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1章.嘘つきたちの想い。
12.俺にしなよ。──思考停止。
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「おーぅ、この車は……」
路上にありますのは、日本人のほとんどが知っているであろう、エンブレムを持つドイツの車。そのスポーツ・ユーティリティ・ビークル……つまり、SUV車は日本車よりもうんと少ない。そして、その色は黒鉄のごとし。アメリカ帰りの持ち主いわく、『ドイツ車は見た目が大人しいよね』だ。
なにがだ。特権階級、天上人はみなドイツ車を好むではないか。イタリアの伊達をきどったハイクラス・スポーツクーペにご乗車される公的な天上人を見たことがない。
大統領が来たらアメリカ車にするのだろうか? そのへんはわからないが、ホッピングするゴキゲンなアメ車には乗らないであろう。
車の歴史とは人類の戦争の歴史でもある。ブリテン島では車輪を奉納していたし、女神は銀の車輪を持っていた。戦車に乗る女神の由来・イメージは古く、メソポタミアにもインドにも、ライオンに曳かせる戦車に女神が乗っている。戦車といえば、タロットカードの大アルカナの戦車を連想させる。某マンガのわたしの推しキャラであるのでとことんチャリオットを調べて、そのルーツを辿った。推しへの愛が斜め上だと数少ないともに言われたが、わたしなりの愛のかたちなので『素人はすっこんでろ』という言うものだ。
こんな生きる上で何も役に立たないこと(推しへの妄想は生きる上で重要であるが)を考えながら、足をスーパーへ向ける。
さしずめ今夜は白身魚か鶏胸肉の生姜と香草焼きかあっさりとした定番のメニューをこしらえよう。弱った腰と排泄器官に優しいメニューとはなんだろうか。スマホのクッキングパッド先生におたずねしてみて、メニューを決めよう。
「こーら、きゆ。無視するな」
「ぐぎ。セキ……」
「だるいんでしょ? 迎えに来たよ」
朝送ってほしかったよ。そう言ったところで、時間が巻き戻るはずもなく無情に時間は未来へ進む。デ○リアンで迎えに来てくれ。
「どうぞ」
セキは車の後部座席のドアを開ける。助手席側は車道という外車ならでは。でもなく、だいたいわたしは後部座席に乗る。
お兄ちゃんは言っていた。助手席は死亡率が高いから、季結を乗せたくないのだと。
どのみちわたしは一昨日夜、精神的に死んでしまったのでどうでもよいのである。ちなみにお兄ちゃんの愛車は国産ミニバンという安牌車である。燃費性能税金面、保険面に優しい車。さすがお兄ちゃん。見る目がある。
「乗らない」
「どうして?」
「……タニーズでコーヒーを飲みながら読書をしようと思ってんの」
「今日は特売・ポイント倍デーなのに?」
この男、デキる。
ハイソな戌城右井からコヌトコというアメリカかぶれの女子力が高い超大型スーパー、お近くのデイエーまでチェックしているに違いない。そして本日はセエユウが特売・ポイント倍デー。
「ドラッグストアには行ってきたよ」
なんと!? 今日はマモツトキシヨでトイレットペーパーを購入せねばとメモをしていた通りに……。こやつ、やはりただのヒキコモリではない。フリーランスのプログラマーとやらは女子力が高い主夫すぎる!
なにがタニーズだ。タニーズよりもシュタバァのほうが映え力と女子力は上ではないか。インヌタグラマーはシュタバァをこよなく愛する。この地味なコケシ系大学生女子にインヌタなどできるはずなく、イツッターでぼやくのがせいぜいだ。
ここは負けられない。しかしシュタバァは敷居が高いというか、値段が高い。だが、トドゥルはリーマン率が高く女子力は低い。バーガー屋では子供っぽいし、ドーナツ屋はこの辺にはない。ええいっ。四面楚歌だ。
「きょ、今日は気分じゃない」
主婦業はやる人がやり、報告はSNSだのメールだので報告を済ませている。飲み会があれば先に予定を言っておく。ご飯がいるいらないは、特に用がない限りは言わないけれど。
だから今日はセキが主夫をすればいい。そのハイクラスSUV車にセエユウのお買い得品を積むがいい。
わたしはトートバッグを抱えて走り去ろうとした。が、昨夜の運動と日頃の運動不足、スポーツセンスのなさが相まってスクラムを組み、わたしの足をつんのめらせた。
時の流れはスローモーション。走馬灯の代わりに見えたのは、転んで膝を擦りむいた近未来だ。
「ダイジョーブ?」
「ごふぅっ!」
セキの腕がアスファルト膝を切りつけるワイルドな近未来をゲットさせないでくれた。おかげで胃のあたりがグッと押されて変な声が出た。
わたしは姿勢をただすことも、セキの手を跳ねのけることもできずに、革張りふかふかソファのような後部座席に放り込まれてしまった。腰に優しい!
「タニーズには寄ってあげてもいいよ」
ほのかに声が不機嫌である。
がっちょん、とシートベルトをされてしまった。柔らかな目は、やはりどことなく機嫌を損ねている。
顔のいい金持ちの攻め。主夫スキルを持った彼らを腐女子はなんと呼ぶか。それはスパダリである。
そのスパダリたるセキが、わたしに好意を向けるなどありもしないのだ。
だって、セキはお兄ちゃんが好きだったのだから。
きっとこれは意地悪をされているのだ。からかわれているのだ。悪い夢だ。
どこから悪い夢だったのか。お兄ちゃんの結婚報告? セキが我が家で暮らすようになって? わたしがお兄ちゃんを好きだと自覚した時?
いいや、生まれてきた瞬間、この世はオハイオ州にある街の悪夢だったのだ。
いいや、この世は仮想現実だ。現実のわたしよ、早く起きるのだ。
「きゆ」
「ふぁいっ!」
この世に生を受けて20歳とンか月。こんなに姿勢を正して車の後部座席に乗ったことがあるだろうか、いいやない。
そんなわたしに、柔軟性のある温厚な男(30歳/東京郊外在住)さんが、ハレンチにも唇を唇にくっつけてきたのだ。
なんたる外国かぶれか。この世が江戸であったなら、斬り捨て御免と斬ってやったのに。
おまえなんかと出会うんじゃなかったと。しからばごめん、そう言って切腹したのに。
「俺にしなよ」
そうやんわり笑った男は運転席に乗り直し、ポカーンとするよりなにもできぬわたしを、セエユウに連れて行ったのち、タニーズでさしてうまくもないコーヒーを飲ませたのであった。
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