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第3章
第42話
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翌朝、エルはライネル達を伴ってアルドの紹介した武器屋“竜を屠る槌”に訪れていた。
ライネル達がエルに付いて来たのには理由がある。パーティの防御の要である、翠熊族の戦士ダムの装備を新調するためである。エルと時を同じくしてライネル達一行も31階層の探索を開始したが、今までの激戦のせいかダムの大盾や魔鉱製の斧にがたがきてしまったのだ。9つ星の上位冒険者でもあるアルドの紹介の武器屋である。さぞ良品が置いてあるだろうと、エルと共に武器屋に訪れたという訳だ。
もっとも、エミリーやクリスは予定が空いていたので付いて来ただけだが、ライネルには別の思惑があった。アルドの教えた武器屋が、どの程度が見定める心算なのだ。もし粗悪品もあるような店だったなら、自分のお勧めの武器屋をエルに紹介し、後でアルドを悔しがらせてやる腹積もりであった。
だが、来訪した武器屋を見るや、子供染みた企みは破綻した。
武器屋“竜を屠る槌”、下位冒険者から上位冒険者まで幅広く様々な武器を扱っている店だが、店の主人であるドワーフのヴァイクの作は上位冒険者の中でも評判が良く、中にはヴァイクの作を愛用する最上位冒険者もいるという話も聞くこともあるほどだ。同格の店も数える程だし、これ以上の店となると、入店するにも資格が要る、最上位冒険者専用の店ぐらいである。
ライネルも以前この店にお世話になったことがあった。ヴァイクの弟子の作であるが使い勝手が良く、長らく戦場を共にした相棒を購入した事があるのだ。ライネルとて、一個の戦士としての矜持がある。この店を貶めることは到底できなかった。
思惑が外れて渋面を作る羽目になったが、その一方でアルドが信頼できる人物だという、自身の評価が外れなくて安堵した面もあった。
愛弟子だと公言して憚らないエルに教えた店である。生半可な所を教えるはずがないという思いがあったのだ。薦められた店は、ライネルでも紹介するであろう名店である。会えば罵り合い喧嘩ばかりしているが、ライネルの中では、存外アルドの評価は高かったのだ。
あの性格と態度は気に入らないが、エルへの対応は誠実そのものであり、神官としても若輩で弟子を取った数も少ないであろうに、確固たる信念をもって教え導く様は好感が持てた。まあ、口が裂けてもアルドを褒める様なことを言う積もりはないが……。
加えて、エルの最も頼れる存在は自分だという思いもライネルの中にはあった。エルの成長のためにも、アルドが優れた人物であることは望ましいことである。だが、義兄である自分こそがエルの信頼を勝ち取るのだ。いや、勝ち取らねばならない。優秀な人物と競いあうのは望む所なのだ。ライネルの心には、アルドへの競争意識がメラメラと燃え上がっていた。
何はともあれ、まずは義兄として義弟に頼られるような立派な姿を見せようと、不敵な笑みを浮かべ仲間達と連れ立って“竜を屠る槌”に入店するのだった。
長い年月を経た家特有の香りのする古い木造の店に入ると、金属製、おそらくは大半が迷宮でしか取れない、魔鉱製の武器や防具が所狭しと展示してあった。中には、箱に無造作に大量の武器が一纏めにして置いてあるものも見受けられた。きっと新人や下位冒険者用に格安の武器として扱っているのだろう。
エルは手を伸ばし、その中の一本の長剣(ロングソード)を手に取ってみる。武器に付けられた値札には、銅貨50枚と書かれている。新人が5日くらい頑張れば買える程度の、お手頃な価格だ。
装飾や彫りの一切無い質素な作りだが、刀身はしっかりしていて耐久性も高そうだ。上手に使えば、5階層ぐらいまで十分通用するのではないかとさえ思えてくる。最安値の弟子の習作と思しき武器でさえ出来は悪くない。師匠の武器ならどれほどのものだろうと、エルは期待に胸を膨らませた。
「何かお探しですか?」
声を掛けられた方を振り向くと、にこやかな笑顔を浮かべる青年が立っている。槌を振って使い込まれているのか、彼の手の皮は厚くいくつもまめができている。店員をしているだけではそうはならないだろう。彼の手は、まだ若いながらも立派な職人の手をしている。おそらく、弟子が持ち回りで店の売り子をしているに違いない。
エルが慌てて持っていた剣を戻し青年の問いに答えようと間誤付いている間に、ダムが前に出て青年に話し出した。
「ああ、用があるのは俺とこのエルだ。俺は斧と盾が欲しい。3つ星クラスで使えるやつを探している。それと、エルはここの見学に来たんだ」
「見学ですか?」
武器を買うわけでもなく見に来たと言われて、青年は戸惑っているようだ。
エルは自分が此処に来た理由を説明することにした。
「僕は武神流の格闘術を使うのですが、今気を使って肉体を武器化する修行を行っている所なんです。僕の師のアルド神官に名品を見て参考にしろと言われて、この店を紹介されて来たというわけです」
「なるほど、そういうわけですか」
青年も納得したようで頷くと、ライネルやエミリー達の方に向き直った。
「そちらの皆様は何かお探しですか?」
「いや、俺達はついて来ただけだ」
「私達のことは気にせず、ダムの武器を見繕ってあげて」
「わかりました。奥は全て師匠の作ったものですので、参考になるものも多いと思います。どうぞご自由にご覧ください。ダム様はこちらに来てください」
ダムはエル達に手を振ると、青年と連れ立って3つ星の冒険者用の装備が置かれている一角に向かう。エルはライネル達と共に、ヴァイクの作が飾られている奥の部屋に移動した。
そこには目を見張る様な、荘厳で優美な武器が展示してあった。エルの身の丈を越える巨大な大剣、大木でも両断できそうな戦斧、全てを凍て付かせる様な冷え冷えとした刃を穂先に有する槍など、見るものを圧倒する武器がいくつも飾られている。しかも、金などの貴金属や宝石などで壮麗な装飾や彫刻もなされている。戦闘での使用を主眼においているが、芸術性も兼ね備えた美しくも実用的な武器群である。
