Labyrinth of the abyss ~神々の迷宮~

天地隆

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第2章

第31話

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 まだ夜の名残を残す木々が鬱蒼と生い茂った深い森に、日の出と共に咆哮と怒号が飛び交った。陽の光を浴び目を覚ましたエルが、近くに魔猿デビルエイプを見つけたので、朝食前の腹ごなしとばかりに闘いを仕掛けたのである。
 魔猿(デビルエイプ)は通称4つ手猿と称される、巨大な腕を4つ持つ大猿である。身の丈はエルとは比べ物にならず、長身のアルドと比較しても頭3つ以上高いだろう。自慢の腕は丸太よりも太く、胴回りもエルのゆうに倍の厚みを持っている。性格も凶暴で、冒険者を見つけると直ぐさま襲い掛かってくる。
 もっとも、エルとしても願ったり叶ったりの状況である。エルが突進しても逃げるどころか自慢の4つ手を揮い応戦してくる様を見て、口から犬歯を覗かせ好戦的な笑みを浮かべた。

 4つ手を用いて無数の拳撃が放たれる。手が多いという利点を利かせたデビルエイプの強烈な連打である。その剛腕から繰り出される1撃は重く、そして速い。1つでも受け損なえば冒険者でも大怪我を免れないほどであるが、エルはただ嗤いながら凶悪な連撃をその身に受けるだけで微動だにしない。
 ここ数日で多数の魔物を殴殺し魔素を吸収したことで、肉体が強化されたためであろうか。いや、如何にエルが大量の魔素を得て成長したとしても、魔猿の剛腕を顔面に受けて鼻血程度で済む筈がない。
 これは武神シルバから授かった新たな御業、剛体醒覚のおかげである。この御業は、肉体内部に気を流し細胞一つ一つを活性化させ眠っていた力を呼び覚ますと共に、気の力によって皮膚や筋肉や骨などの、肉体を大幅に強化させるのだ。そのため、通常なら骨が砕かれるような攻撃を受けたとしても、軽く血を流す程度の軽傷で済んでしまっているのである。

 魔猿デビルエイプにしても、いくら攻撃しても一向に堪えない人間に対して、次第に危機感を募らせていく。攻撃を止め距離を放そうとした時にはもう遅い。胸ぐらに生えている長毛ごと掴まれ高々と持ち上げられると、抵抗も虚しく猛烈な勢いで脳天から大地に叩き付けられ、その命を散らしたのだった。
 首が折れ曲がり魔物が完全に動かなくなったのを見届けると、エルは軽く息を吐いて警戒を解き外気修練法で傷を癒すのだった。
 
 エルは魔物の落し物ドロップである魔石とましらの胸肉を拾い、自分が昨夜キャンプしていた場所に戻った。今日の朝食はこの魔物の肉を頂くことにしよう。
 エルは結界陣を起動した。結界陣とは、その名の通り不可視の結界を創り敵の侵入を拒むと共に、魔物が嫌う匂いを発生させる、迷宮で寝泊まりする場合の必須の魔道具だ。この道具によって、見張りを立てずとも安全に眠れるというわけである。また、動力源としても魔石のエネルギーを基に稼働するので、魔物を狩って魔石を手に入れれば、メンテナンスが必要であるが半永久的に使用できる優れものである。エルがわざわざ起動させたのは、食事の匂いに釣られて魔物に押し寄せられても困るからだ。  

 エルは、魔法の小袋マジックポーチからナイフと浅鍋を取り出すと、肉を適当なサイズに切り分け香辛料を軽く振ってセーネの実から絞り出した植物油を鍋に引き、携帯用の炉として用いる魔道具、火焜に火を点けた。浅鍋を火焜に置き厚切りの肉を次々投入していく。フォークでひっくり返し両面が適度に焼けたら、パンに載せ豪快にかぶり付く。料理と呼べない様な素人のいい加減なものであるが、ましらの胸肉は臭みもなく脂肪の少ない赤身が主体の肉であるにも拘らず、驚くほど柔らかい。食材が新鮮で味も良いので、料理の腕が悪くとも気にならないのだ。香辛料をふんだんに使った肉はその柔らかさのおかげで、ほとんど噛まずに飲み込むようにして食べられる。肉が喉を通る度に得も言われぬ極上の旨味が広がり、エルを陶酔させた。エルは満腹を覚えるまで大量の肉を焼いては口にかき込み、朝から旺盛な食欲をみせた。喉が乾いたら、魔道具の水管に口を付け水を飲む。

