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夢が覚めないうちに

第265話

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 「空」が、落ちてくる。


 もしかしたら、その表現は間違っているかもしれない。

 空が“落ちる”なんて、あり得ないことだ。

 だけど傾いていた。

 世界が傾いていた。

 雨雲は次第に大きくなり、雨粒がさっきよりもずっと冷たい。

 積乱雲の峰の向こうには、無数の星が。


 …星?


 …いや、でも、今は夜じゃない。

 星なんて見えるはずがない。

 だけど見えたんだ。

 夜空に輝くような星々が。

 空を飛翔し、地平線を飛び越えて、彼方へと流れていく。

 「青」はもうずいぶんと遠くへ遠ざかった。

 ドーム状に丸み帯びていく空は、夕暮れ時のように赤茶けながら、暗く乾く。

 強烈なコントラストが視界の内側を揺らす。

 光の粒ひとつひとつが、泡状に膨らみ、パチパチパチと弾けて…



 …カナカナカナカナ



 ひぐらしの鳴き声が降ってくる。

 耳をつん裂くほどの音量で、鼓膜が揺れる。

 交差点の外側、——その平行線上には、駆け足で迫ってくる波が。

 外に逃げる力と、内に収縮する何万分もの1秒。

 街はもうそのほとんどが、「形」を失いかけていた。

 数え切れないほどの粒子となって、空中に融ける。

 交差点を囲うように地面が割れる。

 センタービルが波に飲まれ、街ごと消えていく風景が、そこにはあった。
 

 影がずっと濃くなっていく。

 地面の傾きが、ずっと深くなっていく。


 
 すぐそこまでやってきてた。


 星が。


 ——隕石が。



 地球の重力圏。

 成層圏の「壁」を越えて、空には巨大な風穴が開いていた。

 穴はみるみるうちに広がり、渦状の暴風を巻き起こす。

 その渦の中心から、雨粒が飛散しながら落ちてくる。

 その回転量は、まるで竜巻だった。

 虚空の隅々からあるだけの風を集めて吹きつけるような、凄まじい気流の変化を生み出していた。


 隕石の表面は熱を帯びている。

 それは燃え盛る炎のようにも見えた。

 空気中の大気を灼きながら、凄まじい速度で落下してくる。

 ボタボタと降りしきる雨をも、追い越し。
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