「さすがはヴァイクの作ですね。どれも素晴らしく見惚れてしまいそうです」
「ああ、そうだな。だが、どれも性能に見合った値段だ。俺達じゃとても手を出せない」
クリスとライネルの話を聞いて、エルも武器の値段を確かめてみる。
どの武器も金貨100枚に相当する大金貨以上の価格だ。高いものでは大金貨の更に上、金板が必要になってくるものまで存在する。下位冒険者が到底買える値段ではない。上位冒険者用の装備ということだろう。さすがは名高いヴァイクの作である。
どの武器も素晴らしく見る価値があるが、多すぎて迷ってしまう。どれを参考にすべきかとキョロキョロしていると、クリスが近寄って来た。
「エルくん、どうしたんですか? 迷っているようですけど……」
「どの武器も今まで見た事ないくらい凄くて、どれを参考にしたらいいか迷っているんです」
「なあ、エル。気の武器化の修行はどのくらいまで進んでいる?」
横から話を聞いていたライネルが疑問を挟んだ。エルの状況を聞いて、何か助言をする積もりなのだろう。
「えーと、修行は始めたばっかりで、なんとか気の刃を作る事ができたぐらいです。自分の五体を状況に応じて様々な武器として扱えるようにならなければならないのですが、どの武器から始めたらいいものかわからないんです」
「そうか。それなら、エルの得意技を応用して使えないか?」
ライネルに問われて、エルは自分の得意技は何かと自問してみる。答えは直に出た。
突きである。それも中段突きこそが、自分が長年修行して最も頼みとする技である。突きの動きと似た武器はあるだろうか……。
そうだ槍だ。
突きは真直ぐに最短距離を直進する技であり、槍も突きと同様に直進して相手に突き刺すのに用いる武器だ。腕を柄とし手を刃である槍頭と為せば、突きの動きはまさに槍の動きそのものである。
武器化の修練は槍から始めるのがいいだろう。貫き手で中段突きを行えば、そのまま槍で突く動作になるので取っ付き易い。ライネルのお陰で光明が見えてきた。
「義兄さん、ありがとう! 僕がまず見なくちゃいけないのは槍です!!」
エルの元気一杯の答えに、ライネルは顔に太い笑みを湛え満足そうに頷いた。エルの迷いが晴れ、希望に溢れた顔にライネルは益々気を良くする。
そして、エルと共に参考にすべき槍を探し始めるのだった。
しばらくして、一本の槍が目に留まる。それは、ヴァイクの作にしては装飾を最小限に留めた、実にシンプルな槍であった。漆黒の穂先に目映い白色の魔鉱製の柄を有する槍で、飾りと呼べるものは柄や刀身に刻み込まれた、エルには読めぬ魔法文字ぐらいしかない。相手を屠ることしか考えていない様な武骨な槍であった。
だが、穂先の真っ黒な刃は幾多の魔物を殺め、血を吸ったかのような趣がある。此処に飾られるまでに、きっと数え切れぬ激戦を潜り抜けてきたに違いない。観る者にそう確信させるだけの風格を、この槍は備えていた。そしてこの鋭い暗黒の刃は、武器の本質、敵を倒すことただそれだけを体現したかのようでもあった。見た目は他の華美な武器に比べると幾分貧相であるが、この中で最も強く、魔物を屠れる武器はこれだという、確信めいた思いがあった。
エルは次第に目が離せなくなり、食い入るように長い時間その槍を見つめ続けるのだった。
「エルくん、その槍が気に入ったの?」
槍から目を離し一息ついたエルに、エミリーが話し掛けてきた。エルが熱中している間は一切邪魔をせず、落ち着いてから声を掛けるという、優しい姉貴分の計らいである。
「ええ、この槍はすごいです! 一目で気に入りました」
「歴戦の戦士のようなオーラを纏っているわね」
「きっと此処に飾られるまでに、多くの戦いを経てきたんだと思います」
「おやっ、すごいのに目をつけましたね。その槍は、屠竜槍トラログですよ」
振り向くと店子の青年とダムが立っていた。ダムは、魔鉱製と推測される金属特有の輝きを放つ大盾と戦斧を担いでいる。どうやら、首尾よく装備を整えることができたようである。
余程好いものが見つかったのか、普段余り顔に表情が出ないダムがほくほく顔である。
「これがトラログ……」
「ええ、かつて軍神流の英雄ディーンが、雷竜ヴォリスを討伐する時に用いたのが、この槍です。
ヴァイク親方の師匠の作だそうですが、この槍を越えるのを目標として飾ってあるそうですよ」
英雄ディーン。
4人の仲間と共に、多くの街や村を襲い数多の人々を喰らった魔竜ヴォリスを退治した大英雄である。その他にも、海獣バグズ退治や炎の巨人イグの討伐など数多くの逸話が残っており、英雄譚にもよく歌われるメジャーな英雄である。エルも故郷にいた頃、流れの吟遊詩人からディーンの活躍を聞いた事があるぐらいだ。
あの時聞いた雷竜討伐の件は、思い出せば今でも胸が熱くなるほど興奮したものである。
雷竜に止めを刺した伝説の武器が目の前にある。
そう思うと、鼓動が自然とは早くなり、興奮で頬に赤みが差した。
目標は高い方が、挑みがいがあるとういうものだ。この槍のようにいつか必ず真なる竜を倒してみせると、エルは決意を新たにするのだった。
そして、エルは青年に謝意を示す。
「素晴らしい武器を見させてくれて、ありがとうございました。また見に来てもいいですか?」
「ええ、店が開いている時ならいつでもどうぞ。実はこの武器は、冒険者を計る物差しとして使われるんです」
「えっ、どういうことですか?」
エルには、何故この武器が冒険者の物差しになるか判らなかった。
青年はしたり顔で得意気に語り出した。
「この部屋の武器は装飾品などが派手なものが多いと思いませんでしたか? これはわざとなんです。もちろん師匠の作ったものなので、実戦でも十分使えます。逆にトラログはシンプルな作りなので、この中に混じると質素に見えてしまいます。ですが、この中で最も優れた武器は、やはり屠竜槍トラログです。見た目に惑わされず、最も優れた武器を選ぶ目を冒険者が持っているか判断するために、わざとこの様にしているんです」
