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第三章 ジョー
第45話 疑惑
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明らかに、人が動いている音だ。泥棒?……いや、愛奈さんか?
俺は震える人差し指を襖の端にかけて、ゆっくりと、部屋を覗けるだけの隙間を作る。瞬間、光が押し入れの中に差し込み、俺は反射的に目を細めた。
部屋の電気は愛奈さんが消したはずなのに……。
次に視界に入ったのは、部屋を歩く愛奈さんの姿だった。寝巻きの上下グレーのスウェットを脱ぎながら、タンスやら引き出しなどを開けている。
俺は手で顔を覆った。見てはいけない。愛奈さんの裸体を、ではない。明らかに別の恐怖心が俺の中で危険信号を出していた。
時間はおそらく九時半を過ぎている。こんな時間に、愛奈さんは何をしているんだ?
愛奈さんは白のキャミソールの上に、ショート丈の黒のカーディガンを羽織った。髪に櫛を通し、化粧までし始めている。
俺はもう見たくなかった。数分前、襖をちょっとでも開けたことを今更後悔した。箱を開けた後のパンドラも、こんな気分を味わったのだろうか。
愛奈さんはこれからデートなんだ。当たり前だろう。あんな綺麗な人に、恋人がいない訳がなかったんだ。
汗で服がジットリと濡れていく。顔の頬が熱い。今までの俺の妄想が無事、妄想のまま終わった。そして、本当にこれで自分は孤独の身なのだということを悟った。
カチ、と、部屋の電気が消えた。バタン、という音とともに、愛奈さんは部屋から去っていった。
……臭い。やっぱり俺の体は臭かった。でも、丁度良い。
俺は押し入れから出る。愛奈さんから何かあった時のため、俺は彼女から三千円を貰っていた。それをしっかりと確認し、ポケットの中に入れる。
よし、……銭湯に行こう。
外に出てから愛奈さんを見つけるのに、そう時間は掛からなかった。カツ、カツ、とハイヒールの音が、夜の外に響いていたからだ。
俺は数メートル後ろから、背をかがめて彼女を尾行していた。夜の住宅街は、明かりが点いている窓と点いていない窓がまちまちしていて、たまに子供たちの騒ぐ声が聞こえてくる。俺はそんな家々には目もくれず、ただ愛奈さんを見失わないようにするのに必死だった。
やがて住宅街を抜け、繁華街に出た。まだ人が多く、顔を赤らめたサラリーマン達や、店の宣伝をする人とすれ違っていく。
愛奈さんが不意打ちで、脇道にそれた。人混みに手こずっていた俺は、完全に愛奈さんを見失ってしまった。あちこちの、建物と建物の間の暗がりを見て回ったが、人影は無い。
はぁ、とでかいため息が出る。今まで意識していなかったせいか、街の騒がしさが一層増した気がした。
愛奈さんは一体何処に行ったのだろう。そんなの知ってどうする、と言う自分もいた。ただ、愛奈さんを諦めたくないという自分もいたのだ。愛奈さんに恋人がいるという推理が、間違いであって欲しい。そんな思いで、俺は彼女を尾行した。
尾行しに出かけただけでは、俺はただの変態になる。俺はその足で銭湯を探すことにした。もとから、愛奈さんを見失ったらそうするつもりでいた。
住宅街に戻る途中、夜空に黒い塔が伸びているのが見えた。空の地図を頼りに、その塔の元へと向かうことにする。
予想は当たった。黒い塔の正体は煙突で、俺は〝豊瀬銭湯〟という場所に行き着いた。開店時間は午後十一時までらしい。俺はほっとして、胸を撫で下ろす。流石にこれで風呂にも入れなかったら、わざわざ外に出た意味が無い。
店の入口付近で、赤い縄が電柱と柴犬を繋ぎとめていた。お客さんの犬だろうか。律儀にお座りしてご主人を待つ様子は微笑ましい。
俺は柴犬の頭をひと撫でし、店内に入った。
俺は震える人差し指を襖の端にかけて、ゆっくりと、部屋を覗けるだけの隙間を作る。瞬間、光が押し入れの中に差し込み、俺は反射的に目を細めた。
部屋の電気は愛奈さんが消したはずなのに……。
次に視界に入ったのは、部屋を歩く愛奈さんの姿だった。寝巻きの上下グレーのスウェットを脱ぎながら、タンスやら引き出しなどを開けている。
俺は手で顔を覆った。見てはいけない。愛奈さんの裸体を、ではない。明らかに別の恐怖心が俺の中で危険信号を出していた。
時間はおそらく九時半を過ぎている。こんな時間に、愛奈さんは何をしているんだ?
