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Chapter3
07 誰のための力
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依頼についての説明は一旦中断し、村長を自宅の寝室に担ぎ込む。
「驚きました、まだお一人で出歩く体力があったなんて」
診察を終えて寝室から出てきたモジャひげの医者は、村長の無茶を咎めるというよりも感服したという感じだった。「気を失っていますが、容態は安定しています」と所見を付け加えたけれど、医者の顔色は冴えない。
村長は長いこと寝たきりだったそうだ。俺たちの来訪を知り、お手伝いさんが目を離した隙に無理して挨拶に来たのだという。
お手伝いさんはハンカチで目頭を押さえながら俺たちに頭を下げた。
「村長はリゼロッテちゃんのことを誰よりも大切に思っているんです。自分の命が長くはないと悟り、リゼロッテちゃんを託せる方を待ち望んでおりました」
「えっ、命が長くないって……!?」
驚いてついでかい声をあげてしまった俺に、医者が「村長は強い魔力を持っておりますので」と説明してくれたけど意味がわからん。魔力が強いと死ぬの?
「リゼロッテさんは治癒の魔法を用いて村長を看病していたのです。それでも苦痛を取り除くだけで、寿命を削る魔力には抗えず……」
医者の言葉に、お手伝いさんが泣き崩れる。
魔力のことはわからないけれど、けして回復することはないのだということが痛いほど伝わってきた。
去り際にアルシュが森で採取した薬草や野草を渡すと、医者もお手伝いさんもとても喜んでいた。モンスターが森に住み着いたせいで薬の原料を採りにいけなかったらしい。アルシュはそれを見越して薬草以外も採取してたのか! 植物採取が趣味なのかと思ってた……。
もしかしてアルシュがくれた木の実も役立つのか? と思って医者に差し出してみたら「綺麗な木の実ですね」と微笑まれてしまった。俺は宝物のどんぐりを見せびらかすチビッ子かよ。ほんとなんなのこの木の実。
村長の家を出ると、空は夕焼けに染まっていた。
集会所に向かって歩きながら魔力について尋ねてみると、リュカは一瞬だけ間を空けてから説明してくれた。
「――この穢れた地上に生を受けた人間には、微力ながら魔力が宿っております。基本的に害は無いのですが、あまりに強い力を持って生まれた者は自らの魔力に体を蝕まれ、若くして命を落とすことになります。人の身では強い魔力に耐えることができないのです」
「じゃあリュカたちは!?」
みんなが使ってる必殺技とかも魔法みたいなものなのでは? リュカたちも早死にしてしまうのかと思ったけどそうではなかった。
「私どもはニーナの……神の加護を得て使徒となり、魔力を聖なる力に浄化していただきましたので、その限りではございません」
「つまり強い魔力を持って生まれた場合、神の使徒にならないと早死にするってこと……?」
「――はい。ですので、強い魔力を持って生まれた者は巡礼の旅に出ます。世界各地を回り、か弱き民衆のために魔力を使い、施しを与えることで徳を積み、神への信仰を示すのです」
「巡礼の旅をしながら商隊の護衛をすることもある」
リュカの話にアルシュが言い添える。なるほど、オドントケリスに商人と巡礼の旅人が集まるのはそういう理由なのか。
「あとは珍しい例ですが、見習いとして使徒と行動を共にする者もおります。それでも必ず使徒に選ばれるとは限らないのですが」
「そっか、村長が言ってた、リゼロッテちゃんを戦列に加えてほしいっていうのは、そういう意味だったのか……」
つまりリゼロッテちゃんも強い魔力を持ってるから、使徒にならない限り早死にする。この世界ではそういう感じなのか。
リゼロッテちゃんは俺たちの仲間になるって決まってるから大丈夫なんだけど。でも、村長は……。
重い足取りで集会所まで戻ると、待機していたハオシェンが「よっ、お帰り」と俺に片手を上げた。
ハオシェンにはリゼロッテちゃんのそばについていてほしいとお願いしていた。もし村の外まで出て行ったりしたら危ないし。俺がリゼロッテちゃんの居場所を尋ねる前に、ハオシェンは立てた親指で麦畑を指し示した。
俺たちがいる場所から、サッカーのグラウンド二つ分ぐらい先。リゼロッテちゃんはこちらを背にして、緩やかな丘の上で夕陽を眺めていた。みんな何も言わないけど、行って励ましてやれって言われているような気がした。
みんなに見送られながらあぜ道をたどり、リゼロッテちゃんのいる丘に向かう。
向かいはしたけどなんて声を掛ければいいのかわからない。よその家の事情に他人が口を挟むのもアレだし。
