怪力貴公子にハートを脅かされています

温風

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第一章 家庭教師と怪力貴公子

ようこそ王宮舞踏会へ

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「いいですかフォルテさま。一人でも多くのご令嬢と踊って、良い心証を持っていただくのですよ!」
「いーやーだ! 踊るならサフィがいい!」

 フォルテさまが唇を尖らせて拗ねている。こじらせたお顔も、個人的には大好きだ。
 だがこれは貴公子の沽券に関わる大問題なのだ。ダンスが下手くそだったら、僕の大事なフォルテさまが貴婦人のみなさまに馬鹿にされてしまう! それだけは避けねばならない。


 舞踏会への招待状を受け取ってからというもの、僕たちはワルツの練習に励んだ。
 王宮図書館で司書をしている姉・マグノリアには貴族年鑑や舞踏譜を借りたし、貴族間の交流やご婦人の扱いについては母さまに教えを乞うた。
 嬉々として離宮に駆けつけた母さまは、短期間ながら激しいスパルタ教育を施してくれたが、それはまあ割愛させてもらいたい。

 僕は年齢の割に、交遊だの社交だのには疎かった。社交界には十年以上前に、1~2度顔を出したきり。屋敷に引きこもって生きてきたツケが回ってきた。
 フォルテさまが面倒くさく思うお気持ちはよく分かる。僕にお説教する資格はない。だがしかし、だ。

「お願いですから、そんなにぶすくれないでくださいよ」

 まだご機嫌斜めらしく、つんとした態度を崩さない。
 十八歳のフォルテさまにとって今回の舞踏会は、社交界デビューとなる。




 フォルテさまのお側に来てから十年。初めての登城、初めての王宮舞踏会を迎えた。

 王宮に足を踏み入れてまず目を引くのが、城の背後に聳え立つ神樹だ。葉の所々が淡く発光している。ヤドリギに似た小さな実が付いており、それがランタンのように光っているのだ。
 葉が落ちる時期になると、実も共に落ちて地面の肥やしとなり、その養分はまた神樹に吸収される。永遠に繰り返される営みだ。

 王城の門をくぐったところで、フォルテさまが足を止めた。

「あれは……木か……?」

 神樹の方向を眺めて、怪訝そうに訊ねた。実物を見るのは初めてなのだろう。観光案内でもする調子で、嬉々として説明する。

「あれこそ我が国の象徴、シテール王国を守護する神樹ですよ」
「あれが? あれが、神樹だと……」
「ええ。どうかされましたか?」

 フォルテさまは上体をぶるりと一度、大きく震わせた。
 心配になってお顔を覗き込めば、畏怖と驚きの混ざった表情が浮かんでいる。
 恐怖──いや、不安?
 複雑な感情が入り混じるお顔の色に、僕の胸もざわりと騒いだ。神樹に関して嫌な思い出でもあるんだろうか?

 城門の松明が燃えて、ぱちりと爆ぜた。

「フォルテさま? あの、お加減でも?」
「いい、なんでもない……行くぞ」
「でも」
「平気だから」

 なにかを振り切るように、フォルテさまはどんどん歩を進めた。




「フォルテ・セプティムス殿下! ならびに、ラヴーシュ公爵子息サフィア・ラヴーシュさま、ご到着でございます!」

 りんりんと鈴を鳴らすのは貴人の訪いの合図だ。
 僕たちが足を踏み入れると、鈴の音がホール中に響き渡った。

 大理石をはじめとする貴重な石材でつくられた宮殿には、縦筋の入った大きな柱が等間隔に並んでいた。内部の装飾には、まばゆいばかりの黄金が惜しみなく使われている。床は獅子と神樹の紋章をあしらったタイルだ。

