世界が変わるその瞬間

ヘンテコ・リン

文字の大きさ
7 / 8

07 伝えたい想い

しおりを挟む


「それ以上は、言わないで下さい」



必死に説明する私の唇に、人差し指を当ててそれを止めた。
私は、少し血の気が引いた。

怒らせてしまったのではないかと思いながら、俯いて何も言わない毛野を見た。



そりゃ、そうだ。
今さっきお母様の調布さんが、亡くなったばかりだと言うのに、不謹慎極まりない。




でも、




それでも、





私は伝えたい事がある。






世界が変わるその瞬間

07 伝えたい想い




「私だって、…………おれだって、男です。」


暫くの静寂の後、小さく言葉を紡いだ毛野。


「おれの周りは、母さんと撫子姉さんだけだった。一座の皆は優しい人もいたけど、やっぱり仲良くはできなかった。」


私の手を取り、しっかりと言葉を繋げる。


「そんな時に、師範代に逢った。目が合った瞬間、おれはふわふわとした様な柔らかい感覚に陥った。その夜、会って話したけど、もっと知りたい、もっと話したい。そういう思いが強くなって…」


優しく包む様に握った手に力が入る。

「あの雨の夜、一座の皆が道場の、貴方の話をしていた。だから、おれは…」


言葉を止め、俯く毛野。


「……………、貴方に逢いたいと思ったら、身体が動いていた。」


私の方が少し、背が高いので毛野の顔を見る事ができない。


「おれも、初めは相手は男じゃないかって思っていた。でも、一座に言い寄って来る様な輩とは、全く違って、品があって一つ一つの所作が美しくて、その姿が、…その瞳が、貴方の周りにある空気が凛としてて、おれもあんな風になりたいって思った。」


