時のラティア

風神真優

文字の大きさ
3 / 6
序章

しおりを挟む
 突然の頭痛に思わず眼を閉じた。ほんの少し視界を暗くした。ただ、それだけの筈だった。

「え……」

 ラティアの目の前に広がる景色は、先程まで居た学院の更衣室内ではなかった。

「ここ、どこ?」

 見慣れない風景。山の中腹付近にいるのか、なだらかな勾配と遠くに集落が見える。木々に囲まれ、人里から離れた民家が一軒ポツリと建っていた。
 ラティアはその民家の広い荒地に突っ立っていた。元々は畑として利用していたのだろう、荒地といってもそこまで酷くはなく、手を付けなくなって暫くの事だと伺えた。

「何で? 私、学校にいた筈……」

 ラティアは酷く混乱した。訳も分からずたたずむばかりで動こうとは思わなかった。

「あなたっ? あなた……っ!」

 しゃがれた女の人の声が耳に入る。民家の方向からだった。その声には焦りが混ざっている。
 気付けばラティアは駆け出していた。その間にも聴こえてくる掛け声には落ち着きは一切なかった。

「しっかり、あなた! 誰か、誰かぁ!!」

 慌てて扉を開けると老夫婦がいた。泣き崩れるお婆さんはラティアを見て驚きを隠せない。周りに人が住める場所はなく、呼んだ所で誰も来ない事はお婆さん自身分かっていたからだ。金髪の少女が現れた事にお婆さんは状況をすぐに把握出来なかった。

「えっ……?」

 戸惑うお婆さんを余所にラティアは倒れているお爺さんに駆け寄る。

「大丈夫ですか!?」

 僅かな応答でお爺さんに意識があると分かるとラティアはお婆さんに訊ねる。

「どうされたのですか!? こうなった理由は」
「分からないんじゃ。気付いたら倒れとって……」

 お婆さんは不安げに話す。ラティアは倒れた原因の手がかりとなる情報収集を始めた。

(発汗に手足の震え、それに顔面蒼白と口唇乾燥)

 親指側の手首に指を押し当ててみる。

(__頻脈。……これは、間違いない)

 お爺さんの身体の観察や実際に脈を測り、ラティアは一つの疾病に辿り着く。

「あの、この方は何か薬を飲んだりしていますか?」
「えぇ、糖尿病の治療の薬を飲んでおる」
(やっぱり……低血糖の症状だ)

 お婆さんの返答にラティアは確信した。理由が分かれば対処出来る。

「お手数ですが、お砂糖を持ってきていただけますか?」
「あ、あぁ、ちょっと待っとくれ」

 奥の台所から砂糖の入ったケースを持ってきた。ラティアはお爺さんに砂糖を口に含ませる。

「これで少しは良くなると思います」
「ありがとうございますっ……」

 お婆さんは安堵するがラティアの表情は険しかった。

(これでいい筈だけど、私は見習い……)

 医者ではない為、容易に終わりに出来なかった。

「私、念の為、お医者さんを呼んできます! 10分頃経っても回復しないようでしたら、お砂糖をこの大さじで2杯口に含めて下さい」
「あぁ、分かった。しかし、お前さん医者ん所まで結構掛かるが大丈夫かえ?」
「大丈夫です! すぐ呼んできますね!!」

 一歩外に出てふと気付く。ここは山の中腹。今から下ってそれも医者を探して戻ってくるとなると相当時間が掛かる。

(せめて馬があれば……)

 交通手段でもある馬でさえ居ない状況。ラティアは意を決して走り出した。その時。

「い…っ」

 再びあの頭痛。顔を歪ませ、眼を開けると。どこかの路地裏にいた。目の前には人の行き交う道。山から一瞬で人里に下りてきたようだ。

(と、とりあえずお医者さんを捜さないと)

 この不可思議な現象について考えたくなるが、今は最優先である医者捜しにラティアは人通りに出る。

「えっ!?」

 看板には「診療所」の文字。捜す必要がなくなった。眼前に建つ建物へラティアは歩を進めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

使い捨て聖女の反乱

あんど もあ
ファンタジー
聖女のアネットは、王子の婚約者となり、瘴気の浄化に忙しい日々だ。 やっと浄化を終えると、案の定アネットは聖女の地位をはく奪されて王都から出ていくよう命じられるが…。 ※タイトルが大げさですがコメディです。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

私は逃げ出すことにした

頭フェアリータイプ
ファンタジー
天涯孤独の身の上の少女は嫌いな男から逃げ出した。

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

処理中です...