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Chapter.1 女神と旅を始めるそうです。
第8話 流れるもの
しおりを挟む石畳の大通りを、俺はただ足を動かすしかなかった。
左右に並ぶ建物の規模も装飾も、俺が生まれ育ったどんな街とも比べものにならない。木骨と石組みが織りなす重厚な壁面は陽光を浴びて白銀の輝きを返し、尖塔の屋根は青い空を突き刺さんばかりに聳えていた。
道幅は広大で、そこを無数の車両や人々が行き交っている。馬車は馬車で同じようなものばかりではなく、獣に似た四足の生物が牽く馬車もあれば、鋼鉄の車輪で走る無骨な貨物車両もある。だが俺の目を釘付けにしたのは、やはり馬車に代わる「自動機械」とでも言うべき乗り物だった。艶のある黒鉄の車体が唸りをあげて石畳を滑り、その背後からは白い蒸気と淡い光が漏れていた。
見慣れぬ車両が次々と目の前を通り過ぎていくたび、俺はその異様な存在感に圧倒されていた。
ただ鉄と蒸気の塊が勝手に動いているわけではない。車体の継ぎ目や車輪の奥、そして屋根の上に取り付けられた半透明の結晶体が、淡い光を脈打たせていた。まるで心臓が血を送り出すように、一定のリズムで光が明滅している。
「見えるか?」と、隣のイリスが言った。
「車体の中央に埋め込まれた結晶だ。あれは“欠片(シャード)”と呼ばれるもの。流――フラックスを変換し、機械を動かす触媒として使われている」
俺は思わず足を止め、目を凝らした。
確かに、その結晶は周囲の光とは違う、透き通るような青白さを放っている。
イリスは歩きながら、まるで教科書を朗読するかのように滑らかに説明を続けた。
「フラックスとは、この世界を循環する“位相の力”だ。目には見えぬが、空気や大地、生き物の体内にまで満ちている。人間が動き、草花が育ち、天候が巡るのもすべて流があるからだ。欠片はその流を集め、安定した形で放出する装置の役割を果たす」
なるほど、あの車両もただの鉄の塊ではない。
結晶を心臓に据え、その鼓動によって走っているというわけだ。
イリスはさらに言葉を重ねる。
「都市の灯火や飛空艇の浮揚も同じ仕組みだ。火薬や燃料ではなく、流を媒介とした循環で駆動している。ゆえに、この世界の文明はすべて欠片に依存していると言っても過言ではない」
説明を聞くうちに、街の喧噪が一層鮮明に感じられてきた。
目に映るありとあらゆる光や動きの背後に、目に見えぬ“流”が流れている。そんな気がして、胸の奥がざわめいた。
そして俺は、自然と口をついて出た。
「……あれも“流(フラックス)”で動いているのか?」
思わず口にすると、隣を歩くイリスが小さく頷いた。
「そうだ。この世界に存在するあらゆる営みは、流の循環に依存している」
“人の体を動かす筋肉の収縮すらも、微細な位相流がなければ成り立たない。もちろん機械も、術式も、天候の変化でさえも、すべては流が巡るからこそ成立している”
イリスのその言葉は、喧噪のただ中にありながらも不思議と澄んで耳に届いた。
俺たちは市場の区画へと足を踏み入れた。並ぶ屋台には果実、金属部品、淡く光を帯びた鉱石が雑多に積み上げられている。人々のやり取りは熱を帯び、硬貨と共に小さな結晶片が手から手へ渡っていた。
「あれは……」
「“欠片(シャード)”だ」イリスが即答する。
「元は“原初クリスタル”と呼ばれる唯一の結晶核が存在した。だが遥か昔にそれは破砕され、今では数え切れぬほどの欠片が大地の各所に散らばっている。それぞれが高純度の流変換触媒であり、この世界の文明はそれなくして一歩も動かない」
言われてみれば、露店の灯火も、空に浮かぶ街灯も、どこかで結晶の光を孕んでいるように見える。炎ではない、電球でもない、澄んだ青白い光が揺れていた。
「都市の発電炉も、飛空艇の浮揚核も、病院の治療器も、演算機の“結晶管”も……すべては欠片に頼っている。だが問題がある」
「問題?」
イリスは歩みを止め、大通りの向こうに広がる工業区画を顎で示した。巨大な煙突群が空を突き、そこから吐き出される白煙が陽光を曇らせている。
「粗悪な採掘と乱用だ。欠片は無尽蔵ではない。流を変換しすぎれば周囲の位相は痩せ、“位相痩せ(ドレイン)”が起こる。土地は痩せ、人は病み、時に天候すら歪む。この速度で進めば、百年も経たぬうちに広域的な崩壊が訪れるだろう」
遠い眼差しの下に落ちたその言葉は、雑踏の賑やかさを一瞬で遠ざけるほどの重みを持っていた。
俺は視線を彷徨わせた。
頭上を、再び小型の飛空艇が滑空していく。艶やかな木製の船体に、翼のような帆を張り、船底の結晶炉からは淡光が尾を引いていた。人々はそれを当たり前のように見上げもせず、ただ各々の生活を続けている。
——この都市は、流によって生きている。
そして同時に、その流に蝕まれつつある。
「……つまり、俺たちは便利さの代償を、未来に押し付けてるってことか」
口にした自分の声が、妙に冷たく響いた。
イリスは俺を横目に見て、僅かに微笑んだ。
「気づいただけでも、進歩だ。この世界の多くの者は、欠片を消費すれば尽きることなどないと信じ込んでいる。だが真実を見抜く目を持つ者が、いずれ必要になる」
彼女の言葉の意味を、俺はまだ深くは理解できない。
だが、目の前に広がる都市の光景が、そのすべてを物語っていた。
煌びやかな街灯の下、笑い合う市民の影。
蒸気と光を噴きながら疾走する車両の群れ。
天へと伸びる塔と、そこに刻まれた結晶回路の模様。
——すべてが流に依存している。
そして、その輝きの根元には、いつか尽きるかもしれない小さな欠片がある。
俺は歩を進めながら、胸の奥に重たい石を抱えたような感覚を覚えていた。
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