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第三章 ジョー
第44話 平和
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「正直、自分でもよく分かんないです……」
俺が出した答えはこれだった。
「もちろん、記憶が戻ってほしい想いもありますけど、なんて言うんだろ……今が一番平和な気がするんです」
「平和?」
そう、平和。
俺は心の中で言葉を整理していく。
「ずっと、昔の記憶を思い出そう、思い出そうって考えていると、辛くなってくるんです。俺は、本当はここに居ちゃいけないんじゃないか、俺には大事な使命があるんじゃないか、って。……でも、そんなこと考えても、今の俺には何も出来ない。何も分からない。もどかしさだけが残って、自分で自分の首を絞めているんです……」
俺は愛奈さんの目を見て、訴える。
「だったら、そんなこと考えずに、今を楽しむことが一番平和なんじゃないか、って。そう思い始めたんです。でも、さっきも言った通り、記憶を取り戻したいのも本心です。ただ、二兎追うものは一兎も得ずって言うじゃないですか? だから……」
「ゆっくりと、記憶を取り戻したいんだね」
愛奈さんが、ドンピシャに俺の考えを当てた。
そうだ。遠回しにだらだら言ったけど、俺の一番伝えたかったことはそれだった。
「でも、多分ジョー君のことを待っている人はいるはずだよ。その人達のことも、ちゃんと頭ん中に入れてあげて」
愛奈さんは持っていたペンダントを返してきた。
……そうだ。調和だ。今の自分と、昔の自分。両方の自分をバランス良く尊重していけばいいんだ。これは決して簡単な事じゃないけど、多少、心の負担は軽くなる。今の自分の時間を大切にしながらも、昔の自分の記憶も徐々に取り戻していく。このサイクルをゆっくり回していく。それで良いじゃないか。
部屋の隅に、昨日書いたメモを見つけた。自分の名前の「ジョー」の他に、俺は「運命」とも書いていた。
運命に、身を任せよう。きっと、真実は向こうから歩み寄ってくれるはずだ。自分が前を向いている限り。
俺はペンダントとそのメモをポケットにしまった。
ペンダントの話のあとは、玄関先で会った女性の話をした。愛奈さんはそれを聞くと弱った顔を見せた。ああ、会っちゃったんだね、と言った。どうやら愛奈さんの仕事仲間らしい。
そもそも愛奈さんは何の仕事をしているのだろうか。聞こうとしたタイミングに、愛奈さんは「もう寝ようか」と言ってきた。時計は夜の九時を回っている。
逆らわずに、「はい」と従った。
「そういえば」
電気のスイッチに手をかけた愛奈さんが口を開く。
「また、敬語に戻ってるよ」
怒ってるのだろうか。押し入れに入ろうとした俺は振り向いたが、そんなことはない。愛奈さんはニコニコしていた。
「その方が、俺は楽です」
「そっか。じゃあ平和だね」
「はい、平和です」
そう言ったあと、俺はなんだか照れくさくなり、すぐに押し入れの中に入っていった。次に、愛奈さんの手によって電気が消される。布団に潜る音が押し入れの外から聴こえてくる。その音が今日一日の余韻となり、そこからは静寂が部屋を締めた。
平和……か。
俺はあえて〝幸せ〟ではなく、〝平和〟という言葉を使った。
ーーーー今、私はとっても幸せよ
幸せだ、と言っていたのはおそらくペンダントの女性だ。俺がいなくなった今、彼女は幸せなのだろうか。
分からない。だが今の俺は、自分は幸せだ、と言っちゃいけない気がした。言う資格が無い。そう思ったーーーー。
今日という日はなんて長いのだろうか。まだ一日が終わらない。
部屋の静寂が、一つの物音によって破られた。
俺が出した答えはこれだった。
「もちろん、記憶が戻ってほしい想いもありますけど、なんて言うんだろ……今が一番平和な気がするんです」
「平和?」
そう、平和。
俺は心の中で言葉を整理していく。
「ずっと、昔の記憶を思い出そう、思い出そうって考えていると、辛くなってくるんです。俺は、本当はここに居ちゃいけないんじゃないか、俺には大事な使命があるんじゃないか、って。……でも、そんなこと考えても、今の俺には何も出来ない。何も分からない。もどかしさだけが残って、自分で自分の首を絞めているんです……」
俺は愛奈さんの目を見て、訴える。
「だったら、そんなこと考えずに、今を楽しむことが一番平和なんじゃないか、って。そう思い始めたんです。でも、さっきも言った通り、記憶を取り戻したいのも本心です。ただ、二兎追うものは一兎も得ずって言うじゃないですか? だから……」
「ゆっくりと、記憶を取り戻したいんだね」
愛奈さんが、ドンピシャに俺の考えを当てた。
そうだ。遠回しにだらだら言ったけど、俺の一番伝えたかったことはそれだった。
「でも、多分ジョー君のことを待っている人はいるはずだよ。その人達のことも、ちゃんと頭ん中に入れてあげて」
愛奈さんは持っていたペンダントを返してきた。
……そうだ。調和だ。今の自分と、昔の自分。両方の自分をバランス良く尊重していけばいいんだ。これは決して簡単な事じゃないけど、多少、心の負担は軽くなる。今の自分の時間を大切にしながらも、昔の自分の記憶も徐々に取り戻していく。このサイクルをゆっくり回していく。それで良いじゃないか。
部屋の隅に、昨日書いたメモを見つけた。自分の名前の「ジョー」の他に、俺は「運命」とも書いていた。
運命に、身を任せよう。きっと、真実は向こうから歩み寄ってくれるはずだ。自分が前を向いている限り。
俺はペンダントとそのメモをポケットにしまった。
ペンダントの話のあとは、玄関先で会った女性の話をした。愛奈さんはそれを聞くと弱った顔を見せた。ああ、会っちゃったんだね、と言った。どうやら愛奈さんの仕事仲間らしい。
そもそも愛奈さんは何の仕事をしているのだろうか。聞こうとしたタイミングに、愛奈さんは「もう寝ようか」と言ってきた。時計は夜の九時を回っている。
逆らわずに、「はい」と従った。
「そういえば」
電気のスイッチに手をかけた愛奈さんが口を開く。
「また、敬語に戻ってるよ」
怒ってるのだろうか。押し入れに入ろうとした俺は振り向いたが、そんなことはない。愛奈さんはニコニコしていた。
「その方が、俺は楽です」
「そっか。じゃあ平和だね」
「はい、平和です」
そう言ったあと、俺はなんだか照れくさくなり、すぐに押し入れの中に入っていった。次に、愛奈さんの手によって電気が消される。布団に潜る音が押し入れの外から聴こえてくる。その音が今日一日の余韻となり、そこからは静寂が部屋を締めた。
平和……か。
俺はあえて〝幸せ〟ではなく、〝平和〟という言葉を使った。
ーーーー今、私はとっても幸せよ
幸せだ、と言っていたのはおそらくペンダントの女性だ。俺がいなくなった今、彼女は幸せなのだろうか。
分からない。だが今の俺は、自分は幸せだ、と言っちゃいけない気がした。言う資格が無い。そう思ったーーーー。
今日という日はなんて長いのだろうか。まだ一日が終わらない。
部屋の静寂が、一つの物音によって破られた。
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