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第4章
第78話
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ガヤガヤと賑やかで騒々しい人の行き交う声や、物の動きによる音があちこちで鳴り響き活気に満ち溢れていた。ここは協会のカウンター、それも上位冒険者専用の部屋である。
下位冒険者用の受付くらいの、ほぼ常時すし詰め状態になるほどの人の多さはないが、それでも夕暮れ刻の皆が神々の迷宮から帰還する時分になると途端に人の数が増える。その盛況ぶりたるやかなりのもので、エル達も清算まで大分待たされたせいで、さっきから腹の虫が鳴りまくっている。
本日はというと、エルと鎧摩生物との壮絶な戦いに触発されたアリーシャ達も奮起し、66階層の魔物を発見次第ひたすら闘いを挑み続け、たった1日とは思えない程の戦果を上げて意気揚々と帰還した所であった。
中でもアリーシャの活躍が目覚ましく、普段からも攻撃の要であったが今日は1人で敵を倒してしまいそうな程の勢いであった。自分よりも大きな大剣を担ぎつつも羽の様に軽やかに舞い、灼熱の大炎で次々に焼き焦がし、あるいは溶断し、そして真っ赤な気を纏わせ叩き斬ったのだ。
まさに心の有り様が闘いに影響する典型例である。
今もはち切れんばかりの笑顔を浮かべ、歩きながらもエルの頭を撫でたりと構いまくっている。いつも通り弟と接する親愛の情ももちろんあったが、明らかにそれ以上の熱が籠っていた事も確かであった。
もっともちょっとした違いであったので、エルが気付く事はなかったが……。
まあ人付き合いの経験がほぼ皆無であり、この迷宮都市に来て良識ある人々と幸運な出会いをはたした事で、ようやく友人関係や人との接し方を学び始めたばかりであるので、細やかな機微の変化に気付けというのはエルには厳し過ぎた。今日は上々の出来だったから機嫌が良いんだなと、アリーシャのやりたい様に任せただけであった。
とりあえずお腹も空いた事だし夕食にしようと連れ立って部屋を出ると、行く手を阻む様に皆同じ白銀の鎧を着た一団が道に整列したではないか。
当然エルには面識もないし、自分にくっ付いているアリーシャに目線を送っても知らないとばかりに首を横に振られたのでわけが分からない。訝しげに見ていると、2列に並ぶ騎士の様な出で立ちの戦士達の中央を割って、1人の男がゆったりとした足取りで進み出てきた。
3、40代と思しき恰幅の良い男で一際豪奢な装飾を施された白銀の鎧を身に纏っている。髭面の顔には優越感に浸っている様な、あるいは自分の力を誇示するかの様な笑みが張り付いており、エルにしては珍しい事に初対面であるのにも関わらず、すでに嫌な印象を抱いてしまった。
「貴様が今名を広めている武神流の気竜変化の使い手エルだな?」
「気竜?……、ああ、多分僕だと思います」
エルが気を用いて真竜、赤竜を真似て模擬戦を行ってから早3ヶ月。
今ではアルドを筆頭とした格闘術の師範や一部の武器術の師範達がエルの偽竜形態を習得し、お布施を貰い冒険者達と試合を行っている。
上位冒険者への関門である赤竜と本番を想定した闘いができるという事もあって、冒険者達との間で噂が広がり武神流の名を上げると共に、この技を編み出したエルの名もまた有名になりつつあったのだ。
「ふんっ、私は7っ星の上位冒険者にして輝かしき栄光あるクラン、純血同盟の団長ガヴィーである。我がクランの末席に加わる栄誉をお前に与えるために、わざわざ私自ら出向いてやったのだ。感謝するように」
「えっ!?」
何をどう反応していいか困惑するほど意味不明であった。
エルは純血同盟がどの様なクランか全く知らないし、忠告を受けた事もあってクラン自体に入るつもりが無かったのだ。
それに加えて呼んでもおらず勝手に自分から来たくせに、感謝しろとはどういう積りなのだろうか。
どうにも嫌な気分になるのが止められない。
それはアリーシャ達も同じだったようで、険悪感を隠そうともせずエルに忠告し出した。
「エル。わかっているだろうけど、彼等に関わらない方が良いよ」
「クランなんてエルが入る必要全く無いし、ましてや末席だよ? エルの実力をこれっぽっちもわかってないみたい」
「黙れ! 貴様らに話をしているのではない。私はわざわざこの少年に栄誉を与えに来たのだ。それにこれは命令だ! 拒否することは許さん」
「「はあっ!?」」
開いた口が塞がらないとはこの事だろう。
命令?
クランに入る事が?
拒否権すらないだって?
