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Chapter1

02 水道橋って何?

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 やばい。街中にやばいのがいっぱいいる。一つ目ゴリラとか、頭が三つある大蛇とか。間違いなく野生動物ではない。ゲームに登場するモンスターとしか言いようがない。

 モンスターに見つからないように逃げ回っているうちに、ビルに挟まれた小さな神社の前を通りかかった。神社は安全な気がする! 俺は根拠のない直感に従って神社に飛び込み、賽銭箱の陰に隠れた。

 まじでやばかった、死ぬかと思った。そしてまだまだこの後も引き続き死ぬかもしれない。
 とにかく、落ち着いて、深呼吸だ。ちゃんと落ち着いて考えればわかるはずだ。

 学校から帰る途中だった。中間テストが終わって、いつも一緒に帰るやつらが今日は居残りだったから、ひとりで駅に向かって歩いていた。で、最近はじめたばかりのゲームアプリ「トリニティ・ファンタジア」、通称「トリファン」をプレイしながら歩いてて――そんで急に立ちくらみがして――気がついたら一つ目ゴリラが目の前にいて、水道橋から人が消えていて、トリファンに出てくるモンスターに遭遇して逃げ出して、今に至る。

 落ち着いて考えてもなにもわかんねえなあ!
 とにかく助けを呼ばないと。とりあえず両親に連絡を取ってみるか。

「もしもし母さん、おれおれ、俺だけど!」

 焦りすぎて振り込め詐欺みたいになってしまった。まあでも俺の番号が表示されるから大丈夫でしょ――と思ったら。

「繧ゅ@繧ゅ@?溯ェー?」
「……はい? なんて?」
「縺吶>縺セ縺 帙s縲?崕豕「縺  梧が縺?∩縺 溘>縺ェ縺   ョ縺ァ 縲√%縺。繧 峨°繧画釜繧願ソ斐@縺セ縺」

 聞こえてきたのは、ガザガサした不気味な声だった。
 時折音声がクリアになっていつもの母の声に聞こえるけど、なんて言っているのかひとつも聞き取れない。

「ちょっと、もしもし!? なにその謎言語! すげー手の込んだ振り込め詐欺対策だとしても息子の俺とちゃんと話し合った上で決めなきゃ意味なくない!?」

 っていうかそんなこと言ってる場合じゃなくて! 現状を説明しようとしたけれど、ひとつも意思疎通が出来ないまま通話が打ち切られてしまった。

 えっ。どうしよ。次は父に連絡してみるか? と思ったけど、画面をタップしても反応しない。

「えええマジかよ何で!?」

 よく見たらスマホの画面が思いっきりバグっている。さっき落とした時に壊れてしまったのだろうか。文字化けしてアイコンの色が変色して、全体的にノイズがかかったようになっている。
 こんなピンチでスマホまで使えなかったら本気でやばい。

「頼む! 直れ! なんでもいいからどこかとつながってくださいおねがいします!」

 両手でスマホを挟んで社に向かってお願いする。神様的には「そんな無茶振りされてもなあ」と思われますでしょうがそこをなんとか!

 ぴこーん、となにかの通知音がした。

 やった祈りが通じた!? 神様マジ神対応! スマホを見ると《ダンジョン発見! 同盟の仲間と挑もう》と、トリファンの通知が出ていた。

「ゲームやってる場合じゃねえんだよ!!!!」

 逆切れしてスマホをぶん投げそうになってしまう。
 でも、待てよ。この通知は文字化けしていない。もしかして、と思いながらトリファンのアイコンをタップする。すると何事もなかったように反応してゲームの画面が開いた。ちゃんと普通に操作できる。

 このゲーム内でチャットができたはず。同盟のチャットルームを開くと、ちょうどリリアねえさんが他のプレイヤーと攻略のやり取りをしていた。リリア姐さんは、俺がトリファンを始めた時に一番最初に同盟に勧誘してくれた人だ。この人いつ見てもログインしてるなあと思ってたけど今はめちゃくちゃありがたい!

