世界滅亡の因子たち

じゃったん

文字の大きさ
2 / 48
第一章 霧雨レイン

第1話 闇の住人

しおりを挟む
タタタタタッ。

  半宵、一人の男が路地中を駆け抜ける。民家の家には明かりはなく、等間隔に置かれた街灯がリズム良く彼の顔を照らしている。それに続いて、石造りの地面をドタドタと、二種類の音がたたいていた。

「絶対に捕まえてやる……! ハァッ、ハァッ……!!」

「ハヒッ! ……コッ、コヒュッ! ヒュぜえぜえ……フッ!」

  二人の警察官が、その暗闇に溶け込む男を追いかけていた。一人は、顔立ちが良くガタイもいい、如何にも頼れそうな男。その走る男の後ろから、やっとの思いでついてきている細身の男がもうひとり。筋肉はあるにはあるのだが、体力が少ないようで、静寂の街に響く風のような音は、全て彼の呼吸音だった。

「ちょっ……! はやっ、ハァッ! 速すぎっ……!! ハッ!」

「仕方ないだろ! ハァッ……今奴を見失ったら駄目なんだよ! 無理いうな! ハァッ……!」

  彼らは同期の仲間で、同じビルの警備をしていた。そこに今、彼らが追っている標的が颯爽と現れ、警備の穴をくぐられ、そのビルの会社の大事なものが盗まれたのだ。セキュリティも何もかもが突破されて。

「てか、何でっ……ハァッ! 車使わないんだ? ハァッ」

  前を走っていたその男はペースを落とし、細身男の横に並ぶようにして、それから小声でこう答える。

「ここは集合住宅だ。路地裏にでも逃げ込まれたら車で追えなくなるだろ! さっき増援を呼んだから、俺たちで何とか追いかけながら道路の方に誘導するんだよ……! 分かったか!」

  細身男の返事も聞かず、その男はまたペースを上げて前を走る。細身男には心無しか、彼のペースがさっきより速くなった気がして、同時に、その作戦はあの「超凶悪犯罪者」に通用するものかという懐疑の念も生まれていた。それらが相まって、自然と細身男の足が重くなる。

  標的が、十字路を右に曲がる。二人はまだその道の先も、またまた次の次の曲がり角までも追いかけてやるという覚悟でいた。……が、その曲がり角を曲がった二人の道の先にはもう、人っ子ひとり居なかった。標的は、忽然と姿を消したのだ。

「どういうことだ……?」

  そろそろと足を止め、肩で息をする二人は、狐につままれたような顔で辺りをキョロキョロと見回す。路地裏に繋がるような道は見当たらない。屋根や空を見上げてみても、何も無い。街に変化など訪れてなく、夜の闇と一緒にひっそりと佇んでいるだけ。そんないつもと何ら変わりない街並みに、二人の息は段々と吸い込まれていた。

  男が耳を澄ます。何も聴こえない。目も瞑りながら聴いていたせいか、彼の心は本当に闇の底奥深くへと落ちていくようだった。男はハッと目を開き、再度辺りを見渡す。
奴はいない。

「もう見失ったよ、これ」

「待て……。まだ分からない。見失うはずは……そんなはずは無いんだ!」

  細身男の言葉を聞かず、男はまだその暗闇に消えた標的を、ただただ虚しく探し続けた……。


  ピチャ……ピチャ……

「ふぅ……。ああ、ジャケットも濡れちったよ。無理やり落ちるもんじゃねぇな、やっぱ」

暗がりの、水の音が響く道。さっきまで警官に追われていた男が、濡れた服を気にしながら歩いている。

「あっ! 書類……!」

  彼はジャケットの内ポケットに入っていた封書を取り出す。ジャケットよりもその封書の方が大事だったらしく、無事濡れていないのを確認すると、ホッと息をついてまた内ポケットにしまい込んだ。

「もうちょい遊んでも良かったかなー」

  頭の後ろに手を組み、足でバシャバシャと大きく水を跳ねさせる。その音もしだいに小さくなり、水の波紋は弱まっていく。その闇の水路はまた、少しずつ夜の静寂を取り戻していった……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...