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外伝
外伝3
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迷宮都市の地下深く、武器屋”竜を屠る鎚”の最深部、地下4階にある限られた者しか立ち入りを許されていない秘密の工房で、ヴァイクは自慢の鎚を振るっていた。
炉から出されて間もない赤熱した金属を片手で器用に治具で掴みながら、反対の太い腕で鎚を振るい形を整え金属を強固にしていく。
熱された金属を叩くという行為は一見単純に見えるが、複数の意味を有している。まずは先程言った通り形を整え、目的の刃に設えるという意味がある。
それだけではなく、叩く事で金属の間の空隙を無くし粒子を細かく滑らかなにする事によって、さらに強度を高めるという目論見もある。
加えて、鉱山などで産出される不純物を含んだ鉄等であったなら、叩く事で余計な物を弾き出し純度を上げるという意味合いまで持っているのだ。もっとも、ヴァイクが鍛えている金属は漆黒鋼玉(ダークコランダム)と呼ばれる魔鉱であり、しかも不純物は含まれていないので、純度を上げるという目的は今回は含まれないが……。
迷宮内での採掘でも他と同じ様に鉱石は不純物を含んだいる。ただし、魔物からの落とし物は別だ。一度炉で精製し直した様なインゴットの形で手に入る場合があるのだ。物によっては、未だ人類の技術では再現できない程純度の高い魔鉱も存在する。そういった奇跡の品は、特別な魔物の討伐からしか今の所入手できないのが現状であった。
この漆黒鋼玉もその1つだ。最上位に最も近い冒険者が命懸けで戦わなければならない強敵から、極稀に手に入れられるのである。
この武器屋に展示してある屠竜槍トラログ、かつて雷竜ヴォリスを打ち倒す際に用いられた武器も、何を隠そうこの魔鉱から造られているのである。
ヴァイクの振るう鎚が金属を叩く度に、無色の気が幾度も発せられた。
これは漆黒鋼玉の強度を上げると共に、気や魔力との親和性を高めているのだ。
無色の波動と呼ばれる鍛冶の秘技で、本来人の性格や性質によって気や魔力は固有の色を持つが、敢えて何色にも染まっていない無垢なる力を用いる事で、どんな使用者の力にも馴染ませ易くするのだ。
そして最も重要な事であるが、この技によって魔鉱の持つポテンシャルを最大限発揮できるようにしているのである。魔鉱は各々が固有の性質を有しているが、単純に炉で一度溶かし加工して刃としただけでは、硬度は異なるが性質的には鉄や銅とそう変わらないのだ。気や魔力の浸透度合いも低く、冒険者が力を注いでも大半が無駄になってしまうのである。
魔鉱が一度溶解し人の手によって武器として生まれ変わるその瞬間に、無色の波動によって金属1つ1つ、隅々に至るまで波動を行き渡らせ眠っている力を引き出すのだ。
当然、魔鉱の種類によって必要な波動の強さも異なるし、更には前述した鎚で叩く複数の目的をも達成しなければならない。
熟練の鍛冶師にとっても最も困難な工程であり、僅かな瑕疵があったがために台無しになる事もある、非常に精密さを要求される作業なのである。
だからヴァイクも、己と高弟数人のみにしか立ち入りを許していない地下深い工房で作業を行っているのだ。
赤熱する金属を叩く強弱と角度を気を付けながら、慎重に波動を打ち込んでいく。まるで金属に話し掛けて様子を探るかのように。目では捉えられない金属の今の状態を鎚を叩いた感触で推し測るのだ。まさに熟練の刀匠にしかできない巧の技であった。
高温の室内と極度の緊張によって汗が止めどなく流れるが、そんな物に構っている余裕など微塵も無い。
何度も火に入れ熱し直し、叩き続ける。
どれほど時間が経ったかもう記憶にも無くなった時、赤熱した金属はすっかり冷え室温に戻っていた。だがまだ鈍くはあるが、確かに黒き輝きを放つ刃になっていったのである。
ヴァイクは大きく息を吐き出すと、漸くにして近くに置いておいた布で顔を拭った。炉の傍という事もあり新たな汗が顔に張り付いていたが、以前のものは地面や服にすっかり吸い込まれていた。
服を着替えなばならないだろう。だが、流した汗に見合った価値以上の結果が手元にある。後は慎重に研ぎをこなせば美しい金属色の輝きが現れる。