「なるほどな、いやに綺麗な武器が多いと思ったぜ。エル、よくトラログを見つけたな。さすが、俺の義弟だぜ!!」
傍らで青年の話を聞いていたライネルが、エルの頭を撫で繰り回しながら褒める。クリスやエミリーも口々にエルを褒めるた。
だが、エルとしては特に意図せず自分の参考になる武器を選んだだけであり、賞賛されても当惑するばかりである。自分に物を見定める目が備わっているという自信は、全くといっていい程なかった。
「本来は親方に武器作製を依頼しに来た冒険者に、腕を振るに値するかどうか試すための試験なんです。親方は昔気質で頑固な所がありますんで、自分の認めた冒険者にしか新たな武器は作らないんですよ」
名工ヴァイクの武器を欲しがる冒険者は大勢いる。
新たに自分専用の新作を打って貰えるとなれば、栄誉なことだろう。大金を積んでも欲しがる冒険者は、大勢いるはずである。
実力もないのに名匠の武器を欲しがる者達を排除するために、この様な試験を課したのであろう。
「でも、僕はただ、槍の中で自分が参考にするとしたらどれがいいか選んだだけなのですが……」
「それでも他の武器に惑わされずトラログを選んだのは凄いと思いますよ。どうしてこの武器を選んだんです?」
「それは、この武器が一番強いと思ったからです」
エルの簡潔な答えを聞くと、青年は堪えきれず笑い出した。
青年の笑いが治まるまでしばらくの時間を要し、エルは困惑した状態で成り行きを見守った。
「いやっ、どうもすいません。あまりにシンプルで親方好みの答えだったもので、笑うのを我慢できませんでした。うちの親方は、そういう答えが大好きなんですよ。それに、親方からこの武器を選べた冒険者は大事にしろって、きつく言われているんです」
「だからさっき、エルくんにいつでも見に来ていいって言ったのね」
「はい、そうです。エルさんになら、此処にはない親方の武器を見せられますので、是非また来てください」
まだ見たことのない優れた武器が見られる。
青年の言葉にエルの胸は高鳴った。実に楽しみである。
「ありがとうございます。武器化の修行のためにも、色んな武器の名品が見れるのは凄く助かります。
また時間を作って寄らせてもらいますね」
「はい、またのご来訪をお待ちしております。エルさんのことを親方達に伝えておきますので、名前を出してもらえれば名品を見れるようにしておきますね」
青年の心遣いがありがたい。自分が店子をしていない時のこともきちんと考えてくれているようだ。次にこの店を訪れる時が楽しみである。
そして何より、名槍を間近に見た興奮が治まらない。竜をも屠る漆黒の刃が、あの触れれば斬られる様な研ぎ澄まされた刃が、今のエルの目標である。早く実戦で気の武器化を試したくて仕方が無い。
エルは紅潮し興奮しきった顔で、迷宮での魔物との闘いに思いを馳せた。
エルは青年に別れを告げると、ライネル達と連れ立って店を出て通りに出た。
「義兄さん達はこれからどうします? 僕は迷宮に行こうと思います」
「それなら、私達も一緒に迷宮に潜りましょうか?」
「いや、俺達はダムの新調した装備の確認してから行った方がいいだろう。今日は別々に探索しようぜ」
「ライネル……」
エミリーが訝しげにライネルを見るが、やがて何がしかの意図があるのだろうとこの場で追及するのを止め、軽く嘆息した。
エルはライネルの言葉を額面通りに受け止めたので、特に疑問を抱いていない。頭の中は武器化の修行ことでいっぱいで、早く迷宮に行きたくてうずうずしている。
「よし、じゃあエルは迷宮に行きな。エルと一緒の迷宮探索は、また今度にしよう」
「はい、わかりました。
それじゃあみなさん、先に迷宮に行きますね」
「ええ、気を付けてね」
「またな」
「エルくん、無茶はしないでくださいね」
エルは頭を下げると、我慢できないとばかりに迷宮に向かって駆け出した。その姿はあっという間に見えなくなってしまう。
エルが見えなくなってから、エミリーがライネルに先ほどの真意を問い糾す。
「ライネル、何故エルくんを一人で行かせたの?」
「私はエルくんと一緒に潜りたかったのですが……」
「エルの顔を見ただろう。あれは、魔物相手に新しい修行がしたくて堪らないって顏だ。俺達と一緒じゃ遠慮があるし、思う存分できないだろう? 義兄である俺が、弟の成長の妨げになるわけにはいかんだろう」
ライネルの答えを聞いて、エミリーとクリスはようやく得心がいったようである。
ライネルとしても本音は一緒に冒険したかったに違いないが、エルの成長のために我慢したというわけだ。
豪放磊落な見た目に反して、実に義弟思いの態度であった。
「お兄ちゃんしてるんだね。かっこいいよ」
「よせやいっ。照れるじゃねーか」
ライネルはむず痒そうに鼻の頭を掻く。女性陣は心が温かくなったのか、母性を感じさせる柔和な笑顔を浮かべた。ダムでさえも軽く笑顔になっている。
エルを大切に思うライネルの気持ちが伝わったのだろう。
「さーて、俺達も準備を調えて迷宮に行こうぜ。エルと一緒に冒険に行った時に恥ずかしい姿は見せられないからな。しっかり鍛えようぜ!」
「ふふっ、そうね」
「エルくんの成長は早いですからね。差が開くのはしょうがないですが、私達も頑張りましょう」
「ああ、俺達のペースで攻略を進めよう」
エルと時間を置くことしばし、ライネル達も迷宮に向けて歩き出すのだった。
一方のエルはというと、迷宮の入り口を護る衛兵に冒険者カードを見せて通してもらうと、迷宮の入り口の裏にある転移陣を起動させ31階層に降り立っていた。
31~35階層は巨大な魔物を相手にする階層である。
31階層には、10階層からお馴染みの亜竜、砂礫竜に加えて、蛮巨人に巨芋虫などが出現する。
どれも人類の数倍の大きさを有し、高い生命力を有している。動きは比較的遅いが、どの魔物も避け辛い広範囲への攻撃手段を持った難敵だ。
