無感の街

立志源

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第三章

視界の終焉

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朝、目を開ける。
だが、光が曖昧だった。

最初は、ただの寝ぼけだと思った。
部屋のカーテンを開ける。
窓の外は、いつもの景色——のはずだった。

だが、空は灰色の膜に覆われたようにぼやけていた。
ビルの輪郭がにじみ、木々の緑も褪せて見える。
目を細めて見ようとするが、焦点が合わない。

部屋の中に戻って、壁の時計を見る。
短針と長針の境がぼやけて、時間を判別できなかった。
目の表面に薄い霧がかかっているような、不透明な膜があるような感覚。

顔を洗ってみる。
水の冷たさは、まだあった。
だが、鏡に映る自分の顔が、はっきりしない。
輪郭はある。だが、表情が読めない。
目が、口が、ただそこにあるだけで、意味を持たない顔だった。

---

外に出ると、街が少しずつ「絵のように」なっていた。
立体感が消え、色彩も薄れている。
遠くの建物と近くの人が、同じ距離に見える。
平面の中に置かれた紙人形のような違和感。

信号が青なのか、緑なのか判断がつかない。
標識の文字が読めない。
すれ違う人々の顔も、個人として認識できない。

彼らもまた、同じように歩いている。
淡々と目的地へ向かう足取り。
しかし、視線はどこにも合っていなかった。

会社に着く。
デスクの上の書類が読めない。
文字があるのはわかる。だが、意味が入ってこない。
線と点の集合体に見えるだけだった。

パソコンの画面を開く。
フォルダのアイコンがかすれ、文字が滲み、
カーソルの動きだけが唯一の情報だった。

周囲の同僚もまた、どこか戸惑った様子で机に向かっている。
だが、誰も声を上げない。
話すことも、見せることも、今は意味を持たないのだ。

---

帰り道、すれ違った少女が手を引かれていた。
彼女は目を見開いていたが、何も見ていないようだった。
その歩き方が、自分と同じだと気づく。

“見えている”という記憶だけで歩いているのだ。
かつての景色をなぞるように。
視覚ではなく、記憶だけを頼りに。

駅に着く。
改札を通る。
電車の到着音は、もう聞こえない。
車両が入ってくる振動だけが、足元に伝わる。

乗り込む。
座る。
車内の様子は、ぼんやりとした影の連なりにすぎない。

窓の外を眺める。
風景はすでに、絵画にも似ていない。
ただ、光と影の揺らぎだけがある。

---

夜。
部屋に明かりをつける。
だが、それが明かりなのか、確信が持てない。
部屋の中の輪郭が溶け、壁も天井も床も、区別が曖昧になる。

手を伸ばして、テーブルの縁を探る。
触れたことで、そこに物体があることを認識する。
視覚は、それを確かめられない。

日記を開く。
手元の紙にペンを走らせる。
文字が書けているかどうか、もうわからなかった。

「目で見るという行為が、こんなに多くのことを決めていたとは思わなかった。今は、ただ“目を開けている”だけで、何も得られない。何かがあるのはわかる。でも、それが何かは、もう判断できない。」
そのままペンを置き、目を閉じる。
開いても閉じても、同じような闇があることに気づく。
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