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夢が覚めないうちに

第266話

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 もしも、明日世界が終わるとしたら?


 不意にそう考えてしまう自分がいた。

 空から降ってくる“それ”は、高層ビルよりも遥かに巨大だ。

 まるで“島”だった。

 直径何キロにも及ぶ島が、丸ごと落ちてきているかのような…


 あれが地上に落下したらどうなるか


 その想像が、頭の中を瞬く間に駆け巡る。

 
 隕石は上空に飛ぶ飛行機を飲み、藍色に輝き始めていた。

 それは青よりもずっと淡い、熱を帯びた青だ。

 雲を焼き払いながら、どこまでも深く沈んでくる。

 岩石でできたその外殻は、空気抵抗によって真っ赤に染め上がっていた。

 息を呑むような緊迫感が、眼前に迫るその飛翔体の影を捉え続けていた。

 どこからともなく流れ着いてきた、宇宙からの飛来物を。



 「よぉ見とき。“あれ”が落ちてくるのを」

 「見とけ…って、正気か!?」



 女は見上げていた。

 隕石を見続けていた。

 その瞳の表面には、視線が逸れる気配さえなかった。

 逃げ場がないのはわかってる。

 どこに逃げたって、もう間に合わない。

 …だからって、このままこの場所に留まるつもりか!?

 俺にはわからなかった。

 どうして立ち尽くしているのか。

 なんで、視線を動かさないのか。
 

 
 

 未来では雨が、降り続けてる。



 女は確か、そんなことを言ってた。

 隕石が落下した日から、“雨が止んでいない”って。



 そんなのはただのおとぎ話だと思ってた。

 どうせ大げさに言ってるだけだろ?

 “世界が崩壊した“なんて、そんなことが…



 だけど周りを見れば、何もかもがバラバラに解けて、崩れていく。

 見慣れたはずの景色は見る影もなくなり、消えかけていた。

 荒れ狂う天候。

 風の音、雨のしぶき、波のうねり、——地震。


 街が、壊れる。


 そんな実感の中に、止めどなく流れる恐怖があった。

 その恐怖は、“時間の外側”からやってきた。


 …わからない。


 だけどそんな予感がした。

 意識では永遠に追いつけない距離。

 それでいて1秒よりもずっと早く、小さい。

 コンマ1の一瞬を切り取ったような、刹那。

 そんな触れようもないわずかな大きさの波動を、そばに感じた。

 それこそ、手を伸ばしても、きっと追いつけないような。
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