シンジケート -第零番地区-

じゃがマヨ

文字の大きさ
1 / 1

プロローグ

しおりを挟む


 初めて着る黒いスーツは、兄貴が高校生の時に着ていたものだった。

 黒いネクタイと、ピカピカの革靴。

 サイズがうまく合わなくて、袖がぶかぶかだった。

 腫れぼったいジャケットの肩幅に、ウエストの合わないズボン。

 「お通夜には何時に行くの?」

 透からだった。

 中学時代のクラスメイトで、昔からの地元仲間だ。

 このあと、一緒に会場に行くことになっていた。


 「暗くなってるから、気をつけて行くんだよ」


 玄関前で靴を履き替えている僕に、母さんは言った。

 時刻は18時を過ぎていた。

 夏休みに入り、もうすぐ8月も終わろうとしている頃。

 蝉の鳴き声はもうどこかに消えて、涼しい風が、山の裾から水を流したように溢れてきていた。

 遠くに聞こえる踏切の音や、ループ橋の小さな明かり。

 「備中松山踊り」と書かれた、赤い提灯。



 そうか。

 もう、こんな時期か。


 僕は去年、幼馴染と一緒に花火を見に行った。

 高梁川の河川敷で上がった、地元の花火大会。

 たくさんの屋台と、たくさんの人たちと。

 着物を着た、嘘みたいに大人びた彼女の姿を、昨日のことのように覚えていた。

 3年ぶりだった。

 自分の夢を追いかけ、県外の中学に入学していた彼女と、再会したのは。



 僕は、誰かのことを「好き」だって思うことは、あまりなかった。

 よくわからなかったって言った方がいいのかもしれない。

 好きな子とかいないの?って聞かれても、いつもうまく答えられなかった。

 周りのモテる男子とかは、いつのまにか彼女ができたりしてさ?

 そういうもんなのかなって、不思議に思うくらいだった。

 そりゃもちろん、気になる女子がいたりはしたけどさ?
 

 「好き」ってなんなのか、——そのことをふと、考えてしまうことがある、

 そういう時はいつも、幼馴染の姿が、頭の中に浮かんだ。

 なぜかはわからなかった。

 僕たちは兄妹も同然だった。

 家も近かったし、何をするにも一緒だった。

 嫌だったそろばん教室も、——夏休みの宿題も。


 “彼女”は、時々僕にメールをくれた。

 学校生活は順調ですか?って、絵文字付きで。

 聞きたいのはこっちの方なのに、自分のことは全然話してくれなくて。

 子供の頃、よく道場に連れて行かされてた。

 高梁市の外れにある古い道場で、かつて“最強の柔道家”と言われた秋山道残が、初代当主として開いた場所。

 断ったんだ。

 最初は。

 柔道になんて興味はなかったし、動くのもあまり好きじゃなかった。

 道場にはたくさんの門下生がいて、外に響くくらいの大きな声で、日がな一日汗を流してたっけ。

 正直怖かった。

 道場の先生は強面で、時々大声を出してたりもしてた。

 だから、何度も「行きたくない」って言ったんだ。

 それなのに、聞く耳を持ってくれなくてさ?


 いつかオリンピックに出て、金メダルを取りたい。

 彼女の夢は、世界で一番強い柔道家になることだった。

 いつも聞かされてた。

 初めて見た、柔道の試合のこと。

 憧れだった大山詩織選手が、地元の道場に訪問した時のこと。


 “彼女のようになりたい”

 “もっと強くなりたい”


 そればかりが口癖だった。

 女の子らしい一面なんて、これっぽっちもなかった。

 「ヒーロー」だった。

 ヒロインかヒーローかって言われたら、きっと。



 中学生活は順調なのかな?

 いつも、気になってた。

 学校が終わっても、強くなるために練習してるのかな?

 夢を追いかけてるのかな?

