Labyrinth of the abyss ~神々の迷宮~

天地隆

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第4章

第70話

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 太陽が空に姿を現してからまだ間もない時間だというのに、裂帛の気合いの声や激しい踏み込みの音が幾つも辺りに木霊し、辺りは多くの人々の熱気に包まれていた。
 ここは6大神の1柱、武神シルバを祀る白亜の宮殿の裏手にある巨大な修練場である。武神シルバの信徒のみが入る事を許され、日夜多くの修行者達が競い合い切磋琢磨し互いに高め合う修行場である。
 冒険者の中でも大神の信者は多く、特に軍神アナスや雷神ヴァル、そして武神シルバ等、伝説に名を起こす英雄を何人も輩出している流派は殊更多い。
 そのせいもあって、秋が深まり明け方の寒さも増してきているというのに、早朝から熱心に修行に励む者達が多数見受けられた。そんな中、冒険者達から少し離れた修練場の隅で独り修行に勤しむ者がいた。

 黒髪の少年、エルだ。
 エルは武神流の格闘術を鍛錬していたが、その他の者達は銘々に違った武器を使った武器術の稽古を行っていたのである。実は格闘術をやる者はあまりおらず、修行者も少ない事もあってこんな隅での修行を余儀なくされているのだ。
 悲しい事だが素手の武術は敬遠されがちで、多くの冒険者達は自分に合った武器を用いる武器術を選ぶ場合が多いのだ。
 というのも、格闘術は初期に躓き易いという欠点を抱えているからだ。冒険者になる前に修行を積んでいたならいざ知らず、いきなり迷宮に潜り魔物を戦う場合、素手では敵を倒せず苦戦する事必至だからである。
 逆に武器を使えば、初心者でも弱い魔物なら倒せてしまう。自分の力が足らずとも、武器の性能に頼る事によって魔物を倒せるからだ。
 これが大きい。特にまだ冒険者とも認められない1~5階層を主に探索する、金銭的にも困窮し易い新人には死活問題なのだ。冒険者はこの都市の出身者よりも、一攫千金を夢見て遠くから旅してくる者の方が大半を占めている。特に故郷では将来の展望が見出せず、なけなしの路銀を旅費にして遠方から訪れる食い詰めが多い。それ以外の者にしても宿代等の生活費、あるいは傷を負った場合の回復代等を考慮すれば、余裕のある者の方が稀なのである。
 低階層の魔物は買取額も低く、パーティを組んでも怪我したり武器や防具の修繕費用等が発生してりすれば、わずかな蓄えも飛んでしまう事さえあるのだ。

 そんな厳しい生活を強いれる状況で、格闘術を選ぶ者がどれほどいるだろうか?
 今の現状を見れば答えるまでもないだろう。
 エルは曲りなりにも故郷で10年以上修行を積み、偉大なる武神流の拳士にして、邪悪なる魔神や強大な真竜を打ち倒した英雄ゴウに強烈な憧れを抱いていたからこそ、迷う事無く格闘術を選択できたのだ。
 逆に、何の動機も持たず経験のない者にとっては、初期に躓き易いというデメリットを持つ格闘術を選択する理由などないに等しい。
 だからこそ格闘術が不人気で、こんな隅に追い遣られる結果に甘んじなければならないのだが、格闘術は他の武器術にも劣らない、いや、場合によっては他よりも優れた所のある武術なのである。
 上位の階層に進出した後もソロで探索できる力がある事は、この少年自身が証明している。エルの才能や多大な努力に依る部分所もあるが、それでも単独行動で迷宮の魔物達と渡り合える力を武神流の格闘術は有しているのである。
 こんなに優れた武術が埋もれているのはあまりに惜しい。
 1人でも多くの人にこの武術の素晴らしさを知って欲しい、そんな事を思いながら全身赤一色の防具に身を包んだ少年は修行を続けた。
 炎のような真紅の武道着、真なる竜である赤竜のひげから造られた赤竜の武道着は数日前から着用しているが、昨夜防具屋「森と大地の恵み」に注文していた品ができ上がったと聞き早速受け取ってきたのである。
 それは店主であり森の民エルフでもある美しき麗人ルリエンと、鍛冶を得意とする大地の民ドワーフの合作の防具、赤竜の籠手と靴である。
 まず籠手は、赤竜の鱗と牙を一度融かし混ぜ合わせ後エルの前腕部に会う様に設え裏地に衝撃吸収として赤竜の毛を用いた一点物である。靴についても内部をエルのサイズに合わせて竜毛で編んだ物に、表面を竜鱗でコーティングした特別製である。
 お値段は両方合わせて大金貨10枚、金貨1000枚という破格のものだ。同階層の冒険者の装備を全て整えるにしても、金貨500~2000枚で済むので、エルの装備が如何に高額か分かるだろう。
 もっとも、一番高額なのは神様の贈り物フォーチュンギフトで手に入れた赤竜の武道着である。ルリエンに聞いた所、稀少で性能面でも非常に優れた赤竜のひげで造られたこの防具は、お値段に換算すると大金貨20枚は最低でも下らないとの事であった。
 籠手と靴もこの武道着と同等に近い性能を求めたため、ここまで高額になってしまったというわけだが、どれもこれから長くエルを助けてくれるに違いない。
 新装備、赤竜シリーズに身を固めた少年は先ほど憂鬱になったのはどこえやら次第に修行に集中し出すと、自分の師が訪れるまでひたすら研鑽に励むのだった。






