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第1章
第5話
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短い気声と共に右拳の突きが唸りを上げて甲虫に迫る。
拳は狙い違わず甲虫の頭部を突き破った。
魔物が地に落ちて消え去る様を見て、エルはゆっくりと構えを解いた。
戦利品を回収し昼食をとることにする。
迷宮の1階層に半日近くこもり戦闘を繰り返していたので、お腹が空いたのだ。
バッグから金のお羊亭の宿主に作ってもらった携帯食を取り出し咀嚼する。
魔物との戦闘に慣れたことに加えて、魔素の吸収により肉体が成長したことで大分戦闘が楽になった感触を得ている。情報誌にも書いてあったが、1階層の魔物は徒党を組むことが少なく1対1の戦闘になり易いので、ほとんど怪我することなく倒せるようになっていた。戦闘を繰り返していくと、目に見えて成果が出るので心が躍る。修行も好きだが、魔物との戦闘も良いものだと思える。さらに戦利品も得られるので言うことは無い。迷宮探索を始めてまだ2日という短い間だが、エルには冒険者が天職に思えた。
2階層への階段も発見したので、昼過ぎは2階層に挑戦してみようと心に決める。魔物は強くなり、複数の魔物と同時に戦闘も起きるようになると書かれていたので注意する必要があるが……
昼食を食べ終わると出発の準備を整え、2階層を目指して階段を降りて行った。
2階層も周囲は茶褐色の土に覆われており、そこかしこに魔鉱が点在し淡い光が当たりを照らしている。洞窟の概観は1階層と変わらない。迷宮はおおよそ5階層ごとに、その有様を大きく変容するらしい。
狭い通路を抜けて大部屋に入ると、複数の魔物が待ち構えていた。
小鬼が3体ほどいるようだ。エルの腰ほどの大きさで、粗末な腰巻のみを身につけている。毛は一切なく緑色の皮膚がむき出しな醜悪な姿をしており、低く耳障りな声を上げながら下卑た笑みを浮かべている。見るからに嫌悪感がわいてくる。
エルを視界に入れると小鬼達が駆け出してくる。甲虫ほど早くはないが、複数いるのがやっかいだ。
素早く中腰になり、エルは一番手前の魔物の顔面に突きを繰り出した。
狙い違わず拳は小鬼の顔を捉え、見るも無惨に叩き潰す。
倒れ伏す小鬼をしり目に残りの2体に向き直り迎撃する。
魔物たちは同時に飛び掛かって鋭い爪でエルを引っ掻く。両方を回避する余裕はなく、片方の爪を胸に受けてしまう。軽く切り裂かれるが、動きに支障をきたすほどではない。
お返しとばかり突きを放って、小鬼1体を倒すが、攻撃後の硬直を突かれて、左足の太ももを抉られてしまう。
鋭い痛みを感じるが歯を食いしばって耐える。残りは1体しかいない。
1対1なら物の数ではないと己を鼓舞する。気合を込めて右拳を小鬼の頭に打ち降すように叩き込んだ。
硬い骨を砕く感触が手に伝わる。頭を潰された小鬼は不気味な緑の血を撒き散らして地に伏せ、やがて戦利品を残して消えていく。右手に付着した血も小鬼が消えると同時になくなった。迷宮とはやはり不思議なものだと再確認し、構えをとき気息を整えながら戦利品を回収した。
傷を治すためにバッグから回復薬を取り出し一気に呷る。苦みと甘みの合わさった何とも言えない味が広がるが極力意識しないようにして飲み干した。
身体を回復させながら先ほどの戦闘を回想する。
小鬼は1対1なら問題にならない。爪の攻撃もそこまで脅威ではなく、回避力が高い。甲虫の方が総合的な強さは上だとさえ思える。だが、あの徒党を組んでの攻撃は対処が難しい。同時攻撃は躱し辛い上に、こちらの攻撃した直後を狙われると回避できない。現状ではある程度攻撃を受けるのを許容するしかないだろうと結論付ける。逆に新しい課題ができたことをうれしく思おうと肯定的に受け取ることにする。