だが、高速戦闘を主体とするエル相手には、動きが鈍いというのは致命的であった。
しかも、エルは気を用いた武人拳などの強力な攻撃や、発剄などの内部破壊を行える凶悪な技を修めている。相手の攻撃を軽々と避け、弱点の部位に攻撃を打ち込めばそれでお終いである。慣れてしまえば、エルにとってはどうとでもなる敵であった。
しかし、本来ならサンドドレイクやワイルドジャイアント等は、固い鱗や皮膚で武器を通さない高い防御力と、一撃でも貰えば甚大な被害を受ける攻撃によってパーティを苦戦を強いる強敵だ。
一般的な倒し方としては防御に徹し、魔物の攻撃後の隙を狙って、強力な気の技や魔法で畳み掛けるようにして攻略する必要があるほどである。
今回は、エルとしても長期戦を覚悟しなければならなかった。不慣れな気の武器化の技で堅固な表皮を貫くのは、相当骨が折れるからである。
だが、大変で苦労する闘いはエルの望む所であった。エルの脳裏に焼き付いて忘れられない屠竜槍トラログ、あの全てを穿ち貫く様な漆黒の刃の様になるには、長い長い研鑚と闘争の日々が必要だが、明確な目標に向かって努力できる事がエルには嬉しかった。修行と闘いを通して、自分はもっともっと強くなれる。願ってもないことである。
猛り逸る心にのままに、修行相手である魔物を探し31階層を徘徊するのだった。
・・・
・・
・
何処かの神を祭った神殿の内部を想起させる美しい大理石と、白亜の柱と壁に囲まれた迷宮を探索することしばし、ようやくエルの待ち望んだ相手が現れた。
蛮巨人である。
身の丈はエルの3倍ほどの巨体で、腰に粗末なボロを巻き付けているだけの、ほぼ裸と変わらぬ恰好である。蝦蟇を潰した様な醜悪な面に気味の悪い笑みを浮かべている。この悍ましくもみすぼらしい姿から魔物を侮った冒険者は、すぐにその代償を支払わせされることになる。
そう、たった一つしかない己が生命という代償をだ。
巨人の人外の膂力で殴られれば容易く人は死に、大口から顔を覗かせる巨大な歯は鎧でさえ簡単に噛み砕くのだ。それに、固い皮膚と鎧もかくやという強固な筋肉は、半端な攻撃は通用しない。31階層で現れるのに相応しい強敵が、この蛮巨人なのである。
エルは雄叫びを上げ、待ち望んだ敵目掛けて矢の様に疾駆した。巨人が迎撃する間もなく懐に飛び込み、手を槍の穂先に見立てる様にして気を纏わせて武器化すると、何の装備の付けていない腹目掛けて真っ直ぐに突いた。
すると、金属同士がぶつかる様な音がして、エルの貫き手は弾かれてしまう。
何とも硬い表皮である。弾かれた手が逆に痛むほどだ。
だが、修行には打って付けの相手だと、エルは嬉しくなり口角を吊り上げた。
巨人がエルを叩き潰さんと拳を掲げ、頭目掛けて振り落としてくる。蛮巨人(ワイルドジャイアント)はその巨体のせいで足は遅いが、手を用いた攻撃は十分速い。この拳によって、多くの冒険者が犠牲になってきたのだ。
だが、今迄エルが出会った強敵は、この巨人より速く強力な攻撃をするものがいた。あの最悪の魔神や強力な守護者、九頭大蛇に比べたらどうということはない。
エルは回歩によって、巨人の拳を躱し様に側面に回り込んだ。そして、攻撃直後の大きな隙を晒した魔物の脇腹に、右手を気で覆い槍と化して突きを放つ。
甲高い音と共に、エルの攻撃は先程と同様にあえなく弾かれてしまう。こちらの攻撃がそう簡単には通用しない事は、エルも分かっている。
通じなければ、通じるまで突き続ければ良いのだ!!
右手を戻す反動を利用して、今度は左手を槍化させて突く。
左手も弾かれた所に、反撃とばかりに巨人の左拳が唸りを上げて襲ってくる。当たればエルでさえ被害が免れない恐ろしい拳も、冷静に対処するエルには通用しない。
ワイルドジャイアントの背中に素早く回り込み、太い剛腕によって振るわれた一撃を難無く回避してしまう。
がら空きの背骨に、エルは連続突きを放った。
突く、弾かれる。突く、弾かれる。突く、弾かれる。
激しく突きを放った指から鈍い痛みを感じる。このまま。蛮巨人の表皮を無理やり貫こうと続ければ、血は出て指が折れるであろうことは想像に難くない。
拳は長年鍛えてきたが、貫き手などの指先を鍛える修行はしてこなかったのだ。いくら気で強化してあるといっても、巨人の岩より硬い皮膚相手には分が悪い。こちらの手も損傷を負うのは、自明の理であった。
エルはそれでも構わなかった。骨折程度なら中級の回復薬で治せるし、肉体の欠損でさえ最上級の回復薬で再生できるのだ。
ならば、怪我を恐れて逃げる必要はない。
それに、苦痛は闘いに付き物である。自分が受けた痛みは、この闘いの勝利をより素晴らしいものにしてくれることだろう。
エルは獣染みた笑みを浮かべ天高らかに雄叫びを上げると、巨人との長い闘いに没頭していくのだった。
大理石の床に倒れ伏す巨人の傍らで、エルは脂汗を流しながら荒い息を付いていた。巨人との闘いで指は脱臼し、中にはあらぬ方向に折れ曲がり血が滴り出しているものもあった。両手から伝わってくる痛みに顔を掴めつつも、自分のまだ拙い気の武器化によって強敵を倒すことができた喜びに、心は踊っていた。
戦利品を回収すると、魔法の小袋から中級回復薬を取り出し一気に飲み下す。形容し難い甘みと苦味の混ざり合った味を我慢しながら回復薬を飲み干すと、神の御業、外気修練法によって大気中に満ち溢れる力を取り込み心身を回復させる。
すると、回復薬の効果も相まって折れ曲がった指は忽ち元に戻り、痛みも無くなってしまう。両手を開いては握る行為を繰り返し、全く問題ないことを確認すると、エルは笑みを浮かべた。
辛いけど楽しい。
痛みを覚えながらも、ひたすら気で槍化させた手で突くことで、使い熟せれば気の武器化は真に役立つ有用な技だという感触を得ていた。加えて、今後必ずこの技が必要な場面が出てくるだろうと、エルには思えたのだ。
そのためには鍛え上げねばならない。今は未熟で自分も傷を負うが、近い内に巨人の皮膚を一撃で貫けるまで研ぎ澄ましてやると、心に誓うと新たな魔物を探し始めた。
