怪力貴公子にハートを脅かされています

温風

文字の大きさ
20 / 27
第一章 家庭教師と怪力貴公子

太陽と月、そして星

しおりを挟む


 第五王子ルキウス殿下は「王国の星」の異名を持っている。金の瞳だけでなく、淡いプラチナブロンドも含めて「星」のようだと讃えられるのだろう。

 近くのテーブルに二人分のグラスを置き、軽く膝を折る。略式の礼だ。
 ルキウス殿下は僕の存在に気付き、「楽にしていいですよ」と声をかけてくださった。星を織りこんだようなまばゆい髪がさらりと揺れる。

「あなたがサフィア殿ですね。弟……七番目の、教師を務めていらっしゃるとか?」
「は、はい」

 戸惑いながら頷くと、白魚のような手が僕の顎に添えられた。うつむき気味だった顔を、くいと上向かされる。

「あなたのように美しい人には出会ったことがない。どうです、今宵は私と一曲踊りませんか?」

 今夜の豪奢な夜会は、第五王子ルキウス殿下が海外遊学から帰還した祝いの場。けれどフォルテさまの手前、おいそれと返事はできない。
 というか、どうして僕を誘うんだ。あなたの弟を構ってやれよ、と思う。貴人とのお付き合いって難しい。
 顎にかかった手をそっと包み込み、わざとらしく眉を下げた。

「殿下、たいへん有難いお誘いですが、今宵はフォルテさまの社交界デビューでもありますので、近くにいてさしあげたいのです」
「では場を改めて後日、私とディナーは? あ、もちろん七番目は抜きで」

 顔に険しい影を落としたフォルテさまが、僕からルキウス殿下を引き剥がした。

「おい、おかっぱチビ! 人のもん盗ろうとすんじゃねえ!」
「……おかっぱチビって私のことかい? 『王国の星』と謳われる私に向かって、おかっぱチビ? フォルテは良い度胸してるなぁ」
「おかっぱチビでちょうどいいだろうが!」
「フォルテさま、おやめください。すみませんルキウスさま、お許しを……」
「いいか? よーく聞け!」

 興奮したフォルテさまが、唐突に僕の肩を抱いた。頬と頬がくっ付きそうになる。

「俺はサフィが大好きだし、サフィも俺が大好きなんだよ!」

「な、そうだろ?」と答えを促される。なにを言わせる気だと睨めば、拗ねたようなお顔になった。せっかくの凛々しい造形が形なしだ。
 だけど、お小さいころからずっと、僕はこの顔に弱いのだ。仕方ないなあ、という気持ちでいっぱいになってしまう。
 表情をふっと緩めて「……そうですね」と答えると、周囲からわっと歓声があがった。

「ほら見ろ、分かったか!? つまり俺たちは、相思相愛の仲なんだよ!」

 フォルテさまが誇らしげに胸を張る。周囲のまなざしが、興味深げに僕たちに集まった。慌てたのは僕だ。

「あっ、あの、違うんです、冗談ですから! フォルテさま~っ、誤解を招く発言はしないでください!」

 フォルテさまから離れようと肘鉄砲で押しやるが、微動だにしない。おとなしく話を聞いていたルキウス殿下も呆れ顔になる。

「ふーん。付け入る隙は、おおいにありそうじゃないか。今夜は楽しくなりそうだよ」

 顎に手を当て、穏やかに笑った。その金色の目はどこか油断ならぬ色彩を孕んでいる。

「……だけど、少しは感謝されたかったな。流れる血が少し違うだけで遠ざけられていた君を、王宮に招いてあげたんだ。それにほら、みーんな君に興味がある。不遇の王子がおのれの才覚を頼りにのし上がろうとする姿を、一目見たいってね」

 フォルテさまが剣呑な面持ちで、異母兄に歩み寄った。

「頼んでねえんだよ……! 俺は爵位にも出世にも興味ないし、王位継承権だって持っちゃいない。今さら可愛がって欲しいとも思わねえよ!」

 フォルテさまは僕の傍から離れ、ぐいとルキウス殿下に迫る。息がかかるほどの距離まで顔を近づけた。

「あんたは王宮でぬくぬく暮らすのがお似合いだぜ、五番目の王子サマ」

 ぴくりとルキウス殿下の眉が跳ね上がる。金の瞳を持つ者同士が睨み合う。
 というか、一方的に睨んでいるのはフォルテさまだった。ルキウス殿下はやれやれと肩をすくめる。

「いじわる言わないでほしいな。今宵は陛下もおいでになるんだから」
「……は?」

 フォルテさまの頬がひくりと動いた。

「だからなんだってんだ!」
「お父さまに会えるチャンスじゃないか。素直に喜んだら?」

 そういってルキウス殿下は、感情の窺えない微笑みを浮かべた。

 陛下は一度も離宮を訪れたことがない。
 僕がフォルテさまと暮らしはじめてから、一度もだ。
 王妃さまや他の王子の感情を汲んでいるのと、フォルテさまの母親がおそらく平民であるためだと思うのだが……本当に今夜、陛下は現れるのだろうか。

「せっかく親を知る機会に恵まれたんだ。楽しみにしておくといい」
「……腹違いの弟に施しすんのは、楽しいかよ?」
「そういうつもりじゃないけど、まあ否定はしないね」

 フォルテさまは納得できない様子で異母兄を睨めつけている。
 社交界で兄弟間の確執を深めないでほしい。お二人がせめて短い間でも兄弟らしい情を抱き合うようにならないものだろうか……。


 僕はなにげなくテーブルに置いたグラスに目を移し、あれ? と違和感を覚えた。
 蜂蜜色のドリンクに、わずかな赤みが混ざっている。フォルテさまのグラスだ。
 グラスをテーブルに置いたのは僕だ。見間違えるはずがない。

(これ、なにか、妙なものが……?)

