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獄炎蝶
第256話
しおりを挟む目の前にいたはずの敵の動きは、予測できないものだった。
実力が拮抗している場合に於いて、敵を見失うことはほとんどない。
戦闘に於いてイレギュラーな要素は随所に散りばめられている。
故に、状況に応じた対応や幅の広い視野が様々な角度に於いて求められる。
とくに実戦では、相手の情報が乏しい状況下にある。
そういった状況に対処するために必要なものは、相手を見る力。
つまり、“洞察力”だ。
天使が敵の動きを目で追わないのは、その方がはるかに効率的で、攻守ともに安定した距離感を掴むことができるためである。
チサトの頭の中を占めていたのは、僅かな焦りだった。
些細な選択のミスが命取りになる。
そういう“流れの速さ”が、戦いという「場」に於いて常に広がっていることを、意識の隅に捉えていた。
追いかけるか、否か。
迷う心があった。
無闇に行動を起こすのは、2手3手先の行動に支障をきたす可能性がある。
相手の情報は少ない。
この短時間で得られたのは、球体の持つ得体の知れない性質だけだ。
キョウカが戦闘不能に陥っている今、チームとしての指揮系統は一時的な機能不全に陥っている。
エドワードとの連携は想定していなかった。
まさか、こんな状況が生まれるとは思いもしなかった。
キョウカは常にあらゆる事態や“可能性”について厳しく言及していたが、目の前にいる敵の“得体の知れなさ”は、想定の範疇を超えていた。
(どうすればいい…?)
エドワードからの無線連絡が入る。
”キョウカを回収しろ”
それがどういうことかはわかっていた。
戦闘の継続ではなく、一時撤退。
状況を立て直すための発言なのだろう。
それに賛同する意思はあった。
少なくとも、その選択が間違いではないことはわかっていた。
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