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丘の坂道

第281話

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 「…なんて言えばええんかな。とりあえず、冷静になって考えて欲しい」

 「…おう」

 「あの交差点で、世界が止まった。それは覚えとるか?」

 「ああ」

 「“あれ”は、私が見せた光景や。あんたに知ってもらいたくて」


 薄々そんな気はしてた。

 …自分で言っててなんだが、最初、俺に見せてくれただろ?

 向かってくる電車の前に、お前は立った。

 死んだかと思った。

 目を開けてみたら、世界が止まってて——


 あの光景を見たせいか、心のどっかで、“お前が関与してるかもしれない”と思った。

 それ以外に理解のしようがなかったから。

 まあ、それでも、常識的に考えてあり得ないけど…

 あの時お前は、信号機の上に座ってた。

 青のまま停止したランプの光にかぶさるように、セーラー服の影が、ランプカバーの上にかかってた。

 車は停止し、人も街も、まるで死んだみたいだった。

 モノクロの無機質な質感が、粉を振り撒いたように延々と広がってた。

 空気の乱れも何もなくて、澄み切った青空が、——まだ、高層ビル群の真上に残ってて。


 なんであんな場所にいたのか

 なんで、突然現れたのか


 聞きたいことは山ほどあった。

 気になることがたくさんある。

 思い返そうとすればするほど、——たくさん


 でも、今はそれどころじゃない。

 あの時何が起こったのかなんて、正直どうでもいい。

 俺が知りたいのは、今、何が起こってるのかってことだ。

 ベットに千冬がいる。

 目を覚まさないまま、…眠ってる

 「元の世界」だってお前は言うけど、じゃあ、さっきの世界は?

 さっきの世界にいた、千冬は?

 頭が混乱する。

 考えれば考えるほど、ワケがわかんなくなる。

 何度呼びかけても返事をしない。

 ピクリとも動かない。

 …そんなこと、考えなくてもわかるってのに…


 「あんたを連れていったんや。ここじゃない世界に」


 その「言葉」は、もっともらしく響いた。

 なぜかしっくりきた。

 それと同時に、それを“信じたくない”自分もいた。

 “ここじゃない世界”

 それ以上でも、それ以下でもない、言葉の意味。

 俺を連れて行ったと、彼女は言う。

 その言葉が、記憶の奥底で繋がる。

 ピントが合う。


 「…嘘や…そんな…」


 どうして自分がここにいるのか。

 なんで、こんな気持ちになってるのか。

 俺自身、わからないわけはなかった。

 目を擦る。

 ガラスの向こうに映る自分を見る。

 自分が何者かはわかってる。

 ここがどこか。

 今日がいつか。


 …だけど

 …そんなこと…


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