今回使用した魔鉱は比較的素直で無色の波動の通りも良く、ダークコランダムの性能を十二分に発揮してくれるに違いない。これを振るうに値する冒険者の手に渡るのが、今から楽しみである。
今回ヴァイクは、師の造り出した屠竜槍と敢えて同じ材料を用いて槍頭を造った。
その理由は、もちろん師の作を越えんがためである。
英雄譚にも度々登場し、人々に幾多の災厄を齎した邪竜を討ちし名槍。師の作の中でも傑作の呼び声高き槍トラログを、自らの手で造り上げた槍で越える事がヴァイクの目下の目標であったのだ。
ヴァイクと今は亡き師は、亜人連合国ヴェルニードの出身である。
亜人連合国とは聞こえはいいが実際は名ばかりで、実際は多数の亜人達の寄せ集めの国家である。しかも縄張り意識が非常に強く、他の亜人と交わる事は滅多にない。広大な土地にそれぞれの種族が離れて暮らしているのが、亜人連合国の真実の姿なのである。まあそれでも一応は1つの国として何とかまとまっており、首都ベイルダムには各部族の館が軒を連ね、全種族から選りすぐられた知恵と力を結集し不公平のないように国家として運営できてはいる。ただし、皆それぞれ種族愛が強過ぎるために毎年何らかの揉め事が起き、他の国々から見たら実にお粗末で健全な運営はできていないが……。
ヴァイクの故郷は亜人連合国の西方に位置し、国を南北に分断する巨大なアネス山脈の地中にある大空洞、ドワーフ達が住む通称鉄と鋼の王国である。
ドワーフ達は大地の民であり、鉱石を採掘し武器や防具を作製する事で生計を立てている種族だ。だから仄暗い洞窟の中で生活するのに慣れており、逆にエルフ達が生活している様な深い森の中、草や木々に囲まれた環境だと落ち着かないのだ。
また平均的に純粋な人より背が低いが、その分力仕事が多いせいか骨太で筋肉が付き易い。寿命は2~300年といった所で、人より長生きではあるがエルフ程長寿ではない。一般的に酒好きが多く、老若男女はもちろん子供の時分から嗜む場合がほとんどである。味覚は個人差があるので酒の種類によって好のみは分かれるが、酒嫌いのドワーフなど存在しないと言われるほどの酒豪の一族である。
ヴァイクもその例に漏れず酒好きで、それも喉から火が出る様な酒精の高い酒を好む。年に数回ある迷宮都市での鍛冶連合の会合の後の酒宴では文字通り浴びるように飲み、他のドワーフと何度も祝杯を上げ店の方が先に悲鳴を上げる事もしばしばあるほどだ。
アドリウムで鍛冶に従事する者は圧倒的にドワーフが多く、後は純粋な人間といった程度で、その他の亜人は大抵別の職に付く。元々ドワーフが手が器用で鍛冶がお家芸に近いという事もあるが、前述した無色の波動等の技法に見られる通り、この迷宮から得られる特殊な魔鉱の加工には気や魔力といった力が不可欠なのだ。それも長時間の加工に耐えられるだけの並外れた体力と精神力が必要なのだ。そのためには、必然的に冒険者となって迷宮に潜り心身を成長させなければならない。
そうなると鍛冶の仕事に加えて冒険者業も行わなければならず、大成するのに非常に時間が掛かる。人間を含め赤虎族や翠熊族に代表される獣人族の寿命は100年程度なので、長命な種族に比べて不利となる場合が多い。
中には人の身ながら、最上位冒険者にして刀匠王と名高い生ける伝説、御年450歳の英雄フレンゲルといった出鱈目な存在もいたりするが、あくまで例外中の例外だ。
1年に10層進めるのが模範的な冒険者だと協会は広めているが、それは冒険者1本に絞った場合での話である。冒険者業にしろ鍛冶業にしろ休息は必須であり、冒険の合間合間に休みなく鍛冶の修行を積む事など夢物語に過ぎない。当然一般の冒険者より成長が遅くなり、攻略もかなりゆっくりとしたものになりがちである。
取り合えず下位の魔鉱を全て扱えるようになるまでに掛かる時間が、大凡15年と言われている。これはあくまでも成功した場合であり、鍛冶の才能だけでなく冒険者としての資質が無ければ、さらに年月を要する。20前で鍛冶を志この迷宮に訪れたとしても、一端の鍛冶師と名乗れる頃には40近いのだ。
冒険者の入れ替わりが激しいので、下位専門の武器防具屋でもきちんと経営できれば繁盛するのは間違いないが、そこから更に自己を高め上位の魔鉱まで扱おうと努力できる者が果たしてどれだけいるだろうか。
だから上位や最上位の武器や防具を造れるのは、寿命の長いドワーフがかなりの割合を占めているのが現状なのである。
