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終章.嘘つきたちの本音。

06.至るところにある線

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 ☽・:*



 幸い、冷蔵庫の中の食材はすぐに傷むものが少なかった。
 わたしは久しぶりにお弁当をこしらえながら、晩御飯の仕込み……秘伝の生姜醤油タレに寒ブリを漬け込んだ。残ったらお弁当に入れて冷凍しておこう。
 昼になり、ゼミ室でお弁当を広げると、おにぎりとカップ麺を食べようとしている不破さんが覗いてきた。

「今日はキューちゃんの手作りだね」
「わかります?」
「ははは。私はシャーマンの末裔だよ? なんて、いつもより色味が少ないからね」

 おかずの色は玉子焼きの黄色とブロッコリーの緑。それ以外は茶色と黒だ。セキのお弁当は栄養バランスを考えつつも、色彩豊かでかわいらしく盛りつけてあった。ふたりで暮らすようになる前から、セキお手製お弁当は女子力高い映え仕様。茶系弁当だって、お腹に入れば栄養になるのだ。なにを気にすることがある?


 ☽・:*


 それが初日。以降は、ちょこっと野菜を揃えながら、半ば意地でお弁当を作り続けた。
 別に。節約すればお金貯まるし? そしたらお高い専門書が買えるし? 美術館や博物館に入り浸れるし? クリスマスセールのインク買えるし?
 とはいえ、性欲はそれなりにある。あと1週間も便利棒セキくんを我慢せねばならんのか。
セキの代わりを探そうとは1ミリも思えない。他人と関係を築くのも、男女の煩わしいあれやこれも、いらない。

 クリスマスムード真っ盛りのキラキラとした駅。わたしのホームであるタニーズもあっちこっちにモールをつけたクリスマス仕様だ。クリスマス限定メニューもとっくに飲み飽きた。
 さしてうまくもない冬期限定ココアに乗っていた雪だるまのマシュマロは、見るも無惨な溶け方でシュールレアリスムを感じさせた。

 雪が降るとセキのテンションが上がる。もちろんわたしのテンションも上がるが、十歳も年上のくせにわたしよりもはしゃぐ。……セキ基準で。
 子供の頃は雪が降らない街で暮らしていたから、雪はスペシャル感があるのだそうだ。大学は雪が降る街だったけど、日常から非日常の世界になる雪は見ているだけで楽しいと笑っていた。
 去年の大雪もベランダにいっぱいセキが小さな雪だるまを並べて……、わたしが儀式めいた並びかたにしてルーン文字を刻みかけると『情緒がないからやめて』と抗議してきた。
 今シーズンはまだ雪が降ってないけれど、吹きつける風は冷たい。薄着で出かけたけど、今ごろ寒がってないかな?

「──季結ちゃん。偶然」
「律人くん。1時間ぶりだね」

 律人くんはタニーズで1番人気のホットサンドとクリスマス限定フライドチキン、コーヒーを乗せたトレイを持っていた。やや満席に近いので、わたしはトートバッグを乗せていた向かいの席を空ける。

「いいの? ラッキー」
「よかったらって感じで」

 律人くんは元気よくイスに座り、ササッと拭いた手でとホットサンドを頬張る。

「クリスマス、なにしてるの?」

 意外──でもない質問をされてしまった。

「バイトして積読と動画を消化する予定なんだ」
「へぇ。……家族や大家さん的な人とすごすんじゃないんだ?」
「去年は家族とプラスアルファでクリスマスのごちそうとケーキを食べてたけどね。今年はひとりなんだ。だから好きなことしてすごすんだよ」

 ほか弁とジャンクなお菓子とチューハイで怠惰なソロ生活を満喫するスペシャルデーにするのだよ。

「じゃあ、みんなで鍋パーティーはどうかな? アニキもいるし、誘えば不破さんやみんな来てくれるよ」

 さすがコミュ力高い律人くんだ。徳のある爽やかな後輩の頼みとあらば、先輩たちは喜んで鍋パーティーをしてくれるに違いない。

「……わたしはいいよ。ごめんね、せっかく誘ってくれたのに」

 みんなとワイワイする気にもなれない。どうしてなんだろう?
 律人くんは困ったように笑う。実際、困っているのだと思う。

「オレのほうこそ、思いつきで急に誘ってごめん。……そうだ。連絡先、教えてくれてくれない?」
「ああ、そっか。ゼミのグループトークにいないんだっけ?」

 そのグループトークが活用される時は、だいたい飲み会だ。普段はピクリとも通気が来ない。わたしも不破さんとたまにトークするくらいだ。

「あけおめメールくらいしたいじゃん?」
「あー! 年賀状、すっかり忘れてた!」
「年賀状書くんだ? オレにもちょうだい」
「いいよ。特別にヒエログリフで書いてあげるね」


 ☽・:*


 駅のホームへ行こうとしたら、「付き合って欲しい場所があるんだけど、ちょこっとだけ来てくれない?」と律人くんにお願いされてしまった。
 駅の表玄関口。そこがどうなってるのか。クリスマスイルミネーションできらびやかになっている。もしかしたら、再び告白されるかもしれない。告白されて流されてキスするかもしれない。なにもかも〈かもしれない〉IFだ。恋愛に疎いわたしの考えすぎだとしても、予測できる。
 律人くんが真剣な眼差しをして、歩みを止めたわたしを振り返っているから。
 だからこそ、律人くんと駅を出てイルミネーションを見たら、いけない。駅の玄関口のここが律人くんとの境界線だ。
 わたしはサッとスマホを見る。なるべく自然に。

「あっ、お兄ちゃんからだ。ごめん、律人くん。急いで帰らなきゃ」
「ほんの5分……3分でもいいから」
「また今度、で。埋め合わせはするからね」

 わたしは人混みを縫うように走り──亀のごとく鈍足だが──ホームまで駆け下りる。

 境界線。こちらとあちら。此岸と彼岸。ウチとソト。
 世界の至るところにある、区切りの線。国境、県境。注連縄、道祖神。
 人間関係。距離感。友情と愛情。友達と恋人。家族と他人。真実と嘘。
 なにが埋め合わせをするだ。埋め合わせこそ、曖昧なままで気を持たせたままじゃないか。

「あ……」

 前にセキに言われたことがある。
 自分の世界にこもりがちのわたしは、他人から向けられる好意を嫌うって。
 特別に好きな人からじゃない特別な好意と恋心は、受け取れない。好きになる可能性ないのだから、相手に不誠実だ。
 はぐらかしたままだと律人くんに不誠実だ。ニュアンスで伝わる恋心をハッキリと断るのはわたしには難易度が高い。友達になれるように、伝えなきゃいけないのは心苦しい。

 じゃあ、セキは?
 便利な棒と穴で、家主と下宿人で。多くを望まない。いつも通りでいい。
 わたしは?
 ……考えたく、ない。好きな人から好かれないのなら、好きにならなきゃいいんだ。いつか失う愛は、いらない。

 通知ゼロのスマホのロック画面に目を落とす。この2週間、セキからメッセージはない。薄情なのか、仕事の規約でスマホに触れないのか。



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