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嘘だろ!?

第84話

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 「キーちゃんにもう一度会いたいんやろ?」


 女はまた、千冬のことを話す。

 会いたくないわけがない。

 そんなのはいちいち、言葉に出さなくたってわかることだ。

 だから俺は頷かなかった。

 頷こうが頷くまいが、結果は変わらないと思えたからだ。


 「一緒に運命に抗ってみんか?」


 そっと、女は手を伸ばした。

 軽やかなトーン。

 含みのある語感。

 何も難しいことはないのかもしれない。

 …だけどどうしたって踏み込めない一線が、世界にはある気がした。

 ——そう、それは「今」もだ。


 女が俺に会いにきた理由は、千冬を助けるため。

 最初に会った時もそう言ってた。

 ただそれが、現実的なことには思えなかった。

 …どうしても。

 女はそれを見透かしたかのように言ってきた。

 「信じられんのはわかるけど」

 と、前置きをして。


 「私になら、連れていくことができる。運命を変えられるんや。千冬が事故に会わなくて済む世界線。1つの結果が、現在にたどり着くまでの間際に」


 …そんな、バカな

 結果を変える…?

 あの日千冬は海に溺れた。

 この「海」でだ。

 それを変えることなんてできないし、ずっと覚悟してた。

 千冬はもう帰ってこない。

 それがどれだけ身近に感じられるか、お前にわかるか?

 気のせいなんかじゃないんだ。

 アイツはもう帰ってこない。

 この前だって言っただろ?

 医者がそう言うんだ。

 アイツの目を見てそう思ったんだ。

 諦めたいわけじゃない。

 でも諦めなきゃいけないことが、世の中にはある。

 どうしたって、解決できない問題が…
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