 天井に目を向ければ、細密画と共に流麗な浮き彫りが施されており、目が吸い込まれそうになった。

 意識を引き戻されたのは、歓談していた貴族たちが一瞬押し黙ったからだ。
 ホールに集う人々の視線が、いっせいに僕たちに突き刺さる。

「まあ、美しい赤髪……先のお方を思い出すわ」
「そういえば先の王も燃えるような赤い髪であったな」

 フォルテさまを見て、幾人かの貴族がつぶやいた。
 先王レオニスさまが倒れたのは十八年も前だ。記憶に新しいとは言えないが、御子息である今の国王陛下アマデウスさまとは、政治的な意見を異にしていたと聞く。

「薄紫の御髪──あの方が麗人サフィアさまか? お二人が並ぶと、まるで太陽と月だな」
「お父さま、サフィアさまはわたくしと踊ってくださると思う? 独身と聞いたわ」
「無理を言ってはいけないよ。今宵は七番目のお方の介添えなのだから」
「あのお二人は……そもそも、どういう御関係なのか……」

 フォルテさまの隣にいるせいか、僕も歓談の俎上にあげられている。微笑み返す余裕などなく、背中がそわそわして、歩くのさえ心もとない。上っ面だけでも取り繕わねばと思うのだが、動きがぎくしゃくしてしまう。


 そのとき、細いグラスに入った飲み物が運ばれてきた。蜂蜜と柑橘のドリンクだ。流麗なグラスの中で、黄金色の液体がとろんと揺れている。
 アルコール入りではないことを給仕に確認して、グラスを二つ受け取った。

「……ひとまず、喉を潤しましょう。軽くて飲みやすいですよ。それにほら、フォルテさまの瞳のような蜂蜜色です。きれいですね」

 透かすようにグラスの液体を眺めた。
 けれどフォルテさまは腕を組み、憮然とした表情で周囲に殺気を飛ばしている。

「サフィ、俺から離れるんじゃねえぞ。さっきから男も女も、みんなおまえばっかり見てる。うぜえもんだな舞踏会ってのは。食べて飲んでそれで終わりでいいじゃねえか」
「お口が悪うございますよ。ほら、笑顔笑顔! なるべく爽やかに笑っておいてください。笑いさえすれば、角が立ちませんからね!」

 僕はフォルテさまの頬にグラスを押し当てた。

 楽隊が出てきて、ホール中央でのんびりとした四重奏をはじめる。
 しばらくはウェルカムドリンク片手に、歓談を楽しめということだ。ダンスは本日の主役の登場を待ってからとなる。



 王宮のホールの優雅な雰囲気に慣れてきたころ、今までとは少し性質の異なる、粘着質な声が鼓膜を揺らした。

「……七番目のお方は男色家と見える。お立場にふさわしい選択でございますな」

 燕脂のジュストコールを着た若い貴族だ。知らない青年だが、何人かとつるんで嗤い合っている。
 いくら若齢でも、舞踏が始まる前に酒に酔うとは非常識も甚だしい。慣れない社交の場で、いかにもやらかしそうな人物に思えた。

 眉をひそめて、フォルテさまの腕を引く。彼らのテーブルとは反対側へ参りましょう、と。そのとき、「男色家」発言をした青年貴族が、僕のほうを舐めるように見た。

「それにしても美しい男だ。我らにも一晩お貸しいただきたいな」

 ──代価は虎一匹でどうだ?

 薄笑いを浮かべながら発せられた下劣な言葉に、さすがの僕も額に縦皺を刻んだ。フォルテさまに命を救ってもらった思い出まで汚されたような気持ちがする。
 眉と目尻をきっと吊り上げて睨むと、ますます笑われてしまった。酔っ払いなど相手にするだけ損だった。

「貴族にも、下衆な妄想を垂れ流す生き物がいるもんだな」

 おとなしく口を閉じていたフォルテさまが、形の良い白い歯を覗かせて嘲笑うように言った。

「欲求不満の塊は、どんなダンスを披露してくれるんだろうなぁ? あんたと踊る相手がいれば見てみたいね」

 周囲から笑い声が漏れる。
 自分から絡んでいった貴族の青年は、フォルテさまの言葉に打たれたように、赤くなって震えた。酔いよりも恥のほうが上回ったのだろう。フォルテさまは、彼の自尊心の在処をうまく突いたらしい。
 まわりの貴族が互いに目配せし合う。この舌戦で、フォルテさまの評価が高まったのだ。

