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Chapter2
06 Hカップ地獄谷
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地響きを立てながら、超大型の怪物がこちらめがけて突進してくる。巨体に似つかわしくない素早さ。今すぐ走って逃げたいのに、足元には女性が絡みついている。
「神のご命令よ! 静かになさい!」
女性は私の足にすがりついたまま膝立ちになって、右手を超大型の怪物に向けて振りかざした。
空中に、細かな文様が刻まれた光の円が現れる。ファンタジー世界の魔法陣のように見えるその文様がまばゆく輝くと、私たちに接近していた怪物はぴたりと動きを止めた。四つの眼球に、魔法陣と同じ文様が浮かび上がっている。
「這い蹲りなさい」
女性が威厳のある声で命じる。超大型の怪物は大人しく従った。
「アハハハ♡ 躾のなってない家畜以下、虫以下のカスにふさわしい格好ねえ♡」
今度は少女のようにころころと笑う。
非常識の塊みたいな存在に言葉を失う。
でもこの人はきっと怪物ではない。感情がある。言葉を交わせる。私を攻撃しようとしない。それどころか私を助けてくれた。
この人に助けを請うべきなのだと思う。でもとりあえず手を離してもらいたいし距離を取りたい。
離れようと身動ぎすると、女性が勢いよく顔を私の方に向けた。
「ねえヨミ様ッ! 私、御役に立ちますでしょう!?」
「えっ!? はっ、はい……!」
迫力に押されて、つい「はい」と答えてしまう。役に立つなんて上から目線の態度じゃなくて、助けてもらったお礼と、逃げてしまったことを謝らないといけないんだけど。
「この悪しき者は、ヨミ様が私に授けてくださった隷属と強化の能力により、完全なる私の奴隷となりました。私の奴隷ということはヨミ様の奴隷♡ ご命令くだされば何でもいたします。例えば……」
女性は最初に出会った時と同じように鞭を具現化させ、床を打った。
「おすわり! 伏せ! 三回まわってワンとお言い!」
よく通る声で命令を下すと、超大型の怪物は大人しく女性に従った。
座るような姿勢に、伏せ。三回まわって「ギャオ」と吼えたところで「ワンとお言いと命令したのよ! この汚らわしいゴミが!」と女性に鞭で打ち据えられ、超大型の怪物は「ギャオォン……」と悲しげに吼えた。
――すごい。どういう原理なのか全く理解できないけれど、この女性は超大型の怪物よりも強い。そして恐らく、街中にいるどの怪物たちよりも。
私の顔は青ざめていたのだと思う。怪物を隷属させて満面の笑みを浮かべていた女性は、私の表情を見てはっとしたように膝をついた。
「申し訳ございません、このような児戯はお気に召しませんでしたね!? なんなら今すぐこの者を八つ裂きにいたしましょうか!? 生きたまま皮をはぎます!? それとも尻からゆっくり串刺しに!?」
「やっ、やめて……!」
もう殺戮は見たくない。私たちを襲わない状態になっているのならそれでいい。
「はい、勿論、ヨミ様のご命令とあらば! やめます! 人であることすらやめます! 私は豚です!」
女性は私に向かって膝を折り、深く頭を垂れた。奴隷とか豚とかいう感覚は理解しがたいけど、私を護ってくれているのは確かだ。
とにかく話をしてみないと。
「あの、あなたは」
「はいっ! 私はレイラです! 神であるヨミ様の使徒であり、忠実な奴隷です♡ どうぞレイラとお呼び下さい。もしくは醜い豚とでもお呼びいただければ♡ これ以上の悦びはございません♡」
どうしよう、言葉は通じるけど話が通じる気がしない。
心が折れそうになりながら考える。
この女性――レイラさんは、私を助けてくれた。動機は私を「ヨミ様」という名の「神」だと思っているから。