 この水管や火焜も魔石で動くので、結界陣と同じく魔物さえ倒せばいくらでも動力源が手に入る、実に便利な道具である。これらの発明は百年ほど前の、さる高名な錬金術師によってもたらされたそうだ。現在は改良を加えられ、持ち運びに便利なように工夫が凝らされている。様々な魔道文明の恩恵を受けて、冒険者達は迷宮を探索できるのである。ただし、これらの魔道具は決して安価ではない。全て買い揃えるのに金貨15枚、エルの装備している猛虎の武道着とそう変わらないほどの大金が必要なのだ。一般市民では到底買うことのできない高級な品である。冒険者にしてもこれらを本格的に必要とするのは30階層以降であろう。それ以前の階層はそこまで広くなく、1日で転移陣に戻れる程度の大きさだからである。1つ星や2つ星の冒険者にはいらないが、3つ星以降の冒険者には、安全と利便性から欠かすことのできない必需品なのである。

 大量の肉をたらふく食べたエルは、満足そうに食事を終え小休止を取った。
 迷宮に籠り始めて3日ほど日にちが経過している。闘いに没頭し、魔物を倒し己が心身を強化させることに心血を注いだエルは、現在19階層に到達していた。新たな御業、剛体醒覚はエルの基礎的な身体能力を大幅に強化し、戦闘を優位に進めさせるのに大いに役立った。そして、もう一つの御業である外気修練法のおかげで、戦闘後気力を消耗し怪我を負っても、部位の欠損などの大怪我でない限り周囲から気を取り込み心身を回復させられるので、後顧の憂いなく戦闘に集中できた。外気修練法によって、恐ろしいほどの継戦能力を有するに至ったのである。
 それに加えて、エル自身がようやく気付いたのだが、外気修練法を迷宮で行うと魔物を倒した時と同様に心身を成長させられるようなのだ。僅かな違いなので当初は気付かなかったのだが、何度も行使している内に武神の神殿の修練場と迷宮で使った場合では効果が微妙に異なることが分かったのである。武神の神託によれば、外気修練法とは大気に溢れる森羅万象の力を取り込む御業である。神託の内容を吟味し、迷宮の大気に存在する魔素を吸収し心身が成長していることに思い至ったのだ。今までは気力の消耗が激しい場合や戦闘後に負傷した場合にのみ使用していたが、魔素を取り込めることを実感したので戦闘後に必ず外気修練法を用いることにした。その甲斐もあってかエルの心身の成長は加速し、順調に下層に降りられる実力を急速に身に付けていったのである。

 だが、エル自身は現在の成長速度に不満を覚えていた。他の冒険者からみたら嫉妬され妬まれかねない思考であるが、それでも魔神に対抗する力を身に付けるに至るまでには長い年月を要するだろうことは間違いない。エルは、一刻も早くあの悪魔と闘える力を得たかったのだ。しかし、不満ではあるが他の良案もないので、魔物を倒し御業を行使し、魔素を吸収するしかなかった。

 また、迷宮に籠り孤独になることで、さらにデネビアへの復讐に囚われていった。迷宮で時折冒険者と出会うこともあるが、会話を交わすこともない。エルの間違いを指摘し、正しき道に導いてくれる存在(もの)は迷宮にはいなかったのだ。他者との交わりもなく独り魔物との闘いを続けるうちに、エルは心の闇を肥大させていくのだった。
 
 エルは魔物を見つけ次第戦闘を仕掛け、次々に屍を築きながら林道を離れ森の中に分け入っていく。エルも木々の無秩序に乱立する場所では動きが抑制されるが、素手なので武器使いほどの制限を受けない。加えて、エルは近距離、密着した零距離の間合いであっても絶大な威力を発揮できる、発剄の技をいくつかアルドから学んでいた。木々の間ではせいぜい避けるのが難しく、魔物の攻撃を防御しなければならない場合が多いくらいである。防御にしても猛虎の武道着や籠手があり、さらに気を用いた防御技纏鎧があるので、この階層の敵では到底エルの護りを突破することはできはしない。大型の敵が多いので周りの木々に動きを阻害され、逆にエルの攻撃から逃れられい破目に陥るのだった。