その日は大量に持ち込んだ回復薬が無くなるまで闘いを繰り広げると、エルは満足そうにリリ達の待つ宿に帰るのだった。
ライネル達がエルに付いて来たのには理由がある。パーティの防御の要である、翠熊族の戦士ダムの装備を新調するためである。エルと時を同じくしてライネル達一行も31階層の探索を開始したが、今までの激戦のせいかダムの大盾や魔鉱製の斧にがたがきてしまったのだ。9つ星の上位冒険者でもあるアルドの紹介の武器屋である。さぞ良品が置いてあるだろうと、エルと共に武器屋に訪れたという訳だ。
もっとも、エミリーやクリスは予定が空いていたので付いて来ただけだが、ライネルには別の思惑があった。アルドの教えた武器屋が、どの程度が見定める心算なのだ。もし粗悪品もあるような店だったなら、自分のお勧めの武器屋をエルに紹介し、後でアルドを悔しがらせてやる腹積もりであった。
だが、来訪した武器屋を見るや、子供染みた企みは破綻した。
武器屋“竜を屠る槌”、下位冒険者から上位冒険者まで幅広く様々な武器を扱っている店だが、店の主人であるドワーフのヴァイクの作は上位冒険者の中でも評判が良く、中にはヴァイクの作を愛用する最上位冒険者もいるという話も聞くこともあるほどだ。同格の店も数える程だし、これ以上の店となると、入店するにも資格が要る、最上位冒険者専用の店ぐらいである。
ライネルも以前この店にお世話になったことがあった。ヴァイクの弟子の作であるが使い勝手が良く、長らく戦場を共にした相棒を購入した事があるのだ。ライネルとて、一個の戦士としての矜持がある。この店を貶めることは到底できなかった。
思惑が外れて渋面を作る羽目になったが、その一方でアルドが信頼できる人物だという、自身の評価が外れなくて安堵した面もあった。
愛弟子だと公言して憚らないエルに教えた店である。生半可な所を教えるはずがないという思いがあったのだ。薦められた店は、ライネルでも紹介するであろう名店である。会えば罵り合い喧嘩ばかりしているが、ライネルの中では、存外アルドの評価は高かったのだ。
あの性格と態度は気に入らないが、エルへの対応は誠実そのものであり、神官としても若輩で弟子を取った数も少ないであろうに、確固たる信念をもって教え導く様は好感が持てた。まあ、口が裂けてもアルドを褒める様なことを言う積もりはないが……。
加えて、エルの最も頼れる存在は自分だという思いもライネルの中にはあった。エルの成長のためにも、アルドが優れた人物であることは望ましいことである。だが、義兄である自分こそがエルの信頼を勝ち取るのだ。いや、勝ち取らねばならない。優秀な人物と競いあうのは望む所なのだ。ライネルの心には、アルドへの競争意識がメラメラと燃え上がっていた。
何はともあれ、まずは義兄として義弟に頼られるような立派な姿を見せようと、不敵な笑みを浮かべ仲間達と連れ立って“竜を屠る槌”に入店するのだった。
長い年月を経た家特有の香りのする古い木造の店に入ると、金属製、おそらくは大半が迷宮でしか取れない、魔鉱製の武器や防具が所狭しと展示してあった。中には、箱に無造作に大量の武器が一纏めにして置いてあるものも見受けられた。きっと新人や下位冒険者用に格安の武器として扱っているのだろう。
エルは手を伸ばし、その中の一本の長剣(ロングソード)を手に取ってみる。武器に付けられた値札には、銅貨50枚と書かれている。新人が5日くらい頑張れば買える程度の、お手頃な価格だ。
装飾や彫りの一切無い質素な作りだが、刀身はしっかりしていて耐久性も高そうだ。上手に使えば、5階層ぐらいまで十分通用するのではないかとさえ思えてくる。最安値の弟子の習作と思しき武器でさえ出来は悪くない。師匠の武器ならどれほどのものだろうと、エルは期待に胸を膨らませた。
「何かお探しですか?」
声を掛けられた方を振り向くと、にこやかな笑顔を浮かべる青年が立っている。槌を振って使い込まれているのか、彼の手の皮は厚くいくつもまめができている。店員をしているだけではそうはならないだろう。彼の手は、まだ若いながらも立派な職人の手をしている。おそらく、弟子が持ち回りで店の売り子をしているに違いない。
エルが慌てて持っていた剣を戻し青年の問いに答えようと間誤付いている間に、ダムが前に出て青年に話し出した。
「ああ、用があるのは俺とこのエルだ。俺は斧と盾が欲しい。3つ星クラスで使えるやつを探している。それと、エルはここの見学に来たんだ」
「見学ですか?」
武器を買うわけでもなく見に来たと言われて、青年は戸惑っているようだ。
エルは自分が此処に来た理由を説明することにした。
「僕は武神流の格闘術を使うのですが、今気を使って肉体を武器化する修行を行っている所なんです。僕の師のアルド神官に名品を見て参考にしろと言われて、この店を紹介されて来たというわけです」
「なるほど、そういうわけですか」
青年も納得したようで頷くと、ライネルやエミリー達の方に向き直った。
「そちらの皆様は何かお探しですか?」
「いや、俺達はついて来ただけだ」
「私達のことは気にせず、ダムの武器を見繕ってあげて」
「わかりました。奥は全て師匠の作ったものですので、参考になるものも多いと思います。どうぞご自由にご覧ください。ダム様はこちらに来てください」
ダムはエル達に手を振ると、青年と連れ立って3つ星の冒険者用の装備が置かれている一角に向かう。エルはライネル達と共に、ヴァイクの作が飾られている奥の部屋に移動した。
そこには目を見張る様な、荘厳で優美な武器が展示してあった。エルの身の丈を越える巨大な大剣、大木でも両断できそうな戦斧、全てを凍て付かせる様な冷え冷えとした刃を穂先に有する槍など、見るものを圧倒する武器がいくつも飾られている。しかも、金などの貴金属や宝石などで壮麗な装飾や彫刻もなされている。戦闘での使用を主眼においているが、芸術性も兼ね備えた美しくも実用的な武器群である。
「さすがはヴァイクの作ですね。どれも素晴らしく見惚れてしまいそうです」