耳まで赤くなって行く感じに、自分自身戸惑いを隠せないでいた。


「………私達、お互いがお互いになりたいって思ったのね」
「……はい、そう…ですね」


顔を上げた毛野と眼が合う。
私達は同時に笑い出した。


「毛野、」
「はい」


私は彼を呼ぶ。


「戻りましょう、調布さんの弔いをしなくては」
「………はい、」













――――――――――





「毛野、」
「はい」


彼女はおれを呼ぶ。


「戻りましょう、調布さんの弔いをしなくては」
「………はい、」




その優しい声に、母が死んだことを実感してしまった。





師範代が薬を取りに行っている間、女将さんと一緒に母さんの看病をしていた。
母さんはうわ言の様に何か呟いているが、聞き取れないでいた。

そして、眼を覚ました母さんが、おれを呼ぶ。


「貴方に話して置かなくてはならないことがあります」


重い身体を起き上がらせて、撫子姉さんに抱かれながら話を始めた。
何故、おれが女として生活をしなければならないのか、おれが憎むべきは何なのかを知った。


「毛野、………生き、て………」


母さんはそう言い残し、力尽きた。
すると、襖が勢いよく開いて、汗塗れになって、いつもキッチリ着ている着物も着崩れた師範代が入ってきた。

「し、はんだ…い」


おれは流れる涙を止める方法が分からず、涙で少し見えにくい師範代を見ていた。
母さんを抱える撫子姉さんは、強く拳を握った。


「今しがた、逝かれたわ」


師範代は膝から崩れ落ちた。
何度も謝る師範代を見ながら、おれは母さんを見た。


「いいえ、師範代の…せいじゃ、…ありません」


師範代は母さんの為にこんなになるまで、薬を探してきてくれた。
決して、師範代の所為じゃない。

おれは師範代の肩に手を置き、顔を上げてもらおうと思った。
でも、師範代の顔を見た瞬間、おれは自分の中で生まれた鬼が叫び出そうとしたのを感じた。


母さんに聞いたおれの生い立ち。
それは、おれの中で鬼を生まれさせた。


師範代の所為じゃない。


わかってはいるが、溢れ出す赤黒い渦がおれを占める。
おれはそのまま宿を飛び出した。

師範代がおれを呼ぶ声も聞こえたが、振り返る事もしないで走り去った。

真っ直ぐに走り、裏山に入った。
脇目も降らず走っていた為、木の根っこが出ている事も気付かなかった。

それに足を取られ、転んでしまった。

痛みと疲労と、悔しさで…思い切り地面を殴った。
自分の手が痛いだけで何かが変わったわけではない。

それでも、このやり場のない思いをどうする事も出来ず、地面を殴った。

少しして朝焼けが眩しくなって来た、小鳥達が眼を覚ましたのか囀る声も聞こえた。
こんなにも心の中はぐちゃぐちゃなのに、小鳥の声はよく聞こえた。

そして、聞こえてきた声が、






「毛野ぉぉぉおおおー!!!」








遠くで声が聞こえた。
今、毛野と聞こえた気がした。

おれは、声が聞こえた方に走った。



そこには師範代がいて、息を大きく吸った。








「犬坂毛野胤智ぉぉぉおおおお!!!」












師範代のその大きな声は、おれの中にあるぐちゃぐちゃとした何かが形ある何かに変わった気がした。



本当に変わった方だ。



もう一度、息を吸ったので、さすがにマズいと思い、師範代の口を塞いだ。
この後、師範代が本当は女子だという事を知った。


何処かでホッと安堵をついた自分がいるのに、気が付き、必死に説明をしてくれる師範代が、可愛らしく、もっと見ていたいと思った。



もっと、側にいたい。











貴女が、







「好きです」



おれの言葉に振り返る師範代。
その言葉の意味を理解したのか、顔を赤くさせた。


「貴女が居てくれて良かった」


おれはそう言って、師範代の手を取った。







宿に着くと、撫子姉さんがおれを見つけ、力一杯抱きしめてきた。
母さんが眠る部屋に行き、母さんの顔を見つめた。


「母さん、今まで本当にありがとう。おれ、…頑張るよ」


隣では、貴女が居てくれている。
大丈夫、おれは……私は、まだ頑張れる。

村長が座長達と話しをした。
村に長期滞在をして、村の発展の為に手を貸したというのに、座長からしてみれば恩を仇で返された気にもなる。

だが、母さんの弔いを村で立派にしてくれた。
立派な墓石も建ててくれた。

それには、座長も撫子姉さんも喜んでいた。

私も立派な墓に手を合わせる。
隣では、彼女が手を合わせてくれていた。

村長の話や、村でも母さん以外の死者が出た事。
でも、その弔いもしっかりと行っていた様子を見て、座長達の怒りも少し収まった様だった。

それでも、一座の中には気味悪がる子がいて、あまり長居はしない事が決まった。
だが、撫子姉さんの勧めで、病人だった子達がまだ全快ではないので、体調が戻るまで…あと一ヶ月はこの村にお世話になる事になった。

その間は公演は中止、皆が療養をしている時、私は道場に行き剣の稽古を続けていた。




今までと、同じ様に…。



とは、行かなかった。


「では、この畳の節からは出ない様に。」


今までは、一緒の布団にも入って寝たりもしたのに、道場に通い、道場で逗留する様になって、また師範代の部屋で寝るはずだったのだが…


「扱いが違いすぎじゃないか?」
「し、仕方ないだろう…私は、毛野の事…女子だと思っていたのだから」


お互いが同性だと思っていたので、問題はなかった。
でも、今はお互いに別の性だと知った。

少し変化はあるだろうとは思っていたが、ここでこれが来るとは思わなかった。


「同じ部屋で寝床を共にするという事だけでも、問題なのだから…」
「…確かに、」





警戒する彼女に近付き、頬に優しく触れる。





「貴女はいずれ、女子になる…」




するりと肌を滑らせ、下ろしている綺麗な黒髪をひと束手に取る。








「できるなら、おれが…貴女を女にしたい」







そう言って、おれはその髪に口付けをした。
チラッと顔を見ると、彼女は顔を真っ赤にさせ、言葉にできない様子。

それが少し意外で、可愛らしかった。


なぜ、今まで気づけなかったのだろうかと思うくらい、彼女は女子だった。


その後は、勢いよく布団に潜り込まれてしまい、何も出来なかった。







なんて事もあり、今までべったりだったのに、少し距離が開いた。
男女を意識するとこういう事になるんだなぁ、なんて呑気な事を考えて師範代を見ると



「「!」」


師範代もおれを見ていた。
目が合い、師範代は慌てて目を逸らす。

おれはそれが面白くて、そして、なんだかんだと言いながら意識をしてくれているという事実が嬉しくて、ちょっと笑ってしまった。


「なんだ、旦開野~、やけにご機嫌だな。」
「龍兄!」


龍兄はそう言って、私の頭を撫でる。
そして、向こうの師範代を見ていた。


「あいつと喧嘩したのかと思ったが、思い過ごしか?」
「………、してません」
「そうか、……あいつの様子が変なんで、なんかあったかと思ったが…」


龍兄はそう言って、師範代を見ている。
最近、その事に気が付いた。


「…………。」


ふん、と一息つくと龍兄は私を見る。


「んじゃ、俺が指南してやるよ」


と、いう事で龍兄が私の稽古をつけてくれる事になった。
私達は竹刀を構え、立つ。


「俺は、相手が女であろうが、向かってくる限り手心は加えない。いいな?」
「はい!」


ギュッと竹刀を握り、龍兄をジッと見た。


静かに、

静かに、


心を鎮める。





他が打ち込む音



掛け声




集中、して








何も聞こえなくなる。





そして、おれの奥にいる




それに向かい合う。





静かに、




静かに、



ただ、心の底を







塗り潰す。





――――――――――





「んじゃ、俺が指南してやるよ」


あいつが他の事で手一杯で、旦開野に構ってやれない様で、少し暇している様だった。
それならばと、俺が稽古をつけてやるという事になった。

俺達は竹刀を構え、立つ。


「俺は、相手が女であろうが、向かってくる限り手心は加えない。いいな?」
「はい!」


ギュッと竹刀を握り、旦開野は俺をジッと見た。



一息吐き、段々とゆっくり集中しているのがよくわかる。



――――― いい集中力だ。…流石、あいつが教えただけの事はあるな。


そして、集中の底に辿り着いたその時だった。
旦開野の纏う空気が変わった。


さっきまでの水面に石を投げ込んで広がる波紋の様な、聖域さは感じない。


あるとするなら、




これは…………。







そう思った瞬間、旦開野は打ち込んできた。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...