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第五章 二年前の事件を振り返る勇気
雪まつりでの仲直り
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「護衛の姿が見えませんが、どちらに?まさか護衛なしで出掛けて来たわけではありませんよね」
「いや、今日は無しだよ」
イリスの頭に血が昇った。きっと顔も赤くなっているだろう。
素早く周囲を見回すと、少し離れた場所にアイラの姿が見えた。目立たない格好で気配を消している。カイルも別方向にいた。
これなら安心だ。しかし、エドワードの心構えの点では大問題だった。
「こういった人混みの中に、護衛無しで出掛けるのは無謀です。今後はご注意ください。それに二人きりでは無防備すぎます。常に3人以上でお過ごしくださいね」
ベスは残念だった。こういう時婚約者としてより、護衛とか保護者の意識が上回ってしまう。なかなか恋人同士の雰囲気にならず、修羅場が修羅場にもならないのは、このせいだ。
「他に二人、一緒に来たのだけど、先程からはぐれてしまって探している所なんだ」
「では一緒にお探しします」
その時、少し離れたところから、呼びかける声が聞こえてきた。
「おーい、こんな所にいたのか。二人で急に消えたから慌てて探したんだよ」
小走りで、エドと同年代か少し上に見える男性二人がこちらにやってきた。
そしてイリスを見、それに対峙するエドワードとエミリーを見た。エミリーは殿下のコートを軽く掴んでいる。
そしてイリスは怒っていた。
修羅場だ。ロイドは、瞬時に理解した。彼は姉二人に鍛えられ、自身も恋愛経験を積み、恋愛の機微やトラブルの経験は豊富だった。
ロイヤルカップルの修羅場になぞ、関わり合いたくない。即座に判断し、ヘンリーに逃げるぞと目で訴えた。ヘンリーも大雑把に見えて鋭い男だった。
「殿下、僕達は体が冷えきってしまったので、そこの店で温かい物でも頂いていますね。では、お先に失礼いたします」
そう挨拶して、二人でとっとと逃げた。
彼らを見送った後に、エドワードはまだ周囲を見回している。
「何かお探しですか?」
「そういうわけではないけど、イリスは一人で来ているの?」
「そうですが、ベスを伴っていますわ」
ベスは侍女兼護衛だ。そして、イリスだって令嬢兼、実質はエドワードの護衛だ。だから二人で充分なのだ。心なし胸を張って言ってしまった。
エドワードはなんとなく嬉しそうにしている。
イリスには訳が分からなかったが、ベスにはわかった。マイルズ殿下と来ているかもしれないと疑っていたのだ。
はあ~この二人は全く、とベスは呆れ、先ほど買った飴の可愛らしい袋をイリスに渡した。
「こちらは、エドワード殿下に差し上げようと、先ほどイリス様が選んで買った飴なんです。殿下の好きなクランベリー味を中心に、色がきれいで珍しい味のを探したのですよ」
そう言って、イリスから渡すよう、促した。
イリスは言われるまま、どうぞ、気に入ると良いのだけど、と言いながらエドワードに袋を渡して、少し気恥ずかし気に微笑んだ。
「ここで渡せるとは運が良かったわ」
「ありがとう。嬉しいよ」
今までの強張った雰囲気が消えた。たったそれだけで殿下のこじれた気分が解消され、イリスの怒りも消えていた。
近くの店に入り、窓辺に陣取ってその様子を観ていたロイド達二人は、黙って温かいコーヒーを飲んだ。
「エドワード殿下は相変わらず、イリス様にぞっこんだよな」
「うん、どう見てもそうだ」
「このまま元に戻ってくれると、俺達も助かるな。
でもエミリー嬢のやる気に、火が着いちまっているよなあ。今日もわざとだろ、俺たちを撒いたの。なんだか危ういよ」
「何か出来ると思うか?」
「無理」
「だな」
二人がイリスと別れ、店に向かって歩いてくるのが見えた。エドワード殿下は嬉しそうで、エミリーは悔しそうだった。二人は一緒に居るが、心は違う人を映していた。
こういうのは見ている方も、居心地が悪いものだ。チョコレートのケーキとコーヒーを追加で頼み、二人が着くのを黙って待った。
◇・◇・◇
「この時のことを、ベスが後で喋りまくったのですよ。小娘がお嬢様に一丁前に吠えかかったって。もう散々にこき下ろして、オチは、エドワード殿下は横に立つ女に見向きもしなかった、です」
「そうだったかしら」
「そうでした。私も見ていましたから。ベスの機転は素晴らしかった。一瞬で元のお二人に戻っていましたね」
エミリーは悔しそうな顔をしていた。あのときはどういった関係だったのだろう。お互いに意識し始めた所?まだエミリーの片思い?