「おはよう、エル。今日も朝から熱心に修行しているな」
「アルド神官、おはようございます!!」

 自分の師であり、武神流の神官を務めるアルドから言葉を掛けらると、エルは突きを繰り出した姿勢からただちに直り、綺麗なお辞儀と共に挨拶を返した。
 そんな礼儀正しい愛弟子の態度に気分を良くすると、筋骨隆々の金髪の偉丈夫アルドは笑顔で話し出した。

「うむ、朝から元気で結構な事だ。さて本日は、エルの5つ星昇格の褒美として新たな技を伝授しよう」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」

 新技、自分が更なる高みに昇るためにも必要なもの。そして、自分の知らない武術の奥深さを、新しい世界を見せてくれるもの。
 早く新技を習いたいと心が昂ぶり始めた。
 それに加えてつい先日、師のアルドから自分に合った戦闘方法や個性を考えろとも言われていた。客観的に自分を見つめ、得手不得手を理解すれば改善点も見つかるだろうし、自分がどうなりたいかという目標があれば成長も早まるというものだ。
 そこで自己分析に努めた所、まずは自分の好みや理想が判った。
 好みとしては実力が伯仲するか格上の相手と、互いに命を懸けた死闘をする事が好きだとあっさり判明した。まあ戦闘狂の気がある事は気付いていたのでそれほど衝撃は受けなかったが、一般人の感覚からはかけ離れたおかしいものである事も何となく理解していた。
 だがそれと同時に、あれほどの喜びは他では味わえないとも考えていた。
 死闘とは生と死が揺蕩い、何方に転ぶか分からない薄氷の上を歩く行為に似ている。自分や敵の行動如何によっては死を賜る、そんな絶大な恐怖と重圧を味わうのだ。
 だが、極限の状態の中で自己主張する肺や心臓、痛みを訴える肉体。自身の流した血や鮮烈な痛み、そして激しい呼吸が死を想起させると共に、強烈に生を、命の脈動を体感させるのだ。

 今自分は猛烈に生きていると!!

