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夢が覚めないうちに

第258話

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 「よう覚えとるやん」

 「…あのなぁ」

 「確かに、ここは「可能性」の1つや」

 「…その可能性っていうのは結局なんなん?」

 「もう1人のあんたが世界におる。そう想像してみ?」


 もう1人の、自分。

 それならもうとっくに想像した。

 そう考えるしかなかったからだ。

 他に思い当たることなんてねーし。

 …つーか、自然とそう考えてしまう自分が怖い。

 どう考えても“そんなのあり得ないだろ”って思うことも、もしかしたらって思うようになってしまった。

 まるで自分がおかしいみたいだ。

 なあ?


 「世界にはいくつものパターンがある」

 「それは前に聞いた」

 「「境界」ってのは、つまり、そのパターンの中間にあるものや」

 「ちょっと待て」

 「なんや?」

 「ようするにここはどこやねん」

 「せやから交差点…」

 「この世界のことや!」


 わけわかんないこと言う前に、ちゃんと説明してくれん?

 “可能性”とか言われてもわけわかんねーよ。

 境界?

 パターン?

 お前言ってたよな?

 千冬を助けに行く、って。

 あの言葉っていうのは、つまり…


 「さっき言うたやろ。あんたは今、交差点の真ん中におる」

 「…せやから、それがどう言う意味やねんって」


 交差点。

 横断歩道。

 自転車に乗った千冬が、そばにいる。

 大人になった彼女の姿が、そこにある。

 向かい風に揺れるスカートと、前屈みの姿勢。

 立ち漕ぎをしながら、ペダルを踏みしめてた。

 これもお前が言う「可能性」の1つなのか…?

 高校生活を送ってる彼女が、当たり前のように自転車を漕いでるのは。


 「ほんなら簡単に言うわ。あんたは運命を信じるか?」

 「運命…?」

 「この世界の未来がどうなるかは、すでに決まっとる。そういう「意味」で」

 「いいや…」


 未来はまだ決まってない。

 少なくとも俺はそう思い続けてきた。

 「未来は自分で決めるもんや!」

 アイツが、そう教えてくれたから。

 甲子園に行こうとしてたのは、そういう意味もあったんだ。

 どんなに不可能に思えることでも、その壁を越える。

 越えてみせるって、何度も言ってた。

 声が枯れるくらい。


 「あんたをこの世界に連れてきたんは、諦めて欲しくないからや」

 「諦める?」

 「なんて言うんやろな…。そう簡単には、世界を変えることはできん。あんたもわかっとるやろ?キーちゃんはもう目を覚まさないって」


 …それは

 不意に言われたその言葉に、思わずハッとなる。

 そうだ。

 千冬はもう、…目を覚まさない。

 それを言葉にしたくなくても、もう、間に合わないことがある。

 千冬に会いたくて、ずっと考えてきたんだ。

 どうすればもう一度会える?

 どうすれば、あの夏に戻れる?

 そう、——何度も。

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