夢の名を待つ

立志源

文字の大きさ
1 / 3
第一章

目覚め

しおりを挟む
――ピッ、ピッ、ピッ。

乾いた電子音が、薄暗い部屋に反響する。
冷たい空気に満ちた密閉空間の中で、それはまるで心臓の鼓動のように規則正しく響いていた。

私は、目を開けた。
まぶたの裏が焼けるように眩しい。だが、光は見えない。
眼球が乾き、視界の端がにじんでいる。白と黒の濁った膜が、世界の輪郭を覆っていた。

息を吸い込もうとして、肺がきしむ。喉は痛むほど乾いていて、空気すら重たく感じた。
四肢を動かそうとするが、腕も脚も鉛のように重く、関節はきしきしと軋む。筋肉はすっかり硬直していた。自分の体が、自分のものでないような違和感に包まれる。

「……う、うぅ……」

喉から漏れた声は、かすれた風のようだった。

私は両手でベッドの縁を探り、ゆっくりと体を持ち上げた。
背中に張り付いた服が、冷気に剥がれ、乾いた音を立てる。指先に力が入らず、金属の表面がざらりとした感触を返してきた。

装置の蓋に手をかける。力を込めようとして、肩の関節がずるりと外れそうになる。歯を食いしばって押し上げた。

隙間から流れ込む空気が、鼻腔を貫いた。
古びた金属、オイル、溶けたプラスチック、そして何より、封じられていた時間の匂い――私の知らない、時代の匂いがした。

私は息を整え、一歩、外へ足を出す。
脚が震える。支えを求めて壁を探す手も、思うように動かない。

そのときだった。

誰かが、そこに立っていた。

歳は自分と同じくらい、三十代半ば。
無地のシャツの上に薄いジャケットを羽織り、やや長めの前髪を片側に流している。
視界がまだぼやけていて、顔の細部までは見えない。ただ、どこか懐かしい印象を抱いた。

「……ここは……?」

喉が焼けるように乾いていた。私はようやくの思いで、その一言をしぼり出した。

「おはよう。あなたの家だよ。」

静かな声だった。優しく、落ち着いた声だった。だが、その一言で、時が動いた。
冷凍装置の中で凍っていた過去が、音を立てて崩れていく。

「……いつだ、今は……」

私は喉を鳴らしながら言った。

男は一歩、私に近づいた。
視界がわずかに晴れ、その顔が見えてくる。どこか、自分に似ている――そう思った瞬間、彼は苦笑して言った。

「2003年。6月だよ、父さん」

「……2003……アトムは……アトムは生まれたのか……?」

「うん?僕のこと?あなたが名付けたんだ、忘れた?」

私は息を止めた。
ゆっくりと、まるで夢の中にいるような動きで、その名を噛みしめる。

「アトム……!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...