傷も治ったので、2階層の探索を続けることにした。
歩いていると新たな魔物に遭遇した。大山猫だ。
黒と橙色の斑模様が特徴的な肉食獣で、鋭敏で大きな爪と長い牙を有する2階層の難敵だ。奥歯には毒を持つらしく、咬まれるとまれに毒が回るので注意が必要だ。
低い唸り声を上げながら近付いてくる。
エルは先手とばかりに右拳の突きを鼻面に叩き込むが倒れない。
右拳を引く反動を利用した返しの左拳を放つも、大山猫は咆哮を上げながら反撃してくる。
発達した前肢で左肩付近を殴りつけられる。小鬼とは比べ物にならない力だ。あまりの力に堪えきれずによろけてしまう。
こちらが怯んだ隙を見逃さず、大山猫は大きな口を広げ咬み付いてくる。躱す余裕はない。咄嗟に右手を上げて防御を試みる。
右手に深々と牙を突き立てられ、強烈な痛みが襲う。
必死に痛みに耐え、咬んだまま放さない大山猫を持ち上げ、地に叩き付ける。
叩き付けられた衝撃でもがき苦しむ敵の顔面に、血濡れの右拳を打ち降ろした。
顔を陥没させてようやく力尽きたのか、魔物は地に吸い込まれように消え去っていく。
エルは大きく息を吐いて構えを解く。呼吸が未だに乱れ、血が地面に滴り落ちる。
すぐに回復薬を取り出して飲み干す。大山猫は強敵だった。命の危険を感じるほどではなかったが、こちらの体力も大分削られたようだ。もし2匹以上と同時に闘うことになれば、負けるかもしれない。情報誌によれば、は単独で現れることが多いと記載されているが、確率が高いだけで複数の場合もあるということだ。
2階層での戦闘は楽観して闘うことはできないと考え直す。極希なことだとは分かっているが、変異種などが出たらそれこそ命に係わる。1階層に続く階段付近に戻り、いつでも逃げられるようにしておくべきだと決断した。
地面に落ちている戦利品を拾うことにする。
魔石の他に、肉が落ちている。大山猫の通常の戦利品は牙と尻尾だから、この肉は希少な戦利品の中落ち肉だ。
初めてのレアドロップに、エルは苦戦しても闘ったかいがあったと喜んだ。
それから階段付近に戻り魔物との戦闘を繰り返した。敵は通常の個体魔物のみで変異種には出会わなかった。小鬼は複数体で現れたが、幸いにして大山猫は1体のみでしか出現しなかったので、逃げずに闘うことができた。戦利品としては魔石の他に小鬼の通常の戦利品の爪や腰巻、そして大山猫の通常の戦利品の牙と尻尾も手に入れられた。
ただし、1戦1戦負傷したので回復薬の消費が激しい。10戦もすると回復薬が底を突きそうになったので、これ以上継戦することは難しい。
自分の実力不足を痛感しながら迷宮を引き上げるのことにした。
協会のカウンターで今日の戦利品を買い取ってもらう。
今回対応してくれたのは、目鼻立ちのはっきりした可愛いというより美人といった方が的確だと思われる妙齢の女性だ。やや青みがかかったくせのない直線的な黒髪が肩まで伸びていて綺麗だ。
「すいません、買い取りをお願いします」
「わかりました。では鑑定いたしますね。
芋虫の魔石、糸と白肉の買い取り額は、それぞれ銅貨3枚、4枚、6枚になります。甲虫の魔石、および羽と角の買い取り額は、各々銅貨4枚、7枚、8枚です。
続いて小鬼の魔石に爪と腰巻は、それぞれ銅貨6枚に、10枚、12枚になります。
大山猫の魔石と牙と尻尾は、銅貨8枚、14枚、16枚になります。
それと……あらっ、希少な戦利品の中落ち肉も手に入れられたのですね。おめでとうございます。
こちらは銅貨30枚になりますが、食材関連のものは持ち帰られますか?」
「ええ、持ち帰って食べたいと思います」
「わかりました。
買い取り額は合計で銀貨4枚と銅貨22枚になります。
