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アナザーワールド

第158話

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 塾から帰ってきた夏樹に伝言だけ伝えて、家を出た。

 千冬の家に行くのはいつぶりだろう。

 しばらく行ってない。

 行ったって、どうせ会えないから。


 すっかり夜になって、月明かりが暗い道の上にかかっていた。

 電灯もなにもない畦道。

 田んぼの収穫がもうじき始まる。

 だだっ広い大地には稲が覆い茂って、ギラギラした黄金色の穂が、背を高くしていた。

 昼は壮観だ。

 この道を通れば。

 日当たりもいいし、少し歩けば、海を見下ろせる展望台にも行ける。

 昔はほとんど毎日のように歩いてた。

 千冬の家は、俺の家から目と鼻の先だから。


 「ってか、ほんまに疑っとん?」

 「何を?」

 「私が「千冬」やないって」

 「…ああ」


 疑ってるっていうか、信じられないだけだ。

 …だって、もしそれが本当なら…


 「なんや?」


 普通に立って、歩いてる。

 それがどれだけ“現実離れ”してるか、きっと、本人にはわからないだろう。

 ずっと夢見てたんだ。

 夢の中でしか、叶えられないことだと思ってた。

 だから正直、頭の中がふわふわしてるんだ。

 何度も顔をつねった。

 ほとんど反射的にだ。

 それぐらい、俺にとっては非現実的だった。
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