私には記憶がない。自分の名前さえも思い出せない。ヨミというのは私の名前なのかもしれない。だとしても、神ではない。私は人間だ。ホモ・サピエンスだ。記憶がなくても、それは間違いない。
誤解させたまま助けてもらうのは不誠実だし、その場しのぎに嘘をついても後々障りになるだろう。嘘をつき続ける方がコストがかかる。本当のことを話した上で協力を仰ごう。
私はレイラさんと同じように床に膝をついて、視線を合わせて語りかけた。
「レイラさん、助けてくれてありがとうございました」
「当然のことでございます! 光栄ですわ!」
「でも、あなたは勘違いをしているのだと思います。申し訳ないのだけれど、私は神じゃ……」
そこまで言いかけたところで、がばっと胸に抱かれてしまった。
「あああ我が至高の神! あなた様は私の神! ヨミ様なのです! どうか! どうかこのレイラを捨てないで下さいませぇええええええ!!!!!!!!」
豊満な胸にうずもれて、私は視覚も聴覚も奪われてしまった。
悲鳴のような、哀願する叫び声がぼんやりと聞こえる。盲信というか狂信というか、私を「神」だと信じないと不都合でもあるのだろうか。
レイラさんは錯乱して何かを叫び続けているけれど、最初に否定を持ち出した私のミスだ。情報交換を先にするべきだった。
一旦仕切りなおして、もう一度対話を試みようと思うのだけれど。胸に埋まる形になっている私は、喋るどころか呼吸もできない。わざとやってるわけじゃないはず、だけど。私はこのまま窒息死するのかな?
ホールドを解いてくれという意思をこめて、レイラさんの背中を手でぺちぺちと叩いてみたのだけれど、より力が強まってしまった。
柔らかな胸の中で、意識が遠のいていく。なんだかどっと疲れてしまった。今ここで気を失ったら、次はもう目覚めないのかも。もしそうなのだとしても休みたい。泥のように眠りたい。
「……あら、ヨミ様? どうしてこんなにぐったりとなさって……!? ヨミ様!? ヨミ様ァアアアアアア!?」
遠くでレイラさんの絶叫が聞こえた気がしたけれど、すぐになにも聞こえなくなった。
「神のご命令よ! 静かになさい!」
女性は私の足にすがりついたまま膝立ちになって、右手を超大型の怪物に向けて振りかざした。
空中に、細かな文様が刻まれた光の円が現れる。ファンタジー世界の魔法陣のように見えるその文様がまばゆく輝くと、私たちに接近していた怪物はぴたりと動きを止めた。四つの眼球に、魔法陣と同じ文様が浮かび上がっている。
「這い蹲りなさい」
女性が威厳のある声で命じる。超大型の怪物は大人しく従った。
「アハハハ♡ 躾のなってない家畜以下、虫以下のカスにふさわしい格好ねえ♡」
今度は少女のようにころころと笑う。
非常識の塊みたいな存在に言葉を失う。
でもこの人はきっと怪物ではない。感情がある。言葉を交わせる。私を攻撃しようとしない。それどころか私を助けてくれた。
この人に助けを請うべきなのだと思う。でもとりあえず手を離してもらいたいし距離を取りたい。
離れようと身動ぎすると、女性が勢いよく顔を私の方に向けた。
「ねえヨミ様ッ! 私、御役に立ちますでしょう!?」
「えっ!? はっ、はい……!」
迫力に押されて、つい「はい」と答えてしまう。役に立つなんて上から目線の態度じゃなくて、助けてもらったお礼と、逃げてしまったことを謝らないといけないんだけど。
「この悪しき者は、ヨミ様が私に授けてくださった隷属と強化の能力により、完全なる私の奴隷となりました。私の奴隷ということはヨミ様の奴隷♡ ご命令くだされば何でもいたします。例えば……」
女性は最初に出会った時と同じように鞭を具現化させ、床を打った。
「おすわり! 伏せ! 三回まわってワンとお言い!」
よく通る声で命令を下すと、超大型の怪物は大人しく女性に従った。
