修道院パラダイス

文字の大きさ
37 / 64
第五章 神獣

ベラさんとジョナサン

しおりを挟む
「僕はリディアの側を放れる気は無い」

 トーマス様の言葉に絶句した。そんなことを平然と言わないで欲しい。
 ケイトが私の脇腹を肘で付き、パチンとウインクした。
 ロイは苦笑いだ。

「修道女たちの今までの生活について、聞かせてもらおうか。こちらのお二人に協力してもらえるのかな」

 ケイトとダリアが頷くと、ロイは二人と一緒に応接室に向かった。伯爵家の侍女が一人付き従っている。朝になって、女性が呼ばれたようで、あちこちで忙しそうに働いている。

「今日中に警備兵たちは王都に送り返す。処罰は派遣元の国軍に任せることになるね」

 お父様はカジノに着て行った服装のまま送り出すと言っている。非常に華美な格好だそうだ。さぞや人目を引くだろう。

 修道女たちはどうなるのか聞いたら、嫌そうな顔をされた。

「修道女たちは警備兵の宿舎で過ごしてもらう。その間はわが家から、世話係をつけるしかないね」

「私たちがその仕事をしてもいいですけど」

「駄目だ。周辺から駆り出された兵達が出入りする場だ。どんな男が混じっているか分からないからね。今、修道女の派遣を、周辺の修道院に頼んでいるんだ。もうしばらく我慢して生活してくれ」

 
 昼食の時間にその話を皆に伝えた。思いのほか、皆落ち着いていて、私の言う事にも従ってくれる。
 それで、私は朝と夕方に外部棟に出向き、捜査の進捗を聞くことになった。
 そういった生活を続けて三日目、夕方に外部棟に行くと、一人の修道女がお父様と話していた。

「リディア、こちらにおいで。紹介しよう。ベラ修道女だ」

 振り向いた修道女は、驚くほど華やかな女性だった。
 美貌はもちろん、パアっと周囲を照らすかのような、陽気な雰囲気を振りまいている。

「リディア。ハントです」

「まあ、本当にアリスの若い頃とそっくり。これならジョナサンが間違えて出てきても、おかしくないわね」

 そうだった。ジョンサンだ。なぜか彼はこの三日間出てこない。どうしようか、と青くなった。

「彼女が移籍の手続き中だったので、繰り上げて先行派遣してもらうことになった。今日から君たちと一緒に生活してもらう」

 私はベラさんを本棟に案内した。彼女もここで1年暮らしていたので、形式的なものだったが、十七年前との違いを色々と教えてもらえた。
 以前は中庭は綺麗に整備され、花が咲き乱れていたそうだ。見習い修道女の宿舎ももっと綺麗で、花や絵画が飾られていたという。

「あの頃、こんなひどい所は無いと思っていたけど、今と比べたらぐんとマシだわ。今はまるで捕虜の収容所みたい」

 ベラさんは見ている景色が信じられないようで、時々頭を振っている。
 私たちにとって、ここは最初からこうだったし、修道院に入るのも初めてで、こんなものとばかり思っていた。他の皆も多分そうだろう。

「まずは環境を整えないとね。内部の戒律や生活に関しては、夕食の時に挨拶して、皆の様子を見てからにします」

 そう言ってから私をじっと見た。
 そして唇を指でなぞってから、ニコッとした。

「痩せているけど、元気そうね。気力も有りそうだし、精神面の追い込みは無いのかしら」

「そういえばそうですね。お金請けのために、経費を色々削られただけ、かもしれません」

「私がいた頃の院長は、若い娘をいびるのが趣味みたいな人だったけど、どっちを選ぶのも嫌だわね」

 そっちのほうが嫌かもしれない。神経が参ってしまう。
 それでも今の方がほうがましだとは言いたくない気分だ。やはり前の修道院長も今の修道院長と同類なのだ。重くなった気分を追い払いたくて、私は最近になって改善された部分を伝えた。

「最近は、食事の量が増えたので、みんな少し元気になりました。修道女用の食材をくすねているのと、お父様の差し入れのお菓子のおかげです」

 ベラさんはとても綺麗に微笑んだ。

「さすがラリーとアリスの娘ね。頼もしいわ」

 食堂で全員がそろうと、ベラさんが祈りの言葉を述べ、それから自己紹介をした。昔の修道院の様子も少し話して、明日から少しずつ、全てを良くしていきましょうと締めくくった。

 食事の内容は、豪華版だ。
 普通の人からすれば、ごく普通だろうけど、私たちにとっては違う。
 ポークステーキの厚さが一センチ以上ある。付け合わせのジャガイモが、クリームで煮てある。そして、パンがどっしりしたクルミとイチジク入りなのだ。
 手が震えてしまう。