 心も凍てつき慄く程の死の恐怖とスリル、そしてそれに相反した生命の躍動と究極とも思える充足感。これを一度でも経験してしまえば他の事など取るに足らない。死闘とは、そう思える程の自分という一個の存在全てを賭し、どちらかの生き残りを決する凄絶なる闘争なのである。
 加えて鍛えた技を、自分が修めた技術を思う存分振るえるのは、やはり死闘しかないだろう。そういう意味でも実力の近い魔物との激闘が好みなのだ。
 まあ、リリや仲間達との語らいも大切だし心配を掛けるわけにもいかないので、自分の敵わない敵からは逃げる積りだし、命を捨ててまで勝負に拘る事はしないよう心掛けていたが……。
 また自分の理想であるが、これは自覚すれば簡単に分かる事であった。
 己の身1つで如何なる敵をも打ち倒した英雄ゴウの様になる為には、自分独りでどんな敵でも倒せる様にならなければならないからだ。例え何千何百の敵に囲まれようと、それを打ち砕くだけの力が、技が必要なのだ。
 それらの事を考慮し、今のエルから理想に近付くにはどうすれば良いか考えた。
 辿り着いた答えは、高速移動と一撃必倒である。
 これはあくまでエルの能力から行き着いた答えであり、他者であれば別の答えになるのは当然の事である。
 中肉中背の身軽な少年は防御よりも回避が得意であり、かつ気による移動術も性に合ったのかとりわけ練度が高い。それに魔素を得て成長するといっても、人間という種よりも竜や悪魔といった凶悪な魔物の方がどうしても耐久力や生命力は上なのだ。持久戦を魔物と行っても、不利になる場合が往々にしてあり得るのだ。
 エル自身も打たれ強いわけではないので、必然的に避ける事が多くなる。
 そこで高速移動となるわけだ。俊敏な動きで敵の攻撃を避けきり、一瞬のうちに間合いを詰め弱点を突くのだ。
 急所へは強力な攻撃が良いだろう。実際今までは、敵の弱い部分を何度も集中攻撃して打ち勝ってきている。理想を掲げるならば一撃で敵を命を砕く、そんな強力無比な攻撃がいい。
 今後一度に複数の強敵と渡り合う、そんな事態もあり得ないとは言い切れない。単打で致命的な痛手を与えられるに越した事はないのだ。

 だからこその一撃必倒となるわけだ。
 エルは気による遠距離攻撃も修めていたが、近接技よりも威力が低い。 
 まあ、それもある意味当然だ。遠距離攻撃はどんな形で形態変化させるにせよ、気のみによる攻撃でしかない。
 一方の近距離攻撃はというと、鍛え上げた己の五体から繰り出す攻撃を気で強化し、更には気による攻撃も上乗せできるのだ。
 どちらの威力が上かは火を見るより明らかだ。
 しかも、気による強化は元の技を何倍にも引き上げる特性を有しており、強力な技ほど恩恵に預かれる。例えば発勁等といった打つのにある程度の溜めを要し攻撃した後の隙も生じる技は、素の威力が高い分気で強化されれば飛躍的に破壊力が向上するのだ。
 かの狂猛なる真竜、餓竜スタービングドラゴンを討った技も、エルの気で強化を行った破竜靠という発勁の1つである。
 ただし発勁を行うにはいくつかの条件が存在する。
 まず震脚で地面を強烈に踏み付ける事で反発力を得、骨や筋肉、内臓を通して力を上手く打撃部位に伝達させなければならない。いわゆる畜勁の段階だ。
 さらには足腰を高速回転させ、それによって生じる力を加え、例えば突き等に他の部位から得られた力を合わせて発する強力な攻撃、発勁とするのだ。
 これらから解る通り、発勁とは技術なのである。
 攻撃部位以外から力を得て威力を向上させる技なのだ。
 畜勁で得られる力が小さければ、ただの突きと変わらないのである。肉体の内部から、あるいは外部と接触する部位から力を得、それを上手く打撃部位に伝達させなければならず、きちんと両足が地面をかんでいる必要があるのだ。
 そのため、今の所足による発勁は武神流には存在しない。

 また、巨人や竜の様に根本的に人間と身長が違い過ぎる種族を相手にした場合、弱点部位に発勁を当てる事ができないという問題も出てくる。
 今までは足や膝等を先に破壊し、敵の頭や胸等が下がった所に発勁を打ち込んで勝負を決してわけだが、効率が悪かったのも否めない。可能か不可能かは別にして、初めから急所に気で強化した発勁を打てれば、もっと簡単に勝負が着いたに違いない。
 それらの事を全て勘案すると、どんな攻撃も回避して一瞬で敵の急所まで接近し、どんな態勢、どんな位置にあろうと最大の攻撃、例えば気を併用した発勁等を打ち込む、エルの理想とする高速移動と一撃必倒を為すためには、それらの要素を全て満たす必要があった。
 現時点では雲を掴むような話だ。
 そこに辿り着けるビジョンでさえ思い浮かばない。
 だが、自分の長所を伸ばし英雄という遥かなる頂きに到達するためには、この理想を突き詰め自分なりの形で実現できる様にならなければならないだろう。 
 道は遠く険しい。
 だからこそ遣り甲斐もあるし、修行に身が入るというものだ。
 今はまだ無理でもいつか必ず到達してみせると決意を改にした所で、自分の師から訝し気に見られる事に漸くにして気付いた。
 思考に集中するあまり、エルは周りの事を忘れ去っていたのだ。
 自分のために新技を教授しようとしてくれるアルド師範に対し失礼な態度であった。自分が情けなく火が出る程恥ずかしかった。エルは即座に直角に体を曲げ、深々とお辞儀して詫びた。