ヴァイクはその現状を憂いてはいなかった。冒険者にしろ鍛冶師にしろ、種族は関係なく優れた者が上に立つのが当然であると考えているからだ。寿命という種族的な優位差がついてしまってはいるが、真に秀でた者はそんな差など容易く覆すのだ。
齢150を過ぎ、働き盛りに差し掛かろうとしてるこの筋骨隆々のドワーフには師の他に、幾人か尊敬する人物がいた。その1人が人間でありながら、上位の鍛冶師として死ぬ前日まで鎚を振るい続けた、不屈の刀匠カイゼンである。純粋な人間であるが冒険者として活躍した事もあって、120で永眠するまで矍鑠としており、119の時まで迷宮に潜ったという猛者だ。
彼の造る剣は斬る事を命題とし、それを突き詰める事に生涯を掛けた。更には魔鉱を扱えるだけでは飽き足らず、まだ知らない技術があると聞くと例え大陸の何処であろうとを追い求め、自分の中で昇華し取り入れるといった念の入り用である。まさに一生を鍛冶に捧げた男であった。
天に召される前日に仕上げた長剣は彼の技術の集大成であり、ヴァイクをもってしても造れないと思わせる程の逸品であった。今はとある最上位冒険者の相棒として使われているが、上位の魔鉱製であっても最上位に劣らない、いや最上位の品でもあれに比肩し得るものの方が少ないのではないかとさえ思える傑作である。
自分の生涯であれ程の物が打てるか、何度も自問自答を繰り返したが未だできると確信が持てないほどだ。
上位の魔鉱を扱える鍛冶師、中には最上位の冒険者にも愛用される武器を作製しているヴァイクをしてまだ道半ばなのである。
師やカイゼン等を心底尊敬しているが、越えねばならない山はいくつもある。それに下からも育ってきている者達もいる。今の地位に安穏としていれば忽ち追い越されてしまうだろう。油断などしている暇などないのだ。
そのためにも研鑽を欠かすわけにはいかない。
英雄の道も一歩から
田舎出のちっぽけな冒険者が弛まぬ努力と決して諦めない強靭な精神力によって偉業を成し遂げ、人々から称賛される英雄となった故事である。
何事もまずは一歩からだ。目標を達成するためにはたとえ辛く苦しくとも、そしてどんなに僅かであっても前に進まねばならないのだ。
まだ見ぬ頂きを追い求めて、今日もヴァイクは鎚を振るうのだった。
炉から出されて間もない赤熱した金属を片手で器用に治具で掴みながら、反対の太い腕で鎚を振るい形を整え金属を強固にしていく。
熱された金属を叩くという行為は一見単純に見えるが、複数の意味を有している。まずは先程言った通り形を整え、目的の刃に設えるという意味がある。
それだけではなく、叩く事で金属の間の空隙を無くし粒子を細かく滑らかなにする事によって、さらに強度を高めるという目論見もある。
加えて、鉱山などで産出される不純物を含んだ鉄等であったなら、叩く事で余計な物を弾き出し純度を上げるという意味合いまで持っているのだ。もっとも、ヴァイクが鍛えている金属は漆黒鋼玉(ダークコランダム)と呼ばれる魔鉱であり、しかも不純物は含まれていないので、純度を上げるという目的は今回は含まれないが……。
迷宮内での採掘でも他と同じ様に鉱石は不純物を含んだいる。ただし、魔物からの落とし物は別だ。一度炉で精製し直した様なインゴットの形で手に入る場合があるのだ。物によっては、未だ人類の技術では再現できない程純度の高い魔鉱も存在する。そういった奇跡の品は、特別な魔物の討伐からしか今の所入手できないのが現状であった。
この漆黒鋼玉もその1つだ。最上位に最も近い冒険者が命懸けで戦わなければならない強敵から、極稀に手に入れられるのである。
この武器屋に展示してある屠竜槍トラログ、かつて雷竜ヴォリスを打ち倒す際に用いられた武器も、何を隠そうこの魔鉱から造られているのである。
ヴァイクの振るう鎚が金属を叩く度に、無色の気が幾度も発せられた。
これは漆黒鋼玉の強度を上げると共に、気や魔力との親和性を高めているのだ。
無色の波動と呼ばれる鍛冶の秘技で、本来人の性格や性質によって気や魔力は固有の色を持つが、敢えて何色にも染まっていない無垢なる力を用いる事で、どんな使用者の力にも馴染ませ易くするのだ。