「ああ、そうだな。だが、どれも性能に見合った値段だ。俺達じゃとても手を出せない」
クリスとライネルの話を聞いて、エルも武器の値段を確かめてみる。
どの武器も金貨100枚に相当する大金貨以上の価格だ。高いものでは大金貨の更に上、金板が必要になってくるものまで存在する。下位冒険者が到底買える値段ではない。上位冒険者用の装備ということだろう。さすがは名高いヴァイクの作である。
どの武器も素晴らしく見る価値があるが、多すぎて迷ってしまう。どれを参考にすべきかとキョロキョロしていると、クリスが近寄って来た。
「エルくん、どうしたんですか? 迷っているようですけど……」
「どの武器も今まで見た事ないくらい凄くて、どれを参考にしたらいいか迷っているんです」
「なあ、エル。気の武器化の修行はどのくらいまで進んでいる?」
横から話を聞いていたライネルが疑問を挟んだ。エルの状況を聞いて、何か助言をする積もりなのだろう。
「えーと、修行は始めたばっかりで、なんとか気の刃を作る事ができたぐらいです。自分の五体を状況に応じて様々な武器として扱えるようにならなければならないのですが、どの武器から始めたらいいものかわからないんです」
「そうか。それなら、エルの得意技を応用して使えないか?」
ライネルに問われて、エルは自分の得意技は何かと自問してみる。答えは直に出た。
突きである。それも中段突きこそが、自分が長年修行して最も頼みとする技である。突きの動きと似た武器はあるだろうか……。
そうだ槍だ。
突きは真直ぐに最短距離を直進する技であり、槍も突きと同様に直進して相手に突き刺すのに用いる武器だ。腕を柄とし手を刃である槍頭と為せば、突きの動きはまさに槍の動きそのものである。
武器化の修練は槍から始めるのがいいだろう。貫き手で中段突きを行えば、そのまま槍で突く動作になるので取っ付き易い。ライネルのお陰で光明が見えてきた。
「義兄さん、ありがとう! 僕がまず見なくちゃいけないのは槍です!!」
エルの元気一杯の答えに、ライネルは顔に太い笑みを湛え満足そうに頷いた。エルの迷いが晴れ、希望に溢れた顔にライネルは益々気を良くする。
そして、エルと共に参考にすべき槍を探し始めるのだった。
しばらくして、一本の槍が目に留まる。それは、ヴァイクの作にしては装飾を最小限に留めた、実にシンプルな槍であった。漆黒の穂先に目映い白色の魔鉱製の柄を有する槍で、飾りと呼べるものは柄や刀身に刻み込まれた、エルには読めぬ魔法文字ぐらいしかない。相手を屠ることしか考えていない様な武骨な槍であった。
だが、穂先の真っ黒な刃は幾多の魔物を殺め、血を吸ったかのような趣がある。此処に飾られるまでに、きっと数え切れぬ激戦を潜り抜けてきたに違いない。観る者にそう確信させるだけの風格を、この槍は備えていた。そしてこの鋭い暗黒の刃は、武器の本質、敵を倒すことただそれだけを体現したかのようでもあった。見た目は他の華美な武器に比べると幾分貧相であるが、この中で最も強く、魔物を屠れる武器はこれだという、確信めいた思いがあった。
エルは次第に目が離せなくなり、食い入るように長い時間その槍を見つめ続けるのだった。
「エルくん、その槍が気に入ったの?」
槍から目を離し一息ついたエルに、エミリーが話し掛けてきた。エルが熱中している間は一切邪魔をせず、落ち着いてから声を掛けるという、優しい姉貴分の計らいである。
「ええ、この槍はすごいです! 一目で気に入りました」
「歴戦の戦士のようなオーラを纏っているわね」
「きっと此処に飾られるまでに、多くの戦いを経てきたんだと思います」
「おやっ、すごいのに目をつけましたね。その槍は、屠竜槍トラログですよ」
振り向くと店子の青年とダムが立っていた。ダムは、魔鉱製と推測される金属特有の輝きを放つ大盾と戦斧を担いでいる。どうやら、首尾よく装備を整えることができたようである。
余程好いものが見つかったのか、普段余り顔に表情が出ないダムがほくほく顔である。
「これがトラログ……」
「ええ、かつて軍神流の英雄ディーンが、雷竜ヴォリスを討伐する時に用いたのが、この槍です。
ヴァイク親方の師匠の作だそうですが、この槍を越えるのを目標として飾ってあるそうですよ」
英雄ディーン。
4人の仲間と共に、多くの街や村を襲い数多の人々を喰らった魔竜ヴォリスを退治した大英雄である。その他にも、海獣バグズ退治や炎の巨人イグの討伐など数多くの逸話が残っており、英雄譚にもよく歌われるメジャーな英雄である。エルも故郷にいた頃、流れの吟遊詩人からディーンの活躍を聞いた事があるぐらいだ。
あの時聞いた雷竜討伐の件は、思い出せば今でも胸が熱くなるほど興奮したものである。
雷竜に止めを刺した伝説の武器が目の前にある。
そう思うと、鼓動が自然とは早くなり、興奮で頬に赤みが差した。
目標は高い方が、挑みがいがあるとういうものだ。この槍のようにいつか必ず真なる竜を倒してみせると、エルは決意を新たにするのだった。
そして、エルは青年に謝意を示す。
「素晴らしい武器を見させてくれて、ありがとうございました。また見に来てもいいですか?」
「ええ、店が開いている時ならいつでもどうぞ。実はこの武器は、冒険者を計る物差しとして使われるんです」
「えっ、どういうことですか?」
エルには、何故この武器が冒険者の物差しになるか判らなかった。
青年はしたり顔で得意気に語り出した。
「この部屋の武器は装飾品などが派手なものが多いと思いませんでしたか? これはわざとなんです。もちろん師匠の作ったものなので、実戦でも十分使えます。逆にトラログはシンプルな作りなので、この中に混じると質素に見えてしまいます。ですが、この中で最も優れた武器は、やはり屠竜槍トラログです。見た目に惑わされず、最も優れた武器を選ぶ目を冒険者が持っているか判断するために、わざとこの様にしているんです」
「なるほどな、いやに綺麗な武器が多いと思ったぜ。エル、よくトラログを見つけたな。さすが、俺の義弟だぜ!!」