どうぞ、お受け取りください」
「ありがとうございます」
報酬と食材の白肉と中落ち肉を受け取ると受付を去り、宿に帰りことにする。激戦が続いたせいかいつもより空腹を覚えているのだ。早く夕食を食べたいと気が急く。
また、運よく手に入れた中落ち肉がどういう味になるか楽しみだ、料理上手の宿主のことだから、どんなものが出てくるかと想像するだけでも心が躍る。
金の雄羊亭に着くと、昨日と同様に元気な少女が出迎えてくれる。
「お帰りなさい。
今日の迷宮探索はどうでしたか?」
「初めて2階層にもぐったのですが、敵が強くて苦戦しました。
簡単にはいかないですね」
「そりゃそうですよ。
迷宮の魔物は強いですからね。1階層や2階層の魔物にやられる新人さんもいっぱいいるんですよ。
エルさんも気を付けてくださいね」
少女には名を名乗らなかったはずだが、宿泊時に記入した台帳を見て覚えてくれたのだろう。宿屋の娘らしい気配りのできる少女だ。相手の喜ぶことがわかっている。エルは微笑みながら返答する。友達と話すような気分になり、つい言葉が気安くなる。
「うん、気を付けるようにするよ。
えっと……君は何て呼んだらいいかな?」
「私の名前はリリです。
ちゃんと覚えてくださいね」
「わかった、忘れないようにするよ。
リリちゃんでいいかな?」
「年も近いと思いますし、リリでいいですよ。
エルさんは少し頼りなさそうなので、迷宮探索は気を付けてくださいね」
こちらの方が年上だと思うが、まるで弟として扱われているような気分になる。まあ、まだ15の若造であるし、他の冒険者のような威厳は備わっておらず頼りなく映るのだろう。少女はこちらのことを心から心配してくれるのだから、忠告は素直に受け取るべきだ。
エルは一瞬顔をしかめたが、すぐに笑顔に戻って少女に答える。
「うん、気を付けるようにするよ。
リリの忠告通り、無理せず自分の調子に合わせて探索するよ」
「気を付けてくださいね」
「話は変わるけど、お腹が空いたのでこれでなにか作ってもらえないかな?」
エルは手に入れた白肉と中落ち肉をリリに差し出す。リリは中落ち肉を見て驚いたようだ。
「これ、大山猫の希少な戦利品じゃないですか。
今日は無理して探索したんじゃないですか?」
「いやっ、初めて大山猫と闘ったら運良く手に入ったんだよ。
本当に無理してないよ」
エルの慌てた様な返答に少女は怪訝そうに見つめてくる。しばらくしてこれ以上言っても仕方ないと悟ったのか、小さくため息をついて軽いお小言で済ますことにしたようだ。
「本当に気を付けてくださいね。
それじゃあ、父さんに何か作ってもらうので、荷物を部屋に置いたら下に降りてきてください」
「ありがとう。料理楽しみにしてるね」
言われた通りに2階に上がり部屋に荷物を置くと、すぐ階段を降り酒場の空いてるテーブルに座って待つことにする。
ほどなくして料理が運ばれてくる。今回は鍋料理のようだ。
白肉や中落ち肉の他に、白身の魚や川エビなどもふんだんに使われてた贅沢な品だ。
まずはスプーンで汁をすする。
途端に口の中に濃厚な旨味が広がる。塩味を基に味付けされているようだが、香味野菜や魚介類によって濃厚で豊な味わいになっている。
直ぐ様肉や野菜に手を伸ばす。ぷりぷりしたエビが堪らない。
しかし、何と言っても極めつけは中落ち肉だ。あまりの美味さに形容する言葉が浮かばない。飲み込んだ後の体中の細胞が活性化するような感覚が、食欲に拍車をかける。あまりの美味しさに食器を持つ手が止まらない。
エルは次々と料理を口に入れては舌鼓を打った。
中落ち肉は希少で中々手に入らないそうだが、なんとしても手に入れようと心に誓う。
エルは満足そうに部屋に戻ると扉の鍵を閉める。
服を脱ぎベッドに潜り込む。今日は大分苦戦したから、しばらく2階層にこもって修行しなければならないなと今後の目標を決める。