そして最も重要な事であるが、この技によって魔鉱の持つポテンシャルを最大限発揮できるようにしているのである。魔鉱は各々が固有の性質を有しているが、単純に炉で一度溶かし加工して刃としただけでは、硬度は異なるが性質的には鉄や銅とそう変わらないのだ。気や魔力の浸透度合いも低く、冒険者が力を注いでも大半が無駄になってしまうのである。
魔鉱が一度溶解し人の手によって武器として生まれ変わるその瞬間に、無色の波動によって金属1つ1つ、隅々に至るまで波動を行き渡らせ眠っている力を引き出すのだ。
当然、魔鉱の種類によって必要な波動の強さも異なるし、更には前述した鎚で叩く複数の目的をも達成しなければならない。
熟練の鍛冶師にとっても最も困難な工程であり、僅かな瑕疵があったがために台無しになる事もある、非常に精密さを要求される作業なのである。
だからヴァイクも、己と高弟数人のみにしか立ち入りを許していない地下深い工房で作業を行っているのだ。
赤熱する金属を叩く強弱と角度を気を付けながら、慎重に波動を打ち込んでいく。まるで金属に話し掛けて様子を探るかのように。目では捉えられない金属の今の状態を鎚を叩いた感触で推し測るのだ。まさに熟練の刀匠にしかできない巧の技であった。
高温の室内と極度の緊張によって汗が止めどなく流れるが、そんな物に構っている余裕など微塵も無い。
何度も火に入れ熱し直し、叩き続ける。
どれほど時間が経ったかもう記憶にも無くなった時、赤熱した金属はすっかり冷え室温に戻っていた。だがまだ鈍くはあるが、確かに黒き輝きを放つ刃になっていったのである。
ヴァイクは大きく息を吐き出すと、漸くにして近くに置いておいた布で顔を拭った。炉の傍という事もあり新たな汗が顔に張り付いていたが、以前のものは地面や服にすっかり吸い込まれていた。
服を着替えなばならないだろう。だが、流した汗に見合った価値以上の結果が手元にある。後は慎重に研ぎをこなせば美しい金属色の輝きが現れる。
今回使用した魔鉱は比較的素直で無色の波動の通りも良く、ダークコランダムの性能を十二分に発揮してくれるに違いない。これを振るうに値する冒険者の手に渡るのが、今から楽しみである。
今回ヴァイクは、師の造り出した屠竜槍と敢えて同じ材料を用いて槍頭を造った。
その理由は、もちろん師の作を越えんがためである。
英雄譚にも度々登場し、人々に幾多の災厄を齎した邪竜を討ちし名槍。師の作の中でも傑作の呼び声高き槍トラログを、自らの手で造り上げた槍で越える事がヴァイクの目下の目標であったのだ。
ヴァイクと今は亡き師は、亜人連合国ヴェルニードの出身である。
亜人連合国とは聞こえはいいが実際は名ばかりで、実際は多数の亜人達の寄せ集めの国家である。しかも縄張り意識が非常に強く、他の亜人と交わる事は滅多にない。広大な土地にそれぞれの種族が離れて暮らしているのが、亜人連合国の真実の姿なのである。まあそれでも一応は1つの国として何とかまとまっており、首都ベイルダムには各部族の館が軒を連ね、全種族から選りすぐられた知恵と力を結集し不公平のないように国家として運営できてはいる。ただし、皆それぞれ種族愛が強過ぎるために毎年何らかの揉め事が起き、他の国々から見たら実にお粗末で健全な運営はできていないが……。
ヴァイクの故郷は亜人連合国の西方に位置し、国を南北に分断する巨大なアネス山脈の地中にある大空洞、ドワーフ達が住む通称鉄と鋼の王国である。
ドワーフ達は大地の民であり、鉱石を採掘し武器や防具を作製する事で生計を立てている種族だ。だから仄暗い洞窟の中で生活するのに慣れており、逆にエルフ達が生活している様な深い森の中、草や木々に囲まれた環境だと落ち着かないのだ。
また平均的に純粋な人より背が低いが、その分力仕事が多いせいか骨太で筋肉が付き易い。寿命は2~300年といった所で、人より長生きではあるがエルフ程長寿ではない。一般的に酒好きが多く、老若男女はもちろん子供の時分から嗜む場合がほとんどである。味覚は個人差があるので酒の種類によって好のみは分かれるが、酒嫌いのドワーフなど存在しないと言われるほどの酒豪の一族である。
ヴァイクもその例に漏れず酒好きで、それも喉から火が出る様な酒精の高い酒を好む。年に数回ある迷宮都市での鍛冶連合の会合の後の酒宴では文字通り浴びるように飲み、他のドワーフと何度も祝杯を上げ店の方が先に悲鳴を上げる事もしばしばあるほどだ。