馬鹿にしているのも程がある。
アリーシャ達は軽蔑しきっており、エル自身も負の感情が顔に出た。
「エル、もう行こう。こいつ等と一緒にいるだけで頭がおかしくなりそうだよ」
「クランへの加入は冒険者の自由だし、ましてやクラン側に強制する権利はない。そんな基本事項すら弁えないなんて、昨今のクランの腐敗ぶりは凄まじいって聞いていたけど本当のようだね。呆れてものも言えないよ」
「先程から邪魔ばかりしおって、横から口を挟むな!! 私はお前達の様な汚れた血の者達を見るだけでも嫌なんだ」
「何だって?」
ガヴィーの有り得ない発言に、アリーシャをはじめとした赤虎族の戦士達の金色の瞳孔が縦に細まった。猫科の獣が狩りを始める直前の様な危険な兆候だ。
それもそのはず、ガヴィーの言葉は最大級の侮辱であったからだ。
純粋な人間が最も尊く、それ以外の亜人は汚れた血が混じったまがい物であり、人間に使役されるべき存在だという考えたが一部の人間至上主義者の間、特に聖王国シュリアネスなどでは罷り通っている。
もちろん亜人は人間から派生したわけではなく、人と何等かの生物が交じり合った生まれた種族ではない。
しかし、獣人族等に代表される様な人間に動物達の特徴を付け加えた様な外見をしている亜人も多いことから、人を頂点に掲げる一派からその様な独善的な考えが生まれたのである。
言い掛かりや偏見であり何ら根拠のないものであったが、人は己の信じたいものを盲信する生き物である。
その結果が、ガヴィーの発した蔑称に繋がるというわけだ。
だが言われた方、特に確証もない妄想から貶められた側は許せるものではない。殊に赤虎族は誇りを重んじる一族であるがゆえに、身勝手な思想から自分達を蔑んでくる輩に対し激しい怒りを覚えていた。
何かがあればすぐにでも爆発するであろう、一触即発の危険な雰囲気が漂っている。
しかし、冒険者同士の諍いは御法度である。行えば双方に厳しい処罰が下される、場合によっては都市外への追放もあり得るのだ。特に場所が協会内というのが宜しくない。事件が発生すれば待機している兵士がすぐに飛んでくるし、見せしめの意味を含めて重い処分を下される可能性もある。
まずい。
僕が原因でアリーシャ達が罰を受けるなんて、あっちゃいけないんだ。
エルは勢い良く前に飛び出すと、毅然とした態度で声高らかに宣言した。
「まずはっきりさせましょう。あなた達のクランへの加入ですが、お断りします。二度と勧誘に来ないでください」
「断る? 我が栄えある純潔同盟の参入を? 貴様、正気か?」
「そうです、僕は元々どのクランにも入るつもりはありません。それにあなたは僕の兄貴分や姉貴分達、つまり僕の大切な人達を純粋な人でないからと誹謗中傷しました。そんな人が団長を務めるクランなんて、頼まれたってお断りですよ」
「エル……」
きっぱりと拒否したエルの態度を見て、怒りを身に宿らせていたアリーシャ達も幾分溜飲を下げたようだ。
反対に拒絶された側のガヴィーや一団はというと、怒りと屈辱で身を震わせていた。顔を赤らめ口を大きく開くと、猛然と言葉を吐き出し始めた。
「馬鹿げている! ああ、馬鹿げている! 聖王国でも騎士職を賜っているこの私より、その汚らしい獣人達の肩を持つなど頭がいかれているに違いない。いや、常識さえも真面に教えてもらえなかったのだ」
「ガヴィー様の言う通りだ。あの少年は教育など受けてこなかったにちがいない」
「可哀そうに。獣人と一緒にいるなんて耐えられないぜ」
今度は口々にエルを罵る始末だ。やれ教育を受けてない、常識がないなど忙しい事だ。
だが、これではっきりした事もある。この純潔同盟の冒険者達は、皆人間至上主義者の固まりなのだ。名前からして加入員は純粋な人間でなければならないのだろう。
それに加えて彼らの偏向した思想ぶりからいって、おそらくは大半の者が聖王国シュリアネスの出身者に違いない。
何故ならこの迷宮都市の近隣の国家は純粋な人間以外の種族の割合が多く、亜人連合諸国を筆頭に人と亜人は共に手を取り合って助け合いながら暮らしているのだ。
もちろん、種族特有の文化や考え方の違いによる軋轢が無いわけではないが、国家にとっては人と同じく大事な労働力であり納税者なのだ。差別や人間優遇政策などを行い彼らにそっぽを向かれてしまえば、国が立ちいかなくなる所も出てくるだろう。
人間至上主義なんて愚かな思想と行動が行えるのは、純粋な人間が大半を占める国家しかあり得ない。つまり個人的な信条や嗜好を除外すると、この近隣では聖王国でしか起こり得ないのだ。
また、エルの故郷でも多くの亜人が住んでいたし、彼らと生活を共にするのが当たり前であった。種族間のいがみ合いも無く問題なく意思疎通がとれたので、分け隔てなく平和に暮らしてこれたのだ。
逆にガヴィーや純血同盟の団員達の一連の行動を鑑みると、先ほどの教育ではないが変な差別主義を持つ場所に生まれなくて良かったと安堵したぐらいである。
もはやガヴィー達に何を言われようと心に響くものはなかった。
「なんと言われようと、僕の気持ちは変わりません。あなた達のクランには入りませんし、全くこれっぽっちも興味がありません」
「小僧が粋がりおって! それが目上の者に対する態度か!! それに拒否は許さんと言っているだろう。これは命令だ」
「いや、命令って、あなたに何の権限があるんです? クラン側に強制的に冒険者を加入させられる権利なんてないですよね?」
「喧しい! お前の様な常識も教育もなっていない小僧は、黙って私に従っていればよいのだ!!」
「ほうっ、それは面白い話ですね。私にも聞かせてくれませんか?」
横手からの声に反応して振り向くと、怜悧な刃物を連想させる凶のある強面の高身長の人物が立っていた。協会の中でも受付部門を取り仕切っている上役のスレイルだ。
協会内の通路で大声を上げて言い合っていたので、誰かが知らせに行ったのだろう。
「スレイルさんっ!」
エルの呼び掛けに、ここは任せろと言わんばかりに頷くと歩み寄ってくる。頼もしい援軍の登場だ。
「ガヴィーさん、先ほどからエルさんに命令とおっしゃっていましたが、どういう意味です?」
「いっ、いや、言葉の綾だ! この少年に我らのクランに加入させてやろうとしただけだ」
言葉こそ丁寧だが、ただでさえ険のある顔に加え、そのこめかみに青筋を浮かべているスレイルの姿は威圧感が凄まじい。更には協会でも地位のある人物という事で、ガヴィーとしても分が悪いのが分かっているのだろう。先ほどの強気な態度とは打って変わってたじたじである。
「ペナルティです。冒険者には自分でクランに加入するかどうか決める自由があります。クラン側がその権利を侵す事を協会は認めていません。先月も全てのクランに対して、その旨を書簡にて通知しています。もちろん、団長であるガヴィーさんは確認して頂けたのですよね?」
「なっ!? この程度の勧誘で罰則を受けるなど、今まではありえなかったはずだ。これは横暴だ!!」
「あなた達には前科があります。何度も強引な勧誘を行い幾つもの苦情がきたので罰則を科すと共に、これまで以上に取り締まりを強化するとお伝えしたはずです。まさか忘れたのですか?」
「くっ!」
スレイルの言葉は事実の様で、ガヴィーは悔しそうに歯噛みするだけだ。
これまでの言葉から分かる通り、尊大で自分の意を押し通そうとするこの男の姿勢は、他の冒険者からもさぞ反発を買ったに違いない。
たじろぐガヴィーに対しスレイルは追及の手を緩めない。
「それに、あなたは先ほど亜人の方々を蔑視する発言をしました。こちらについても何度も注意したはずですが、迷宮都市は人種差別を認めていません」
「……、混じり物を混じり物と言って何が悪い」
「この都市では、法の下に人間と亜人は平等だと定めています。公の場で亜人の皆さんを侮辱する事は罪になると、何回も忠告したはずです。それにも関わらず無礼な態度と発言をとり続けたのですから、こちらについても罰を科させてもらいます」
「ありえん、ありえんぞ! 本当のことを言っただけで罪になるだと。この国はどうかしてる……」
「ここはあなたの国ではありません!! この国の法が気に食わないなら、自分の国に帰りなさい! もっとも聖王国でも、あなた方の様な思想は少数派のはずですが」
強烈な叱責に二の句が継げなくなったのか、ガヴィーは黙り方を震わせながら顔を俯かせた。
「罰則の詳細な内容については、おって書面で通達します。また、これ以上問題を起こすようならばクランの活動の停止だけではなく、解散の処分を下す場合がありますので十分反省してください」
「……」
「いいですね?」
渋々承諾したということだろうか、スレイルの言葉に反論せずガヴィーは無言を貫いた。
すると、突然何を思ったのかエルの方に向き直ると手を差し出してきた。
殊勝にも握手による和解のパフォーマンスを行おうとしているのだろうか。
あるいは、本当に反省しているのだろうか。
エルには判断がつかなかったが、おずおずと右手を差し出してガヴィーと握手を行った。
ガヴィーの顔が一変した。罠に掛かった獲物を舌なめずりして眺める様な、厭らしい顔にだ。
白銀の篭手ごしに強烈な力で、エルの小さな手を握りつぶさんばかりに締め付けてきたのだ。
衆人環視の中で、しかもスレイルという協会側の人間のいる傍で、罰則を言い渡されたばかりだというのに、理解できない暴挙であった。
「……どういうつもりですか?」
「なに、私の寛大な心を理解してもらえるよう、分かり易く行動で示したまでだ。それと、どうやら私達の間では認識の齟齬があるようだからね。まずそれを解消しようと思ったのだよ。君の様な5つ星、特に上位冒険者に成り立ての者は自分の力を過信する病に掛かり易いのだよ。火傷する前に、早めに上には上がいるという事を思い出した方が良い」
「それで?」
「我がクランは7つ星の私を筆頭に精鋭揃いだ。強者の庇護下の基で栄達に励む事が君のためなのだ。私は君の未来を案じているからこそ、忠告しているのだよ」
いかにも親切心から助言しているように見せ掛けているが、ようは強い俺に従えと言っているだけだ。
結局この男は何も反省していなかったのだ。
それに加えて平然とこんな事をしでかすとは、本人が言っていた通り常識が違うのだろう。どうにも話が通じない。
それにエルを5つ星と勘違いしているようだ。ちょっと前の情報を鵜呑みにして勘違いをしているに違いない。