座るような姿勢に、伏せ。三回まわって「ギャオ」と吼えたところで「ワンとお言いと命令したのよ! この汚らわしいゴミが!」と女性に鞭で打ち据えられ、超大型の怪物は「ギャオォン……」と悲しげに吼えた。
――すごい。どういう原理なのか全く理解できないけれど、この女性は超大型の怪物よりも強い。そして恐らく、街中にいるどの怪物たちよりも。
私の顔は青ざめていたのだと思う。怪物を隷属させて満面の笑みを浮かべていた女性は、私の表情を見てはっとしたように膝をついた。
「申し訳ございません、このような児戯はお気に召しませんでしたね!? なんなら今すぐこの者を八つ裂きにいたしましょうか!? 生きたまま皮をはぎます!? それとも尻からゆっくり串刺しに!?」
「やっ、やめて……!」
もう殺戮は見たくない。私たちを襲わない状態になっているのならそれでいい。
「はい、勿論、ヨミ様のご命令とあらば! やめます! 人であることすらやめます! 私は豚です!」
女性は私に向かって膝を折り、深く頭を垂れた。奴隷とか豚とかいう感覚は理解しがたいけど、私を護ってくれているのは確かだ。
とにかく話をしてみないと。
「あの、あなたは」
「はいっ! 私はレイラです! 神であるヨミ様の使徒であり、忠実な奴隷です♡ どうぞレイラとお呼び下さい。もしくは醜い豚とでもお呼びいただければ♡ これ以上の悦びはございません♡」
どうしよう、言葉は通じるけど話が通じる気がしない。
心が折れそうになりながら考える。
この女性――レイラさんは、私を助けてくれた。動機は私を「ヨミ様」という名の「神」だと思っているから。
私には記憶がない。自分の名前さえも思い出せない。ヨミというのは私の名前なのかもしれない。だとしても、神ではない。私は人間だ。ホモ・サピエンスだ。記憶がなくても、それは間違いない。
誤解させたまま助けてもらうのは不誠実だし、その場しのぎに嘘をついても後々障りになるだろう。嘘をつき続ける方がコストがかかる。本当のことを話した上で協力を仰ごう。
私はレイラさんと同じように床に膝をついて、視線を合わせて語りかけた。
「レイラさん、助けてくれてありがとうございました」
「当然のことでございます! 光栄ですわ!」
「でも、あなたは勘違いをしているのだと思います。申し訳ないのだけれど、私は神じゃ……」
そこまで言いかけたところで、がばっと胸に抱かれてしまった。
「あああ我が至高の神! あなた様は私の神! ヨミ様なのです! どうか! どうかこのレイラを捨てないで下さいませぇええええええ!!!!!!!!」
豊満な胸にうずもれて、私は視覚も聴覚も奪われてしまった。
悲鳴のような、哀願する叫び声がぼんやりと聞こえる。盲信というか狂信というか、私を「神」だと信じないと不都合でもあるのだろうか。
レイラさんは錯乱して何かを叫び続けているけれど、最初に否定を持ち出した私のミスだ。情報交換を先にするべきだった。
一旦仕切りなおして、もう一度対話を試みようと思うのだけれど。胸に埋まる形になっている私は、喋るどころか呼吸もできない。わざとやってるわけじゃないはず、だけど。私はこのまま窒息死するのかな?
ホールドを解いてくれという意思をこめて、レイラさんの背中を手でぺちぺちと叩いてみたのだけれど、より力が強まってしまった。
柔らかな胸の中で、意識が遠のいていく。なんだかどっと疲れてしまった。今ここで気を失ったら、次はもう目覚めないのかも。もしそうなのだとしても休みたい。泥のように眠りたい。
「……あら、ヨミ様? どうしてこんなにぐったりとなさって……!? ヨミ様!? ヨミ様ァアアアアアア!?」
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