 迂闊だった。社交界にはさまざまな罠があると聞いていたのに。

「飲まないで」と騒ぎ立てるのが得策だとは思えなかった。騒ぎを起こして注目を集めたいと思われたら、傷がつくのはフォルテさまのお名前だ。

 ではどうする? どうするサフィア? わざとらしくグラスを落としてみる? だけど、怪しいグラスが他にもあったら……?

 十分とは言えない時間で僕が下した判断は「飲むしかない」という愚直な一手だった。
 間違えたふりをしてフォルテさまのグラスに手を伸ばし、ドリンクを一気に呷る。

 杞憂ならばよし。問題は、そうでなかった場合だ。

 ぐいと一息に飲み干して、口の端を手の甲で拭う。フォルテさまが困った顔で僕を見ていた。

「……それ、俺のグラスなんだけど」
「フォルテさま。あなたはしばらく、なにもしないでくださいね」
「はぁ? なんだよ急に」

 フォルテさまが困惑している。
 申し訳ないけど僕の懸念がはっきりするまでは、じっとしていてもらいたい。
 考えたくはないけど、毒の可能性もある……浅慮だと責められても、フォルテさまが毒を飲むよりずっとましだ。こういうときに僕が役に立たなくてどうするんだ。

 実際、口に含んだドリンクは、さっきまでとは異質な風味がした。たとえるなら、植物の根っこのような土臭さ。澱も残らず溶け切っているのを見ると、液状の薬を落としたのかも。だとしたら……。

 混ぜ物をした犯人は──薬瓶を忍ばせているはず。

 黙って推察を組み立てていたら、ぐらぐらと体が揺れはじめた。
 薬物反応だ。胸元が熱くなって息苦しいし、口がカラカラに渇きだした。シャツの首のまわりに指を入れて襟元を緩めるが、効果はない。

 フォルテさまが異変を察して、「おい、どうした?」と心配そうに僕の肩を支えた。
 サフィ、サフィと呼ぶ声が心細そうに震えていく。ごめんなさい、心配をかけて……。

 そのとき、背後でグラスの割れる音がして、「きゃっ」と短い悲鳴があがった。
 グラスを落とした人物は、二つほどテーブルを挟んだ先にいる。フォルテさまをしつこく馬鹿にしていた青年貴族だ。
 彼は目と口をぱっくりと開けて、僕たちの方を見ていた。
 近くにいた女性が「なにするのよ、ドレスが濡れたじゃない!」と怒って詰め寄るが、彼の耳には入っていないらしく、動揺した顔で僕たちを眺めている。

「尻尾を、出しましたね……」

 行儀が悪いとは思ったけれど、僕は震える手でそちらを指差した。だけど、手が震えて、思うように動かせない。

「彼は……くすり瓶を、持ってる……マン、マンド、ラ…………」

 口がうまく回らない。体の奥から熱が噴き出して、鼓動がぐんぐん上がっていく。

 僕らが話し込んでいる間、テーブルに置いた飲み物を顧みることは一度もなかった。薬物を混入させる隙は常にあった。ひょっとしたら薬を入れたのは青年貴族本人ではなく、他の協力者に頼んだのかもしれない。
 だけど、あの動揺は彼の犯行を裏付けるはず。そこまで考えて、腹の中がかっと熱くなった。

 息苦しさをやわらげたくてタイを外そうと首に手をかけ……そこで僕は、膝から崩れ落ちた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと

mayo
BL
王宮騎士(24)×Cランク冒険者(36) 低ランク冒険者であるカイは18年前この世界にやって来た異邦人だ。 諸々あって、現在は雑用専門冒険者として貧乏ながら穏やかな生活を送っている。 冒険者ランクがDからCにあがり、隣国の公女様が街にやってきた日、突然現れた美青年騎士に声をかけられて、攫われた。 その後、カイを〝番〟だと主張する美青年騎士のせいで今まで何をしていたのかを文官の前で語ることを強要される。 語らなければ罪に問われると言われ、カイは渋々語ることにしたのだった、生まれてから36年間の出来事を。

給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!

永川さき
BL
 魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。  ただ、その食事風景は特殊なもので……。  元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師  まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。  他サイトにも掲載しています。

俺の婚約者は小さな王子さま?!

大和 柊霞
BL
「私の婚約者になってくれますか?」 そう言い放ったのはこの国の王子さま?! パミュロン王国で次期国王候補の第1王子アルミスから婚約を求められたのは、公爵家三男のカイルア。公爵家でありながら、長男のように頭脳明晰でもなければ次男のように多才でもないカイルアは自由気ままに生きてかれこれ22年。 今の暮らしは性に合っているし、何不自由ない!人生は穏やかに過ごすべきだ!と思っていたのに、まさか10歳の王子に婚約を申し込まれてしまったのだ。 「年の差12歳なんてありえない!」 初めはそんな事を考えていたカイルアだったがアルミス王子と過ごすうちに少しづつ考えが変わっていき……。 ※不定期更新です

ヤンデレ王子と哀れなおっさん辺境伯 恋も人生も二度目なら

音無野ウサギ
BL
ある日おっさん辺境伯ゲオハルトは美貌の第三王子リヒトにぺろりと食べられてしまいました。 しかも貴族たちに濡れ場を聞かれてしまい…… ところが権力者による性的搾取かと思われた出来事には実はもう少し深いわけが…… だって第三王子には前世の記憶があったから! といった感じの話です。おっさんがグチョグチョにされていても許してくださる方どうぞ。 濡れ場回にはタイトルに※をいれています おっさん企画を知ってから自分なりのおっさん受けってどんな形かなって考えていて生まれた話です。 この作品はムーンライトノベルズでも公開しています。

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

処理中です...