Labyrinth of the abyss ~神々の迷宮~

天地隆

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第1章

第3話

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 狭く長い階段を降りると、茶褐色の土に覆われた大部屋らしき場所に出た。数十人が行軍できるほどの広さがあり、こちらからでは端まで見渡せないほどだ。
 ふと、地中深くにいるのに明るいことに気付く。不思議に思って周囲を観察すると、至る所に白色の光を放つ鉱物が見受けられる。おそらく迷宮産の魔鉱の一種なのだろう。太陽ほどの光量はないが、十分周囲を見て取れる。道具屋で灯りの類を勧められなかったのはこういう理由かと納得する。

 いつまでも立ち止まっていても仕方ないので、自分の直感を信じて進むことにした。
 歩いていると、前方に何か動くものが見える。
 エルの胸元ほどの大きさの巨大な芋虫だ。顔には一対の単眼と、人の頭も噛み砕けそうな大きな牙のある口が見える。胴体には複数の歩脚がついているようだが、どれも短く動きは大分鈍い。
 どうやらこちらから先手が取れそうだ。自分のやることは決まっている。今まで修行してきたたった一つの技を放つだけだ。
 エルは腰を落とすと左手を開いたまま上方に構え、右手の甲が下になるようにして脇の辺りで拳を握る。
 鋭い気合いの声と共に右後足で踏み込み、左足が地に着くと同時に腰を回転させ、右拳を半回転させながら芋虫の顔面に叩き込んだ。
 柔らかいものを潰したような感覚が伝わる。右拳を引く動作に連動させた返しの左拳で追撃しようとしたが、芋虫は倒れ伏し動かなくなった。
 様子を見ていると、芋虫は地面に吸い込まれるようにゆっくりと消えていった。後には光る小さな石のようなものだけが残されている。
 魔物は死ぬと迷宮に吸収されて消えて無くなるようだ。
 
 エルは光る石を回収しながらゆっくりと息を吐き出した。初戦闘ということで気付かぬうちに緊張していたようだ。魔物に打ち勝つことができ、単純にうれしい気持ちになる。
 だが、一撃で魔物を倒せたことには疑問が残る。あまりにあっけなさ過ぎたのだ。一階層は初心者用の階層であるから、あの魔物が非常に脆弱な存在であることが考えられる。あるいは、自分の今までの鍛錬のおかげとも考えられるが……
 いずれにしても、また闘えばわかるだろうと迷宮探索を続けることにした。

 大部屋を抜け横幅の狭い通路を歩いていると、先ほどと同じ芋虫の魔物に遭遇した。
 エルが左拳の突きを魔物に放つと、やはり一撃で芋虫は倒れ伏した。
 どうやら初戦はまぐれではなかったようだ。芋虫は先手が取れれば怖くないと結論付ける。しかし、こちらが後手に回った場合や集団で現れた場合はまだ脅威は残る可能性がある。あの見るからに凶悪な牙は要注意だと、油断しないように気を引き締め直した。

 それから幾度か芋虫の魔物に遭遇したので、退治しながら迷宮を進んでいくと何かを高速で動かしたような音が聞こえてくる。
 その場に立ち止り様子を見ていると、音は次第に大きくなり空飛ぶ虫のような魔物が現れた。音の正体はこの魔物の羽音だったようである。大きさはエルの頭程度で全身は堅そうな甲殻で覆われおり、頭部の先端には鋭い角のある甲虫の魔物だ。
 こちらが身構える間もなく甲虫は突撃してくる。角をエルに突き立てるつもりなのだろう。
 慌てて飛び退くことでなんとか角を回避する。
 甲虫が再び突撃してくる前に反撃の突きを放つが、ひらりと躱されてしまう。動きはかなり俊敏なようだ。しかも不規則に飛ぶので捉え辛い。
 何度か攻撃を試みるが当てることはできず、逆に隙を突かれて魔物の角の一撃をもらってしまう。左の肩口を浅く切り開かれ血も滲み出す。
 鈍い痛みを感じるが、自然と口は吊り上り笑みが浮かぶ。
 闘いはこうでなくてはならない。
 迷宮とは自身を練磨する闘争の場だと、師は仰った。
 自分が一方的に攻撃を加えるだけでなく、相手からの攻撃を受けなくては闘争とは呼べないだろう。これこそが自分の求めていたものだと確信する。
 ならば今こそが迷宮での闘いの始まりだ。
 エルは己が猛る心に身を任せ、傷つくことも厭わずに甲虫に突きを放ち続ける。
 突きを放つことが楽しい。傷つくことも何故だがうれしい。自分の修行の成果を試せる敵に会えたことに感謝した。
 幾度も攻撃を躱されたが、終には甲虫に突きが当たる。拳が胴体を穿ち羽を突き破る。飛ぶ力を失い甲虫は地に落ちた。
 しばらくもがいていたが、やがて力尽きたのか地に消えていった。
 地には芋虫の魔物とは異なる色の光る石だけが残されている。