エルは取り留めのないことを考えるうちに深い眠りに落ちるのだった。
拳は狙い違わず甲虫の頭部を突き破った。
魔物が地に落ちて消え去る様を見て、エルはゆっくりと構えを解いた。
戦利品を回収し昼食をとることにする。
迷宮の1階層に半日近くこもり戦闘を繰り返していたので、お腹が空いたのだ。
バッグから金のお羊亭の宿主に作ってもらった携帯食を取り出し咀嚼する。
魔物との戦闘に慣れたことに加えて、魔素の吸収により肉体が成長したことで大分戦闘が楽になった感触を得ている。情報誌にも書いてあったが、1階層の魔物は徒党を組むことが少なく1対1の戦闘になり易いので、ほとんど怪我することなく倒せるようになっていた。戦闘を繰り返していくと、目に見えて成果が出るので心が躍る。修行も好きだが、魔物との戦闘も良いものだと思える。さらに戦利品も得られるので言うことは無い。迷宮探索を始めてまだ2日という短い間だが、エルには冒険者が天職に思えた。
2階層への階段も発見したので、昼過ぎは2階層に挑戦してみようと心に決める。魔物は強くなり、複数の魔物と同時に戦闘も起きるようになると書かれていたので注意する必要があるが……
昼食を食べ終わると出発の準備を整え、2階層を目指して階段を降りて行った。
2階層も周囲は茶褐色の土に覆われており、そこかしこに魔鉱が点在し淡い光が当たりを照らしている。洞窟の概観は1階層と変わらない。迷宮はおおよそ5階層ごとに、その有様を大きく変容するらしい。
狭い通路を抜けて大部屋に入ると、複数の魔物が待ち構えていた。
小鬼が3体ほどいるようだ。エルの腰ほどの大きさで、粗末な腰巻のみを身につけている。毛は一切なく緑色の皮膚がむき出しな醜悪な姿をしており、低く耳障りな声を上げながら下卑た笑みを浮かべている。見るからに嫌悪感がわいてくる。
エルを視界に入れると小鬼達が駆け出してくる。甲虫ほど早くはないが、複数いるのがやっかいだ。
素早く中腰になり、エルは一番手前の魔物の顔面に突きを繰り出した。
狙い違わず拳は小鬼の顔を捉え、見るも無惨に叩き潰す。
倒れ伏す小鬼をしり目に残りの2体に向き直り迎撃する。
魔物たちは同時に飛び掛かって鋭い爪でエルを引っ掻く。両方を回避する余裕はなく、片方の爪を胸に受けてしまう。軽く切り裂かれるが、動きに支障をきたすほどではない。
お返しとばかり突きを放って、小鬼1体を倒すが、攻撃後の硬直を突かれて、左足の太ももを抉られてしまう。
鋭い痛みを感じるが歯を食いしばって耐える。残りは1体しかいない。
1対1なら物の数ではないと己を鼓舞する。気合を込めて右拳を小鬼の頭に打ち降すように叩き込んだ。
硬い骨を砕く感触が手に伝わる。頭を潰された小鬼は不気味な緑の血を撒き散らして地に伏せ、やがて戦利品を残して消えていく。右手に付着した血も小鬼が消えると同時になくなった。迷宮とはやはり不思議なものだと再確認し、構えをとき気息を整えながら戦利品を回収した。
傷を治すためにバッグから回復薬を取り出し一気に呷る。苦みと甘みの合わさった何とも言えない味が広がるが極力意識しないようにして飲み干した。
身体を回復させながら先ほどの戦闘を回想する。
小鬼は1対1なら問題にならない。爪の攻撃もそこまで脅威ではなく、回避力が高い。甲虫の方が総合的な強さは上だとさえ思える。だが、あの徒党を組んでの攻撃は対処が難しい。同時攻撃は躱し辛い上に、こちらの攻撃した直後を狙われると回避できない。現状ではある程度攻撃を受けるのを許容するしかないだろうと結論付ける。逆に新しい課題ができたことをうれしく思おうと肯定的に受け取ることにする。
傷も治ったので、2階層の探索を続けることにした。
歩いていると新たな魔物に遭遇した。大山猫だ。
