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2章.嘘つきたちの現実。
02.お日柄の良い仏滅(個人的に)
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さて。
本日は晴天なり。お日柄もよく、家族顔合わせの食事会にはもってこいの大安吉日。あのダークマターになった日から、ひと月後の良き日。わたしはひとり仏滅の奈落の底で嘆いている。
とうとう会ってしまう。お兄ちゃんのお嫁さんになる人──曽我明日香さんと。
もしもわたしが、ライバル心と嫉妬むき出しの狂戦士で、戦場に常駐している女なら、曽我明日香さんに負けないくらいのオシャレをしてマウントをとったに違いない。
しかし、元よりオサレのセンスは皆無だ。ここ最近のオサレ服は、セエユウに出店しているモニクロでマネキン買いしたセットのみ。
しかも、失恋してからというもの、わたしは無気力な生きる屍だった。お兄ちゃんのこともそうだが、裏切り者のセキがおかしなことを言い始めたせいだ。
日々ぐだぐだと、食事会に行きたくないー、ホテルが爆発しないかなぁ? などと、夏休み最終日の小学生のようなことを願っていた。
そんな時である。
『食事会の服、なに着るの?』そうセキに聞かれた。世話好きのセキらしいひと言だ。
わたしは『なぁんにも考えてなぁい。なんならセキが選んでもいいよ』そう返した。
クローゼットの服からセキがなにを選ぼうが、オシャレでドラミングができないのは決定事項だ。マウントオラオラウホウホしたところで、しょせんはそのへんのスーパーでお買い上げした量産品コーデ。もしくは量産品以下の戦闘能力しかない。
もっさり不潔なオタクに見えず、小綺麗にしているのは、逆に褒められることではないか? それはないな。小綺麗はオシャレを表す言葉じゃない。それにオタクは服を着ていても隠しきれるものではない。
服は着れるならなんでもいい。貫頭衣でもキトンでもクリノリンでもなんだっていい。夜毎に舞踏会を開くハプスブルクな姫でも、ロスチャイルドファミリーのお嬢でもあるまい。清潔であれば、華美な装飾がなくても生きていける。
現に冠婚葬祭用のネックレスも持ってないし、おしゃれなピアスもない。ペンダントはどんぐりキングダムの飛行できる石の。指輪は某ファンタジー小説グッズのロット番号付きの指輪。ダウジング用の水晶のブレスレットがある。これらは、おしゃれアイテムではなく、大事な宝物だ。
それから数日後。セキが選んだ服は、お高そうな大きなショップバックから出てきた。なぜ? なにゆえ? 噂に聞くデパートの外商か?
深緑色のAラインワンピース。ネックレスとイヤリングだけではなく、セキはガーターストッキングまで購入していた。なにゆえ?
わたしのバイト代よりもはるかに高いであろう、ブランドワンピースやその他諸々をどうやって返せばいいんだと、半分頭抱えた。もう半分の脳内ではゴキゲンなテンションでテレビショッピングが始まっていた。ドリームショッピング☆タカナ社長が踊っている。
『靴は去年買ったアースカラーの地味なパンプスがあったでしょ。よく履いてたみたいだし、慣れたパンプスに合わせたほうがいいかなって』
わたしの靴を覚えているのか、靴を見てから買いに行ったのかはわからないが、どっちも気持ち悪い。それでいて、頭を占めているのは服一式の値段だ。せっかく欲しいものに向けて貯蓄をしているというのに。
上機嫌でワンピースをクローゼットへ片付けるセキにわたしは言った。こんな高価な服のお金が払えない、と。
『プレゼントなんだから気にしなくていいよ』
『気が触れたの? ……それも誕生日とクリスマスとおとしだまの三位一体?』
『俺があげたかったから、プレゼントしたんだよ』
プレゼントの動機など聞いておらん。などと会話が続いたが、性行為へとなだれ込んでしまい、詳細は忘却の彼方。
わたしはあらゆる煩わしさを一時的に忘れるために、性行為に没頭した。現実逃避の仕方を間違えているが、なんでもよかった。捨て鉢というなら、それだ。
話は前後したが、それから月日が経って、本日。
車に乗り込むギリギリまでわたしはベッドの中にいた。布団に外界から守ってもらっていたのだ。わたしを取り巻く布団とベッドの素敵な三角関係は一生続くのである。神話・古典より三角関係は人々の好きなテーマだ。
お兄ちゃんは、午前中早々とお嫁さんになる人を迎えに行くらしい。ドドド……、ドタン! バタン! と、少年マンガの擬音の如くの賑やかな音を立てて、玄関から飛び出していった。セキがどんな顔でそれを見送ったのか、わたしは知る由もない。
布団とベッドの三角関係を清算することなく、モソモソ起きたわたしは、身支度を始めた。おざなりに。ぞんざいに。のろのろと。
着心地もいいワンピースに心躍ることもなく、髪の毛は結ばずに下ろしたまま。化粧はいつもより適当。
無気力の塊のわたしに、元気と破棄の欠片はどこを探してもない。
うつ病と言うやつではないだろうか? よく食べよく寝ているから、失恋で一時的に落ち込んでいるだけであって、〈病〉ではない。いいや、恋は病だというからには病気であっている。だけど、どこのお医者さんも恋で診断書は出してくれないし、処方箋を書いてくれない。
診断書があったら、食事会をサボる言い訳になっただろうと一瞬、頭をよぎったが、すぐに打ち消した。
お兄ちゃんに長患いしていたのは、本人に知られてはいけない禁句だ。これまでもこれからも。誰にも言えない秘密……、セキだけが知っている秘密。
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