愛奈さんは白のキャミソールの上に、ショート丈の黒のカーディガンを羽織った。髪に櫛を通し、化粧までし始めている。
俺はもう見たくなかった。数分前、襖をちょっとでも開けたことを今更後悔した。箱を開けた後のパンドラも、こんな気分を味わったのだろうか。
愛奈さんはこれからデートなんだ。当たり前だろう。あんな綺麗な人に、恋人がいない訳がなかったんだ。
汗で服がジットリと濡れていく。顔の頬が熱い。今までの俺の妄想が無事、妄想のまま終わった。そして、本当にこれで自分は孤独の身なのだということを悟った。
カチ、と、部屋の電気が消えた。バタン、という音とともに、愛奈さんは部屋から去っていった。
……臭い。やっぱり俺の体は臭かった。でも、丁度良い。
俺は押し入れから出る。愛奈さんから何かあった時のため、俺は彼女から三千円を貰っていた。それをしっかりと確認し、ポケットの中に入れる。
よし、……銭湯に行こう。
外に出てから愛奈さんを見つけるのに、そう時間は掛からなかった。カツ、カツ、とハイヒールの音が、夜の外に響いていたからだ。
俺は数メートル後ろから、背をかがめて彼女を尾行していた。夜の住宅街は、明かりが点いている窓と点いていない窓がまちまちしていて、たまに子供たちの騒ぐ声が聞こえてくる。俺はそんな家々には目もくれず、ただ愛奈さんを見失わないようにするのに必死だった。
やがて住宅街を抜け、繁華街に出た。まだ人が多く、顔を赤らめたサラリーマン達や、店の宣伝をする人とすれ違っていく。
愛奈さんが不意打ちで、脇道にそれた。人混みに手こずっていた俺は、完全に愛奈さんを見失ってしまった。あちこちの、建物と建物の間の暗がりを見て回ったが、人影は無い。
はぁ、とでかいため息が出る。今まで意識していなかったせいか、街の騒がしさが一層増した気がした。
愛奈さんは一体何処に行ったのだろう。そんなの知ってどうする、と言う自分もいた。ただ、愛奈さんを諦めたくないという自分もいたのだ。愛奈さんに恋人がいるという推理が、間違いであって欲しい。そんな思いで、俺は彼女を尾行した。
尾行しに出かけただけでは、俺はただの変態になる。俺はその足で銭湯を探すことにした。もとから、愛奈さんを見失ったらそうするつもりでいた。
住宅街に戻る途中、夜空に黒い塔が伸びているのが見えた。空の地図を頼りに、その塔の元へと向かうことにする。
予想は当たった。黒い塔の正体は煙突で、俺は〝豊瀬銭湯〟という場所に行き着いた。開店時間は午後十一時までらしい。俺はほっとして、胸を撫で下ろす。流石にこれで風呂にも入れなかったら、わざわざ外に出た意味が無い。
店の入口付近で、赤い縄が電柱と柴犬を繋ぎとめていた。お客さんの犬だろうか。律儀にお座りしてご主人を待つ様子は微笑ましい。
俺は柴犬の頭をひと撫でし、店内に入った。
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