結局考えがまとまらないまま丘にたどり着いてしまった。俺の足音に気付いて振り向いたリゼロッテちゃんは、目元が赤かった。泣いていたんだと思うけれど、気丈に微笑んでみせる。
「すみません、みっともないところをお見せして」
「全然そんなことないです! あの、村長は、容態が安定してるってお医者さんが言ってました」
やっぱり村長のことが心配だったらしい。リゼロッテちゃんは安心したようにほっと息を吐き、俺に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。使徒様にお使い立てさせてしまい、申し訳ありません」
「いや全然! 俺たちはリゼロッテさんや、この村の方々を助けるために来たので!」
俺がぐっと拳を握り締めて宣言すると、リゼロッテちゃんは「頼りにしています」と言ってふわっと笑った。純真な眼差しに胸が痛い。実際にこの村に来て、怪我をした自警団の人たちや村長の深刻な病状を知るまで「リゼロッテちゃんを仲間にできるぅ~!美少女最高~!」って能天気に浮かれまくってたことは一生秘密にしとこ……。
「私はこの村が大好きです。悪しきもの共に住む場所を追われた人々が集まり、力を合わせ、少しずつ開墾して、今では多くの実りを得られるようになりました。村人みんなが家族のようなものです。村長としてこの村のために尽力した母のようになりたいと、ずっと思っていたのですが……」
そこまで言うと、リゼロッテちゃんは祈るように両手を組んでうつむいた。
「――私が成人してから、母は私に冷たく当たるようになりました」
「あ~……さっき集会所でも怒ってたね……」
「本当はもっと優しい人なんです。私の魔力が強いことを案じて、どうにか巡礼の旅に向かわせたくて、あんな言い方になってしまっただけで」
リゼロッテちゃんは穏やかに首を振って村長をかばった。俺と一歳しか違わないのにこの気遣いよ。
「……私は、母のそばを離れたくないのです」
ぽつりとささやいた声は、俺に向かって話すというより、独り言みたいだった。
風が吹いたらかき消されてしまうぐらい小さな声。空気を読んだみたいに辺りは静かで、風車も止まっていた。
「けして治せないのだとしても、母のそばで看病していたい。少しでも痛みを和らげてあげたい。でも母は、私が治癒の魔法を使うと怒るんです。魔力は神のために使わなければならない、個人的な治療になど使うべきじゃない、それでは私利私欲のために力をふるう悪しきもの共と同じだって。でも、私は――私の力は、私のものではないのでしょうか。私の力を、私が大事に思う母のために使って、なにが悪いというのでしょうか」
もう何度も自問自答を繰り返したのだと思う。よどみなく語り終えてから、リゼロッテちゃんは答えを求めるように真直ぐに俺を見据えた。
リゼロッテちゃんは全然悪くないし使徒になるから大丈夫です、とか。そういう問題ではない。リゼロッテちゃんがしているのはもっと根本的な部分の話だっていうのはわかるんだけど、なんて答えていいのかわからない。せめて選択肢とか出てくんねえかな。
「すみません、使徒様にこんなお話を……私ったら、不信心ですね」
「いや……俺こそゴメン、話を聞くだけしかできなくて」
「ふふ。ニーナ様はとってもお優しい方なのですね。お心遣い、感謝いたします」
気の利いたことの一つも言えなかったけれど、リゼロッテちゃんの決意は固まったらしい。
「明日の討伐には、どうか私も参加させてください。母に鍛えられておりますので、少しはお役に立てると思います」
まるで俺を励ますように、朗らかに微笑むリゼロッテちゃんにつられて俺もへらりと笑う。励ましに来たはずの俺が励まされてどうするよ……。
微笑むリゼロッテちゃんの後ろで、夕陽を浴びて黄金色に染まった麦畑が風に揺れている。初めて見る風景なのに、どこか懐かしく思えた。
「驚きました、まだお一人で出歩く体力があったなんて」
診察を終えて寝室から出てきたモジャひげの医者は、村長の無茶を咎めるというよりも感服したという感じだった。「気を失っていますが、容態は安定しています」と所見を付け加えたけれど、医者の顔色は冴えない。
村長は長いこと寝たきりだったそうだ。俺たちの来訪を知り、お手伝いさんが目を離した隙に無理して挨拶に来たのだという。
お手伝いさんはハンカチで目頭を押さえながら俺たちに頭を下げた。
「村長はリゼロッテちゃんのことを誰よりも大切に思っているんです。自分の命が長くはないと悟り、リゼロッテちゃんを託せる方を待ち望んでおりました」
「えっ、命が長くないって……!?」
驚いてついでかい声をあげてしまった俺に、医者が「村長は強い魔力を持っておりますので」と説明してくれたけど意味がわからん。魔力が強いと死ぬの?