 石を回収しながら一息つくことにした。昂ぶった心を落ち着かせながら体を観察すると、あちこちに傷があり未だに血が出ている箇所も見られる。道具屋で買った回復薬が入った瓶をバッグから取り出し飲むことにする。
 回復薬は薬草を煎じたのか濃緑色で粘性の強いどろりとした液体だ。見るからに食欲が減退するが、意を決して口に入れる。口の中に何とも言えない苦みと甘みが広がる。飲み易くさせるために甘味が加えられているのだろが、草の青臭さや苦みが強すぎるせいか消し切れていない。好んで飲みたいとは思えないが、これからの迷宮探索では必須の行為だと割り切り、無理やり飲み込む。
 見る間に血は止まり傷口がふさがっていく。痛みも引いていき爽快な気分になる。回復薬の即効性の高さに感動さえ覚える。やはり迷宮探索に欠かせない物のようだ。
 一息つくついでに先ほどの戦闘をふり返る。
 昂揚感に身を任せた闘争は非常に甘美で、再び身を委ねたくなるような抗い難い誘惑を覚える。だが、冷静になって分析すると、自分の心の赴くままに攻撃を繰り返しただけで、お世辞にも褒められた闘いではなかったと思える。幾度も放った突きは甲虫に簡単に躱され、最後に当たったのも偶然の要素が強すぎたように感じる。はたから見て、不様と言われても仕方のない戦闘だったと己を恥じた。
 また、問題点として相手の観察不足もあったと考えられる。
 エルは反省を生かし、次の戦闘では様子見に徹しようと意を決した。

 さらに迷宮の探索を続ける。1階層は様々な大きさの部屋に分岐路のある通路でつながっている構造のようだ。地面は凹凸も少なく闘い易い。
 迷宮を歩き続けると魔物とも遭遇するが、どうも芋虫の魔物に出会う機会が多い。甲虫の魔物に早く会いたかったが、中々遭遇しない。
 探し回っているうちに小さな小部屋を見つける。小部屋には木製の箱が置いてあるので、ゆっくり開けてみると中には銀貨が2枚入っていた。
 エルが銀貨を回収すると、宝箱は魔物の死体と同様に消えていく。
 迷宮の不思議な仕組みに感心していると通路から羽音が聞こえてくる。待ち望んだ甲虫の魔物だ。
 甲虫はエルを発見するとすぐに角で突撃を仕掛けてくる。
 エルは飛び退りながら今度は様子見に徹する。
 甲虫は不規則に飛び回り、突然方向を転換し突撃してくる。時には連続して突撃を繰り返すこともあるようだ。甲虫の動きは早いが、突撃がくるとわかっていれば回避することもそう難しくない。
 攻撃を避けながら観察した結果、自分の技量ではあの不規則な動きは捉えられないだろうと判断する。先ほどの苦い闘いが頭によぎる。
 だが、突撃の際に甲虫は直線的に飛んでくることもわかった。今の自分で甲虫を倒すには、相手の突撃の際に攻撃を加えるしかないと結した。
 エルは甲虫の突撃に合わせて突きを放つ。
 何度か失敗したが上手く当てることができ、甲虫を倒すことができた。
 失敗はしたが初戦に比べれば格段の進歩だといえるだろう。次は更に精進しようと心に誓い、魔物を求めて再び探索を始めるのだった。