「アルド神官、すいませんでした。そのっ、この間おっしゃられた僕にあった闘い方や独自のスタイルについて考えていました」
「ふむ……。何を真剣に思い悩んでいるかと思ったが、そういう事だったのか。それで答えは見つかったのか?」
「いえ。とりあえず自分の目標というか、理想の闘い方は思い付いたのですが、そこにどうやって辿り着けばいいかは全く分からないんです。」

 情けない顔で独白する弟子に、アルドは落ち着かせる様に鷹揚な態度で頷いてみせた。

「自分の理想が見つかっただけでも大したものだ。ただ、理想は理想。現実では成し遂げるのが難しい、最も素晴らしく望ましい状態の事を理想というのだ。そう簡単に実現できるものではないのだ。この私とて道半ばなのだから、エルが恥じる必要はないのだよ」
「アルド神官も追い求めている理想があるのですね。もしよろしければ、教えて頂けないでしょうか?」
「ふむ、そうだな……」

 先程の昏い顔はどこえやら、表情を一新し瞳を輝かせ興味津々になって訪ねてくるエルを見てアルドは爽やかに笑った。
 そして思う。弟子の少年の若さを。
 自分が年を取り大人に成るにつれ、失っていった情熱と憧憬を。
 あの頃は純真で確信など何一つ無いというのに、自分は何でもできると信じて疑わなかった。しかし、世の中が不条理で不平等だと知るにつれ、心は冷め苦い現実を噛み締めながら生きていくようになったいったのだ。
 あの頃自分の中にあった膨大な熱量はもうない。エルの、この愛弟子のおかげで情熱は取り戻せたが、それでも少年の時ほどではないだろう。
 だが、目の前の弟子は少年の頃のアルドの同じく燃え盛る炎の様な情熱を、いやそれ以上のものをその身に宿してるに違いない。自分の様にその炎を消さずに、真っ直ぐに成長してもらいたいと願わずにはいられなかった。
 わくわくと自分を見つめる弟子に、自分がかつて思い描き、再び目指している理想を語り出した。

「一撃だ」
「一撃、ですか?」
「そうだ。見て分かる通り私は肉体的に非常に恵まれており、力も同ランクの冒険者と比べても突出しているだろう」

 胸の前で右の拳を握りしめながら話すアルドに対し、エルは相槌を打った。
 アルドは長身であり、その身は分厚い筋肉に覆われている。手足も長く、その恵まれた体格は拳士として長所になるので、エルから見ても羨ましい限りであった。

「私には力があり、パーティでも攻撃役を任されていたのだ。しかも発勁等の技術とも相性が良く、気の技も自分が努力すればするほど応えてくれた。当時は寝る間も惜しんで鍛錬を積んだものだ……」

 何かを懐かしむ様にアルドは目を細め述懐した。過去の努力があるからこそ、9つ星という最上位一歩手前の冒険者にまで昇り詰められたのだろう。
 またアルドの話から連続して行い辛く、単打になり易い発勁との相性が良かったという事だから、そこから想像すれば彼の理想に行き付くのもそう難しい事ではない。

「ただし、発勁は行った後に隙が生じるので、連続技には不向きなのだ。まあ、発勁の連続技も努力次第でできるのだが、当時の私は一撃でどんな敵をでも倒せれば良いと考えたのだ」 
「だから一撃ですか?」
「そうだ。当時は真なる竜や悪魔、はては魔神でさえこの拳で屠ってみせると息巻いたものだ。まあ、実際には未だに実現できてはいないのだが、理想を求め努力する事は決して無駄にはならない。諦めず追い続けるのだ。エルの流した血と汗は絶対に裏切らないのだから」
「はい! わかりました!! アルド神官、ありがとうございました」

