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第一章 霧雨レイン
第1話 闇の住人
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タタタタタッ。
半宵、一人の男が路地中を駆け抜ける。民家の家には明かりはなく、等間隔に置かれた街灯がリズム良く彼の顔を照らしている。それに続いて、石造りの地面をドタドタと、二種類の音がたたいていた。
「絶対に捕まえてやる……! ハァッ、ハァッ……!!」
「ハヒッ! ……コッ、コヒュッ! ヒュぜえぜえ……フッ!」
二人の警察官が、その暗闇に溶け込む男を追いかけていた。一人は、顔立ちが良くガタイもいい、如何にも頼れそうな男。その走る男の後ろから、やっとの思いでついてきている細身の男がもうひとり。筋肉はあるにはあるのだが、体力が少ないようで、静寂の街に響く風のような音は、全て彼の呼吸音だった。
「ちょっ……! はやっ、ハァッ! 速すぎっ……!! ハッ!」
「仕方ないだろ! ハァッ……今奴を見失ったら駄目なんだよ! 無理いうな! ハァッ……!」
彼らは同期の仲間で、同じビルの警備をしていた。そこに今、彼らが追っている標的が颯爽と現れ、警備の穴をくぐられ、そのビルの会社の大事なものが盗まれたのだ。セキュリティも何もかもが突破されて。
「てか、何でっ……ハァッ! 車使わないんだ? ハァッ」
前を走っていたその男はペースを落とし、細身男の横に並ぶようにして、それから小声でこう答える。
「ここは集合住宅だ。路地裏にでも逃げ込まれたら車で追えなくなるだろ! さっき増援を呼んだから、俺たちで何とか追いかけながら道路の方に誘導するんだよ……! 分かったか!」
細身男の返事も聞かず、その男はまたペースを上げて前を走る。細身男には心無しか、彼のペースがさっきより速くなった気がして、同時に、その作戦はあの「超凶悪犯罪者」に通用するものかという懐疑の念も生まれていた。それらが相まって、自然と細身男の足が重くなる。
標的が、十字路を右に曲がる。二人はまだその道の先も、またまた次の次の曲がり角までも追いかけてやるという覚悟でいた。……が、その曲がり角を曲がった二人の道の先にはもう、人っ子ひとり居なかった。標的は、忽然と姿を消したのだ。
「どういうことだ……?」
そろそろと足を止め、肩で息をする二人は、狐につままれたような顔で辺りをキョロキョロと見回す。路地裏に繋がるような道は見当たらない。屋根や空を見上げてみても、何も無い。街に変化など訪れてなく、夜の闇と一緒にひっそりと佇んでいるだけ。そんないつもと何ら変わりない街並みに、二人の息は段々と吸い込まれていた。
男が耳を澄ます。何も聴こえない。目も瞑りながら聴いていたせいか、彼の心は本当に闇の底奥深くへと落ちていくようだった。男はハッと目を開き、再度辺りを見渡す。
奴はいない。
「もう見失ったよ、これ」
「待て……。まだ分からない。見失うはずは……そんなはずは無いんだ!」
細身男の言葉を聞かず、男はまだその暗闇に消えた標的を、ただただ虚しく探し続けた……。
ピチャ……ピチャ……
「ふぅ……。ああ、ジャケットも濡れちったよ。無理やり落ちるもんじゃねぇな、やっぱ」
暗がりの、水の音が響く道。さっきまで警官に追われていた男が、濡れた服を気にしながら歩いている。
「あっ! 書類……!」
彼はジャケットの内ポケットに入っていた封書を取り出す。ジャケットよりもその封書の方が大事だったらしく、無事濡れていないのを確認すると、ホッと息をついてまた内ポケットにしまい込んだ。
「もうちょい遊んでも良かったかなー」
頭の後ろに手を組み、足でバシャバシャと大きく水を跳ねさせる。その音もしだいに小さくなり、水の波紋は弱まっていく。その闇の水路はまた、少しずつ夜の静寂を取り戻していった……。