加えて、スレイルから与えられた屈辱をエルを痛め付ける事ではらそうとしているのか、灰色の気まで顕現させて強烈に握りしめてくる。
エルも為すがままにしていれば腕を砕かれかねないので、ある程度力を入れて対抗したが、正直に言って迷っていた。ここで反撃して良いものかと。
罰則を受ける可能性もあったし、自分が負傷する結果になってもガヴィーが満足すれば、これ以上関わらずに済むのではないかという僅かな期待があったのだ。
逡巡するエルの迷いを吹き飛ばすかのように、アリーシャが大声で叱咤した。
「エル! 馬鹿に何を言っても無駄だし、下手に出ると付け上がるよ。非は明らかに向こうにある。全力を出して、その勘違い野郎に分からせてあげなさい!」
彼女のガヴィーを見詰める視線は、もはや路傍の石を見るのと変わりなかった。愚行を犯し、自分達を侮辱し続ける男には同じ人間として扱う必要も無いと判断したのだろう。
また、こちらがへりくだれば相手が図に乗るという意見も理解できる。ガヴィーは居丈高で終始他人を見下す態度を崩さなかったのだ。エルが穏便に済まそうと勝ちを譲ったとしてもその意を汲み取れないか、あるいは自分の力が当然上だと誤解しかねない。今までの行状を鑑みれば、そうなる可能性の方が高いといえよう。
だが、はたして本当に全力で相手していいものか。
困り果てたエルは握手したままの態勢でありながら、器用にスレインに顔を向けた。スレインはというと、全身を怒りに染め何か言おうとしていたか口を半開きの状態で停止していた。
おそらくは、静止の言葉を言わんとした所をアリーシャに先を越される形で発言されてしまい、彼女の言葉を肯定すべきか熟慮していた、そんな所だろう。
エルの困り果てた顔を見て直ぐに意図を悟ると口を開いた。
「ガヴィーさん。気まで使用しているようですが、それはあくまで握手なんですね?」
「もちろんその通りだ。彼とは行き違いがあったようだが、今後も仲良くしたいと思っているのだよ」
盛大な溜め息を吐くと、これ見よがしに首を横に振って肩を竦めた。
処置無しといった所だ。
ガヴィーの一切悪びれない態度を見てスレイルは意を決した。
「エルくん、非は明らかにガヴィーさんにあります。それに、ガヴィーさんには冒険者として致命的な欠陥があるようです。それを理解してもらうためにも、相手してあげてください」
「私に欠陥だと!? そんなものありはせんわ!」
「はあっ……。私からすれば、早急に冒険者を廃業した方が良いくらいの、特大の欠点があると思いますけどね。あなたは相手との実力差も測れないのですか?」
「ぶははっ、実力差だと? もちろん分かっているわ」
「とことん馬鹿ね。あんたよりエルの方が遥かに強いって、彼は優しく教えてあげているのよ」
「何だとっ!?」
そんな当たり前の事も分からないのかと、呆れ切ったアリーシャの言葉にガヴィーは怒り心頭である。顔を真っ赤に染め上げると気炎を吐いた。
「7つ星の私がこんな5つ星の小僧に負けるだと? 馬鹿にするにも程があるわ!」
「情報収集を怠るという欠点もあるようですね。エルさん、ここまで言っても理解してもらえないようですから、どうか分からせてあげてください」
「……本当に全力を出していんですか?」
「舐めるな、小僧!! 今すぐお前の右手を握りつぶしてやる! その慢心を後悔しろ!!」
怒り狂い顔を赤黒く変色させたガヴィーは、宣言通りエルの手を砕けよとばかり増々力を込めてくる。
スレインの言う通りもはや言葉では分かり合えないようだし、こうなっては遠慮は無用であろう。
エルが意を決し右手に気を纏った刹那、一瞬で勝負は決した!
「ぐあああっ!?」
エルとしては剛体醒覚を使わず手加減したものの、ガヴィーの身に着けていた白銀の篭手ごと軽く握り潰してしまったのだ。
少年には分からなかったがガヴィーの白銀の鎧は、陽光輝石という40階層近辺で入手できる魔鉱に灰色晶石を混ぜ合わせた代物で、7つ星の防具というより見た目を優先させたものであったのだ。
エルの驚異的な力もさることながら、能力的に下位冒険者に近い装備であったがため容易く変形してしまったのである。
腕に篭手が食い込んだのと、極僅かな時間であってもエルの剛力によって握り締められたためにひびが入ってしまったのだ。
ガヴィーは見っとも無く座り込み苦しんでいた。
「「ガヴィー様!?」」
そんなガヴィーに団員達が駆け寄ると、篭手を脱がし回復魔法を施こそうと四苦八苦している。
そんな苦痛に呻くガヴィーに対し、スレインは冷徹な視線のまま刃物の様な言葉を浴びせた。
「これで理解してもらえましたか? あなたは致命的な欠陥をいくつも抱えていることを」
「きっ、貴様! こんな事をしてただで済むと思っているのか?」
「何を言っているです? あなたから仕掛けた勝負でしょう? 良かったですね、相手が優しいエルくんで。迷宮の魔物が相手だったら死んでましたよ」
「ぐっ……」
さしものガヴィーも、スレインの正論には反論材料が見つからない様子で苦痛に顔を歪ませるだけであった。
