45 / 48
第三章 ジョー
第44話 平和
しおりを挟む
「正直、自分でもよく分かんないです……」
俺が出した答えはこれだった。
「もちろん、記憶が戻ってほしい想いもありますけど、なんて言うんだろ……今が一番平和な気がするんです」
「平和?」
そう、平和。
俺は心の中で言葉を整理していく。
「ずっと、昔の記憶を思い出そう、思い出そうって考えていると、辛くなってくるんです。俺は、本当はここに居ちゃいけないんじゃないか、俺には大事な使命があるんじゃないか、って。……でも、そんなこと考えても、今の俺には何も出来ない。何も分からない。もどかしさだけが残って、自分で自分の首を絞めているんです……」
俺は愛奈さんの目を見て、訴える。
「だったら、そんなこと考えずに、今を楽しむことが一番平和なんじゃないか、って。そう思い始めたんです。でも、さっきも言った通り、記憶を取り戻したいのも本心です。ただ、二兎追うものは一兎も得ずって言うじゃないですか? だから……」
「ゆっくりと、記憶を取り戻したいんだね」
愛奈さんが、ドンピシャに俺の考えを当てた。
そうだ。遠回しにだらだら言ったけど、俺の一番伝えたかったことはそれだった。
「でも、多分ジョー君のことを待っている人はいるはずだよ。その人達のことも、ちゃんと頭ん中に入れてあげて」
愛奈さんは持っていたペンダントを返してきた。
……そうだ。調和だ。今の自分と、昔の自分。両方の自分をバランス良く尊重していけばいいんだ。これは決して簡単な事じゃないけど、多少、心の負担は軽くなる。今の自分の時間を大切にしながらも、昔の自分の記憶も徐々に取り戻していく。このサイクルをゆっくり回していく。それで良いじゃないか。
部屋の隅に、昨日書いたメモを見つけた。自分の名前の「ジョー」の他に、俺は「運命」とも書いていた。
運命に、身を任せよう。きっと、真実は向こうから歩み寄ってくれるはずだ。自分が前を向いている限り。
俺はペンダントとそのメモをポケットにしまった。
ペンダントの話のあとは、玄関先で会った女性の話をした。愛奈さんはそれを聞くと弱った顔を見せた。ああ、会っちゃったんだね、と言った。どうやら愛奈さんの仕事仲間らしい。
そもそも愛奈さんは何の仕事をしているのだろうか。聞こうとしたタイミングに、愛奈さんは「もう寝ようか」と言ってきた。時計は夜の九時を回っている。
逆らわずに、「はい」と従った。
「そういえば」
電気のスイッチに手をかけた愛奈さんが口を開く。
「また、敬語に戻ってるよ」
怒ってるのだろうか。押し入れに入ろうとした俺は振り向いたが、そんなことはない。愛奈さんはニコニコしていた。
「その方が、俺は楽です」
「そっか。じゃあ平和だね」
「はい、平和です」
そう言ったあと、俺はなんだか照れくさくなり、すぐに押し入れの中に入っていった。次に、愛奈さんの手によって電気が消される。布団に潜る音が押し入れの外から聴こえてくる。その音が今日一日の余韻となり、そこからは静寂が部屋を締めた。
平和……か。
俺はあえて〝幸せ〟ではなく、〝平和〟という言葉を使った。
ーーーー今、私はとっても幸せよ
幸せだ、と言っていたのはおそらくペンダントの女性だ。俺がいなくなった今、彼女は幸せなのだろうか。
分からない。だが今の俺は、自分は幸せだ、と言っちゃいけない気がした。言う資格が無い。そう思ったーーーー。
今日という日はなんて長いのだろうか。まだ一日が終わらない。
部屋の静寂が、一つの物音によって破られた。
俺が出した答えはこれだった。
「もちろん、記憶が戻ってほしい想いもありますけど、なんて言うんだろ……今が一番平和な気がするんです」
「平和?」
そう、平和。
俺は心の中で言葉を整理していく。
「ずっと、昔の記憶を思い出そう、思い出そうって考えていると、辛くなってくるんです。俺は、本当はここに居ちゃいけないんじゃないか、俺には大事な使命があるんじゃないか、って。……でも、そんなこと考えても、今の俺には何も出来ない。何も分からない。もどかしさだけが残って、自分で自分の首を絞めているんです……」
俺は愛奈さんの目を見て、訴える。
「だったら、そんなこと考えずに、今を楽しむことが一番平和なんじゃないか、って。そう思い始めたんです。でも、さっきも言った通り、記憶を取り戻したいのも本心です。ただ、二兎追うものは一兎も得ずって言うじゃないですか? だから……」
「ゆっくりと、記憶を取り戻したいんだね」
愛奈さんが、ドンピシャに俺の考えを当てた。
そうだ。遠回しにだらだら言ったけど、俺の一番伝えたかったことはそれだった。
「でも、多分ジョー君のことを待っている人はいるはずだよ。その人達のことも、ちゃんと頭ん中に入れてあげて」
愛奈さんは持っていたペンダントを返してきた。
……そうだ。調和だ。今の自分と、昔の自分。両方の自分をバランス良く尊重していけばいいんだ。これは決して簡単な事じゃないけど、多少、心の負担は軽くなる。今の自分の時間を大切にしながらも、昔の自分の記憶も徐々に取り戻していく。このサイクルをゆっくり回していく。それで良いじゃないか。
部屋の隅に、昨日書いたメモを見つけた。自分の名前の「ジョー」の他に、俺は「運命」とも書いていた。
運命に、身を任せよう。きっと、真実は向こうから歩み寄ってくれるはずだ。自分が前を向いている限り。
俺はペンダントとそのメモをポケットにしまった。
ペンダントの話のあとは、玄関先で会った女性の話をした。愛奈さんはそれを聞くと弱った顔を見せた。ああ、会っちゃったんだね、と言った。どうやら愛奈さんの仕事仲間らしい。
そもそも愛奈さんは何の仕事をしているのだろうか。聞こうとしたタイミングに、愛奈さんは「もう寝ようか」と言ってきた。時計は夜の九時を回っている。
逆らわずに、「はい」と従った。
「そういえば」
電気のスイッチに手をかけた愛奈さんが口を開く。
「また、敬語に戻ってるよ」
怒ってるのだろうか。押し入れに入ろうとした俺は振り向いたが、そんなことはない。愛奈さんはニコニコしていた。
「その方が、俺は楽です」
「そっか。じゃあ平和だね」
「はい、平和です」
そう言ったあと、俺はなんだか照れくさくなり、すぐに押し入れの中に入っていった。次に、愛奈さんの手によって電気が消される。布団に潜る音が押し入れの外から聴こえてくる。その音が今日一日の余韻となり、そこからは静寂が部屋を締めた。
平和……か。
俺はあえて〝幸せ〟ではなく、〝平和〟という言葉を使った。
ーーーー今、私はとっても幸せよ
幸せだ、と言っていたのはおそらくペンダントの女性だ。俺がいなくなった今、彼女は幸せなのだろうか。
分からない。だが今の俺は、自分は幸せだ、と言っちゃいけない気がした。言う資格が無い。そう思ったーーーー。
今日という日はなんて長いのだろうか。まだ一日が終わらない。
部屋の静寂が、一つの物音によって破られた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる