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第2章
第22話
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迷宮都市アドリウム。
一攫千金を夢見た冒険者達や商人達が集う、近隣諸国によって共同統治された都市国家だ。
オークション会場や迷宮に向かう人々のおかげで早朝だというのに活気に満ち溢れている。冒険者の宿、金の雄羊亭もご多分にもれず1階の食堂に多くの冒険者達が一堂に会し賑やかな喧噪に包まれている。
宿の一人娘であるリリも朝から大忙しだ。次々に料理を仕上げる父シェーバに急かされながら、冒険者の元に朝食を届ける。そして、後方に束ねた亜麻色の髪を左右に弾ませ、見る人にやる気を起こさせる様な快活な笑顔を浮かべながらテーブルを回って注文を取っては父の元に戻る。後はその繰り返しだ。忙しなく動き回りながらも、リリは笑顔を絶やさない。宿屋の娘の心得として父や母に厳しく躾けられたこともあるが、笑顔は人々に活力を与えてくれる。これから文字通り命懸けの冒険に赴く冒険者達に、わずかでも自分の笑顔がやる気を起こさせ、無事に帰って来てもらいというリリの願いからくる笑顔でもあった。
リリは幼い頃から宿の手伝いをしている。朝、笑顔で会話した冒険者が迷宮に向かい帰らぬ人となる、そんな経験をいくつもしてきた。冒険者稼業は高額の報酬を得られるが、それに比して命の危険がある因果な職業である。そんな冒険者達専用の宿を開いている以上、突然の別れがあることは必定であった。だが、理解していたとしても納得できるないものはできない。悲しい別れに心痛めるなと言う方が無理なのだ。過去の別れの中には、リリに良くしてくれた兄貴分や姉貴分との辛い別れもあった。未だ少女といって差し支えないリリの胸には、消し去ることの出来ない苦い記憶としてしこりの様に残っている。
それゆえ、リリは少しでも冒険者達の生還率を高めるべく笑顔を浮かべ元気な声で会話し、気持ち良く出立してもらえるよう心掛けているのである。また元気な姿で会えることを祈りながら。
ようやく多忙な時間も終わり冒険者の姿がまばらになった頃、リリは食堂の片隅でゆっくりと食事を取る少年、エルの姿を見つけた。この少年はつい2か月ほど前にこの都市にやって来たばかりであり、リリと年が近いせいもあって話し易く、友人付き合いするようになった少年だ。中肉中背の黒髪で、まだ幼さの残る顔立ちであるがその肉体はよく絞り込まれ、実戦向きに鍛え上げらている。幼い外見に反してすでに1つ星を獲得した、ハイペースで攻略を進める新進気鋭の冒険者だ。ただし、魔物との戦闘や自身の修行以外はあまり興味を示さない変わり種の冒険者でもある。冒険者として身に付けるべき知識も不足している面もあり、つい厳しく注意してしまうこともある、まだ危なかしくて放っておけない所のある少年だ。
ただ、強くなることには貪欲で、先輩の冒険者からもその成長速度や努力する姿などは一目置かれている。加えて、真摯に助言を聞き受け入れる素直さを持っているので、弟分として可愛がられていたりもする。また、からかい易く顔に表情が出やすい性格からか、先輩にちょっかいをかけられてはむきになる姿が微笑ましく、リリよりわずかばかり年上だがつい弟にように接してしまうこともある。
しかし、今日はどうしたことだろう。普段なら意志の強そうな瞳がやる気に満ち溢れて輝いているはずなのに、今日はまだ眠たそうに半眼のままだ。食事を取るペースも遅い。いつもならかき込むように大量の食事を平らげ、待ちきれないとばかりに駆け足で迷宮に向かうはずなのにどうにも様子がおかしい。リリは気になってエルに声を掛けてみる事にした。
「おはよう、エル。
今日はどうしたの?
大分ゆっくりじゃない」
リリの元気な声に気付きエルは顏を上げるが、どうにも覇気がなく憂鬱そうな顔をしている。体調を崩したのかと心配になったリリが、エルが答えるより先に矢継ぎ早に言葉を投げかけた。
「ねえ、エル。
あなた本当にどうしたの?
どこか悪いんじゃないの?」
「おはよう、リリ。
別にどこも悪くないよ。
心配を掛けてごめんね」
「じゃあ、なんでそんな顏しているのよ?