 流れをぶった切って〔すいません、ちょっと助けてください〕と打ち込むと、すぐにリリア姐さんが〔あら、どしたの?〕と返事をくれた。あああよかった! まだなんも解決してないけど、人と連絡を取れただけでめちゃくちゃほっとする。

〔水道橋にいるんですけど、いきなり人が消えてて〕
〔変なゴリラとかいるし〕
〔しかも電話もメールも出来なくて〕
〔どうしたらいいかわからないんです〕

 続けてそれだけ打ち込む。
 レスがない。
 うーん! ですよね! いみわかんねえよな! 完全に頭のおかしい人だと思われてるっぽい。ブロックされたらどうしよう。

 しばらく間を置いて、リリア姐さんから〔水道橋って何?〕と返ってきた。
 んんん? 水道橋って水道橋ですけど!? あ、そうか水道橋って地名自体は首都圏在住の人以外にはそんなメジャーでもないのか!?

〔後楽園がある駅です。ドームと遊園地がある。東京都、千代田区の〕

 またしばらく間を空けてから、〔後楽園って岡山県の?〕と返ってきた。

「ちっっっげーよ東京都だっつってんだろ!!!!」

 あああもう落ち着け俺! 逆切れ祭りを開催している場合じゃない。

〔ちがうんです、東京なんです〕

 もう場所のことはいい。なにか情報がほしい。たとえば東京都内で緊急事態――謎の研究所から実験動物が逃げ出して避難命令が出てるとか。それで体調不良で倒れている間に俺だけ取り残された、とか。
 理由はともかく、日中の都心から人が消えてるんだから、なんらかのニュースになってるはずだ。

〔今都内でなにかきんきゆ〕

 入力している途中で画面がフリーズする。

「あっ、ちょっ、まっ!」

 画面がぷつりと消える。完全に暗くなって、もうホームボタンを押してもスリープボタンを長押ししても反応しなかった。

「マジかよ……!」
「ぴぴう」

 俺が絶望するタイミングを見計らっていたみたいに、賽銭箱の陰からマシュロマが飛び出てきた。

「げっ、やば……!」
「ぴう」
「ぴぴぴ」

 立ち上がって逃げようとしたけれど、反対側にもマシュロマが二体もいた。神社の境内にも、いつの間にか何体も集まってきている。

「んんんぎいい! ぎえええええ!!!!」

 俺は咄嗟に賽銭箱の上に飛び乗って、威嚇の声をあげながら鈴緒をつかんで鈴をめちゃくちゃに鳴らした。神様さーせん! 今ちょっと命がけなので! ガランガランと派手な音を立てたら、マシュロマたちはぴょこぴょこと飛びのいて俺から離れた。

 よし、威嚇は効果ありだ。なにか武器になるようなものを振り回しつつ、マシュロマたちの囲みを突破して逃げよう! 武器になるようなものといえばなんだ? 丸太とか? 丸太的なサムシングを求めて境内に視線をさまよわせていたら、ズシン、ズシンと地響きがした。その音は段々と大きくなってくる。

 嫌な予感しかしない。確認したくないけど、恐るおそる神社の入り口の方を振り返る。鳥居よりも大きな、石でできた巨人が姿を現して、赤く光る目を俺に向けた。
 ……あ~。なるほどね。俺が鈴を鳴らしまくったから。呼んじゃったわけですね。

 石の巨人、ゴーレム的なモンスターは腕を振り上げ、バキバキと豪快な音を立てて鳥居をぶち壊した。俺のすぐ近くまで鳥居の破片が飛んできたけれど、でか過ぎて武器にできそうにない。っていうか武器にできたとしてもあんなバカデカゴーレムと戦えるわけがない。つまり詰みってこと。

 いや冷静に現状を分析している場合じゃない。死にたくない、まあ死んだら死んだで仕方ないって感じだけど、あんなでかいのに潰されるのも、マシュロマに喰われて死ぬのも痛そうだからいやだ!

 俺の願いにNOを突きつけるように、マシュロマたちがぱかぱかと口を開けていく。ゴーレムは地響きを立てながら境内に足を踏み入れ、俺に向かって手を伸ばそうとしている。

 ちくしょう、トリファンのモンスターが出てくるならトリファンのキャラクターも出てきてくれよ! 俺のリュカならマシュロマなんて一撃でやっつけられる。きっとあのゴーレムだって楽勝だ。

「ぬわあああ!」

 マシュロマの舌がシュッと伸びて、俺の足首に巻きつく。鈴緒をつかんで音を鳴らしてみたけれど、もうひるむ様子はない。鈴緒にしがみついて抵抗するけれど、ものすごい力で引っ張られる。ぎざぎざの牙がギラリと光る。

 ああもうダメだ死ぬ――――!

 そう思った瞬間、スマホがカッと光った。
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