「あなたの身勝手な行動には呆れ果てました。罰則は必ず受けてもらいます。それと、今度も態度を改めないようでしたら、協会からクランの解散命令を下します。これが最後通牒だと思ってください」
「……」
言葉自体は丁寧であったが、睨み付けるような視線と話した内容自体は激烈なものであった。
不安そうに他の団員に見守られ中、ガヴィーにできたのはただ下を向き体を震わせる事だけだった。
「あなたが改心し、良き冒険者になる事を祈っていますよ」
「……」
「さて、エルくんにみなさん、場所を移しましょうか。私に付いて来てください」
この場所に留まりガヴィー達と同じ空気を吸いたくないとばかりに、アリーシャ達はあっさりスレインの言葉に従うと踵を返した。
エルも先行するスレインとアリーシャ達の後を追い遠ざかっていった。
周りで野次馬をしていた冒険者や協会の職員達も潮が引く様に、一斉に離れていく。
残されたのは純潔同盟の面々だけであった。
ガヴィーは座り込んだまま、濁った瞳で去り行くエル達の姿を見つめ続けた。
底知れぬ悪意と、復讐を心に誓いながら……。
下位冒険者用の受付くらいの、ほぼ常時すし詰め状態になるほどの人の多さはないが、それでも夕暮れ刻の皆が神々の迷宮から帰還する時分になると途端に人の数が増える。その盛況ぶりたるやかなりのもので、エル達も清算まで大分待たされたせいで、さっきから腹の虫が鳴りまくっている。
本日はというと、エルと鎧摩生物との壮絶な戦いに触発されたアリーシャ達も奮起し、66階層の魔物を発見次第ひたすら闘いを挑み続け、たった1日とは思えない程の戦果を上げて意気揚々と帰還した所であった。
中でもアリーシャの活躍が目覚ましく、普段からも攻撃の要であったが今日は1人で敵を倒してしまいそうな程の勢いであった。自分よりも大きな大剣を担ぎつつも羽の様に軽やかに舞い、灼熱の大炎で次々に焼き焦がし、あるいは溶断し、そして真っ赤な気を纏わせ叩き斬ったのだ。
まさに心の有り様が闘いに影響する典型例である。
今もはち切れんばかりの笑顔を浮かべ、歩きながらもエルの頭を撫でたりと構いまくっている。いつも通り弟と接する親愛の情ももちろんあったが、明らかにそれ以上の熱が籠っていた事も確かであった。
もっともちょっとした違いであったので、エルが気付く事はなかったが……。
まあ人付き合いの経験がほぼ皆無であり、この迷宮都市に来て良識ある人々と幸運な出会いをはたした事で、ようやく友人関係や人との接し方を学び始めたばかりであるので、細やかな機微の変化に気付けというのはエルには厳し過ぎた。今日は上々の出来だったから機嫌が良いんだなと、アリーシャのやりたい様に任せただけであった。
とりあえずお腹も空いた事だし夕食にしようと連れ立って部屋を出ると、行く手を阻む様に皆同じ白銀の鎧を着た一団が道に整列したではないか。
当然エルには面識もないし、自分にくっ付いているアリーシャに目線を送っても知らないとばかりに首を横に振られたのでわけが分からない。訝しげに見ていると、2列に並ぶ騎士の様な出で立ちの戦士達の中央を割って、1人の男がゆったりとした足取りで進み出てきた。
3、40代と思しき恰幅の良い男で一際豪奢な装飾を施された白銀の鎧を身に纏っている。髭面の顔には優越感に浸っている様な、あるいは自分の力を誇示するかの様な笑みが張り付いており、エルにしては珍しい事に初対面であるのにも関わらず、すでに嫌な印象を抱いてしまった。
「貴様が今名を広めている武神流の気竜変化の使い手エルだな?」
「気竜?……、ああ、多分僕だと思います」
エルが気を用いて真竜、赤竜を真似て模擬戦を行ってから早3ヶ月。
今ではアルドを筆頭とした格闘術の師範や一部の武器術の師範達がエルの偽竜形態を習得し、お布施を貰い冒険者達と試合を行っている。
上位冒険者への関門である赤竜と本番を想定した闘いができるという事もあって、冒険者達との間で噂が広がり武神流の名を上げると共に、この技を編み出したエルの名もまた有名になりつつあったのだ。
「ふんっ、私は7っ星の上位冒険者にして輝かしき栄光あるクラン、純血同盟の団長ガヴィーである。我がクランの末席に加わる栄誉をお前に与えるために、わざわざ私自ら出向いてやったのだ。感謝するように」
「えっ!?」
何をどう反応していいか困惑するほど意味不明であった。
エルは純血同盟がどの様なクランか全く知らないし、忠告を受けた事もあってクラン自体に入るつもりが無かったのだ。
それに加えて呼んでもおらず勝手に自分から来たくせに、感謝しろとはどういう積りなのだろうか。
どうにも嫌な気分になるのが止められない。
それはアリーシャ達も同じだったようで、険悪感を隠そうともせずエルに忠告し出した。
「エル。わかっているだろうけど、彼等に関わらない方が良いよ」
「クランなんてエルが入る必要全く無いし、ましてや末席だよ? エルの実力をこれっぽっちもわかってないみたい」
「黙れ! 貴様らに話をしているのではない。私はわざわざこの少年に栄誉を与えに来たのだ。それにこれは命令だ! 拒否することは許さん」
「「はあっ!?」」
開いた口が塞がらないとはこの事だろう。
命令?
クランに入る事が?
拒否権すらないだって?