「くっ……お情けの認知を受けた七番目が、いい気になるなよ!」

 余裕を失った青年貴族が弱々しい遠吠えを晒す。わざわざ取り合うこともなく、僕たちはホール奥部へ歩みを進めた。

「末の王子など、ただ税金を消費するだけの役立たずだ!」

 第五王子の帰還記念舞踏会に出席しておいて、それはないだろう。貴族たちが、ひそひそと耳打ちし合う。

「あれが北の男爵家の新当主か? 無粋な真似を」
「領地経営は順調だと聞いたが、信用できんな」
「先代はもう少し骨がある男だった。残念だよ」

 耳に入った囁きに僕は納得した。代替わりしたばかりの嫡男か。中央での振る舞いが未熟なのは致命的だ。
 若い肩に家を背負う責任は大変なものだと思うし、同情もするが、フォルテさまへの無礼を許してあげるほど、僕はお人好しにはなれない。
 貼り付けたような笑顔を保ちつつ、精一杯フォルテさまをフォローすることに努めようと思った。


 仲間の輪から抜け出した青年貴族はまだ物足りないらしく、ねちねちと絡んで、僕らのあとを付いてくる。唆す仲間もいるのか、後ろからやんややんやと声援を送られていた。

「……陛下が気まぐれで抱いた婢女の子が、腕任せに成り上がりやがって」

 フォルテさまが急に立ち止まった。

「サフィ、ちょっと持ってろ」

 グラスを僕に押し付けるや否や、猪のような勢いで青年貴族に殴りかかっていった。
「いけません!」と止める暇もない。
 貴族の青年も阿呆のように突っ立ったまま、動けずにいる。

 そこから先の一瞬一瞬は、妙にゆっくりに見えた。
 フォルテさまの拳が、青年の顔面に迫る。誰もが流血沙汰を覚悟した寸前──フォルテさまが、つんのめるように動きを止めた。
 誰かがフォルテさまの袖を引いたのだ。

「……おっと。危ない危ない」

 青金色のマントをまとった何者かが、ごく軽い調子でそう言った。
 怒りに震えるフォルテさまが、怒りを湛えた双眸で振り返る。少しのことでは動じぬフォルテさまが、ハッと顔をこわばらせた。

「拳を下げなさい。彼にはもう十分なお仕置きになっただろう」

 その言葉にしたがって、フォルテさまが手を下げる。
 吹っ飛ばされる寸前だった青年貴族は、腰を抜かしたらしく、冷たい床にぺたりと尻餅をついた。
 ホール全体が沈黙に包まれた。
 最初に沈黙を破ったのは、誰かの「あっ」という声。それがやがて大きなざわめきとなってホール中に広がった。

「ルキウス殿下……!」
「ルキウスさまだ!」

「静粛に」

 青金色のマントを揺らし、片手をあげて、ざわめきを制した。周囲の貴族がいっせいに胸に手を当て、礼をとる。


「フォルテ・セプティムス、だよね? 初めまして」

 端整な面持ちの青年の目は、黄金色。その瞳こそが彼を王家の人間だと明示している。

「こんばんは。私はルキウス。国王アマデウスの五番目の子で、君の兄だよ」

 肩の上でまっすぐに切り揃えられたプラチナブロンドが輝く。長い金糸のようなまつ毛を瞬かせて、美しい青年はやわらかく微笑んだ。

「仲良くしてくれると嬉しいな」

 黄金に包まれた、まばゆい微笑。
 驚愕の表情を浮かべたままのフォルテさまに向かって右手を差し出したのは、今宵の主役にして御年十九歳のルキウス殿下、その人だった。

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