いつもと全然違うじゃない」
「いや、実はアルド神官から今日は休息日として疲れを癒せって言われてるんだ。
新しい技は明日から教えて貰えることになったんだけど、今日は防具の新調以外することがないんだ。
この都市に来て迷宮探索か修行ぐらいしかしていないから、休めって言われても特にすることがないんだ。
僕は全然疲れていないし、早く修行がしたいんだけどね・・・」
エルのあまりに予想外の言葉にリリは二の句が継げなくなってしまう。開いた口がふさがらないとは、正に今の状況を指すのだろう。エルの言葉が正しいとすると、この少年は2か月近くひたすら休まずに、魔物と闘うか修行を繰り返してきたことになる。迷宮の攻略が速いわけである。
普通の冒険者なら2回迷宮を探索したら1回休んだり、探索と休息を交互にとったりして心身の疲れを癒すものである。魔物との激しい戦闘は冒険者の精神を圧迫し疲弊させるので、休息を取らないと思いもよらない失敗をしたり、心を病む場合もあり得るのだ。エルは自分が強くなることが好きで、魔物との戦闘は学ぶことが多いっと言っていたので、戦闘が苦になる所か好きだから疲弊しないのかもしれないが・・・。それにしても変わった冒険者である。リリは大きくため息をついた。
「その調子じゃこの都市も全然見て回ってないんじゃないの?
いい機会だから散策でもしてみたら?」
「うーん・・・。
気が進まないけど、やることがないからそうしようかな」
不承不承頷いてくる姿が何とも情けない。普段とはかけ離れた姿は見るに堪えず、リリはまたため息をつきそうになる。一途と言うか何と言うか、この少年は自分の興味があることには凄まじい力を発揮するのに、それ以外は本当にてんで駄目である。そういう所があるから、弟に対する様についお小言を言ってしまうのだ。全くしょうがない少年である。リリはくすりと小さな笑みを浮かべた。
「はあっ、全くエルはしょうがないんだから。
防具屋さんで新装備を発注したら、夕方くらいまで適当に時間を潰してきて。
夕方からは私と祈願祭に行きましょう」
「祈願祭?」
そう祈願祭である。毎年初夏の初めに迷宮の繁栄を願って神々に祈りを捧げる祭りである。迷宮都市(アドリウム)の中心にある女神の泉で、様々な神々に仕える巫女達が舞を踊る姿は圧巻の一言に尽きる。多くの人々がこの祭りを見ようとこの都市に訪れ、いつも以上の熱気に包まれる。普段は禁止されているがこの日ばかりは露店なども許可され、遠くの国から来た商人が珍しい異国の品を並べたりもする。露店を見て回るだけでも楽しい時間を過ごせるだろう。アルド神官もエルにこの祭りを見て欲しくて、休息するように指示したに違いない。
「そう、祈願祭よ。
迷宮を作ってくれた神々に感謝と祈りを捧げる祭りよ。
いろんなお店が出るから、見て回ると楽しいわよ」
「へえ、そんな祭りがあるんだ。
でも、リリは宿の手伝いしなくていいの?」
「宿に泊まっているお客さんも、皆お祭りに行くから夜はむしろ手が空くの。
それに、夕方までちゃんと仕事して父さんに許可をもらっておくから大丈夫よ」
「それなら大丈夫だね。
じゃあ、夕方には宿に戻ってくるから一緒にお祭りに行こう」
「ええ、楽しみにしていてね」
「うん、楽しみしているよ。
ありがとう、リリ」
リリの提案にようやくやる気がでてきたのか、エルもにこやかな笑みを浮かべる。エルの穏やかな笑みに気を良くしたリリも自然と笑顔になる。エルはやっぱり笑顔が似合うと、リリは思惟した。
それから取り留めもない会話を交わしてエルが食事を終えるのを待つと、威勢の良い声でエルを送り出すのだった。
それからエルは、迷宮都市に訪れて以来初めて商業区画に訪れた。アルド神官に紹介してもらった防具屋「森と大地の恵み」に向かう為だ。この都市は中心部にある女神の泉から6つの区画に町を分ける大通りが都市を囲う城壁まで述べている。大通りを進み、武器屋や防具屋が軒を連ねている、通称冒険者通りを歩くと目的の店は直ぐ見つかった。木造の店の前に大きな看板が掲げられている。町に不慣れなエルでもさほど時間を掛けずに見つけられる、分かり易い場所にある店だ。
エルが店に足を踏み入れると、陽光を反射して美しく映える金糸に人族よりは長くやや尖った耳をした、エルフの女性が笑顔で迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。