 深々とお辞儀をし自分の贈った言葉を真剣に受け止め、礼を述べる愛弟子にアルドは思わず相好を崩しかけた。
 だが、これから新技を披露するのだろうと、弟子の前で恥ずかしい姿を見せるなと心中で己を叱咤すると、辛うじて表情を変えずに済ませた。
 そして何事もなかったかの様な鷹揚な態度で話題を変える。

「よし、エルが納得した所で新技に移ろう。これから伝授する技を実演するので、よく見ておくように」
「はい、よろしくお願いします!!」
「よろしい。これがエルに授ける技、連破拳だ!!」

 言うや否や中腰になったアルドは腰だめに構えた拳を、真っ直ぐに突き出した!!
 エルから見ても惚れ惚れする様な中段突き、それも黄金の気を纏った武人拳での突きである。
 アルドの剛腕が唸り拳が空を切り裂いて進む。そして手が伸び切り突き終わったと思われた直後、拳から気の奔流が発射されたのである。
 壁や周囲を破壊しないように配慮されていたのか、気の流れ自体は弱く、ある程度進むと雲散霧消してしまったが、これが連破拳という技なのだろう。
 つまりは突きを気で強化し、気の攻撃も同時に行う武人拳と気の奔流を拳から射出する烈光拳とを組み合わせた技が、この連破拳というわけだ。
 技を放った後のアルドがエルに向き直ると、技の解説をし出した。

「これが連破拳だ。エルも見て分かったように、この技は武人拳と烈光拳との併せ技だ。つまりは今まで教えたものの複合技だ。言葉にすれば単純だが、実行するのは難しいぞ。だが、使い熟せるようになれば威力も段違いだし、戦闘の幅も広がる……!?」

 アルドは話の途中で言葉を発するのを止め絶句した。アルドが驚愕し話を中断したのも無理はない。
 なんとエルが、今実演して見せたばかりの連破拳を軽々と行っていたのだ!!
 いや、実際はアルドが先ほど見せた連破拳ではなかった。
 エルは武人拳での中段突きを放った後に、拳から前方に気が広がり拡散する、まるで拳から発生した波紋が広がる様な気の振動波を放ったのだ。少年が行ったのは、武人拳と気を相手の内部に浸透させ破壊を行う徹気拳を併せた技であった。
 エルが行ったのは本来なら基本の連破拳を習得した後に授けるはずだった、まだ教えてもいない応用技であったのだ。
 アルドは驚きのあまり、未だに震えたままの声で弟子の少年に問い掛けた。

「エッ、エル!? その技はどうした? それは応用技の連破拳・震じゃないか!?」
「以前に、轟天衝という神の御業を見せてもらった事がありましたよね。その後自分なりに試行錯誤してこの技を思い付いたんです」
「……、まさか轟天衝も会得したのか?」
「いえ、轟天衝は難しくてまだ習得できていません。ですが、自分なりに簡略化して使えるようにした、轟破掌と勝手に名付けた技があります」
「その技を見せてくれないか?」
「はい! わかりました!」

 エルは威勢の良い返事をすると、アルドの受けた衝撃の大きさなど余所に早速自分で名付けた技の実演に入った。
 エルが行った轟破掌は掌底での突きによる発勁、猛武掌と武人拳と徹気拳の複合技であった。
 連破拳・震に発勁を加えた技だと言われればそれまでだが、まず武人拳と徹気拳を併せるのにも修練がいるし、そこに更に技を組み合わせるとなると並大抵の努力と才能では不可能である。どの技もこれまでに教えたものであり、1つだけ行うのならそう難しいものではない。
 だが3つの技を同時に行うとなると難易度は跳ね上がる。
 これに似た剛裂拳という、3つの技を組み合わせた威力も難易度もこれまでとは段違いのものがあるが、それを教えるのは7つ星、早くとも6つ星の冒険者からになっている。それより下の冒険者では、教えたとしてもとても修得する事はできず挫折する事が目に見えているからだ。
 だがエルは剛裂拳と同程度の難易度の技を、あっさり披露して見せたのだ。
 褒めて欲しいのか期待の籠った眼差しを向けてくるこの弟子は、以前から優秀だ優秀だとは思っていたが、どうやら自分の想像よりも更に上らしい。
 ならば自分の認識を変えよう。
 本来ならもっと上に到達してから教えるはずの技であるが、エルなら見事習得してみせてくれるに違いない。
 アルドは少年に近寄ると優しい笑みを浮かべ、頭を撫でた。