「リゼロッテさんは治癒の魔法を用いて村長を看病していたのです。それでも苦痛を取り除くだけで、寿命を削る魔力には抗えず……」
医者の言葉に、お手伝いさんが泣き崩れる。
魔力のことはわからないけれど、けして回復することはないのだということが痛いほど伝わってきた。
去り際にアルシュが森で採取した薬草や野草を渡すと、医者もお手伝いさんもとても喜んでいた。モンスターが森に住み着いたせいで薬の原料を採りにいけなかったらしい。アルシュはそれを見越して薬草以外も採取してたのか! 植物採取が趣味なのかと思ってた……。
もしかしてアルシュがくれた木の実も役立つのか? と思って医者に差し出してみたら「綺麗な木の実ですね」と微笑まれてしまった。俺は宝物のどんぐりを見せびらかすチビッ子かよ。ほんとなんなのこの木の実。
村長の家を出ると、空は夕焼けに染まっていた。
集会所に向かって歩きながら魔力について尋ねてみると、リュカは一瞬だけ間を空けてから説明してくれた。
「――この穢れた地上に生を受けた人間には、微力ながら魔力が宿っております。基本的に害は無いのですが、あまりに強い力を持って生まれた者は自らの魔力に体を蝕まれ、若くして命を落とすことになります。人の身では強い魔力に耐えることができないのです」
「じゃあリュカたちは!?」
みんなが使ってる必殺技とかも魔法みたいなものなのでは? リュカたちも早死にしてしまうのかと思ったけどそうではなかった。
「私どもはニーナの……神の加護を得て使徒となり、魔力を聖なる力に浄化していただきましたので、その限りではございません」
「つまり強い魔力を持って生まれた場合、神の使徒にならないと早死にするってこと……?」
「――はい。ですので、強い魔力を持って生まれた者は巡礼の旅に出ます。世界各地を回り、か弱き民衆のために魔力を使い、施しを与えることで徳を積み、神への信仰を示すのです」
「巡礼の旅をしながら商隊の護衛をすることもある」
リュカの話にアルシュが言い添える。なるほど、オドントケリスに商人と巡礼の旅人が集まるのはそういう理由なのか。
「あとは珍しい例ですが、見習いとして使徒と行動を共にする者もおります。それでも必ず使徒に選ばれるとは限らないのですが」
「そっか、村長が言ってた、リゼロッテちゃんを戦列に加えてほしいっていうのは、そういう意味だったのか……」
つまりリゼロッテちゃんも強い魔力を持ってるから、使徒にならない限り早死にする。この世界ではそういう感じなのか。
リゼロッテちゃんは俺たちの仲間になるって決まってるから大丈夫なんだけど。でも、村長は……。
重い足取りで集会所まで戻ると、待機していたハオシェンが「よっ、お帰り」と俺に片手を上げた。
ハオシェンにはリゼロッテちゃんのそばについていてほしいとお願いしていた。もし村の外まで出て行ったりしたら危ないし。俺がリゼロッテちゃんの居場所を尋ねる前に、ハオシェンは立てた親指で麦畑を指し示した。
俺たちがいる場所から、サッカーのグラウンド二つ分ぐらい先。リゼロッテちゃんはこちらを背にして、緩やかな丘の上で夕陽を眺めていた。みんな何も言わないけど、行って励ましてやれって言われているような気がした。
みんなに見送られながらあぜ道をたどり、リゼロッテちゃんのいる丘に向かう。
向かいはしたけどなんて声を掛ければいいのかわからない。よその家の事情に他人が口を挟むのもアレだし。
結局考えがまとまらないまま丘にたどり着いてしまった。俺の足音に気付いて振り向いたリゼロッテちゃんは、目元が赤かった。泣いていたんだと思うけれど、気丈に微笑んでみせる。
「すみません、みっともないところをお見せして」