 森の中を進むことしばし、視界が開けると清涼な空気と共に川のせせらぎが聞こえてくる。この19階層には迷宮の一部に川が存在するのだ。9階層の土で濁った大河と違って、透明度の高い清らかな水が流れる河川である。水面(みなも)が陽光を反射してきらきらと輝き、川の中を悠々と泳ぐ魚たちの姿も見て取れる。時折、鳥達のさえずりも聞こえてくる実に長閑な風情のある場所だ。

 だが、此処が迷宮の中であることには変わりない。油断の代償は己が命で支払うことになりかねない。エルが川縁に訪れたのは、魚が目的ではない。魚を餌として求めに来るものにようがあるのだ。丸まった石の多い川原を探索していると、森から大型の影が川に降りてくるのを発見した。
 エルの目的の火燐熊だ。この赤毛の熊は魔物ではなく、迷宮に住まう動物だ。動物といっても迷宮の森に棲んで魔素を取り込んでおり、エルの3倍近い巨体だ。体重は予想するだけで恐ろしいほど開きがあるだろう。腕などもエルの胴より太く、エルを敵と認めたのか指の合間から鋭く長い爪を覗かせ唸り声を上げている。そして、何の逡巡も見せずエル目がけてまっしぐらに駆けてくる。
 エルも剛体醒覚を行使すると負けじと駆け出した。どんどん距離が詰まる。お互いの距離が無くなろうというのに火燐熊は止まる気配は微塵もない。巨体の利を生かしてエルを押しつぶす心算なのだろう。だが、体重差を埋める方法など、今のエルにはいくつもあるのだ。
 エルは大口を開けながら突進してくる熊の右肩目掛けて、体当たりを仕掛けた。走る勢いを一瞬で殺すと、大地を粉砕するほどの右足の踏み込みから身体を捻り、右肩を突き出すようにして体の側面から体当たりを敢行する。

 纏震靠

 肩の側面を用いた近距離用の発剄の技である。
 肩の側面に全体重を乗せると共に、畜剄によって得た大地の力を体当たり時に放つ技だ。その威力はいとも簡単に体重差を覆し、火燐熊を弾き飛ばした!!

 熊は砂利の中をものすごい勢いで吹き飛ばされ、もんどりを打って倒れた。所々負傷し血も滲み出ている。火燐熊は怒りに燃え咆哮を上げると、四肢に力を入れ立ち上がる。すると、全身がめらめらと炎を宿し燃え上がった。この熊は、激昂すると炎を身に纏い攻撃を仕掛けるのだ。加えて、竜と同じく火炎を吐くこともできる。動物に分類されるが、19階層の魔物と比較しても上位に入るほどの実力の持ち主なのだ。

 炎を纏った剛爪が唸りを上げて襲い、火炎の息がエルを焼き尽くさんと迫りくる。しかし、そのどれもがエルに躱され捌かれてしまう。エルの高速の足捌きと気の移動技、滑歩によって火燐熊の猛撃はどれも虚しく空を切った。そして隙を見せた所に、膨大な気を纏ったエルの貫手によって心臓を穿たれ、善戦も虚しく落命するのだった。
 もはや倒れ伏した熊は膨大な量の血を流し河原を赤く染め、2度と動かなくない。しかも魔物でないので、落し物ドロップが得られるわけではないし、肉体や流れ出た血が消えることもない。肉や毛を活用するにしても、通常ならその強さに対して割に合わない相手である。

 エルの真の目的は、この熊の血であったのだ。19階層のヒエラレルキーの頂点に近い所に位置する火燐熊の血である。河原に流れた血の匂いは辺りに充満し、鼻の利く魔物ならすぐにわかるだろう。魔物は強さに敏感である。この熊の血の匂いを嗅いだら、弱い魔物なら一目散に逃げていくに相違ない。だが、火燐熊さえも捕食するこの森の王者・・・・・・なら、これ幸いと寄ってくるだろう。エルは手早く熊を解体し肉と皮を取り分け魔法の小袋マジックポーチに収納すると、強敵の出現に備えた。

 それほど時間を掛けることなく、森の王者が姿を現した。
 美しい翡翠色と白色の縞模様を有した、優美でありながらも猛々しい様が見る者を圧倒する猛虎、翠虎エメラルドタイガーである。その巨躯は肩までの体高でさえエルより遥かに大きく、頭から尻尾までの全長にいたっては数倍もある大虎である。
 エルは身震いをした。何と美しく、雄雄しい魔物であるかと。それに、この魔物の体毛はエルの装備に使われている通り非常に強固で、かつ衝撃緩和能力も有している。爪や牙は凄まじいほどの切れ味を持つことに疑いはない。19階層の仕上げに相応しい強敵である。