黒と橙色の斑模様が特徴的な肉食獣で、鋭敏で大きな爪と長い牙を有する2階層の難敵だ。奥歯には毒を持つらしく、咬まれるとまれに毒が回るので注意が必要だ。
低い唸り声を上げながら近付いてくる。
エルは先手とばかりに右拳の突きを鼻面に叩き込むが倒れない。
右拳を引く反動を利用した返しの左拳を放つも、大山猫は咆哮を上げながら反撃してくる。
発達した前肢で左肩付近を殴りつけられる。小鬼とは比べ物にならない力だ。あまりの力に堪えきれずによろけてしまう。
こちらが怯んだ隙を見逃さず、大山猫は大きな口を広げ咬み付いてくる。躱す余裕はない。咄嗟に右手を上げて防御を試みる。
右手に深々と牙を突き立てられ、強烈な痛みが襲う。
必死に痛みに耐え、咬んだまま放さない大山猫を持ち上げ、地に叩き付ける。
叩き付けられた衝撃でもがき苦しむ敵の顔面に、血濡れの右拳を打ち降ろした。
顔を陥没させてようやく力尽きたのか、魔物は地に吸い込まれように消え去っていく。
エルは大きく息を吐いて構えを解く。呼吸が未だに乱れ、血が地面に滴り落ちる。
すぐに回復薬を取り出して飲み干す。大山猫は強敵だった。命の危険を感じるほどではなかったが、こちらの体力も大分削られたようだ。もし2匹以上と同時に闘うことになれば、負けるかもしれない。情報誌によれば、は単独で現れることが多いと記載されているが、確率が高いだけで複数の場合もあるということだ。
2階層での戦闘は楽観して闘うことはできないと考え直す。極希なことだとは分かっているが、変異種などが出たらそれこそ命に係わる。1階層に続く階段付近に戻り、いつでも逃げられるようにしておくべきだと決断した。
地面に落ちている戦利品を拾うことにする。
魔石の他に、肉が落ちている。大山猫の通常の戦利品は牙と尻尾だから、この肉は希少な戦利品の中落ち肉だ。
初めてのレアドロップに、エルは苦戦しても闘ったかいがあったと喜んだ。
それから階段付近に戻り魔物との戦闘を繰り返した。敵は通常の個体魔物のみで変異種には出会わなかった。小鬼は複数体で現れたが、幸いにして大山猫は1体のみでしか出現しなかったので、逃げずに闘うことができた。戦利品としては魔石の他に小鬼の通常の戦利品の爪や腰巻、そして大山猫の通常の戦利品の牙と尻尾も手に入れられた。
ただし、1戦1戦負傷したので回復薬の消費が激しい。10戦もすると回復薬が底を突きそうになったので、これ以上継戦することは難しい。
自分の実力不足を痛感しながら迷宮を引き上げるのことにした。
協会のカウンターで今日の戦利品を買い取ってもらう。
今回対応してくれたのは、目鼻立ちのはっきりした可愛いというより美人といった方が的確だと思われる妙齢の女性だ。やや青みがかかったくせのない直線的な黒髪が肩まで伸びていて綺麗だ。
「すいません、買い取りをお願いします」
「わかりました。では鑑定いたしますね。
芋虫の魔石、糸と白肉の買い取り額は、それぞれ銅貨3枚、4枚、6枚になります。甲虫の魔石、および羽と角の買い取り額は、各々銅貨4枚、7枚、8枚です。
続いて小鬼の魔石に爪と腰巻は、それぞれ銅貨6枚に、10枚、12枚になります。
大山猫の魔石と牙と尻尾は、銅貨8枚、14枚、16枚になります。
それと……あらっ、希少な戦利品の中落ち肉も手に入れられたのですね。おめでとうございます。
こちらは銅貨30枚になりますが、食材関連のものは持ち帰られますか?」
「ええ、持ち帰って食べたいと思います」
「わかりました。
買い取り額は合計で銀貨4枚と銅貨22枚になります。
どうぞ、お受け取りください」
「ありがとうございます」
報酬と食材の白肉と中落ち肉を受け取ると受付を去り、宿に帰りことにする。激戦が続いたせいかいつもより空腹を覚えているのだ。早く夕食を食べたいと気が急く。