当店に何かご用ですか?」
「はい、アルド神官の紹介で来ました。
新しい武道着と籠手が欲しいです」
「それはありがとうございます。
失礼ですが、ご予算と迷宮の探索深度をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
エルはエルフの美女に質問されながら、内心はどぎまぎしていた。かくも美しい女性に会ったことがなかったからだ。森の妖精エルフ。ふと目を離したら消えてしまいそうなな儚くも現実離れした美しさを有する女性だ。エルフとは皆美女揃いなのだろうかと、愚にもつかない考えさえ浮かんでくる。
このまま黙って見つめていたら答えを持つ女性にも失礼だろうと、エルは慌てて質問に答えた。
「ええと、すいません。
僕は1つ星になったばかりの冒険者です。
予算は金貨50枚程度です。
できれば長く使えるものが欲しいです」
「まあ、随分ご予算に余裕がおありですね。
1つ星の冒険者用の装備なら、そこまでお金が掛かることはありませんよ。
ただ、ご予算に余裕がおありならお奨めの装備がございます。
お客様は気の扱いに長けていらっしゃいますか?」
「ええと、長けているかはわかりませんが、気を扱うことはできます。
武神流なので、気の運用自体は問題ない程度にはできると思います」
「わかりました。
それでは防具をお持ちいたしますので、もう少々お待ちください」
エルの答えに笑顔で頷くと、エルフの女性は目的の防具を探しに行った。
しばらくして、鮮緑色の道着とやや黄土色がかった白色の籠手を持って現れる。
「こちらがお奨めの品、猛虎の武道着と籠手です。
この道着は19階層に現れるレアモンスター、翠虎の体毛を編み込んで作ったものです。
薄くても驚くほど強靭で、刃や魔法に高い耐性を有します。
また、この籠手は同じくエメラルドタイガーの爪や牙を集め、一度溶かして実用性に富む形に設えたものです。
こちらも1つ星の冒険者の装備としては破格の強度を誇ります。
ただ、その分高額で道着が金貨10枚、籠手が金貨20枚いたします。
20階層に挑む冒険者の装備が金貨15枚程度ですので、いかに高額かお解りになるかと存じます」
エルは女性の説明を受けながらも、防具に目が釘付けになっていた。翠虎の爪や牙、そして体毛から作られたと説明を受けたが、観賞に堪えうるほどの芸術性を有した美しい装備だ。しかも、生前のエメラルドタイガーが如何に強敵だったか誇示するかのような雄雄しさも秘めている。エルは魅入られたかのように目を離せなくなってしまった。惚れたと言っても過言ではない。
お金も余裕があることだしこのまま即決してしまっても問題ないが、先ほどの女性の問いかけが気になったので質問してみることにした。
「とても綺麗で実用性のある装備ですね。
すごく気に入りました。
ただ、先ほど気の扱いに長けているかと質問したのは何故ですか?」
「はい、この装備が高額になる要因の1つなのですが、翠虎の毛や爪は気を籠めれると、さらに強固になる性質を持っています。
元々の強度も同レベル体の装備では破格なほどですが、気を籠めると30階層付近でも通用するほどの防御力になります。
ただ、難点として気の消費が激しくなりますので、気の扱いに長けた方でないと運用が難しいので質問させていただきました」
エルフの女性の説明を受けて、エルは大きく頷いた。ただでさえ気を纏えば防御力は向上するのに、この装備を用いれば更に上がるのだ。このような性質があれば高額になるのも納得できるというものだ。しかし、気の消費が激しくなるということだから使い所が難しいという説明も頷ける。だが、逆に考えれば気を消費する分修行に使えるということでもある。使い勝手は難しいかもしれないが、エルはこの装備を運用するある秘策も浮かんでいたので、この防具を購入することを決めた。
「よくわかりました。
この装備が気に入ったので購入します」
「お買い上げありがとうございます。
高額な上に使い所が難しい装備ですので、中々売れないので大変助かります」
「ええ、この装備は修行にもってこいだと思いました。
これを着て迷宮探索するのが楽しみですよ」
「まあ、この装備を修行にですか?
