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丘の坂道

第280話

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 隕石。

 雨。



 その言葉を聞いて、なんとなく、女の言ってることがわかったような気がした。


 空が落ちてくる。


 その表現はきっと、聞き間違いなんかじゃない。

 この目で確かに見た。

 あれが隕石だったかどうかはさておき、見たこともない大きさの物体が、空にあった。

 神戸の街の中心に。



 瞳の中に残ってる。

 赤く燃え上がる球体と、張り裂けるような轟音。

 空の色が変わって、まるで巨大な穴が空いたみたいだった。

 黒く聳え上がる雨雲を払いのけ、一直線に下降してくる、ひとつの軌道。

 パラパラと砕けながら落ちてくる小さな雨粒が、静止した風景の片隅に溶けて、音もなく蒸発していた。


 立ち止まるしかなかった。

 思うように動けなかった。

 どうすればいいのかもわからずに、ただ、見上げてたんだ。

 これからどうなるのか、——その感情の行き先さえ、知ることもできずに。



 「あれは紛れもない「現実」や。あんたの見たものは、全て」


 あれが、…現実?

 すぐにはそうは思えなかった。

 確かにこの目で見た。

 隕石も。

 崩れていく街も。

 だけど、…それが現実だったとしたら、俺は今頃…


 自分の体を確かめる。

 衝動的に確かめてしまうほど、不安に駆られた。

 あんなことが起きた後で、体が無事なわけがない。

 どう考えても死んだだろ

 咄嗟にそう考えてしまった。

 …だって、地面が砕けて…、それで…


 「まあ、そう思ってしまうのも無理ないわな」

 「…どういう意味や?」

 「説明すると長くなるんや。せやから簡単に言うとく。あれは「現実」やって」

 「…意味わからん」

 「あんた的にはどう思う?」

 「どう、…って?」

 「現実やと思うか?」

 「はあ?…いや、せやから、もしそうやとしたら…」


 ここにこうして、自分がいる。

 それがどんなに奇妙なことで、また、日常的なことなのか、すぐにはすぐに、区別することができない。

 だけど確かなことは、ここにこうして意識があるっていうこと。

 病院にいるってこと。

 それはわかる。

 わかりすぎるほどに。


 「知っといて欲しいんや。あんたが見たものを」

 「…何が起こったんや?」

 「「空」が無くなった。言えるのはそれだけや」


 …空が、無くなった…?

 何言ってんだ、…コイツ


 その言葉をどう受け止めればいいかも、何を考えればいいかもわからなかった。

 …いや、確かにそう言ったよな?

 「空」って…


 「それ、どういう意味?」

 「…うーん」


 困った顔をする。

 腕を組んで考えている。
 
 目を瞑ったかと思えば、時々、顎に手を当てて「うーん」って言ってる。

 言い間違いとかじゃないよな?

 だって、“空が無くなる”とか聞いたことないぞ。

 聞き間違いじゃなければだが。
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