「イリス様、また勘違いが始まっているようだから言いますよ。
エドワード殿下は特上の美形です。イクリス様とはまたタイプが違うけれど、とびっきり美しい男です。そこのところ、わかっていますか?」
「わかっているわよ。あの頃も綺麗だったし、今も綺麗だわ」
伯母様が、私はイクリスの方が好み、弟の小さい頃を思い出すわあ、と思い出に浸り始めた。
そして、どちらが好みか統計を取りたいとか、ツーショットの姿絵をぜひ画家に描かせようとか、二人で脱線し始めた。
「ねえ、アイラ。さっきの続きは? 気になるじゃないの」
「あ、そうでした。
……そんな美しくて、富も権力も持った男に憧れない女性はいないと思いませんか。そういう話が全然出なかったのは、殿下がイリス様一筋、他には目もくれなかったからです。
普通は脚の引っ張り合いや、さや当てや、家門間の勢力争いが山程もあって、その挙句に婚約者が決まるものです。そして、その後もあれこれ揉めたりします。でも何もなかったでしょ」
「そうね、なんだか当たり前だと思っていたわ」
「だから、お二人の仲が微妙になった瞬間に、それらの指を咥えて見ているしかなかった女や親やらが、一斉に獲物に襲い掛かったのです。
別になんら不思議ではありませんからね。その中で、運営委員で同じ班になっていたエミリー嬢が、一歩先んじただけなのですよ」
分かったわ。
なんだか、更にエドワードを守りたくなってしまった。
「ちなみに、イリス様がロブラールに来てから一年半、彼は女を一人も寄せ付けていません。有力貴族から寄せられた縁談やらなにやら、全てを拒んでいます。さあて、なんででしょうか」
「まさか、私を待っている?」
「珍しく当たりです。王妃様、シャノワールの一年半は無駄ではなかったですね」
「そうね、やっと十五歳くらいにはなったかしら。伯母としてうれしいわ」
わざとらしく泣きまねをして、目頭をハンカチで拭う。
「あ~、まだまだですけどね。もふもふもいいけど、サラサラもいいですよ。大きくなったエドワード様をかわいがってあげてください。サラサラの良さもきっとわかります」
「あら、意味深ね」
と、伯母が言う。
あ、駄目だ。酔っているわ、この二人。
「いや、今日は無しだよ」
イリスの頭に血が昇った。きっと顔も赤くなっているだろう。
素早く周囲を見回すと、少し離れた場所にアイラの姿が見えた。目立たない格好で気配を消している。カイルも別方向にいた。
これなら安心だ。しかし、エドワードの心構えの点では大問題だった。
「こういった人混みの中に、護衛無しで出掛けるのは無謀です。今後はご注意ください。それに二人きりでは無防備すぎます。常に3人以上でお過ごしくださいね」
ベスは残念だった。こういう時婚約者としてより、護衛とか保護者の意識が上回ってしまう。なかなか恋人同士の雰囲気にならず、修羅場が修羅場にもならないのは、このせいだ。
「他に二人、一緒に来たのだけど、先程からはぐれてしまって探している所なんだ」
「では一緒にお探しします」
その時、少し離れたところから、呼びかける声が聞こえてきた。
「おーい、こんな所にいたのか。二人で急に消えたから慌てて探したんだよ」
小走りで、エドと同年代か少し上に見える男性二人がこちらにやってきた。
そしてイリスを見、それに対峙するエドワードとエミリーを見た。エミリーは殿下のコートを軽く掴んでいる。
そしてイリスは怒っていた。
修羅場だ。ロイドは、瞬時に理解した。彼は姉二人に鍛えられ、自身も恋愛経験を積み、恋愛の機微やトラブルの経験は豊富だった。
ロイヤルカップルの修羅場になぞ、関わり合いたくない。即座に判断し、ヘンリーに逃げるぞと目で訴えた。ヘンリーも大雑把に見えて鋭い男だった。
「殿下、僕達は体が冷えきってしまったので、そこの店で温かい物でも頂いていますね。では、お先に失礼いたします」
そう挨拶して、二人でとっとと逃げた。
彼らを見送った後に、エドワードはまだ周囲を見回している。
「何かお探しですか?」
「そういうわけではないけど、イリスは一人で来ているの?」
「そうですが、ベスを伴っていますわ」
ベスは侍女兼護衛だ。そして、イリスだって令嬢兼、実質はエドワードの護衛だ。だから二人で充分なのだ。心なし胸を張って言ってしまった。
エドワードはなんとなく嬉しそうにしている。