 エルは、この魔物と闘えることが堪らなくうれしかった。
 もはや我慢できないとばかりに雄叫びを上げ、一直線に猛虎目掛けて突き進む。
 翠虎エメラルドタイガーも森の王者の名に恥じることなく、エルの挑戦を真っ向から受けて立つ。咆哮を上げるとエルに向かって疾駆した。四肢で地を蹴り、猛烈な速度でエルに迫る。

 しかも、猛虎の爪や牙は緑色の気で覆われているではないか!

 この魔物はどうやら気の力さえも行使できるようだ。気の力は攻撃力を数段高めてくれる。それに加えて、この魔物の爪や牙、そして体毛は気によって強化される性質も併せ持っている。
 エルに壮絶な悪寒が走る。エルは咄嗟に全身に気を籠め両腕を交差させた。
 そこに猛虎の気を纏った前腕の1撃が繰り出される。
 はたして、猛虎の剛撃は脅威的な威力を発揮し、エルを弾き飛ばした。
 川原をごろごろと転がされるが、勢いが弱まった所で急いで跳ね起きた。エルは自分の直感に従ったことに安堵した。自分が一瞬も絶えることなく吹き飛ばされた攻撃である。もし、あの攻撃を顔面などに受けたら致命傷の可能性もあり得る。

 それと同時に喜びが湧き上がってくる。翠虎エメラルドタイガーは、自分を殺しうる強敵である。互いに命のやり取りのできる相手だ。
 死を想い生を想う。急激な死の予感が、エルの生きている生の実感を呼び起こす。全身から純白の気が漏れ出し、激しい闘争心にかられる。

 エルは今度は自分の番だとばかりに泰然と佇む猛虎に疾駆した。高速で駆け出し、魔物にあと数歩と迫った所で、足に気を纏い高速移動術である疾歩を用い爆発的な加速を得る。そしてその力を跳び蹴りに転嫁した。
 さしもの翠虎エメラルドタイガーもエルのあまりの加速について行けなかったようで、高速の飛び蹴りを真面にくらい吹っ飛ばされる。普通の魔物ならこれで終わりである。だが、堅固で柔軟な体毛を有し高い体力を持つ翠虎エメラルドタイガーがここで終わるわけがない。王者に傷をつけた不遜な人間を睥睨すると、大咆哮を上げ、全身に気を纏いエルに反撃してくる。

 エルは心躍らせ、獣さながらの笑顔で猛虎の攻撃を待った。次なる攻撃は、速度にものを言わせた飛び掛かりの様だ。高速でエルの十数倍の質量が迫ってくる。しかも、全身を緑の気で覆っているので、見た目のさらに数倍の威力はあろう。

 エルも全身に純白の気を纏うと廻し受けを行い、飛び掛かってくる翠虎エメラルドタイガーの右腕の側面に手を添えるとそのまま横に逸らした。しかし、猛虎の切り替えしが早い。人間が膝や腰などで回転するに対して、虎は背骨で回転するので重心の移動が滑らかで、大虎の巨体であっても切り替えしが驚くほど速い。
 回転し様に後足で立ち上がると、エルを前足で殴りかかってくる。

 その前足の恐ろしさは一合目でいやというほど味わっている、エルは回歩と滑歩を組み合わせ、身を屈めながらも高速で側面に回り込んだ。
 今度は魔物の方が分が悪い。立ち上がっているので、方向転換が難しいのだ。
 胴体ががら空きである。だが気に覆われ、防御力も格段に上昇している。生半可な攻撃では通用しないだろう。エルが選択したのは、最も信頼している強烈な気を纏った武人拳での中段突きである。腹を貫けと全力で横原に拳を叩き込んだ。

 だが、魔物の強靭な体毛を突き破ることはできず、弾き飛ばしただけの結果になる。猛虎は痛みのせいか、苦痛に身を捩り悲鳴を上げる。どうやらダメージは与えられているようであるが、致命傷を与えるのは時間が掛かりそうだ。エルは慎重に闘いを進めていった。