傍らで青年の話を聞いていたライネルが、エルの頭を撫で繰り回しながら褒める。クリスやエミリーも口々にエルを褒めるた。
だが、エルとしては特に意図せず自分の参考になる武器を選んだだけであり、賞賛されても当惑するばかりである。自分に物を見定める目が備わっているという自信は、全くといっていい程なかった。
「本来は親方に武器作製を依頼しに来た冒険者に、腕を振るに値するかどうか試すための試験なんです。親方は昔気質で頑固な所がありますんで、自分の認めた冒険者にしか新たな武器は作らないんですよ」
名工ヴァイクの武器を欲しがる冒険者は大勢いる。
新たに自分専用の新作を打って貰えるとなれば、栄誉なことだろう。大金を積んでも欲しがる冒険者は、大勢いるはずである。
実力もないのに名匠の武器を欲しがる者達を排除するために、この様な試験を課したのであろう。
「でも、僕はただ、槍の中で自分が参考にするとしたらどれがいいか選んだだけなのですが……」
「それでも他の武器に惑わされずトラログを選んだのは凄いと思いますよ。どうしてこの武器を選んだんです?」
「それは、この武器が一番強いと思ったからです」
エルの簡潔な答えを聞くと、青年は堪えきれず笑い出した。
青年の笑いが治まるまでしばらくの時間を要し、エルは困惑した状態で成り行きを見守った。
「いやっ、どうもすいません。あまりにシンプルで親方好みの答えだったもので、笑うのを我慢できませんでした。うちの親方は、そういう答えが大好きなんですよ。それに、親方からこの武器を選べた冒険者は大事にしろって、きつく言われているんです」
「だからさっき、エルくんにいつでも見に来ていいって言ったのね」
「はい、そうです。エルさんになら、此処にはない親方の武器を見せられますので、是非また来てください」
まだ見たことのない優れた武器が見られる。
青年の言葉にエルの胸は高鳴った。実に楽しみである。
「ありがとうございます。武器化の修行のためにも、色んな武器の名品が見れるのは凄く助かります。
また時間を作って寄らせてもらいますね」
「はい、またのご来訪をお待ちしております。エルさんのことを親方達に伝えておきますので、名前を出してもらえれば名品を見れるようにしておきますね」
青年の心遣いがありがたい。自分が店子をしていない時のこともきちんと考えてくれているようだ。次にこの店を訪れる時が楽しみである。
そして何より、名槍を間近に見た興奮が治まらない。竜をも屠る漆黒の刃が、あの触れれば斬られる様な研ぎ澄まされた刃が、今のエルの目標である。早く実戦で気の武器化を試したくて仕方が無い。
エルは紅潮し興奮しきった顔で、迷宮での魔物との闘いに思いを馳せた。
エルは青年に別れを告げると、ライネル達と連れ立って店を出て通りに出た。
「義兄さん達はこれからどうします? 僕は迷宮に行こうと思います」
「それなら、私達も一緒に迷宮に潜りましょうか?」
「いや、俺達はダムの新調した装備の確認してから行った方がいいだろう。今日は別々に探索しようぜ」
「ライネル……」
エミリーが訝しげにライネルを見るが、やがて何がしかの意図があるのだろうとこの場で追及するのを止め、軽く嘆息した。
エルはライネルの言葉を額面通りに受け止めたので、特に疑問を抱いていない。頭の中は武器化の修行ことでいっぱいで、早く迷宮に行きたくてうずうずしている。
「よし、じゃあエルは迷宮に行きな。エルと一緒の迷宮探索は、また今度にしよう」
「はい、わかりました。
それじゃあみなさん、先に迷宮に行きますね」
「ええ、気を付けてね」
「またな」
「エルくん、無茶はしないでくださいね」
エルは頭を下げると、我慢できないとばかりに迷宮に向かって駆け出した。その姿はあっという間に見えなくなってしまう。
エルが見えなくなってから、エミリーがライネルに先ほどの真意を問い糾す。
「ライネル、何故エルくんを一人で行かせたの?」
「私はエルくんと一緒に潜りたかったのですが……」
「エルの顔を見ただろう。あれは、魔物相手に新しい修行がしたくて堪らないって顏だ。俺達と一緒じゃ遠慮があるし、思う存分できないだろう? 義兄である俺が、弟の成長の妨げになるわけにはいかんだろう」
ライネルの答えを聞いて、エミリーとクリスはようやく得心がいったようである。
ライネルとしても本音は一緒に冒険したかったに違いないが、エルの成長のために我慢したというわけだ。
豪放磊落な見た目に反して、実に義弟思いの態度であった。
「お兄ちゃんしてるんだね。かっこいいよ」
「よせやいっ。照れるじゃねーか」
ライネルはむず痒そうに鼻の頭を掻く。女性陣は心が温かくなったのか、母性を感じさせる柔和な笑顔を浮かべた。ダムでさえも軽く笑顔になっている。
エルを大切に思うライネルの気持ちが伝わったのだろう。
「さーて、俺達も準備を調えて迷宮に行こうぜ。エルと一緒に冒険に行った時に恥ずかしい姿は見せられないからな。しっかり鍛えようぜ!」
「ふふっ、そうね」
「エルくんの成長は早いですからね。差が開くのはしょうがないですが、私達も頑張りましょう」
「ああ、俺達のペースで攻略を進めよう」
エルと時間を置くことしばし、ライネル達も迷宮に向けて歩き出すのだった。
一方のエルはというと、迷宮の入り口を護る衛兵に冒険者カードを見せて通してもらうと、迷宮の入り口の裏にある転移陣を起動させ31階層に降り立っていた。
31~35階層は巨大な魔物を相手にする階層である。
31階層には、10階層からお馴染みの亜竜、砂礫竜に加えて、蛮巨人に巨芋虫などが出現する。
どれも人類の数倍の大きさを有し、高い生命力を有している。動きは比較的遅いが、どの魔物も避け辛い広範囲への攻撃手段を持った難敵だ。
だが、高速戦闘を主体とするエル相手には、動きが鈍いというのは致命的であった。
しかも、エルは気を用いた武人拳などの強力な攻撃や、発剄などの内部破壊を行える凶悪な技を修めている。相手の攻撃を軽々と避け、弱点の部位に攻撃を打ち込めばそれでお終いである。慣れてしまえば、エルにとってはどうとでもなる敵であった。