面白い方ですのね」
エルの返答に感じ入るものがあったのか、エルフの美女はそれまでの客相手の無機質な笑顔ではなく、人間味のある朗らかな笑顔を浮かべると可笑しそうに笑い声を上げた。
エルはそんなに自分の答えは可笑しかっただろうかと、きょとんとしている。
そんな姿も気に入ったのか、エルフの女性はにこやかな笑顔を浮かべたままあやまってくる。
「笑ってしまってごめんなさいね。
あなたの答えが気持ちがいいほど真っ直ぐだったから可笑しくってね。
ここまで楽しい気分になるのは久しぶりだわ」
「自分ではよくわからないですけど面白いですか?」
「面白いというよりはあなたの思いが正直で気持ち良かったのよ。
あっ、自己紹介が遅れてごめんなさいね。
私はルリエン、まだ200歳程度の成木にも成れていない若木の森の娘よ」
「僕の名前はエルです。
エルフの方が長生きだっていうのは本当なんですね。
僕が100歳になるころにはよぼよぼのお爺さんですよ」
またエルの受け答えが面白いのか、ころころと鈴が鳴る様な笑い声を上げる。一頻り笑うと、気を良くしたルリエンはエルが見惚れるような柔和な笑顔を浮かべ、すっかりくだけた口調で話し掛けてくる。
「人族なら100歳も生きていけないけど、冒険者はそうじゃないのよ」
「えっ、どういうことですか?」
「ふふっ、正しくは高位の冒険者ならだけどね。
魔物を倒し魔素を吸い心身を鍛え上げた冒険者は、理由はわからないけど老いが遅くなっていくのよ。
伝説に名を残す冒険者達なら、エルフと同じ時を過ごせるとも聞くわ」
「そこまで人間が長生きできるんですか?」
「ええ、伝承の通りならね。
私達の一族の間には、人族を愛した森の娘が冒険者として大成し、悠久の時を共に過ごしたという話が伝わっているのよ」
それが本当なら実に夢のある話だ。エルフや人の間だけでなく、種族の寿命は様々だ。下手すると20も満たない時間しか生きられない種族も存在する。
そのせいもあってか、種族を越えた愛は悲恋が多く成就することが少ない。更に文化や価値観も異なるのだ。愛し合ったとしても上手くいかないケースはそれこそ山ほどあるだろう。だが、成就する可能性があるというのなら、それは何と美しい夢だろうか。
エルも気分が高揚して笑顔になる。
「とても美しく夢のある話ですね。
冒険者稼業が異種族間の恋を成就させる可能性を秘めているなんて、すごくわくわくしますね」
「ええ、わたしもまだ恋をしたことはないけれど、もし恋した相手が異種族なら冒険者になるのも悪くないかなって思っているの。
やっぱり、同じ時を生きられる可能性があるなら、それに賭けてみたいじゃない?」
ルリエンの問いかけにエルも笑顔のまま頷いた。エル自身も恋したことなどないが、もし恋人ができたなら、ルリエンの願いは当然のことだろう。
「僕ももし同じ立場になったら、ルリエンさんと同じ行動をすると思います」
「ふふっ、ありがとう。
話がそれてごめんなさいね。
さあ、寸法直しをしましょう」
「はい、よろしくお願いします」
エルはルリエンの言われるままに道着と籠手を纏い、指示する体勢を取り、寸法を測ってもらう。
図り終えたら防具を外して、ルリエンに渡す。
「はい、ありがとう。
明日までには調整しておくから、好きな時に取りに来てね
それと代金の半額をもらいたいんだけどいいかしら?」
「わかりました。
金貨15枚ですね、どうぞ受け取ってください。
残りは明日受け取りに来た際に支払えばいいですか?」
「ええ、装備を取りに来た時に支払ってくれればいいわ。
装備が破損した際の修理も受け付けるから、何かあったらお店に寄ってね。
それとエルくんとの会話は気に入ったから、暇な時にでも冒険譚を聞かせに立ち寄ってくれるとうれしいわ」
ルリエンは綺麗に片方の目を閉じると目配せをした。美しい女性の絵になる様なウインクに、エルは動悸が速くなるのを覚えた。動揺を押し隠すために、エルは早口で捲し立てるように一気に返答する。
「ルリエンさんにそう言ってもらえると嬉しいです。
明日にでも装備を取りに寄らせてもらいますね」
「ええ、待っているわ。
また来てね」
「はい、わかりました。
それじゃあ、失礼しますね」
ルリエンに見送られながら、エルは防具屋を後にした。
まだ若干早鐘を打つ心臓を押さえながら、足早に道を歩く。口下手なエルにしたら、頑張って受け答えできた方だろう。大通りに出て歩調を落とし、大きく息を吐き出した。