また、運よく手に入れた中落ち肉がどういう味になるか楽しみだ、料理上手の宿主のことだから、どんなものが出てくるかと想像するだけでも心が躍る。
金の雄羊亭に着くと、昨日と同様に元気な少女が出迎えてくれる。
「お帰りなさい。
今日の迷宮探索はどうでしたか?」
「初めて2階層にもぐったのですが、敵が強くて苦戦しました。
簡単にはいかないですね」
「そりゃそうですよ。
迷宮の魔物は強いですからね。1階層や2階層の魔物にやられる新人さんもいっぱいいるんですよ。
エルさんも気を付けてくださいね」
少女には名を名乗らなかったはずだが、宿泊時に記入した台帳を見て覚えてくれたのだろう。宿屋の娘らしい気配りのできる少女だ。相手の喜ぶことがわかっている。エルは微笑みながら返答する。友達と話すような気分になり、つい言葉が気安くなる。
「うん、気を付けるようにするよ。
えっと……君は何て呼んだらいいかな?」
「私の名前はリリです。
ちゃんと覚えてくださいね」
「わかった、忘れないようにするよ。
リリちゃんでいいかな?」
「年も近いと思いますし、リリでいいですよ。
エルさんは少し頼りなさそうなので、迷宮探索は気を付けてくださいね」
こちらの方が年上だと思うが、まるで弟として扱われているような気分になる。まあ、まだ15の若造であるし、他の冒険者のような威厳は備わっておらず頼りなく映るのだろう。少女はこちらのことを心から心配してくれるのだから、忠告は素直に受け取るべきだ。
エルは一瞬顔をしかめたが、すぐに笑顔に戻って少女に答える。
「うん、気を付けるようにするよ。
リリの忠告通り、無理せず自分の調子に合わせて探索するよ」
「気を付けてくださいね」
「話は変わるけど、お腹が空いたのでこれでなにか作ってもらえないかな?」
エルは手に入れた白肉と中落ち肉をリリに差し出す。リリは中落ち肉を見て驚いたようだ。
「これ、大山猫の希少な戦利品じゃないですか。
今日は無理して探索したんじゃないですか?」
「いやっ、初めて大山猫と闘ったら運良く手に入ったんだよ。
本当に無理してないよ」
エルの慌てた様な返答に少女は怪訝そうに見つめてくる。しばらくしてこれ以上言っても仕方ないと悟ったのか、小さくため息をついて軽いお小言で済ますことにしたようだ。
「本当に気を付けてくださいね。
それじゃあ、父さんに何か作ってもらうので、荷物を部屋に置いたら下に降りてきてください」
「ありがとう。料理楽しみにしてるね」
言われた通りに2階に上がり部屋に荷物を置くと、すぐ階段を降り酒場の空いてるテーブルに座って待つことにする。
ほどなくして料理が運ばれてくる。今回は鍋料理のようだ。
白肉や中落ち肉の他に、白身の魚や川エビなどもふんだんに使われてた贅沢な品だ。
まずはスプーンで汁をすする。
途端に口の中に濃厚な旨味が広がる。塩味を基に味付けされているようだが、香味野菜や魚介類によって濃厚で豊な味わいになっている。
直ぐ様肉や野菜に手を伸ばす。ぷりぷりしたエビが堪らない。
しかし、何と言っても極めつけは中落ち肉だ。あまりの美味さに形容する言葉が浮かばない。飲み込んだ後の体中の細胞が活性化するような感覚が、食欲に拍車をかける。あまりの美味しさに食器を持つ手が止まらない。
エルは次々と料理を口に入れては舌鼓を打った。
中落ち肉は希少で中々手に入らないそうだが、なんとしても手に入れようと心に誓う。
エルは満足そうに部屋に戻ると扉の鍵を閉める。
服を脱ぎベッドに潜り込む。今日は大分苦戦したから、しばらく2階層にこもって修行しなければならないなと今後の目標を決める。
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