 様子を見ていたベラさんが、明るい大きな声で言った。

「これからは毎日、この程度のボリュームを約束するわ。遠慮しないで全部食べてね」

 その言葉に、初めて食事中に話し声と、笑い声が上がった。

 食事の片付けが終わり、部屋に戻ると、105号室にベラさんが来ていた。
 多分、ジョナサンに会いに来たのだろう。だけど今夜出てきてくれるかは、全く分からない。

「ジョナサンに会いたいのだけど、彼はここにやってくるの?」

 ズバッと聞かれ、私は口ごもった。そして首からクロスを外し、ベラさんの目の前にかざした。

「このクロスと関係があるようなのです。ただこの三日間,姿を見せていなくて、それがなぜかは解りません」

 ベラさんがクロスに手を伸ばしてきたので渡すと、しげしげと見つめ、しょんぼりと肩を落とした。

「綺麗な玉ね。今夜は会えないのかしら。ラリーの前には出て来たのに、私には姿を見せてくれないなんて、ひどい人ね」

 喜怒哀楽がすごくはっきりした人のようだ。そんなベラさんを見て、ダリアが考えながら話し始めた。

「三日前に、このチャームが水色に変化した時、リディアはラブレターを握っていたわよね。これはリディアの気持ちに連動しているのかもしれないわ。とりあえず、もう一度、あの手紙を読んでみてはどうかしら」

「あ、そうね。試してみましょう」

 そう言ったのはケイトだった。ケイトは私の肩を押して、ベッドサイドの机の前に押して行った。手紙は引き出しにしまってある。

「さあ、出して読んでみて」

 気は進まないけれど、落ち込んだベラさんを見ると、出来ることはしてあげたくなる。
 それで手紙を出し、思い切って広げた。横目でこわごわ読んでみた。愛の言葉の羅列は、目に痛い。私には刺激が強すぎるのだ。

「駄目、心臓に悪いわ」

 そう言って、手で赤くなった頬を抑え、手紙を机の引き出しに戻そうとすると、突然にジョナサンが現れた。

「やあ、今晩は。捕り物はどうなったの」

「ジョナサン。今までどうしていたの。心配したのよ」

 私は思わずなじってしまった。そしてすぐに、ベラさんの事を思い出した。彼はベラさんに背を向けているので、まだ彼女には気付いていないようだ。

「ジョナサン、落ち着いて聞いてね。院長達が捕まったので、ベラさんがこの修道院に移籍してきたの。落ち着いてちょうだいよ、いいわね!」

「ジョナサン」

 そう叫ぶなり、ベラさんがジョナサンの背中に飛びついた。ジョナサンは振り向いた時の驚いた顔を残し、体がばらけてしまった。私はベラさんをそっと一歩下がらせた.

「ベラさん、少しの間動かないでくださいね。ジョナサンがもう一度集まりますから、待ってください」

 ベラさんは目を丸くしている。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

王命により、婚約破棄されました。

緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気

ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。 夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。 猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。 それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。 「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」 勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話

【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…

まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。 お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。 なぜって? お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。 どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。 でも…。 ☆★ 全16話です。 書き終わっておりますので、随時更新していきます。 読んで下さると嬉しいです。

冤罪で追放された令嬢〜周囲の人間達は追放した大国に激怒しました〜

影茸
恋愛
王国アレスターレが強国となった立役者とされる公爵令嬢マーセリア・ラスレリア。 けれどもマーセリアはその知名度を危険視され、国王に冤罪をかけられ王国から追放されることになってしまう。 そしてアレスターレを強国にするため、必死に動き回っていたマーセリアは休暇気分で抵抗せず王国を去る。 ーーー だが、マーセリアの追放を周囲の人間は許さなかった。 ※一人称ですが、視点はころころ変わる予定です。視点が変わる時には題名にその人物の名前を書かせていただきます。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました

er
恋愛
両親を亡くし、叔父に引き取られたクレアは、義妹ペトラに全てを奪われ虐げられていた。 宮廷楽師選考会への出場も拒まれ、老商人との結婚を強要される。 絶望の中、クレアは母から受け継いだ「音花の恵み」——音楽を物質化する力——を使い、家を飛び出す。 近衛騎士団隊長アーロンに助けられ、彼の助けもあり選考会に参加。首席合格を果たし、叔父と義妹を見返す。クレアは王室専属楽師として、アーロンと共に新たな人生を歩み始める。

処理中です...