立ち止まってこれからの予定について考える。今は昼前であるが、これから夕方までは時間を潰さねばならない。大分時間が余っている。2か月経ってもなお未だにこの都市の地理に明るくないので、リリが言ったように散策してこの街のことを少しは知るべきだろう。
そして、夕方には祭りが待っている。初めての祈願祭に思いを馳せながら、エルは確かな足取りで散策を開始するのだった。
一攫千金を夢見た冒険者達や商人達が集う、近隣諸国によって共同統治された都市国家だ。
オークション会場や迷宮に向かう人々のおかげで早朝だというのに活気に満ち溢れている。冒険者の宿、金の雄羊亭もご多分にもれず1階の食堂に多くの冒険者達が一堂に会し賑やかな喧噪に包まれている。
宿の一人娘であるリリも朝から大忙しだ。次々に料理を仕上げる父シェーバに急かされながら、冒険者の元に朝食を届ける。そして、後方に束ねた亜麻色の髪を左右に弾ませ、見る人にやる気を起こさせる様な快活な笑顔を浮かべながらテーブルを回って注文を取っては父の元に戻る。後はその繰り返しだ。忙しなく動き回りながらも、リリは笑顔を絶やさない。宿屋の娘の心得として父や母に厳しく躾けられたこともあるが、笑顔は人々に活力を与えてくれる。これから文字通り命懸けの冒険に赴く冒険者達に、わずかでも自分の笑顔がやる気を起こさせ、無事に帰って来てもらいというリリの願いからくる笑顔でもあった。
リリは幼い頃から宿の手伝いをしている。朝、笑顔で会話した冒険者が迷宮に向かい帰らぬ人となる、そんな経験をいくつもしてきた。冒険者稼業は高額の報酬を得られるが、それに比して命の危険がある因果な職業である。そんな冒険者達専用の宿を開いている以上、突然の別れがあることは必定であった。だが、理解していたとしても納得できるないものはできない。悲しい別れに心痛めるなと言う方が無理なのだ。過去の別れの中には、リリに良くしてくれた兄貴分や姉貴分との辛い別れもあった。未だ少女といって差し支えないリリの胸には、消し去ることの出来ない苦い記憶としてしこりの様に残っている。
それゆえ、リリは少しでも冒険者達の生還率を高めるべく笑顔を浮かべ元気な声で会話し、気持ち良く出立してもらえるよう心掛けているのである。また元気な姿で会えることを祈りながら。
ようやく多忙な時間も終わり冒険者の姿がまばらになった頃、リリは食堂の片隅でゆっくりと食事を取る少年、エルの姿を見つけた。この少年はつい2か月ほど前にこの都市にやって来たばかりであり、リリと年が近いせいもあって話し易く、友人付き合いするようになった少年だ。中肉中背の黒髪で、まだ幼さの残る顔立ちであるがその肉体はよく絞り込まれ、実戦向きに鍛え上げらている。幼い外見に反してすでに1つ星を獲得した、ハイペースで攻略を進める新進気鋭の冒険者だ。ただし、魔物との戦闘や自身の修行以外はあまり興味を示さない変わり種の冒険者でもある。冒険者として身に付けるべき知識も不足している面もあり、つい厳しく注意してしまうこともある、まだ危なかしくて放っておけない所のある少年だ。
ただ、強くなることには貪欲で、先輩の冒険者からもその成長速度や努力する姿などは一目置かれている。加えて、真摯に助言を聞き受け入れる素直さを持っているので、弟分として可愛がられていたりもする。また、からかい易く顔に表情が出やすい性格からか、先輩にちょっかいをかけられてはむきになる姿が微笑ましく、リリよりわずかばかり年上だがつい弟にように接してしまうこともある。
しかし、今日はどうしたことだろう。普段なら意志の強そうな瞳がやる気に満ち溢れて輝いているはずなのに、今日はまだ眠たそうに半眼のままだ。食事を取るペースも遅い。いつもならかき込むように大量の食事を平らげ、待ちきれないとばかりに駆け足で迷宮に向かうはずなのにどうにも様子がおかしい。リリは気になってエルに声を掛けてみる事にした。
「おはよう、エル。
今日はどうしたの?
大分ゆっくりじゃない」
リリの元気な声に気付きエルは顏を上げるが、どうにも覇気がなく憂鬱そうな顔をしている。体調を崩したのかと心配になったリリが、エルが答えるより先に矢継ぎ早に言葉を投げかけた。
「ねえ、エル。
あなた本当にどうしたの?
どこか悪いんじゃないの?」
「おはよう、リリ。
別にどこも悪くないよ。
心配を掛けてごめんね」
「じゃあ、なんでそんな顏しているのよ?
