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Chapter1

21 アンスマーリン・リリア

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 ――神託。
 それは神に全てを捧げた使徒にのみ下される、神のご意思。
 神託に従い、禍々しき闇の異界の脅威を打ち払うことこそが、我ら使徒の使命であり、至上の喜び。
 戦いに身を投じることを恐れ、躊躇することはないのだが。

「また敗北したのか、我らは……」

 我らがリリア神を奉る教会の、聖なる祭壇の前で目覚める。
 ダンジョンの敵に破れ、拠点に戻ったのはこれで十回目。
 これまで幾多の戦場を駆け抜け、数多の勝利を収めてきた。最強といって障りない。その驕りを打ち砕くかのような、異例の事態だった。

 打ちひしがれる使徒たちを鼓舞するかのように、祭壇が光る。今一度ダンジョンに赴けとのご神託だ。
 声としてではなく、心に直接響く神のご意思。
 至上の神とのつながりに、心が奮い立つ。
 神が、我らを必要とし、役割を与えてくださっているのだ。

「さあ、みなのもの、神託が聞こえただろう。出陣だ!」

 祭壇の前に現れた転送魔法陣に、選ばれた使徒たちが集まる。

「姉様、ご武運を」

 編成から外れた弟に見送られ、再びダンジョンへ。
 変わった造作のダンジョンだが、 我らの心にあるのは神の望みを叶えることのみ。雑輩を蹴散らし、ダンジョンの主に戦いを挑む。

 使徒は戦場で命を落とすと、記憶を失う。拠点を出たということは覚えているし、死して戻ったということも理解できるのだが、勝利を掴まぬ限りは経験を積むことはできないのだ。
 ただ、既視感はある。「神の眼」のお力を賜り、対峙する敵の情報を得る。

 ――カドメイア・ドラゴン。

 毒の霧。尾による強力な打撃。動きは単調であるが、強い。即座に回復し、あらゆる状態異常魔法を瞬時に治してしまう。いかなる防御魔法も貫通する反撃もやっかいだ。
 今回の編成は攻撃力重視。リリア教団内でも名うての戦士が揃っている。強化魔法を用い、更なる戦力増強を試みる。

「アンスマーリン! 避けるのじゃ!」

 ユエリンが叫ぶが、意識を集中していた為に反応がわずかに遅れる。
 巨体による強力な突進。回避は間に合わない。咄嗟の判断で防御魔法を張り巡らせたが、吹き飛ばされてしまう。

「……ぐっ!」

 壁に激突し、床に転がる。
 衝撃で気が遠くなるが、全身に稲妻のように走る激痛のおかげで失神を免れる。
 足が折れた。内蔵の損傷もあるだろう。しかしこの程度であればすぐに回復して――。

「おわあああ! 大丈夫ですか!!!!」

 唐突に姿を現した少年に声をかけられて、驚く。
 他の教団の使徒らしい。
 神の眼で少年の所属を確認する。
 ニーナ・チョココロニー……見ない顔だ。神に選ばれし全ての使徒が集う我らがリリア教団にいないということは、本人の言う通り新参の使徒なのだろう。不可侵の掟を知らないというのは解せぬが。

 私が回復魔法を使う様子を見て、ひどく感心している様子。
 変わった使徒もいるものだ。
 まだ新興の教団のようだが、この場にいるということは我らがリリア神が同盟を結ばれた教団であるということだ。
 健闘を祈り、再び前線へ駆け戻る。


 戦況は悪化の一途をたどっていた。
 いくつもの教団が全滅し、戦場に復帰する者達の数も減っている。
 残った戦士たちと協調して挑むも、強力な攻撃と強靭な回復力を前になす術がない。戦線を維持することすら難しい。一方的に甚振られるだけだ。

 ――こんな時、死の記憶がなくて良かったと思う。
 何度もこのような絶望を味わっていては、再び立ち上がるのが困難になるだろう。そう思うのは私の弱さゆえか。
 強くありたい。リリア神の為に。

 攻めあぐねていたら、後方でおかしな気配がした。
 どうやら使徒同士で揉めているらしい。こんな時に何事だというのか――。

「ギェアアアアアアア!」

 敵が忌々しい叫び声を上がると同時に、巨体を浮かせ後ろ足で立ち上がる。あれは、突進の予備動作だ。
 狙いは恐らく、揉め事が起きている後方の集団。人が集まりすぎている。

「其方へ行くぞ!」

 私の声が聞こえたかどうかはわからない。突進に数人の使徒が巻き込まれ、光となって神の御許へ帰ってゆく。

「嗚呼……神よ……」

 膝を折り、我らが神に祈りを捧げる。
 残された時間はわずかだが、神託は響いてこない。
 リリア神よ、どうか、私たちに戦えと仰せ付けください。この身の全てはリリア神のもの。力及ばずとも、最後まで御為に戦い抜きたい。どのような苦痛も、絶望も、我らには聖なる試練であり、名誉なのだから。

「――違う、そういうことじゃない」

 思ったよりも近くから他の使徒の声が聞こえて、祈りを中断する。
 瓦礫の向こう側に他の教団の使徒がいるらしい。回り込んで様子を伺うと――そこにいたのは、先ほど私に声をかけてきた少年。ニーナ・チョココロニー。

 ――角がない。
 なんということだ、使徒の中に魔人が紛れ込んでいるとは。「神の眼」で見る限り、我らと同じ使徒のようなのだが……幻術の類だろうか。先ほど他の教団の使徒たちが揉めていたのは、彼の者が原因か?

 魔人は神をも畏れぬ邪悪な存在。退治しなくてはならない。
 姿勢を低くして、静かに接近する。仲間となにやら話し込んでいた様子だったが、不意に膝をついた。
 好機。経典をぐっと握り直し、脳天に裁きの一撃を下さんと振りかぶったのだが。

 ――泣いている。

「俺は、守りたい。みんなが守りたいと思っているこの世界を、俺も守りたい」

 頭を垂れて、祈っている。

「だから――頼む。力が、ほしい。この世界を平和にしたくて、必死でモンスターと戦っている人たちを、後押しできるだけの力がほしい」

 朴訥に希う。その真摯な姿は、とても魔人とは思えない。
 一体何に向かって祈っているのか。
 彼の者の足元にあるのは――――神器。
 神器に涙が零れ落ちた時、神器が光り輝いた。

 眩い光の奔流。神器だけではない。彼の者の頭部に、光の粒子が集まってゆく。
 光が形作ったのは、美しく、神々しい、光の角。

「アンスマーリン! この光は!? あの者は一体……!?」

 我らがリリア教団の仲間たちが異常に気付き、駆け寄ってくる。

「恐らくは――」

 これは、奇跡。奇跡の光だ。
 彼の者の正体は、魔人ではない。

「神が、降臨なさったのだ」
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