半宵、一人の男が路地中を駆け抜ける。民家の家には明かりはなく、等間隔に置かれた街灯がリズム良く彼の顔を照らしている。それに続いて、石造りの地面をドタドタと、二種類の音がたたいていた。
「絶対に捕まえてやる……! ハァッ、ハァッ……!!」
「ハヒッ! ……コッ、コヒュッ! ヒュぜえぜえ……フッ!」
二人の警察官が、その暗闇に溶け込む男を追いかけていた。一人は、顔立ちが良くガタイもいい、如何にも頼れそうな男。その走る男の後ろから、やっとの思いでついてきている細身の男がもうひとり。筋肉はあるにはあるのだが、体力が少ないようで、静寂の街に響く風のような音は、全て彼の呼吸音だった。
「ちょっ……! はやっ、ハァッ! 速すぎっ……!! ハッ!」
「仕方ないだろ! ハァッ……今奴を見失ったら駄目なんだよ! 無理いうな! ハァッ……!」
彼らは同期の仲間で、同じビルの警備をしていた。そこに今、彼らが追っている標的が颯爽と現れ、警備の穴をくぐられ、そのビルの会社の大事なものが盗まれたのだ。セキュリティも何もかもが突破されて。
「てか、何でっ……ハァッ! 車使わないんだ? ハァッ」
前を走っていたその男はペースを落とし、細身男の横に並ぶようにして、それから小声でこう答える。
「ここは集合住宅だ。路地裏にでも逃げ込まれたら車で追えなくなるだろ! さっき増援を呼んだから、俺たちで何とか追いかけながら道路の方に誘導するんだよ……! 分かったか!」
細身男の返事も聞かず、その男はまたペースを上げて前を走る。細身男には心無しか、彼のペースがさっきより速くなった気がして、同時に、その作戦はあの「超凶悪犯罪者」に通用するものかという懐疑の念も生まれていた。それらが相まって、自然と細身男の足が重くなる。
標的が、十字路を右に曲がる。二人はまだその道の先も、またまた次の次の曲がり角までも追いかけてやるという覚悟でいた。……が、その曲がり角を曲がった二人の道の先にはもう、人っ子ひとり居なかった。標的は、忽然と姿を消したのだ。
「どういうことだ……?」
そろそろと足を止め、肩で息をする二人は、狐につままれたような顔で辺りをキョロキョロと見回す。路地裏に繋がるような道は見当たらない。屋根や空を見上げてみても、何も無い。街に変化など訪れてなく、夜の闇と一緒にひっそりと佇んでいるだけ。そんないつもと何ら変わりない街並みに、二人の息は段々と吸い込まれていた。
男が耳を澄ます。何も聴こえない。目も瞑りながら聴いていたせいか、彼の心は本当に闇の底奥深くへと落ちていくようだった。男はハッと目を開き、再度辺りを見渡す。
奴はいない。
「もう見失ったよ、これ」
「待て……。まだ分からない。見失うはずは……そんなはずは無いんだ!」
細身男の言葉を聞かず、男はまだその暗闇に消えた標的を、ただただ虚しく探し続けた……。
ピチャ……ピチャ……
「ふぅ……。ああ、ジャケットも濡れちったよ。無理やり落ちるもんじゃねぇな、やっぱ」
暗がりの、水の音が響く道。さっきまで警官に追われていた男が、濡れた服を気にしながら歩いている。
「あっ! 書類……!」
彼はジャケットの内ポケットに入っていた封書を取り出す。ジャケットよりもその封書の方が大事だったらしく、無事濡れていないのを確認すると、ホッと息をついてまた内ポケットにしまい込んだ。
「もうちょい遊んでも良かったかなー」
頭の後ろに手を組み、足でバシャバシャと大きく水を跳ねさせる。その音もしだいに小さくなり、水の波紋は弱まっていく。その闇の水路はまた、少しずつ夜の静寂を取り戻していった……。
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