修道院パラダイス

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第六章 新しい修道院

最終回

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 しばらくしてから、同席の夫人がガストンの噂を持ち出した。

「あの方、私の友人の娘に言いよっているのですけど、今日の事は伝えておくつもりです」

「それがよろしいと思います。王太子妃様が出席なさっている茶会で、修道女に変な絡み方をするなんて、先が思いやられますわよ」

 娘を持つ年代の婦人たちが意見交換を始めた。それには私も同意だった。

「軽率なところがあるようですね」

 もっと色々言いたかったが、私は一言だけで我慢した。
 そんな私とは逆に、カミラはすましている。いかにも私は興味がありません、という雰囲気。それから私に向かって素早くウインクした。
 心配することはなかったようだ。

 お茶のおかわりを、王太子妃様の侍女が持ってきてくれた。さっきの騒ぎを気遣ってのことだろう。

 ロイとホープが、その後に付いて来ている。二人はバラを五本ずつ持っていた。

「カミラ、ありがとう」

 ホープが衣を指差してにっこりした。すごく気に入っているようだ。
 そしてバラを、侍女が差し出した花瓶に入れた。ロイの分も入れて、豪華な花瓶がテーブルに飾られた。

 ロイがテーブルについている女性たちに、礼儀正しく挨拶し、少しリディア嬢と話したいと申し出た。
 比べるのも失礼だけど、先ほどのガストンとの違いに感心してしまう。
 女性たちもにこやかなままだ。

「神獣様は会議に出ていらっしゃったと思うのだけど、もう終わったのですか?」

 ロイが、あまり話せないホープに変わって、答えてくれた。

「神獣様は、つい先ほど私のところに歩いてやって来ました。他の方々の姿が見えないので、まだ会議中だと思いますよ」

 私がホープに直接問いかけると、つまらないから出てきたと答えた。誰も神獣様を止められなかったのだろう。

「神獣様は衣をとても気に入って、これを保管して欲しいそうです。ジョナサン殿からの伝言です」 

 ロイは走り書きした紙を、私に手渡した。リディアに持っておいてほしいってさ、と書かれている。

 帰ってからでいいかしらと聞いたら、もう帰ると言い出した。そして肩布を外し始めた。

「ロイ様、ちょっとお手伝いをお願いします」

 慌てて、肩布の片隅を持ち上げ、反対側をロイに持ってもらった。淡い銀色の光を放つ、白い少年の体が、陽の光の中で揺らめいた。
 次の瞬間には、ホープは銀色の馬に変身していた。
 私とカミラに軽く頭を擦り゙つけ、ロイには挨拶するような動きをしてから消えていった。それを見ていた周囲から、ホウッとため息が漏れた。

「どちらのお姿でも美しいわね」

「神獣様は小さな子馬だったと伺っていますけど、もっと成長されるのかしら」

「成長のペースはよくわからないのですが、もっと大きくなるでしょう……」

 このとき初めて、殿下の忠告が実感を伴った。同い年くらいまで成長したホープには、衣を着せたり゙できないだろう。
 私は言いかけた言葉を続けた。

「これ以上大人になったら、服を着せるお手伝いはできませんね。今は可愛い少年だからいいけれど」

 それはそうね、と言い合う女性達に、ロイが約束してくれた。

「私が教育係として、神獣殿に人間のルールを教えています。ご安心ください」

 ロイが去ってしばらくすると、会議に出ていた人々が出て来た。
 そこでお茶会は終了し、当主と落ち合い客たちは帰って行った。

 残ったのは王族と、修道院関係者、それにハント伯爵家の関係者だけだ。
 その中になぜかグロリア嬢もまざっている。ユーリ殿下と婚約が決まったそうで、王族関係者になったらしい。
 なぜかとても自慢げな表情でこちらを見ているが、面倒なので無視する。そうすると余計に目を惹こうと寄って来るのがうっとおしい。
 こういう人たちは、自分がうっとおしがられていることを、自覚していないのだろう。なぜこんな風に構って欲しがるのか理解できない。
 ユーリ殿下とグロリア嬢が私の目の目までやって来た。そうするともう、見ない振りもできない。