 その後何度も戦闘を繰り返し研鑚を積む。甲虫との戦闘にも慣れ、攻撃を当てるのも上達してきた。勘所は、甲虫が回避行動を取れないくらい引き付けてから攻撃することだ。引き付けすぎるとこちらが傷を負い、逆にあまり引き付けないと回避されるが、闘ううちに間合いを把握できるようになり、先ほどの戦闘では躱されずに倒せた。直に自分の成長が実感でき、溢れ出る喜びを噛み締める。
 また、戦闘を繰り返すうちに、魔物を倒した後の戦利品は光る石以外にも得られることがわかった。甲虫からは角と羽が、芋虫からは糸と肉のようなものが手に入った。光る石と違って必ず得られるわけではないし、戦利品は複数あるようだ。何度も戦闘を繰り返すことでしか希少な品は手に入らない仕組みだと推し測れる。
 まだ手に入れられていない希少品もあるかもしれないが、回復薬は残り1つしかない。それに迷宮に潜ってから大分時間が過ぎたように感じる。
 十分な成果も得られたので、エルは意気揚々と引き揚げる事にした。

 協会に戻り受付に向かう。冒険者登録をしてもらった、笑顔の印象的な女性に戦利品の買取をしてもらうことにする。バッグから戦利品を取り出し、受付カウンターに並べながら女性に話し掛ける。

「今日の戦利品を買い取ってもらいたいのですが」
「はい、今鑑定しますね。
 まあっ!!
 エル様は今日初めての探索だったはずですが、随分頑張ったのですね」

 女性に笑顔で称賛されて、エルは赤面する。
 故郷ではいつも独りであったし、褒められ慣れていなく上手く言葉が出てこない。女性はエルが照れているのだと察して、鑑定を始める。

芋虫ワームの魔石は一つ銅貨3枚で28個ありますので銅貨84枚、「芋虫ワームの糸は1つ銅貨4枚で4つありますので銅貨16枚、「芋虫ワーム白肉ホワイトミートは一つ銅貨6枚で3つありますので銅貨18枚になります。
 続いて甲虫ビートルの魔石は一つ銅貨4枚で10個ありますので銅貨40枚、甲虫ビートルの角と羽はそれぞれ1個ですので銅貨8枚と7枚になります」

 鑑定慣れしておりよどみなく言葉を紡ぐ。計算も早い。
 エルが赤面している間に鑑定を済ませてもらったようだ。

「合計で銀貨1枚に銅貨73枚になりますが、「芋虫ワーム白肉ホワイトミートは持ち帰って食べられますか?」
「えっ、おいしいんですか?」

 エルはわけも分からず女性に聞き返した。
 女性もこちらが何もわかってないことがわかったのだろうが、笑顔のまま理由を教えてくれた。

「迷宮産の食べ物は貴重な効果を持つ食材です。
 冒険者が迷宮で魔物と闘った後にこの食材を食べると、肉体や精神の強化が促進されることがわかっています」
「なるほど、そういう理由だったのですね。
 それなら、「芋虫ワーム白肉ホワイトミートは持ち帰ります」
「わかりました。
 買取金の合計は銀貨1枚と銅貨55枚になります。
 協会でお金をお預かりしていくことも可能ですが、どうなさいますか?」
「今は手持ちが少ないので全額持ち帰ります」
「それではこちらが買取金と白肉ホワイトミートになります。
 どうぞお受け取りください」

 報酬を受け取りバッグにしまうと、そういえば宿も決めていないことに気付く。迷宮に夢中になり過ぎて他のことはさっぱり忘れていたようだ。我ながら恥ずかしいかぎりだが、ものはついでと宿のことを聞いてみることにする。