馬鹿にしているのも程がある。
アリーシャ達は軽蔑しきっており、エル自身も負の感情が顔に出た。
「エル、もう行こう。こいつ等と一緒にいるだけで頭がおかしくなりそうだよ」
「クランへの加入は冒険者の自由だし、ましてやクラン側に強制する権利はない。そんな基本事項すら弁えないなんて、昨今のクランの腐敗ぶりは凄まじいって聞いていたけど本当のようだね。呆れてものも言えないよ」
「先程から邪魔ばかりしおって、横から口を挟むな!! 私はお前達の様な汚れた血の者達を見るだけでも嫌なんだ」
「何だって?」
ガヴィーの有り得ない発言に、アリーシャをはじめとした赤虎族の戦士達の金色の瞳孔が縦に細まった。猫科の獣が狩りを始める直前の様な危険な兆候だ。
それもそのはず、ガヴィーの言葉は最大級の侮辱であったからだ。
純粋な人間が最も尊く、それ以外の亜人は汚れた血が混じったまがい物であり、人間に使役されるべき存在だという考えたが一部の人間至上主義者の間、特に聖王国シュリアネスなどでは罷り通っている。
もちろん亜人は人間から派生したわけではなく、人と何等かの生物が交じり合った生まれた種族ではない。
しかし、獣人族等に代表される様な人間に動物達の特徴を付け加えた様な外見をしている亜人も多いことから、人を頂点に掲げる一派からその様な独善的な考えが生まれたのである。
言い掛かりや偏見であり何ら根拠のないものであったが、人は己の信じたいものを盲信する生き物である。
その結果が、ガヴィーの発した蔑称に繋がるというわけだ。
だが言われた方、特に確証もない妄想から貶められた側は許せるものではない。殊に赤虎族は誇りを重んじる一族であるがゆえに、身勝手な思想から自分達を蔑んでくる輩に対し激しい怒りを覚えていた。
何かがあればすぐにでも爆発するであろう、一触即発の危険な雰囲気が漂っている。
しかし、冒険者同士の諍いは御法度である。行えば双方に厳しい処罰が下される、場合によっては都市外への追放もあり得るのだ。特に場所が協会内というのが宜しくない。事件が発生すれば待機している兵士がすぐに飛んでくるし、見せしめの意味を含めて重い処分を下される可能性もある。
まずい。
僕が原因でアリーシャ達が罰を受けるなんて、あっちゃいけないんだ。
エルは勢い良く前に飛び出すと、毅然とした態度で声高らかに宣言した。
「まずはっきりさせましょう。あなた達のクランへの加入ですが、お断りします。二度と勧誘に来ないでください」
「断る? 我が栄えある純潔同盟の参入を? 貴様、正気か?」
「そうです、僕は元々どのクランにも入るつもりはありません。それにあなたは僕の兄貴分や姉貴分達、つまり僕の大切な人達を純粋な人でないからと誹謗中傷しました。そんな人が団長を務めるクランなんて、頼まれたってお断りですよ」
「エル……」
きっぱりと拒否したエルの態度を見て、怒りを身に宿らせていたアリーシャ達も幾分溜飲を下げたようだ。
反対に拒絶された側のガヴィーや一団はというと、怒りと屈辱で身を震わせていた。顔を赤らめ口を大きく開くと、猛然と言葉を吐き出し始めた。
「馬鹿げている! ああ、馬鹿げている! 聖王国でも騎士職を賜っているこの私より、その汚らしい獣人達の肩を持つなど頭がいかれているに違いない。いや、常識さえも真面に教えてもらえなかったのだ」
「ガヴィー様の言う通りだ。あの少年は教育など受けてこなかったにちがいない」
「可哀そうに。獣人と一緒にいるなんて耐えられないぜ」
今度は口々にエルを罵る始末だ。やれ教育を受けてない、常識がないなど忙しい事だ。
だが、これではっきりした事もある。この純潔同盟の冒険者達は、皆人間至上主義者の固まりなのだ。名前からして加入員は純粋な人間でなければならないのだろう。
それに加えて彼らの偏向した思想ぶりからいって、おそらくは大半の者が聖王国シュリアネスの出身者に違いない。
何故ならこの迷宮都市の近隣の国家は純粋な人間以外の種族の割合が多く、亜人連合諸国を筆頭に人と亜人は共に手を取り合って助け合いながら暮らしているのだ。
もちろん、種族特有の文化や考え方の違いによる軋轢が無いわけではないが、国家にとっては人と同じく大事な労働力であり納税者なのだ。差別や人間優遇政策などを行い彼らにそっぽを向かれてしまえば、国が立ちいかなくなる所も出てくるだろう。
人間至上主義なんて愚かな思想と行動が行えるのは、純粋な人間が大半を占める国家しかあり得ない。つまり個人的な信条や嗜好を除外すると、この近隣では聖王国でしか起こり得ないのだ。
また、エルの故郷でも多くの亜人が住んでいたし、彼らと生活を共にするのが当たり前であった。種族間のいがみ合いも無く問題なく意思疎通がとれたので、分け隔てなく平和に暮らしてこれたのだ。
逆にガヴィーや純血同盟の団員達の一連の行動を鑑みると、先ほどの教育ではないが変な差別主義を持つ場所に生まれなくて良かったと安堵したぐらいである。
もはやガヴィー達に何を言われようと心に響くものはなかった。
「なんと言われようと、僕の気持ちは変わりません。あなた達のクランには入りませんし、全くこれっぽっちも興味がありません」
「小僧が粋がりおって! それが目上の者に対する態度か!! それに拒否は許さんと言っているだろう。これは命令だ」
「いや、命令って、あなたに何の権限があるんです? クラン側に強制的に冒険者を加入させられる権利なんてないですよね?」
「喧しい! お前の様な常識も教育もなっていない小僧は、黙って私に従っていればよいのだ!!」