「全然そんなことないです! あの、村長は、容態が安定してるってお医者さんが言ってました」
やっぱり村長のことが心配だったらしい。リゼロッテちゃんは安心したようにほっと息を吐き、俺に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。使徒様にお使い立てさせてしまい、申し訳ありません」
「いや全然! 俺たちはリゼロッテさんや、この村の方々を助けるために来たので!」
俺がぐっと拳を握り締めて宣言すると、リゼロッテちゃんは「頼りにしています」と言ってふわっと笑った。純真な眼差しに胸が痛い。実際にこの村に来て、怪我をした自警団の人たちや村長の深刻な病状を知るまで「リゼロッテちゃんを仲間にできるぅ~!美少女最高~!」って能天気に浮かれまくってたことは一生秘密にしとこ……。
「私はこの村が大好きです。悪しきもの共に住む場所を追われた人々が集まり、力を合わせ、少しずつ開墾して、今では多くの実りを得られるようになりました。村人みんなが家族のようなものです。村長としてこの村のために尽力した母のようになりたいと、ずっと思っていたのですが……」
そこまで言うと、リゼロッテちゃんは祈るように両手を組んでうつむいた。
「――私が成人してから、母は私に冷たく当たるようになりました」
「あ~……さっき集会所でも怒ってたね……」
「本当はもっと優しい人なんです。私の魔力が強いことを案じて、どうにか巡礼の旅に向かわせたくて、あんな言い方になってしまっただけで」
リゼロッテちゃんは穏やかに首を振って村長をかばった。俺と一歳しか違わないのにこの気遣いよ。
「……私は、母のそばを離れたくないのです」
ぽつりとささやいた声は、俺に向かって話すというより、独り言みたいだった。
風が吹いたらかき消されてしまうぐらい小さな声。空気を読んだみたいに辺りは静かで、風車も止まっていた。
「けして治せないのだとしても、母のそばで看病していたい。少しでも痛みを和らげてあげたい。でも母は、私が治癒の魔法を使うと怒るんです。魔力は神のために使わなければならない、個人的な治療になど使うべきじゃない、それでは私利私欲のために力をふるう悪しきもの共と同じだって。でも、私は――私の力は、私のものではないのでしょうか。私の力を、私が大事に思う母のために使って、なにが悪いというのでしょうか」
もう何度も自問自答を繰り返したのだと思う。よどみなく語り終えてから、リゼロッテちゃんは答えを求めるように真直ぐに俺を見据えた。
リゼロッテちゃんは全然悪くないし使徒になるから大丈夫です、とか。そういう問題ではない。リゼロッテちゃんがしているのはもっと根本的な部分の話だっていうのはわかるんだけど、なんて答えていいのかわからない。せめて選択肢とか出てくんねえかな。
「すみません、使徒様にこんなお話を……私ったら、不信心ですね」
「いや……俺こそゴメン、話を聞くだけしかできなくて」
「ふふ。ニーナ様はとってもお優しい方なのですね。お心遣い、感謝いたします」
気の利いたことの一つも言えなかったけれど、リゼロッテちゃんの決意は固まったらしい。
「明日の討伐には、どうか私も参加させてください。母に鍛えられておりますので、少しはお役に立てると思います」
まるで俺を励ますように、朗らかに微笑むリゼロッテちゃんにつられて俺もへらりと笑う。励ましに来たはずの俺が励まされてどうするよ……。
微笑むリゼロッテちゃんの後ろで、夕陽を浴びて黄金色に染まった麦畑が風に揺れている。初めて見る風景なのに、どこか懐かしく思えた。
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