 彼女のことだから、きっとどんなことでも乗り越えてるんだろうな、って思ってた。

 そんじょそこらの障害物なんてヒョイッと飛んで、何食わぬ顔で、ニカッと笑いながら。


 
 七海。

 キミが死んだなんて、そんな嘘みたいな話が、テレビの向こうで流れている。

 キミは僕に言った。

 困ったことがあったら、すぐに連絡してきて。

 遠くにいても、すぐに駆けつける。

 まるで自分が、なんでもできるスーパーマンみたいに語ってた。

 怖いものなんて何もなくて、どんな強敵にも、立ち向かおうとしてて。


 僕はキミを頼るつもりはなかった。

 キミの背中に、隠れるつもりはなかった。

 キミのように強くなりたかった。

 キミのように、前を向いていたかった。


 去年の夏、久しぶりに会ったキミに、僕は伝えたいことがあった。

 自分でもよくわからなかった。

 どうしてそういうふうに思ったのか。

 なんで、そう決めたのか。

 だけど、キミと会えるってわかった日から、ずっと思ってたことだった。

 どうしても伝えようと思ってた。

 それがどこからきたものなのか、どこに向かっていくものなのか、すぐに求めようとは思わなかった。

 それでもいいと思ってた。


 打ち上がる花火の下で、ふと、キミの横顔が視線がいった。

 張り裂けそうになるほどの緊張が襲っていた。

 …でも、結局は言えなかったんだ。

 嘘みたいに大人びたその顔と、「柔道を辞めたい」というその言葉を、聞いてからは。
 

 いつか、キミに頼ってもらえるような男になりたい。

 キミの隣に立って、同じ景色を見てみたい。

 それを「言葉」に変えようとして、僕はキミに伝えたかった。

 ちゃんと目を見て、キミの名前を言いたかった。

 「好き」って、言いたかった。


 答えなんていらなかったんだ。

 付き合うとか付き合わないとか、そんな話じゃなくて、もっとずっと、確かなこと、——それだけを、追っていたくて…



 信号が赤になっている。

 交差点の通りと、ヘッドランプ。


 僕は思わず、彼女に電話をかけた。

 先週、彼女から電話がかかってきていた。

 080から始まる番号に、「ナミ」の2文字。


 困ったことがあったら、電話して。


 僕にそう言ったキミの言葉を、頭の中に反芻する。

 キミは嘘をつかない。

 見て見ぬフリはしない。

 どうせ何もかも嘘なんだろ?

 きっと何食わぬ顔で、「どうしたの?」って、——さ?


 どこからか風鈴の優しい音色が聞こえる。

 電車が、山の麓から向かってくる。

 夕焼けどきの日差しが、蒸し暑い街の表面を照らしていた。

 ほんのりと青白い月の明かりが、古びたショッピングセンターの窓の向こうに、少しずつ溶け出しながら。

 

 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

私は逃げ出すことにした

頭フェアリータイプ
ファンタジー
天涯孤独の身の上の少女は嫌いな男から逃げ出した。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。

葉月
ファンタジー
コルネ村で、幼なじみであり恋人でもあったユリアナと、ささやかな幸福を分かち合って生きていたロイド。 だがある日、ユリアナは女神の愛子として目覚め、国王の命により王都へと連れ去られる。 突然、日常を奪われ、運命に引き裂かれたロイドは、抗う術も持たぬまま、否応なく大きな流れへと呑み込まれていく。 これは、奪われたものを取り戻すため、そして理不尽な運命に抗おうとする、一人の少年の物語である。

薬師だからってポイ捨てされました!2 ~俺って実は付与も出来るんだよね~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト=グリモワール=シルベスタは偉大な師匠(神様)とその脇侍の教えを胸に自領を治める為の経済学を学ぶ為に隣国に留学。逸れを終えて国(自領)に戻ろうとした所、異世界の『勇者召喚』に巻き込まれ、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。 『異世界勇者巻き込まれ召喚』から数年、帰る事違わず、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居るようだが、倒されているのかいないのか、解らずとも世界はあいも変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様とその脇侍に薬師の業と、魔術とその他諸々とを仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話のパート2、ここに開幕! 【ご注意】 ・このお話はロベルトの一人称で進行していきますので、セリフよりト書きと言う名のロベルトの呟きと、突っ込みだけで進行します。文字がびっしりなので、スカスカな文字列を期待している方は、回れ右を推奨します。 なるべく読みやすいようには致しますが。 ・この物語には短編の1が存在します。出来れば其方を読んで頂き、作風が大丈夫でしたら此方へ来ていただければ幸いです。 勿論、此方だけでも読むに当たっての不都合は御座いません。 ・所々挿し絵画像が入ります。 大丈夫でしたらそのままお進みください。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...