「ほうっ、それは面白い話ですね。私にも聞かせてくれませんか?」
横手からの声に反応して振り向くと、怜悧な刃物を連想させる凶のある強面の高身長の人物が立っていた。協会の中でも受付部門を取り仕切っている上役のスレイルだ。
協会内の通路で大声を上げて言い合っていたので、誰かが知らせに行ったのだろう。
「スレイルさんっ!」
エルの呼び掛けに、ここは任せろと言わんばかりに頷くと歩み寄ってくる。頼もしい援軍の登場だ。
「ガヴィーさん、先ほどからエルさんに命令とおっしゃっていましたが、どういう意味です?」
「いっ、いや、言葉の綾だ! この少年に我らのクランに加入させてやろうとしただけだ」
言葉こそ丁寧だが、ただでさえ険のある顔に加え、そのこめかみに青筋を浮かべているスレイルの姿は威圧感が凄まじい。更には協会でも地位のある人物という事で、ガヴィーとしても分が悪いのが分かっているのだろう。先ほどの強気な態度とは打って変わってたじたじである。
「ペナルティです。冒険者には自分でクランに加入するかどうか決める自由があります。クラン側がその権利を侵す事を協会は認めていません。先月も全てのクランに対して、その旨を書簡にて通知しています。もちろん、団長であるガヴィーさんは確認して頂けたのですよね?」
「なっ!? この程度の勧誘で罰則を受けるなど、今まではありえなかったはずだ。これは横暴だ!!」
「あなた達には前科があります。何度も強引な勧誘を行い幾つもの苦情がきたので罰則を科すと共に、これまで以上に取り締まりを強化するとお伝えしたはずです。まさか忘れたのですか?」
「くっ!」
スレイルの言葉は事実の様で、ガヴィーは悔しそうに歯噛みするだけだ。
これまでの言葉から分かる通り、尊大で自分の意を押し通そうとするこの男の姿勢は、他の冒険者からもさぞ反発を買ったに違いない。
たじろぐガヴィーに対しスレイルは追及の手を緩めない。
「それに、あなたは先ほど亜人の方々を蔑視する発言をしました。こちらについても何度も注意したはずですが、迷宮都市は人種差別を認めていません」
「……、混じり物を混じり物と言って何が悪い」
「この都市では、法の下に人間と亜人は平等だと定めています。公の場で亜人の皆さんを侮辱する事は罪になると、何回も忠告したはずです。それにも関わらず無礼な態度と発言をとり続けたのですから、こちらについても罰を科させてもらいます」
「ありえん、ありえんぞ! 本当のことを言っただけで罪になるだと。この国はどうかしてる……」
「ここはあなたの国ではありません!! この国の法が気に食わないなら、自分の国に帰りなさい! もっとも聖王国でも、あなた方の様な思想は少数派のはずですが」
強烈な叱責に二の句が継げなくなったのか、ガヴィーは黙り方を震わせながら顔を俯かせた。
「罰則の詳細な内容については、おって書面で通達します。また、これ以上問題を起こすようならばクランの活動の停止だけではなく、解散の処分を下す場合がありますので十分反省してください」
「……」
「いいですね?」
渋々承諾したということだろうか、スレイルの言葉に反論せずガヴィーは無言を貫いた。
すると、突然何を思ったのかエルの方に向き直ると手を差し出してきた。
殊勝にも握手による和解のパフォーマンスを行おうとしているのだろうか。
あるいは、本当に反省しているのだろうか。
エルには判断がつかなかったが、おずおずと右手を差し出してガヴィーと握手を行った。
ガヴィーの顔が一変した。罠に掛かった獲物を舌なめずりして眺める様な、厭らしい顔にだ。
白銀の篭手ごしに強烈な力で、エルの小さな手を握りつぶさんばかりに締め付けてきたのだ。
衆人環視の中で、しかもスレイルという協会側の人間のいる傍で、罰則を言い渡されたばかりだというのに、理解できない暴挙であった。
「……どういうつもりですか?」
「なに、私の寛大な心を理解してもらえるよう、分かり易く行動で示したまでだ。それと、どうやら私達の間では認識の齟齬があるようだからね。まずそれを解消しようと思ったのだよ。君の様な5つ星、特に上位冒険者に成り立ての者は自分の力を過信する病に掛かり易いのだよ。火傷する前に、早めに上には上がいるという事を思い出した方が良い」
「それで?」
「我がクランは7つ星の私を筆頭に精鋭揃いだ。強者の庇護下の基で栄達に励む事が君のためなのだ。私は君の未来を案じているからこそ、忠告しているのだよ」
いかにも親切心から助言しているように見せ掛けているが、ようは強い俺に従えと言っているだけだ。
結局この男は何も反省していなかったのだ。
それに加えて平然とこんな事をしでかすとは、本人が言っていた通り常識が違うのだろう。どうにも話が通じない。
それにエルを5つ星と勘違いしているようだ。ちょっと前の情報を鵜呑みにして勘違いをしているに違いない。
加えて、スレイルから与えられた屈辱をエルを痛め付ける事ではらそうとしているのか、灰色の気まで顕現させて強烈に握りしめてくる。
エルも為すがままにしていれば腕を砕かれかねないので、ある程度力を入れて対抗したが、正直に言って迷っていた。ここで反撃して良いものかと。
罰則を受ける可能性もあったし、自分が負傷する結果になってもガヴィーが満足すれば、これ以上関わらずに済むのではないかという僅かな期待があったのだ。
逡巡するエルの迷いを吹き飛ばすかのように、アリーシャが大声で叱咤した。
「エル! 馬鹿に何を言っても無駄だし、下手に出ると付け上がるよ。非は明らかに向こうにある。全力を出して、その勘違い野郎に分からせてあげなさい!」
