歩きスマホしてたら異世界に迷い込んじゃったけど世界って救う必要ある?

るき

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Chapter2

05 三十六計

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 私の膝丈ぐらいの大きさ。くりくりっとした目に、小文字のオメガに似た形をした口。小さな手足。
 かわいらしい、ゆるキャラのような姿をしてはいるけど、不気味な雰囲気。見ていると鳥肌が立つ。

「――あなたは、話が通じる?」
「ぴぴ」
「私を食べようとしてる?」
「ぴぴう」

 コミュニケーションを試みている間にも、周囲に同じ姿をした生き物が集まってくる。ぱっと数えて十匹ぐらい。多分後ろにもいる。

 最初に現れた一匹の口が、びっと横に裂ける。ばかりと大きく開いた牙だらけの口めがけて、私は消火器を噴射した。

「ビャアアア!」

 耳障りな叫び声が上がる中、息を止めて消火剤を撒き散らす。周囲が見えなくなるぐらい噴射してから、消火器を置いて駆け出す。

 目的地のドームは九時方向だったはず。見当をつけて煙から出ると、少し位置がずれていた。方向を修正して駆け出したら、さっきまで私がいた場所にびゅっと何かが飛んできた。遠ざかりながら振り返って確認する。白い怪物が、ゴムホースのような長い舌を伸ばしていた。偶然避けられたけれど、あれにつかまったら危ない。

 しばらく走ったら、またタブレットから音が鳴って、足を止める。曲がり角の先に何かがいる気配。でも戻るのは危ない。
 私はカフェの事務所から持ち出した画鋲の入った箱をポケットから取り出して前方に投げた。物陰から三本の長い舌がびゅっと伸びて、そのうちの一本が箱をキャッチして巻き取る。

「ビャアッ!」

 怪物の鳴き声がしたと同時に、前方に飛び出す。

「私は美味しくないよ!」

 叫びながら駆け抜けると、白い小型の怪物たちは驚いたように飛びのいた。
 良かった、効いた。それに、他の個体の失敗から学んで私を警戒した。学習能力があるなら、対応の幅が増える。

 ドームまであと少しというところで、またタブレットが通知音を鳴らした。一拍間を置いて、建物の影から大型の怪物がのそりと姿を現した。
 最初に出遭ったのと同じ種類の怪物。食べられそうになった時の恐怖感が蘇って足がすくんだけれど、不思議と冷静だった。さっき「助けて」と言えなかった時よりは、気持ちが落ち着いている。

 警戒しなければならないのは、あの大きな腕と牙だ。怪物が動くと同時に、私は後ろに飛びのいた。
 岩石みたいな怪物の手が空を掴む。風圧だけでよろけそうになるけれど、怯まずにガス缶を投げた。これはカフェの厨房から拝借してきたのだけど、役に立つかどうか。
 怪物はガス缶に喰らいつき、がちん、と音を立てて噛み砕く。その瞬間火花が散って、ガスに引火して爆発した。

「ギャオオオオッ!」

 思惑以上の効果。でもあの巨体を倒せるほどの威力ではない。怪物が爆破に気をとられている間に走り出す。足がもつれて途中で転ぶ。無様でも何でもいい。私は転がるようにドームに駆け込んだ。

 暗い廊下を駆け抜けて、物陰に隠れる。怪物が追ってきている気配はない。近くにいるのはタブレットだけだ。

「あなたが怪物を呼んでるの?」

 返事を期待せずに尋ねてみると、タブレットはあわてたように全身をぶるぶると横に振った。今の動きは、もしかして「いいえ」と答えたのかな。

「怪物の接近を、教えてくれている?」

 今度は「うん」と肯くように、体を何度も縦に傾けた。

「そっか……」

 ――意思の疎通ができる、のかな。偶然そんな動きに見えただけかもしれないけど。

 このタブレットは、私が思う以上に役立つのかもしれない。「トリファン」というアプリのことも気になる。人探しよりも、こちらの検証を優先するべきかな。
 どちらにせよ、もう少し安全な場所まで移動してから。

 私は立ち上がって、制服についた汚れを払いながら自分の体を確認した。
 途中で何度か転んだけれど、擦りむいていない。不自然なぐらい無傷。あれだけ走ったのに息も上がってない。緊張状態で、疲れを認識できていない……にしては、やっぱり不自然な感じがするけれど。その点は今考えても仕方ない。

 耳を澄ませて、周囲の様子を窺う。複数の人がいるような気配や物音は全然しない。もし街の人たちがここに避難してきているのならバリケードが築かれていそうだけど、そういった形跡はない。
 避難所になっている可能性は低そう。でも一応中まで調べてみることにする。カフェから持ち出したものは全て使ってしまったから、怪物の気を逸らすのに役立ちそうなものも探さないと。

 慎重に奥まで進むと、広い空間に行き当たった。全体的に暗い。薄闇に目を凝らすと、客席に囲まれた、野球グラウンドが見えた。
 土に、白いベース、緑の芝生。大きなエキシビジョン。その光景には特に変わったところはないのだけれど。中央にいる、羽の生えたトカゲのような姿をした超大型の怪物には、違和感しかなかった。
 タブレットは音を鳴らしていない。

「あの怪物は、まだこっちに気付いてない、よね?」

 小声で尋ねてみると、タブレットは「うん」と頷くような仕草をした。
 あの超大型の怪物に気付かれたら打つ手がない。静かに立ち去ろうとしたら、私が入ってきた方向から、カツカツと床を打つ音が聞こえてきた。

 怪物? それとも、私と同じく、怪物から逃げている人?
 でもこの、ヒールで走っているみたいな足音は。

「ヨミさまぁあああああああアアアアアンッ!!!!」

 角の生えた上半身裸の女性が私めがけて突進してくる。女性は頭からスライディングするように床にすべり込み、私の足にがっしりとしがみついた。

「ひえっ!」
「こちらにおわしたのですねヨミ様ァ! あああヨミ様、なぜ私を置いて行かれるのです!? このレイラの体も心もヨミ様のモノです! 頭の先からつま先まで、髪の毛一本に至るまで全てがヨミ様の所有物! お命じくださればなんだっていたしますゆえ! どうかおそばにおいてくださいませぇええええええ!!!!」

 静まり返っていた空間に、女性の叫び声がわんわんと反響する。

「あっ、あのっ、しずかにしてください……!」

 私の願いも虚しく、タブレットが通知音を鳴らす。それら一切の音をかき消すように、超大型の怪物が雄叫びを上げた。
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