「エル、よくやった! その技ができるなら、連破拳も問題ないわけだ」
「えへへっ。アルド神官が撫でてくれるなんて珍しいですね」
「うっ、うむ。エルがきちんと修行しているのがうれしくなってな」
「ありがとうございます」
「だが、連破拳にはまだ先がある。順序が逆になってしまったが、武人拳に気弾や烈光拳などを併せた基本の連破拳、徹気拳を併せた連破拳・震、そして気刃や気の武器化を併せた連破拳・斬だ」
「なるほど、いくつも応用が効くんですね。そう考えると武人拳は最初に習う基礎の技ですが、上位になってもずっと使える奥深いものなんですね」
「その通りだ。武人拳とは基礎にして奥義でもあるのだ。極めれば最上位だとて使える技になるのだそうだ」 
「へえ~、すごいですね」

 自分がアルド神官から初めて習った技が最上位冒険者に成った後でも使えると分かり、自然と体が昂ぶり目も輝いた。
 武神流とはなんて素晴らしい武術なんだろう。
 自分の学んでいる格闘術の奥深さを再確認し、心も沸き立った。
 そんなエルに対してまた脱線しないようにと咳払いで注意を促すと、アルドは話を続ける。

「おほんっ。連破拳については、エルならすぐに応用も使えるようになるだろうから、後で修行しておくように」
「はい、わかりました」
「それと、本日はさらに別の技も伝授する事にした」
「!? ありがとうございます!!」
「よく目を凝らして見るのだぞ。破っ!!」

 大きな気合いの声を出したので、どんな新技なのかと心躍らせながら見ていたが何も起こらない。不審に思ったが師の言葉を信じ、大きく目を見開きアルドの周囲を凝視した。
 すると、アルドの前に透明な大きな壁が宙に浮かんでいる事に気が付いた!!

「アルド神官、その壁は一体何なんですか?」
「ふふっ、気付いたか。これが新たにエルに伝授する技、透壁だ!!」
「透壁、ですか?」
「この壁を壊してみなさい」
「はっ、はい」

 手招きされ言われるがままに透明な壁を攻撃してみた。
 まずは得意の中段突きである。踏み込みとほぼ同時に腰を捻り突きを加速させて拳を壁にぶち当てた。
 簡単に壊れるかと思っていたが、拳には硬い金属でも殴った様な感触が伝わりはじき返されてしまった。
 それならばと猛武掌、掌底による発勁を行ったがびくともしない。
 最終的には連破拳・震、武人拳と徹気拳を併せた突きで漸く破壊する事ができたが、この見えない宙に浮かぶ壁は恐ろしく硬く強固であった。単純な突きや発勁では罅一つ付けられず、動かす事すら叶わなかったのだ。

「エル、透壁を相手にした感想はどうだ?」
「とても硬かったです。まるで魔鉱製の壁でも殴った様な感じでした」
「これが武神流の気による防御術、透壁だ。透明で相手からは見え辛く、自分の意志で自由に空中に出現させ消失させる事もできる。更には大量の気を込めれば、真竜の息吹|《ブレス》でも防げるのだ」
「いろんな場面で活躍でき、応用も効きそうな技ですね!」

 興奮を抑えきれないといった様子ではしゃぐ少年に、アルドは深い笑みを湛えて頷いた。
 宙空に浮かぶ見えざる壁とでもいうべき技は、様々な場面で応用の効く実用性の高い技であった。壁の硬さも出現場所も自由であり、使い方も本人次第なのだ。
 ただ透壁の修得は難しく、実戦で通用する段階にまでもっていくにはエルとて簡単な事ではないだろう。

「透壁を使い熟し、自分のものとするのは本当に難しい。長い時間を要するとは思うが、エルならば必ず習得できると信じているぞ」
「頑張ります!!」
「良い返事だ。よし、良い機会だ。もう1つ新技、今までに教えた技の発展形も見せてやろう」