いつもと全然違うじゃない」
「いや、実はアルド神官から今日は休息日として疲れを癒せって言われてるんだ。
新しい技は明日から教えて貰えることになったんだけど、今日は防具の新調以外することがないんだ。
この都市に来て迷宮探索か修行ぐらいしかしていないから、休めって言われても特にすることがないんだ。
僕は全然疲れていないし、早く修行がしたいんだけどね・・・」
エルのあまりに予想外の言葉にリリは二の句が継げなくなってしまう。開いた口がふさがらないとは、正に今の状況を指すのだろう。エルの言葉が正しいとすると、この少年は2か月近くひたすら休まずに、魔物と闘うか修行を繰り返してきたことになる。迷宮の攻略が速いわけである。
普通の冒険者なら2回迷宮を探索したら1回休んだり、探索と休息を交互にとったりして心身の疲れを癒すものである。魔物との激しい戦闘は冒険者の精神を圧迫し疲弊させるので、休息を取らないと思いもよらない失敗をしたり、心を病む場合もあり得るのだ。エルは自分が強くなることが好きで、魔物との戦闘は学ぶことが多いっと言っていたので、戦闘が苦になる所か好きだから疲弊しないのかもしれないが・・・。それにしても変わった冒険者である。リリは大きくため息をついた。
「その調子じゃこの都市も全然見て回ってないんじゃないの?
いい機会だから散策でもしてみたら?」
「うーん・・・。
気が進まないけど、やることがないからそうしようかな」
不承不承頷いてくる姿が何とも情けない。普段とはかけ離れた姿は見るに堪えず、リリはまたため息をつきそうになる。一途と言うか何と言うか、この少年は自分の興味があることには凄まじい力を発揮するのに、それ以外は本当にてんで駄目である。そういう所があるから、弟に対する様についお小言を言ってしまうのだ。全くしょうがない少年である。リリはくすりと小さな笑みを浮かべた。
「はあっ、全くエルはしょうがないんだから。
防具屋さんで新装備を発注したら、夕方くらいまで適当に時間を潰してきて。
夕方からは私と祈願祭に行きましょう」
「祈願祭?」
そう祈願祭である。毎年初夏の初めに迷宮の繁栄を願って神々に祈りを捧げる祭りである。迷宮都市(アドリウム)の中心にある女神の泉で、様々な神々に仕える巫女達が舞を踊る姿は圧巻の一言に尽きる。多くの人々がこの祭りを見ようとこの都市に訪れ、いつも以上の熱気に包まれる。普段は禁止されているがこの日ばかりは露店なども許可され、遠くの国から来た商人が珍しい異国の品を並べたりもする。露店を見て回るだけでも楽しい時間を過ごせるだろう。アルド神官もエルにこの祭りを見て欲しくて、休息するように指示したに違いない。
「そう、祈願祭よ。
迷宮を作ってくれた神々に感謝と祈りを捧げる祭りよ。
いろんなお店が出るから、見て回ると楽しいわよ」
「へえ、そんな祭りがあるんだ。
でも、リリは宿の手伝いしなくていいの?」
「宿に泊まっているお客さんも、皆お祭りに行くから夜はむしろ手が空くの。
それに、夕方までちゃんと仕事して父さんに許可をもらっておくから大丈夫よ」
「それなら大丈夫だね。
じゃあ、夕方には宿に戻ってくるから一緒にお祭りに行こう」
「ええ、楽しみにしていてね」
「うん、楽しみしているよ。
ありがとう、リリ」
リリの提案にようやくやる気がでてきたのか、エルもにこやかな笑みを浮かべる。エルの穏やかな笑みに気を良くしたリリも自然と笑顔になる。エルはやっぱり笑顔が似合うと、リリは思惟した。
それから取り留めもない会話を交わしてエルが食事を終えるのを待つと、威勢の良い声でエルを送り出すのだった。
それからエルは、迷宮都市に訪れて以来初めて商業区画に訪れた。アルド神官に紹介してもらった防具屋「森と大地の恵み」に向かう為だ。この都市は中心部にある女神の泉から6つの区画に町を分ける大通りが都市を囲う城壁まで述べている。大通りを進み、武器屋や防具屋が軒を連ねている、通称冒険者通りを歩くと目的の店は直ぐ見つかった。木造の店の前に大きな看板が掲げられている。町に不慣れなエルでもさほど時間を掛けずに見つけられる、分かり易い場所にある店だ。
エルが店に足を踏み入れると、陽光を反射して美しく映える金糸に人族よりは長くやや尖った耳をした、エルフの女性が笑顔で迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。