彼女のガヴィーを見詰める視線は、もはや路傍の石を見るのと変わりなかった。愚行を犯し、自分達を侮辱し続ける男には同じ人間として扱う必要も無いと判断したのだろう。
また、こちらがへりくだれば相手が図に乗るという意見も理解できる。ガヴィーは居丈高で終始他人を見下す態度を崩さなかったのだ。エルが穏便に済まそうと勝ちを譲ったとしてもその意を汲み取れないか、あるいは自分の力が当然上だと誤解しかねない。今までの行状を鑑みれば、そうなる可能性の方が高いといえよう。
だが、はたして本当に全力で相手していいものか。
困り果てたエルは握手したままの態勢でありながら、器用にスレインに顔を向けた。スレインはというと、全身を怒りに染め何か言おうとしていたか口を半開きの状態で停止していた。
おそらくは、静止の言葉を言わんとした所をアリーシャに先を越される形で発言されてしまい、彼女の言葉を肯定すべきか熟慮していた、そんな所だろう。
エルの困り果てた顔を見て直ぐに意図を悟ると口を開いた。
「ガヴィーさん。気まで使用しているようですが、それはあくまで握手なんですね?」
「もちろんその通りだ。彼とは行き違いがあったようだが、今後も仲良くしたいと思っているのだよ」
盛大な溜め息を吐くと、これ見よがしに首を横に振って肩を竦めた。
処置無しといった所だ。
ガヴィーの一切悪びれない態度を見てスレイルは意を決した。
「エルくん、非は明らかにガヴィーさんにあります。それに、ガヴィーさんには冒険者として致命的な欠陥があるようです。それを理解してもらうためにも、相手してあげてください」
「私に欠陥だと!? そんなものありはせんわ!」
「はあっ……。私からすれば、早急に冒険者を廃業した方が良いくらいの、特大の欠点があると思いますけどね。あなたは相手との実力差も測れないのですか?」
「ぶははっ、実力差だと? もちろん分かっているわ」
「とことん馬鹿ね。あんたよりエルの方が遥かに強いって、彼は優しく教えてあげているのよ」
「何だとっ!?」
そんな当たり前の事も分からないのかと、呆れ切ったアリーシャの言葉にガヴィーは怒り心頭である。顔を真っ赤に染め上げると気炎を吐いた。
「7つ星の私がこんな5つ星の小僧に負けるだと? 馬鹿にするにも程があるわ!」
「情報収集を怠るという欠点もあるようですね。エルさん、ここまで言っても理解してもらえないようですから、どうか分からせてあげてください」
「……本当に全力を出していんですか?」
「舐めるな、小僧!! 今すぐお前の右手を握りつぶしてやる! その慢心を後悔しろ!!」
怒り狂い顔を赤黒く変色させたガヴィーは、宣言通りエルの手を砕けよとばかり増々力を込めてくる。
スレインの言う通りもはや言葉では分かり合えないようだし、こうなっては遠慮は無用であろう。
エルが意を決し右手に気を纏った刹那、一瞬で勝負は決した!
「ぐあああっ!?」
エルとしては剛体醒覚を使わず手加減したものの、ガヴィーの身に着けていた白銀の篭手ごと軽く握り潰してしまったのだ。
少年には分からなかったがガヴィーの白銀の鎧は、陽光輝石という40階層近辺で入手できる魔鉱に灰色晶石を混ぜ合わせた代物で、7つ星の防具というより見た目を優先させたものであったのだ。
エルの驚異的な力もさることながら、能力的に下位冒険者に近い装備であったがため容易く変形してしまったのである。
腕に篭手が食い込んだのと、極僅かな時間であってもエルの剛力によって握り締められたためにひびが入ってしまったのだ。
ガヴィーは見っとも無く座り込み苦しんでいた。
「「ガヴィー様!?」」
そんなガヴィーに団員達が駆け寄ると、篭手を脱がし回復魔法を施こそうと四苦八苦している。
そんな苦痛に呻くガヴィーに対し、スレインは冷徹な視線のまま刃物の様な言葉を浴びせた。
「これで理解してもらえましたか? あなたは致命的な欠陥をいくつも抱えていることを」
「きっ、貴様! こんな事をしてただで済むと思っているのか?」
「何を言っているです? あなたから仕掛けた勝負でしょう? 良かったですね、相手が優しいエルくんで。迷宮の魔物が相手だったら死んでましたよ」
「ぐっ……」
さしものガヴィーも、スレインの正論には反論材料が見つからない様子で苦痛に顔を歪ませるだけであった。
「あなたの身勝手な行動には呆れ果てました。罰則は必ず受けてもらいます。それと、今度も態度を改めないようでしたら、協会からクランの解散命令を下します。これが最後通牒だと思ってください」
「……」
言葉自体は丁寧であったが、睨み付けるような視線と話した内容自体は激烈なものであった。
不安そうに他の団員に見守られ中、ガヴィーにできたのはただ下を向き体を震わせる事だけだった。
「あなたが改心し、良き冒険者になる事を祈っていますよ」
「……」
「さて、エルくんにみなさん、場所を移しましょうか。私に付いて来てください」
この場所に留まりガヴィー達と同じ空気を吸いたくないとばかりに、アリーシャ達はあっさりスレインの言葉に従うと踵を返した。
エルも先行するスレインとアリーシャ達の後を追い遠ざかっていった。
周りで野次馬をしていた冒険者や協会の職員達も潮が引く様に、一斉に離れていく。
残されたのは純潔同盟の面々だけであった。
ガヴィーは座り込んだまま、濁った瞳で去り行くエル達の姿を見つめ続けた。
底知れぬ悪意と、復讐を心に誓いながら……。
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