 それから魔物の闘いは熾烈を極めた。気の用いた牙や爪の一撃は、エルをもってしても致命傷を受けかねない。防御に重点を置き少しづつ攻撃を与えていくが、魔物の堅固な防御が突破できないでいた。また、翠虎エメラルドタイガーの苛烈で素早い攻撃に受け損なう場合もあり、エルも血を流し負傷する度合いも疲労も相まって時を経つ度とに増えていく。
 お互いにあちこちに傷を負い、激しい息遣いをするほど疲労が溜まってきた。闘い続けるのも限界に近い。命を賭けた勝負をかけなければならないだろう。

 だが、エルが乾坤一擲の勝負に出る前に、大勝負に出たのは翠虎エメラルドタイガーの方であった。後立ちからの殴りつけとみせ、横合いからエルの肩を両前足で掴みかかったのだ。虎は引き付ける力が案外強い。掴まれた前足を外そうにも強靭な力で外せない。そこに猛虎の鋭い牙を覗かせた大口が襲い掛かる。
 頭を咬まれれば一溜りもない。
 腕が動かせないエルの取る手段はあるだろうか。

 エルには、この攻撃に対する苦い教訓があった。
 そう、迷宮で初めて出会った大山猫(リンクス)の変異種に同じ攻撃を受けていたのである。虎と見紛うほどの巨体の大山猫(リンクス)に肩口を抑え付けられ、首の根元辺りを咬まれ酷い苦痛を味わったのだ。今の状況と全く同じである。あれからエルは何の対策を立てていなかったのであろうか。否、そんな事はない。
 今は魔物がエルの肩を押さえ、頭に咬み付きを行うほど密着した状態である。エルが攻撃できさえすれば大虎に攻撃は届くのだ。腕は捕まれて動けないが、足は動かせるのだ。掴まれた時から足に純白の気を集中し膨大な力を込めた、右足が猛虎の下腹部に唸りを上げて襲い掛かる。

 エルの右足は猛虎の牙がエルの頭に到達する寸前に、翠虎エメラルドタイガーの性器を粉砕した!!
 森の王者もこの攻撃には堪え切れない。哀れを誘う声を上げると、エルの肩を放し地面をのたうち回った。もはやエルに立ち向かう余裕もない。
 猛虎の頭の真上から、垂直に全身全霊を込めた武人拳の下段突きを放ち、エルはこの強敵との決着を付けるのだった。

 絶命した猛虎を見ながら荒い息を付く。翠虎エメラルドタイガーは素晴らしい敵であった。エルの全身の傷が猛虎の強さを証明している。急激な勢いで成長するエルをもってしても苦戦を免れなかった、まさに敬意を払うに相応しい強敵である。
 この魔物のやがて魔素・・・になり迷宮に還るであろう。その後に賜る落し物ドロップは食材にしろ、素材にしろ余すことなくエルは活用する積りであった。

 そう、尊敬できるこの魔物の全て・・・・・・をエルは余すことなく、役立てたかったのだ。
 ふと、エルは思い付いた。この魔物は今から魔素に変換されるのだ。その魔素のごく一部はエルに流れ込むが、それ以外は迷宮に還元される。この魔素を全て自分のものにできないかと、考えたのである。通常なら思いつかない発想だ。だが、幸運か不運かわからないが、エルにはたまたま神の御業、外気修練法があった。そう、大気に存在するあらゆる力を取り込める御業が……。

 これは悪魔の囁きなのだろうか。エルは奮える身体を動かし、猛虎の傍に歩んだ。
 そして、魔素になっていく猛虎に対して外気修練法を行った。
 すると魔素はエルに吸い寄せられ、迷宮に消える前にエルの身体に流れ込んだのだ!!

「あはっ。
 あははははははははははははははははははは!!」

 エルはあまりの全能感に浸り、笑いが止まらない。冒険者に流れる魔素は、迷宮に還るものの本当に極一部だったのだ。翠虎エメラルドタイガーの魔素を大量に吸収していくに従って、エルの心身が見る間に成長を遂げていくのがわかる。魔素を吸収して直ちに成長できるなどは、初めての経験だ。
 これならできる。すぐに魔神に追い付くことも可能だとさえ思えてならない。
 あの憎き悪魔に復讐することも夢ではないかもしれない。
 エルは狂ったように笑い声を上げながら、自身の偶然の思い付きに感謝した。
 己が純白の気の一部が黒く染まっていることに気付かずに……。
  
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