当店に何かご用ですか?」
「はい、アルド神官の紹介で来ました。
新しい武道着と籠手が欲しいです」
「それはありがとうございます。
失礼ですが、ご予算と迷宮の探索深度をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
エルはエルフの美女に質問されながら、内心はどぎまぎしていた。かくも美しい女性に会ったことがなかったからだ。森の妖精エルフ。ふと目を離したら消えてしまいそうなな儚くも現実離れした美しさを有する女性だ。エルフとは皆美女揃いなのだろうかと、愚にもつかない考えさえ浮かんでくる。
このまま黙って見つめていたら答えを持つ女性にも失礼だろうと、エルは慌てて質問に答えた。
「ええと、すいません。
僕は1つ星になったばかりの冒険者です。
予算は金貨50枚程度です。
できれば長く使えるものが欲しいです」
「まあ、随分ご予算に余裕がおありですね。
1つ星の冒険者用の装備なら、そこまでお金が掛かることはありませんよ。
ただ、ご予算に余裕がおありならお奨めの装備がございます。
お客様は気の扱いに長けていらっしゃいますか?」
「ええと、長けているかはわかりませんが、気を扱うことはできます。
武神流なので、気の運用自体は問題ない程度にはできると思います」
「わかりました。
それでは防具をお持ちいたしますので、もう少々お待ちください」
エルの答えに笑顔で頷くと、エルフの女性は目的の防具を探しに行った。
しばらくして、鮮緑色の道着とやや黄土色がかった白色の籠手を持って現れる。
「こちらがお奨めの品、猛虎の武道着と籠手です。
この道着は19階層に現れるレアモンスター、翠虎の体毛を編み込んで作ったものです。
薄くても驚くほど強靭で、刃や魔法に高い耐性を有します。
また、この籠手は同じくエメラルドタイガーの爪や牙を集め、一度溶かして実用性に富む形に設えたものです。
こちらも1つ星の冒険者の装備としては破格の強度を誇ります。
ただ、その分高額で道着が金貨10枚、籠手が金貨20枚いたします。
20階層に挑む冒険者の装備が金貨15枚程度ですので、いかに高額かお解りになるかと存じます」
エルは女性の説明を受けながらも、防具に目が釘付けになっていた。翠虎の爪や牙、そして体毛から作られたと説明を受けたが、観賞に堪えうるほどの芸術性を有した美しい装備だ。しかも、生前のエメラルドタイガーが如何に強敵だったか誇示するかのような雄雄しさも秘めている。エルは魅入られたかのように目を離せなくなってしまった。惚れたと言っても過言ではない。
お金も余裕があることだしこのまま即決してしまっても問題ないが、先ほどの女性の問いかけが気になったので質問してみることにした。
「とても綺麗で実用性のある装備ですね。
すごく気に入りました。
ただ、先ほど気の扱いに長けているかと質問したのは何故ですか?」
「はい、この装備が高額になる要因の1つなのですが、翠虎の毛や爪は気を籠めれると、さらに強固になる性質を持っています。
元々の強度も同レベル体の装備では破格なほどですが、気を籠めると30階層付近でも通用するほどの防御力になります。
ただ、難点として気の消費が激しくなりますので、気の扱いに長けた方でないと運用が難しいので質問させていただきました」
エルフの女性の説明を受けて、エルは大きく頷いた。ただでさえ気を纏えば防御力は向上するのに、この装備を用いれば更に上がるのだ。このような性質があれば高額になるのも納得できるというものだ。しかし、気の消費が激しくなるということだから使い所が難しいという説明も頷ける。だが、逆に考えれば気を消費する分修行に使えるということでもある。使い勝手は難しいかもしれないが、エルはこの装備を運用するある秘策も浮かんでいたので、この防具を購入することを決めた。
「よくわかりました。
この装備が気に入ったので購入します」
「お買い上げありがとうございます。
高額な上に使い所が難しい装備ですので、中々売れないので大変助かります」
「ええ、この装備は修行にもってこいだと思いました。
これを着て迷宮探索するのが楽しみですよ」
「まあ、この装備を修行にですか?