「すいません。
 実はまだ宿を決めていないのですが、今からでも泊まれる所はありますか?」
「はい、それならお奨めの宿があります。
 住宅区画の宿屋街に入ってすぐの所に金の雄羊亭という宿屋があります。
 駆け出しや下位冒険者用の宿屋で料金も安いですし、料理がおいしいと評判ですよ」

 どうやら野宿の心配はしなくて済みそうだ。
 胸をなで下ろして女性に礼を言い、受付を離れようとすると、呼び止められる。
 
「エル様、お待ちください。
 協会では冒険者の生存率を上げる一環として、迷宮の講習会や訓練を行っています。
 新人用の講習会は無料で受講することができますが、どうなされますか?」

 なるほど親切なことだと感心する。もっとも、冒険者の生存率が上がれば持ち帰る戦利品も増えるので、協会側としても利があるから行っているのだろうとも考えられるが……
 迷宮のことについては知らないことも多く、やはり講習は受けるべきだと判断して女性に答える。

「それじゃあ、お願いします」
「はい、承りました。
 それではエル様の名前で予約しておきますので、明日の朝のうちに協会の講習所を尋ねてください」
「わかりました。ありがとうございます。
 それでは失礼しますね」  

 女性に礼を言って今度こそカウンターを離れ、足早に宿に向かった。

 金の雄羊亭はすぐに見つかった。大通りに面した通りにあり、看板に名前の通りの大きな金の羊が描かれていたのだ。
 出迎えてくれたのはこの店の娘だろうか、まだ若い少女だ。
 快活そうで人怖じしなさそうな外見通り、元気な声で話し掛けてきた。

「いらっしゃいませ。
 お泊りのお客さんですか?」
「はい、そうです」
「食事は別料金で一泊銅貨20枚になります。
 10日以上連泊されますとお安くなりますが、如何されますか?」

 打てば響くようなはきはきとした応答で耳に小気味良い。
 エルは所持金を確認すると、長期の連泊は余裕ができてからに決める。

「とりあえず5泊でお願いします。
 これが代金です」
「はい、銀貨1枚ちょうど頂戴致しますね。
 お部屋は2回の9号室になります。
 こちらが部屋の鍵と貴重品入れの鍵になります。
 部屋を出て食事をする場合は必ず鍵を掛けてくださいね」

 鍵を受け取り部屋に向かう。荷物を降ろしベッドに腰掛けると、途端に疲労が現れる。このまま寝てしまいたい誘惑に駆られるが、夕飯だけでも食べようとのろのろと部屋を出て1階の酒場に歩いていく。
 先ほど応対してくれた少女がメニューを持ってきてくれるが、白肉ホワイトミートを渡して料理を作ってくれるように頼む。白肉ホワイトミートは思ったより量があったようで、2日分ほどの食事が作れるそうだ。エルは、2日間は白肉ホワイトミートで料理を作ってもらうことにした。

 睡魔と格闘しながら待っていると料理が運ばれてくる。白肉ホワイトミートのステーキに芋と玉葱の揚げ物が添えてある。香ばしく焼けた肉とソースの匂いが食欲をそそる。眠気も吹き飛ぶようだ。
 辛抱堪らずフォークでステーキを大振りに切り分け口に運ぶ。
 白肉ホワイトミートは柔らかく口の中でとろけ、堅さを感じることなく噛み切れる。少し辛めのソースとも相性がいい。空腹と相まって矢継ぎ早に肉を切り分け口に入れる。気付いた時には全て食べ終わってしまっていた。白肉ホワイトミートの肉自体も美味だったが、料理人の腕もいいのだろう。後を引くソースの味や野菜の揚げ物も絶品で、また食べたくなる旨さだった。

 幸せな気分のまま自分の部屋に戻る。
 鍵を閉めると、直ぐに靴を脱ぎ捨てベッドに潜り込む。
 迷宮都市アドリウム)の初日は、大成功といっていいほどのできだった。
 明日も頑張ろうと思いながらエルは心地よい眠りに身を任せ、深い眠りに落ちていくのだった。
 
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