アドリウムで鍛冶に従事する者は圧倒的にドワーフが多く、後は純粋な人間といった程度で、その他の亜人は大抵別の職に付く。元々ドワーフが手が器用で鍛冶がお家芸に近いという事もあるが、前述した無色の波動等の技法に見られる通り、この迷宮から得られる特殊な魔鉱の加工には気や魔力といった力が不可欠なのだ。それも長時間の加工に耐えられるだけの並外れた体力と精神力が必要なのだ。そのためには、必然的に冒険者となって迷宮に潜り心身を成長させなければならない。
そうなると鍛冶の仕事に加えて冒険者業も行わなければならず、大成するのに非常に時間が掛かる。人間を含め赤虎族や翠熊族に代表される獣人族の寿命は100年程度なので、長命な種族に比べて不利となる場合が多い。
中には人の身ながら、最上位冒険者にして刀匠王と名高い生ける伝説、御年450歳の英雄フレンゲルといった出鱈目な存在もいたりするが、あくまで例外中の例外だ。
1年に10層進めるのが模範的な冒険者だと協会は広めているが、それは冒険者1本に絞った場合での話である。冒険者業にしろ鍛冶業にしろ休息は必須であり、冒険の合間合間に休みなく鍛冶の修行を積む事など夢物語に過ぎない。当然一般の冒険者より成長が遅くなり、攻略もかなりゆっくりとしたものになりがちである。
取り合えず下位の魔鉱を全て扱えるようになるまでに掛かる時間が、大凡15年と言われている。これはあくまでも成功した場合であり、鍛冶の才能だけでなく冒険者としての資質が無ければ、さらに年月を要する。20前で鍛冶を志この迷宮に訪れたとしても、一端の鍛冶師と名乗れる頃には40近いのだ。
冒険者の入れ替わりが激しいので、下位専門の武器防具屋でもきちんと経営できれば繁盛するのは間違いないが、そこから更に自己を高め上位の魔鉱まで扱おうと努力できる者が果たしてどれだけいるだろうか。
だから上位や最上位の武器や防具を造れるのは、寿命の長いドワーフがかなりの割合を占めているのが現状なのである。
ヴァイクはその現状を憂いてはいなかった。冒険者にしろ鍛冶師にしろ、種族は関係なく優れた者が上に立つのが当然であると考えているからだ。寿命という種族的な優位差がついてしまってはいるが、真に秀でた者はそんな差など容易く覆すのだ。
齢150を過ぎ、働き盛りに差し掛かろうとしてるこの筋骨隆々のドワーフには師の他に、幾人か尊敬する人物がいた。その1人が人間でありながら、上位の鍛冶師として死ぬ前日まで鎚を振るい続けた、不屈の刀匠カイゼンである。純粋な人間であるが冒険者として活躍した事もあって、120で永眠するまで矍鑠としており、119の時まで迷宮に潜ったという猛者だ。
彼の造る剣は斬る事を命題とし、それを突き詰める事に生涯を掛けた。更には魔鉱を扱えるだけでは飽き足らず、まだ知らない技術があると聞くと例え大陸の何処であろうとを追い求め、自分の中で昇華し取り入れるといった念の入り用である。まさに一生を鍛冶に捧げた男であった。
天に召される前日に仕上げた長剣は彼の技術の集大成であり、ヴァイクをもってしても造れないと思わせる程の逸品であった。今はとある最上位冒険者の相棒として使われているが、上位の魔鉱製であっても最上位に劣らない、いや最上位の品でもあれに比肩し得るものの方が少ないのではないかとさえ思える傑作である。
自分の生涯であれ程の物が打てるか、何度も自問自答を繰り返したが未だできると確信が持てないほどだ。
上位の魔鉱を扱える鍛冶師、中には最上位の冒険者にも愛用される武器を作製しているヴァイクをしてまだ道半ばなのである。
師やカイゼン等を心底尊敬しているが、越えねばならない山はいくつもある。それに下からも育ってきている者達もいる。今の地位に安穏としていれば忽ち追い越されてしまうだろう。油断などしている暇などないのだ。
そのためにも研鑽を欠かすわけにはいかない。
英雄の道も一歩から
田舎出のちっぽけな冒険者が弛まぬ努力と決して諦めない強靭な精神力によって偉業を成し遂げ、人々から称賛される英雄となった故事である。
何事もまずは一歩からだ。目標を達成するためにはたとえ辛く苦しくとも、そしてどんなに僅かであっても前に進まねばならないのだ。
まだ見ぬ頂きを追い求めて、今日もヴァイクは鎚を振るうのだった。
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