面白い方ですのね」
エルの返答に感じ入るものがあったのか、エルフの美女はそれまでの客相手の無機質な笑顔ではなく、人間味のある朗らかな笑顔を浮かべると可笑しそうに笑い声を上げた。
エルはそんなに自分の答えは可笑しかっただろうかと、きょとんとしている。
そんな姿も気に入ったのか、エルフの女性はにこやかな笑顔を浮かべたままあやまってくる。
「笑ってしまってごめんなさいね。
あなたの答えが気持ちがいいほど真っ直ぐだったから可笑しくってね。
ここまで楽しい気分になるのは久しぶりだわ」
「自分ではよくわからないですけど面白いですか?」
「面白いというよりはあなたの思いが正直で気持ち良かったのよ。
あっ、自己紹介が遅れてごめんなさいね。
私はルリエン、まだ200歳程度の成木にも成れていない若木の森の娘よ」
「僕の名前はエルです。
エルフの方が長生きだっていうのは本当なんですね。
僕が100歳になるころにはよぼよぼのお爺さんですよ」
またエルの受け答えが面白いのか、ころころと鈴が鳴る様な笑い声を上げる。一頻り笑うと、気を良くしたルリエンはエルが見惚れるような柔和な笑顔を浮かべ、すっかりくだけた口調で話し掛けてくる。
「人族なら100歳も生きていけないけど、冒険者はそうじゃないのよ」
「えっ、どういうことですか?」
「ふふっ、正しくは高位の冒険者ならだけどね。
魔物を倒し魔素を吸い心身を鍛え上げた冒険者は、理由はわからないけど老いが遅くなっていくのよ。
伝説に名を残す冒険者達なら、エルフと同じ時を過ごせるとも聞くわ」
「そこまで人間が長生きできるんですか?」
「ええ、伝承の通りならね。
私達の一族の間には、人族を愛した森の娘が冒険者として大成し、悠久の時を共に過ごしたという話が伝わっているのよ」
それが本当なら実に夢のある話だ。エルフや人の間だけでなく、種族の寿命は様々だ。下手すると20も満たない時間しか生きられない種族も存在する。
そのせいもあってか、種族を越えた愛は悲恋が多く成就することが少ない。更に文化や価値観も異なるのだ。愛し合ったとしても上手くいかないケースはそれこそ山ほどあるだろう。だが、成就する可能性があるというのなら、それは何と美しい夢だろうか。
エルも気分が高揚して笑顔になる。
「とても美しく夢のある話ですね。
冒険者稼業が異種族間の恋を成就させる可能性を秘めているなんて、すごくわくわくしますね」
「ええ、わたしもまだ恋をしたことはないけれど、もし恋した相手が異種族なら冒険者になるのも悪くないかなって思っているの。
やっぱり、同じ時を生きられる可能性があるなら、それに賭けてみたいじゃない?」
ルリエンの問いかけにエルも笑顔のまま頷いた。エル自身も恋したことなどないが、もし恋人ができたなら、ルリエンの願いは当然のことだろう。
「僕ももし同じ立場になったら、ルリエンさんと同じ行動をすると思います」
「ふふっ、ありがとう。
話がそれてごめんなさいね。
さあ、寸法直しをしましょう」
「はい、よろしくお願いします」
エルはルリエンの言われるままに道着と籠手を纏い、指示する体勢を取り、寸法を測ってもらう。
図り終えたら防具を外して、ルリエンに渡す。
「はい、ありがとう。
明日までには調整しておくから、好きな時に取りに来てね
それと代金の半額をもらいたいんだけどいいかしら?」
「わかりました。
金貨15枚ですね、どうぞ受け取ってください。
残りは明日受け取りに来た際に支払えばいいですか?」
「ええ、装備を取りに来た時に支払ってくれればいいわ。
装備が破損した際の修理も受け付けるから、何かあったらお店に寄ってね。
それとエルくんとの会話は気に入ったから、暇な時にでも冒険譚を聞かせに立ち寄ってくれるとうれしいわ」
ルリエンは綺麗に片方の目を閉じると目配せをした。美しい女性の絵になる様なウインクに、エルは動悸が速くなるのを覚えた。動揺を押し隠すために、エルは早口で捲し立てるように一気に返答する。
「ルリエンさんにそう言ってもらえると嬉しいです。
明日にでも装備を取りに寄らせてもらいますね」
「ええ、待っているわ。
また来てね」
「はい、わかりました。
それじゃあ、失礼しますね」
ルリエンに見送られながら、エルは防具屋を後にした。
まだ若干早鐘を打つ心臓を押さえながら、足早に道を歩く。口下手なエルにしたら、頑張って受け答えできた方だろう。大通りに出て歩調を落とし、大きく息を吐き出した。
立ち止まってこれからの予定について考える。今は昼前であるが、これから夕方までは時間を潰さねばならない。大分時間が余っている。2か月経ってもなお未だにこの都市の地理に明るくないので、リリが言ったように散策してこの街のことを少しは知るべきだろう。
そして、夕方には祭りが待っている。初めての祈願祭に思いを馳せながら、エルは確かな足取りで散策を開始するのだった。
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