 気を良くしたアルドは大盤振る舞いとばかりに、また新技を見せてくれるようだ。願ったり叶ったりの状況でエルは喜びを露わにしていたが、すぐに驚きで表情を一変させた。
 なんと、アルドは気を噴出させ宙に浮かんだのである!!
 しかも、ただ浮かんだだけではない。大量の黄金の気を進行方向とは反対に排出する事で高速で空を飛んだのだ!!
 途中で方向転換したり、じぐざぐに飛んでみたりと空を自在に飛翔し、最後は大きく後方に宙返りしながらエルの傍に降り立った。

「どうだ? これが空を自在に飛ぶ武神流の技、飛天だ」
「すっ、すごいです!! 風神の名を冠する神々の信徒じゃないと、空は飛べないと思っていました。武神流は何でもできるんですね!!」
「まあ、風神に連なる神々の信者達ほど自由自在に飛べるわけではないがな。それで、この飛天がどの技を発展させたものか分かったか?」
「迅歩ですね」

 師の問いにエルは確信を持って回答した。
 迅歩とは自分の後方に気を放出し移動速度を上げる技だ。一体空を飛ぶためにはどれほどの気の量が必要か定かではないが、迅歩と飛天は進行方向とは逆に気を排出するのは同じである。きっと迅歩を発展させた技に違いないだろう。

「そうだ。エルの言う通り迅歩を発展させたのが飛天という技だ。迅歩の原理が分かっていれば答えに辿り着くのは難しくなかっただろう。だが、飛天を実際に使うのは容易ではないぞ」
「はい、真っ直ぐに飛ぶだけでも苦労しそうですが、飛ぶ方向を瞬時に変えたり停止したりするのは、やる前からでも難しいと分かります」
「本来ならこの技は6つ星になってから教える技だからな。だが、エルならば習得できるだろうと判断し、開示を早めたのだ」
「アルド神官……」

 師の言葉が、エルに寄せてくれる信頼が嬉しく胸が熱くなり、言葉が詰まった。エルはこの期待を裏切らないためにも、必ずや新技を修めてみせるとメラメラと闘志を燃やした。
 それと同時に天啓が降りたかの様に、突如閃いた。
 先ほど自分の理想について、敵の攻撃を全て回避して高速で移動し、どんな位置、どんな態勢でも自分の持つ最高の攻撃を敵の急所に当てる事と思い描いたが、もしかしたらこの新技を2つ十全に使い熟し、組み合わせる事ができれば可能になるのではないかと思えたのだ。
 まだ思い付いただけで何の確証も無くか細い一条の光明の様なものであったが、それでも可能性は見えた。
 ならば後はその実現に向け、ひたすら修練するだけだ。
 偶々理想の事を考えていた時に、師の判断でまだまだ先の技を教えてもらえる。
 今だからこそそれらを結び付け、自分の理想への足掛かりにできたのだ。
 まさに天祐というべき幸運であった。
 エルは師のアルドと自分の神に感謝を捧げた。

「アルド神官、本当にありがとうございます。おかげで希望が見えました」
「うむ、励むのだぞ」
「はい、一生懸命頑張ります!!」

 アルドとエルでは意思の疎通に若干の齟齬があったが、2人は気づかなかった。エルの言葉足らずが原因であるが、エルは理想への足掛かりができたと喜び、一方のアルドは新技を修める事で戦闘に更に幅ができる事を喜び、その礼を言ったのだと勘違いしたのである。
 まあ、どちらにしてもこの新技を修得するために修行に励むのは一緒である。
 エルは全身にやる気を漲らせ、アルドもそんなエルに熱心な指導を行った。
 師弟は燃えに燃え、その日は深夜遅くまで修行に勤しむのだった。



 
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 秋山透はソロキャンプに向かう途中で突然目の前に現れた次元の裂け目に呑まれ、歪んでゆく視界、そして自分の体までもが波打つように歪み、彼は自然と目を閉じた。目蓋に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けると大樹の横で車はエンジンを止めて停まっていた。  ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。  彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。 「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」  そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。  楽しみにしていたキャンプから一転し、ほぼ絶望に近い状況に見舞われた。  目にしたことも聞いたこともない。空間の裂け目に呑まれ、知らない場所へ。  そんな突然の不幸に見舞われた秋山透の物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
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高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

レベルアップは異世界がおすすめ!

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レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

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俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

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三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

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