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 午後から休みを取った高史は、佐知子とタクシーで自宅へ戻る前に、長男・将士を幼稚園に迎えに行った。
 年少クラスの将士は、高史を見つけると溢れんばかりの満面の笑みで飛びついて来た。幼い頃の子供たちの記憶は寝姿が多かった。歳をとるにつれ仕事の責任が重く大きくなり、子供たちとの関係は希薄になった。

(こんなに可愛い年頃の子供と遊んでやれなかったのだから、思春期に親父のようになりたくないと思われても仕方がない)

 生き生きとした幼い我が子を抱きしめてやれるのが素直に嬉しくて、幼稚園からは将士を真ん中にして三人で歩いて自宅へ向かう。

 町並みにはまだ空き地や平屋が多く高層マンションはない。とっくになくなってしまった商店街の入り口を横切る。買い物かごを下げた主婦や雑種の犬の散歩をする人の多くは、すれ違うたびに会釈をする。みんなが豊かになったバブルの時代になくなってしまったなにかと触れ合うと、なぜか切ない。貧しかった少年時代には町のどこかしこにあったそれ。人情という名かもしれないし、日ごとに新しくなる時代で対する畏怖だったかもしれない。
 道行く小学生は元気に走っていて、大人が感じる不安よりも未来への期待で目がキラキラしていた。

 将士も小学生に負けないくらい目を輝かせて、幼稚園であったことを話してくれるが、話が飛び飛びで佐知子の翻訳がないと何の話かわからない。すっかり母親になった顔で佐知子は将士を見ていた。

(レストランにいた時は娘でも通ると思ったが、変わるもんなんだな)

 初めて目の当たりにした女房と母親の違いが、高史の心を落ち着かせなくする。
 花のようにはにかんで笑っていたのに、子供を見る眼差しは優しく……、慈しむ表情をしていたんだな、と。

 当時を思い出そうとしても、以前に見た家族写真の佐知子の姿かたち表情は、霞みがかってうまく浮かべられない。
 二人目の加奈子が生まれてからは、家族サービスでどこかに出かけることをするようになったが、将士が年少の頃は、育児を男がするのが恥ずかしかった。それもあるが、うなぎ上りになる経済につられて、仕事が忙しかった。ろくすっぽ思い出せないのは、仕事に追われていたせいもあるが、なんとも寂しい話だ。

(もっと時間を大事に使ってりゃあ、よかった。それでも、将士には親父のようにはなりたくないと言われただろうが)

 あどけなく笑う将士が、習ったばかりのスキップをしようとして、転ぶ──のを、慌てて助けた。
 助けようと思う前に身体が動いたのだから、衰えてない運動神経に高史本人が目を見開いた。

「まぁくん、危ないでしょう」
「えへへ。パパに助けてもらったから大丈夫だもん」
「将士は軽いなぁ。──それ!」

 将士の小さな胴を抱えて、勢いよく肩に乗せた。将士が小さな子供だからか、高史の肉体が若いからか、まったく重さを感じない。

「うわぁい! すっごくたかぁい!」
「観覧車に乗るともっと高くて遠くまで見渡せるぞ」
「かんらんしゃ? 消防車みたいなの?」
「車じゃないさ。遊園地の遊具だよ」
「ゆうえんち! 行きたい行きたぁい!」

 おとなしくない将士を落とさないようにバランスと保ちながら、親子の肩車の少し後ろを歩く佐知子へ手を差し伸べる。

「れんけつー!」
「電車の連結を知ってるのか。将士はかしこいなぁ」
「ここのところ、お義父さまとお義母さまがくださった電車のおもちゃで遊ぶのが楽しいみたいなんです」

 プラスチックの電車をあるだけ出して、全部連結をさせて片付けをしない。と、困って笑う顔も控えめな花のようで見とれてしまう。

(いかんいかん。なにより子供の前で不謹慎な)


 軽いと思った将士は、十分もしないうちにずっしりと重くなり、背中と腰が簡単に限界を訴えた。毎日、満員電車に揺られ階段を昇り降りし、靴の底を減らして仕事をしていても、運動不足のせいで小さな子供を肩車できる筋肉が減退しつつあるらしい。
 肩から下してやると、将士は甘えたいのかおんぶをせがむ。自宅まであとわずか。

「よぅし、将士。パパと家まで競走だ!」



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