しかし、本来ならサンドドレイクやワイルドジャイアント等は、固い鱗や皮膚で武器を通さない高い防御力と、一撃でも貰えば甚大な被害を受ける攻撃によってパーティを苦戦を強いる強敵だ。
一般的な倒し方としては防御に徹し、魔物の攻撃後の隙を狙って、強力な気の技や魔法で畳み掛けるようにして攻略する必要があるほどである。
今回は、エルとしても長期戦を覚悟しなければならなかった。不慣れな気の武器化の技で堅固な表皮を貫くのは、相当骨が折れるからである。
だが、大変で苦労する闘いはエルの望む所であった。エルの脳裏に焼き付いて忘れられない屠竜槍トラログ、あの全てを穿ち貫く様な漆黒の刃の様になるには、長い長い研鑚と闘争の日々が必要だが、明確な目標に向かって努力できる事がエルには嬉しかった。修行と闘いを通して、自分はもっともっと強くなれる。願ってもないことである。
猛り逸る心にのままに、修行相手である魔物を探し31階層を徘徊するのだった。
・・・
・・
・
何処かの神を祭った神殿の内部を想起させる美しい大理石と、白亜の柱と壁に囲まれた迷宮を探索することしばし、ようやくエルの待ち望んだ相手が現れた。
蛮巨人である。
身の丈はエルの3倍ほどの巨体で、腰に粗末なボロを巻き付けているだけの、ほぼ裸と変わらぬ恰好である。蝦蟇を潰した様な醜悪な面に気味の悪い笑みを浮かべている。この悍ましくもみすぼらしい姿から魔物を侮った冒険者は、すぐにその代償を支払わせされることになる。
そう、たった一つしかない己が生命という代償をだ。
巨人の人外の膂力で殴られれば容易く人は死に、大口から顔を覗かせる巨大な歯は鎧でさえ簡単に噛み砕くのだ。それに、固い皮膚と鎧もかくやという強固な筋肉は、半端な攻撃は通用しない。31階層で現れるのに相応しい強敵が、この蛮巨人なのである。
エルは雄叫びを上げ、待ち望んだ敵目掛けて矢の様に疾駆した。巨人が迎撃する間もなく懐に飛び込み、手を槍の穂先に見立てる様にして気を纏わせて武器化すると、何の装備の付けていない腹目掛けて真っ直ぐに突いた。
すると、金属同士がぶつかる様な音がして、エルの貫き手は弾かれてしまう。
何とも硬い表皮である。弾かれた手が逆に痛むほどだ。
だが、修行には打って付けの相手だと、エルは嬉しくなり口角を吊り上げた。
巨人がエルを叩き潰さんと拳を掲げ、頭目掛けて振り落としてくる。蛮巨人(ワイルドジャイアント)はその巨体のせいで足は遅いが、手を用いた攻撃は十分速い。この拳によって、多くの冒険者が犠牲になってきたのだ。
だが、今迄エルが出会った強敵は、この巨人より速く強力な攻撃をするものがいた。あの最悪の魔神や強力な守護者、九頭大蛇に比べたらどうということはない。
エルは回歩によって、巨人の拳を躱し様に側面に回り込んだ。そして、攻撃直後の大きな隙を晒した魔物の脇腹に、右手を気で覆い槍と化して突きを放つ。
甲高い音と共に、エルの攻撃は先程と同様にあえなく弾かれてしまう。こちらの攻撃がそう簡単には通用しない事は、エルも分かっている。
通じなければ、通じるまで突き続ければ良いのだ!!
右手を戻す反動を利用して、今度は左手を槍化させて突く。
左手も弾かれた所に、反撃とばかりに巨人の左拳が唸りを上げて襲ってくる。当たればエルでさえ被害が免れない恐ろしい拳も、冷静に対処するエルには通用しない。
ワイルドジャイアントの背中に素早く回り込み、太い剛腕によって振るわれた一撃を難無く回避してしまう。
がら空きの背骨に、エルは連続突きを放った。
突く、弾かれる。突く、弾かれる。突く、弾かれる。
激しく突きを放った指から鈍い痛みを感じる。このまま。蛮巨人の表皮を無理やり貫こうと続ければ、血は出て指が折れるであろうことは想像に難くない。
拳は長年鍛えてきたが、貫き手などの指先を鍛える修行はしてこなかったのだ。いくら気で強化してあるといっても、巨人の岩より硬い皮膚相手には分が悪い。こちらの手も損傷を負うのは、自明の理であった。
エルはそれでも構わなかった。骨折程度なら中級の回復薬で治せるし、肉体の欠損でさえ最上級の回復薬で再生できるのだ。
ならば、怪我を恐れて逃げる必要はない。
それに、苦痛は闘いに付き物である。自分が受けた痛みは、この闘いの勝利をより素晴らしいものにしてくれることだろう。
エルは獣染みた笑みを浮かべ天高らかに雄叫びを上げると、巨人との長い闘いに没頭していくのだった。
大理石の床に倒れ伏す巨人の傍らで、エルは脂汗を流しながら荒い息を付いていた。巨人との闘いで指は脱臼し、中にはあらぬ方向に折れ曲がり血が滴り出しているものもあった。両手から伝わってくる痛みに顔を掴めつつも、自分のまだ拙い気の武器化によって強敵を倒すことができた喜びに、心は踊っていた。
戦利品を回収すると、魔法の小袋から中級回復薬を取り出し一気に飲み下す。形容し難い甘みと苦味の混ざり合った味を我慢しながら回復薬を飲み干すと、神の御業、外気修練法によって大気中に満ち溢れる力を取り込み心身を回復させる。
すると、回復薬の効果も相まって折れ曲がった指は忽ち元に戻り、痛みも無くなってしまう。両手を開いては握る行為を繰り返し、全く問題ないことを確認すると、エルは笑みを浮かべた。
辛いけど楽しい。
痛みを覚えながらも、ひたすら気で槍化させた手で突くことで、使い熟せれば気の武器化は真に役立つ有用な技だという感触を得ていた。加えて、今後必ずこの技が必要な場面が出てくるだろうと、エルには思えたのだ。
そのためには鍛え上げねばならない。今は未熟で自分も傷を負うが、近い内に巨人の皮膚を一撃で貫けるまで研ぎ澄ましてやると、心に誓うと新たな魔物を探し始めた。
その日は大量に持ち込んだ回復薬が無くなるまで闘いを繰り広げると、エルは満足そうにリリ達の待つ宿に帰るのだった。
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