「お久しぶりね。リディア嬢。お元気でした?」

 グロリア嬢が嬉しそうに話し掛けて来た。
 ユーリ殿下は会議に出ていたので、修道院の過酷な環境を聞いているはずなのに、私に対してすまなく思うこともないようだ。以前と余り変わらない上から目線のまま、私を見下ろしている。

「お二人は婚約されたそうですね。おめでとうございます」

 ありがとうとも答えず、私の様子を伺っている。まさかだけど、私が悲しんだり悔しがったりすると思っているのだろうか。見た感じ、そのようだ。今日の私は女優なのだから、それに会わせておくことにした。

「お二人はとてもお似合いですわ。私ではとても釣り合いませんでした」

 そう小さく言って、下を向いた。これで満足してくれると助かるな、と思う。
 ちらっと上目遣いで見上げたら、満足そうな二人の顔が目に入った。やはりこれが正解だったようだ。もうあまり、面倒ごとに巻き込まれたくはない。

「君も少しは反省して大人しくなったようだ。トーマスの婚約者になったことだし、この先は二人で私たちにしっかりと仕えるのだな。私の寵愛が消えないよう励みたまえ」

 ユーリ殿下が満足げに言った。

「私も、あなたの態度次第では、取り巻きに加えてあげないことも無いわ。今後のあなたの様子を見させていただくわね」

 ものすごく上から目線だ。
 この二人は、現状を正しく見ることが出来ていないようだ。私は淑やかにお辞儀をして、おいとまの言葉を述べた。

「それでは、お二人の新しい生活が、楽しいものであることをお祈りいたします。ごきげんよう」

 二人は少しきょとんとした後、なんとなく不安げな顔になった。
 私はそのまま背を向けてみんなの待っている場所に向かった。お父様と、ロイとトーマス様一家、それと王太子夫妻、見習い修道院女達。
 そこから後ろを振り返ると、ユーリ殿下とグロリア嬢が二人きりでポツンと立っているのが見えた。

 ごきげんよう。
 あなた方二人は、辺境の地を領地としていただき、そこを収めて暮らすことになる。別に国の防衛のための要衝でも、交易の要でもない、ただの僻地だ。
 グレイ侯爵家も没落への道を転げ落ちている最中で、助ける余裕などない。
 我がハント家の敵であり、王太子殿下の側近になったトーマス様、ロイ、ジョナサンとその妻の敵である彼らを、助けようとする人間はいない。必死に何とかしようとしていた王も、既に敗北を認めている。
 
 私はゆっくりと彼らに向かってきれいなお辞儀をした。

「リディア、これで終わりでいいのか」

 お父様が私にもっと追い込まないかと言ってくるが、もうどうでもいいと思う。
 私にはこれからの方が大切なのだ。やりたいことはたくさんあるし、やらなくてはいけないこともたくさんある。彼らに力を使う気は起こらないし、つまりはどうでもいい。
 この数か月後には、今の見習い修道女は全員ここを離れることになっている。カミラと後五人がここに残り、修道女になることを希望している。

 これからは皆新しい道に踏み出していくのだ。
 私は、こちらに手を伸ばして待っているトーマス様の方に、ゆっくりと歩きだした。

おわり
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感想 1

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みんなの感想(1件)

ぱんださん
2025.08.09 ぱんださん

展開が読めず続きが楽しみですが、リディアたち3人の友情が深まっていく様子を見ているだけでも和みます。
パラダイスって皮肉なのかこれから本当にパラダイスになっちゃうのか、タイトルも気になります。

2025.08.11

感想ありがとうございます。
リディアを中心に、変えられていく修道院の様子をお楽しみに。

解除

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