イリスには訳が分からなかったが、ベスにはわかった。マイルズ殿下と来ているかもしれないと疑っていたのだ。
はあ~この二人は全く、とベスは呆れ、先ほど買った飴の可愛らしい袋をイリスに渡した。
「こちらは、エドワード殿下に差し上げようと、先ほどイリス様が選んで買った飴なんです。殿下の好きなクランベリー味を中心に、色がきれいで珍しい味のを探したのですよ」
そう言って、イリスから渡すよう、促した。
イリスは言われるまま、どうぞ、気に入ると良いのだけど、と言いながらエドワードに袋を渡して、少し気恥ずかし気に微笑んだ。
「ここで渡せるとは運が良かったわ」
「ありがとう。嬉しいよ」
今までの強張った雰囲気が消えた。たったそれだけで殿下のこじれた気分が解消され、イリスの怒りも消えていた。
近くの店に入り、窓辺に陣取ってその様子を観ていたロイド達二人は、黙って温かいコーヒーを飲んだ。
「エドワード殿下は相変わらず、イリス様にぞっこんだよな」
「うん、どう見てもそうだ」
「このまま元に戻ってくれると、俺達も助かるな。
でもエミリー嬢のやる気に、火が着いちまっているよなあ。今日もわざとだろ、俺たちを撒いたの。なんだか危ういよ」
「何か出来ると思うか?」
「無理」
「だな」
二人がイリスと別れ、店に向かって歩いてくるのが見えた。エドワード殿下は嬉しそうで、エミリーは悔しそうだった。二人は一緒に居るが、心は違う人を映していた。
こういうのは見ている方も、居心地が悪いものだ。チョコレートのケーキとコーヒーを追加で頼み、二人が着くのを黙って待った。
◇・◇・◇
「この時のことを、ベスが後で喋りまくったのですよ。小娘がお嬢様に一丁前に吠えかかったって。もう散々にこき下ろして、オチは、エドワード殿下は横に立つ女に見向きもしなかった、です」
「そうだったかしら」
「そうでした。私も見ていましたから。ベスの機転は素晴らしかった。一瞬で元のお二人に戻っていましたね」
エミリーは悔しそうな顔をしていた。あのときはどういった関係だったのだろう。お互いに意識し始めた所?まだエミリーの片思い?
「イリス様、また勘違いが始まっているようだから言いますよ。
エドワード殿下は特上の美形です。イクリス様とはまたタイプが違うけれど、とびっきり美しい男です。そこのところ、わかっていますか?」
「わかっているわよ。あの頃も綺麗だったし、今も綺麗だわ」
伯母様が、私はイクリスの方が好み、弟の小さい頃を思い出すわあ、と思い出に浸り始めた。
そして、どちらが好みか統計を取りたいとか、ツーショットの姿絵をぜひ画家に描かせようとか、二人で脱線し始めた。
「ねえ、アイラ。さっきの続きは? 気になるじゃないの」
「あ、そうでした。
……そんな美しくて、富も権力も持った男に憧れない女性はいないと思いませんか。そういう話が全然出なかったのは、殿下がイリス様一筋、他には目もくれなかったからです。
普通は脚の引っ張り合いや、さや当てや、家門間の勢力争いが山程もあって、その挙句に婚約者が決まるものです。そして、その後もあれこれ揉めたりします。でも何もなかったでしょ」
「そうね、なんだか当たり前だと思っていたわ」
「だから、お二人の仲が微妙になった瞬間に、それらの指を咥えて見ているしかなかった女や親やらが、一斉に獲物に襲い掛かったのです。
別になんら不思議ではありませんからね。その中で、運営委員で同じ班になっていたエミリー嬢が、一歩先んじただけなのですよ」
分かったわ。
なんだか、更にエドワードを守りたくなってしまった。
「ちなみに、イリス様がロブラールに来てから一年半、彼は女を一人も寄せ付けていません。有力貴族から寄せられた縁談やらなにやら、全てを拒んでいます。さあて、なんででしょうか」
「まさか、私を待っている?」
「珍しく当たりです。王妃様、シャノワールの一年半は無駄ではなかったですね」
「そうね、やっと十五歳くらいにはなったかしら。伯母としてうれしいわ」
わざとらしく泣きまねをして、目頭をハンカチで拭う。
「あ~、まだまだですけどね。もふもふもいいけど、サラサラもいいですよ。大きくなったエドワード様をかわいがってあげてください。サラサラの良さもきっとわかります」
「あら、意味深ね」
と、伯母が言う。
あ、駄目だ。酔っているわ、この二人。
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