らない場所へ。  そんな突然の不幸に見舞われた秋山透の物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

処理中です...