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8.GIFT
22.-1-遺されたもの
しおりを挟むこれは、十年以上も前。
ディケレーゼが家族と暮らせるために、戦いを選んだ途中の話だ。奇しくも、クリスマス近くのある一日だった。
・ ❆ ・ ❅ ・ ❆ ・
ディケレーゼに一包の郵便物が届いた。宛名は自由を謳うかの国の弁護士事務所からだった。
厳重なチェックの後、開けられた小包には一冊の日記帳が入っていた。
誰のものか察しはついている。これを書いた男は、どこを探してももうこの世にはいない。
飛びついて読むのを堪えた彼女は、別の安全な国に暮らす少年の休暇を待った。
平和な国だが、どこで命を狙われるかわからない。もちろん、大切な少年も。
厳重な警備は彼を怯えさせてしまうが仕方がない。
身辺警護と秘書を兼ねているヨナスに指示を出すと、寡黙な秘書は慮って人払いをし、部屋にディケレーゼを残す。
「あなたはここに」
壮年の女の手が少年の手を取った。彼は椅子に座っているディケレーゼを見つめ、それから頷き、手を重ねた。離れて暮らしているが、思いやりのある子に育ってくれているのは、ディケレーゼを安心させた。
それから静かに深呼吸をしたのち、古びた日記帳を慎重に捲り、一字一句つぶさに読んだ。
特に変わったことは書かれておらず、ディケレーゼはやや気落ちした。
──彼が生きていた証にわたしはいない。
日記帳を閉じようとした時、裏表紙に剥離された微かな痕跡に気がついた。
ナイフで慎重に裏表紙を剥がして出したものは、小さな一通の封筒だ。
ディケレーゼは緊張と喜びで震える手で小さな封筒を開ける。小さな便箋には几帳面で小さな文字が綴られている。
『僕の希望の光。
十数年ぶりにきみに会って驚いた。事前に写真で変装をしていたのを知っていたけれど、面差しは昔と変わらない、僕が知っていた時のきみのままだった。
雰囲気はだいぶ変わってしまっていたけれど、それでも僕のきみだった。
嬉しさと同時に腹ただしく思った。この手できみを葬るのだと大佐に誓ってしまったことを。命じられた偽りの姿と名できみに近づいたことを。
正体を打ち明けてしまおうか。
正体を打ち明けて、その手を取って遠くへ逃げてしまいたい。
僕の代わりに同胞がごまんと殺されることになっても、僕が地獄に落ちたとしても、刹那をきみと生きたい。
クリスマスでも、冬でも雪が降らない場所で。
許されない命令違反だ。
とうてい叶わない希望だ。
僕が僕だと打ち明けたらきみは逃げるだろうか?
自由の手足と翼を持つきみは、また僕から逃げてしまう?
もう逃がしはしないし、逃さない。僕はきみをつかまえて、きみのその手足と翼で今度は共に逃げるのだから。
きみだけのサンタクロースになる約束を叶えるんだ。
僕と約束をきみが忘れていたってかまわない。
とらえて、逃げて、閉じ込めて、一生離れずに暮らすんだ。そして、きみの笑顔もなにもかも僕が独占するんだ。
こんな妄執をきみは笑うかい?
[ペンで執拗に上書きをされていて判別不明]。いつだってきみを想っていた。もしかしたらこれは愛じゃなくて、幼い頃の執着かもしれない。だけど、[ペンで執拗に上書きをされていて判別不明]。僕にはきみしかいない。
上官に伴侶を用意されても断り続けているのは、きみと添い遂げたいから……、なんて、乙女も真っ青な夢をきみは信じるだろうか?
僕はきみ以外を愛せないんだ。
だから、最後に打ち明けてから、この手できみを。
変装をした僕を見る偽りの色の目。警戒されるたびにへこたれそうになる。どんな精神訓練も耐えられたのに。
[ペンで執拗に上書きをされていて判別不明]の美しい亜麻色の髪と群青色の宝石の瞳をひと目見たかった。
僕の[ペンで執拗に上書きをされていて判別不明]。
愛しているんだ。[ペンで執拗に上書きをされていて判別不明]。どうして[ペンで執拗に上書きをされていて判別不明な行が続いている]。
恨んで憎しんで、僕を忘れないで。僕を許さないでいて。
どうか先に生まれ変わらないで。
乙女も真っ青になる程の夢想家の僕の願いを叶えて[ペンで執拗に上書きをされていて判別不明]。
クリスマスで待っていて。必ず僕が迎えに行くよ。
できるなら、きみと生涯を添い遂げたい。僕のすべてをきみに捧げ、きみのすべてを僕のものにしたい。[ペンで執拗に上書きをされていて判別不明]、僕の希望の光。
愛している。煉獄で待っていて。
すぐに僕も追いかけるから。
冬でも雪が降らない場所で、抱き合ってイルミネーションを見てみたかった。
ヴァレリー。』
────ヴァレリーはわたしを想ってくれていた。この遺書の中たくさんの葛藤が垣間見える。
あなたはこんなにもわたしを心から愛してくれていた。
ヴァル……。わたしは今でもあなたを愛しているよ。
彼が遺した言葉を腕と胸の内側で抱きしめて、ディケレーゼは泣いた。愛した男の願いと想いを受け止めて、溢れる感情が止まらなかった。
「……イヴァン。これがあなたのお父さんが……生きた証拠よ」
しなやかに、すこやかに、成長しようとする少年──イヴァンを抱き寄せる。愛しい夫は、愛しい我が子の父親は、この世のどこにもいないのだと、嗚咽を漏らした。
──ヴァルはわたしを覚えていた。幼い願いを叶えようとしてくれた。共に生きようと、愛していると言葉も遺してくれた。
どうしてあなたはここにいないの?
あなたがくれた希望の光の成長を共に見届けてほしいのに……。
イヴァンは初めて目にした母の泣く姿に、オリーブ色の目を大きくさせて驚いた。泣き震える母の背中は、こんなにも小さかったのだと初めて知った。
幼いイヴァンはディケレーゼを慰める言葉を持っておらず、その背をさすることしかできなかった。
母の悲しみを受け止められないほど、イヴァンは少年だった。
・ ❆ ・ ❅ ・ ❆ ・
それから十年もすぎて、ようやく名も無き墓標にディケレーゼは花を添えた。
長すぎた厳冬が行き過ぎ、ようやく春になった。山卸しが添えた白い献花を散らす勢いで荒ぶ。
──この下に彼はいない。
墓に埋めたのは形見にと、かの国から送ってもらった時計と眼鏡だけ。あの日記帳と手紙は、ディケレーゼの宝物として大切に保管している。
この数年で彼の足跡は目を瞑っていても言えるほど、何度も繰返し読み、勇気と愛をもらい、慰めてもらった。
少年時代が終わり青年になった愛しい息子・イヴァンの肩を抱きしめて、ディケレーゼは目を瞑り、冬のある日を邂逅する。
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