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獄炎蝶
第294話
しおりを挟む「来ますよ」
耳を疑う。
また違った種類の緊張が、周囲に走った。
悪寒。
得体の知れない“何か“が、沸騰している。
沸騰”しかけている”。
空気は新鮮だった。
清々しいほどの鼻通りが、穏やかな風の流れの中にあった。
鉛のような重さ。
足元に何か引っ掛かるような、それでいて、体全体が沈んでいくような鈍い感覚があった。
喉が、乾く。
肌に触れる熱気。
それは地面の底から這い上がるように、足元から巻きついてきた。
シュトラースベルガーが言うまでもなかった。
反応が早かったのは夜月だ。
すぐさま、周囲の空気の「変化」に気づいた。
ボッ
天守閣から崩れ落ちた瓦礫が、宙に舞う。
細かな破片が掬い上げられる。
噴水のようだった。
立ち上がった砂煙は、風船を膨らませたように丸み帯びていく。
モクモクと立ち上がった茶色い断片から、少しずつ濃くなっていく人影があった。
右手に垂れ下げた剣と、緩やかな足取りの。
——来る
咄嗟に構えた。
しかし、形勢は振り出しに戻っていた。
坂本が作ってくれた“好機”は、一時的なものに過ぎない。
敵が前に出たあのタイミングにこそ、互いの有利な距離と間合いが拮抗していた。
だが、今は違う。
「下がっていなさい」
シュトラースベルガーは、調査隊と合流するように夜月に伝えた。
情報を遮断している「何か」は、まだ特定できていない。
とにかくこのエリアから離れ、直接応援を要請してほしい。
彼の意図を、彼はすぐに読み取った。
しかし
ドッドッドッ
夜月たちがいた周囲を取り囲むように、繊維の入り組んだ巨大な「植物」が、何本ものツルを生やしながら立ち上がる。
予期していない状況、予測していない出来事が、瞬く間に伸び広がった。
慌ただしい景色の変化が、メンバーたちの視線の中を覆った。
「…なっ」
慌てて周囲を見るが、周りの景色の変化がどこから来ているかを、すぐには捕まえられなかった。
足元に伸びてくる木の“幹”。
メンバーは拘束されていた。
1人残らずだ。
夜月も深雪も、真琴も。
緑間やモモカは別の場所にいたが、同じように捕まっていた。
ザッ
身動きが取れないまま、近づいてくる影がある。
赤い瞳が、煌々と灯っている。
5000S
上昇している魔力が、そこにはあった。
禍々しい闇が、靄のように全身を覆いながら。
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