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トンネルの向こう

第319話

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 昨日はネットの辞書を読み漁ってた。

 「ケッコン」って、他にも意味があるんじゃないかと思い。

 けど、どんだけ読み漁っても、出てくる言葉は「愛」とか「子供」とか。

 当たり前っちゃ当たり前なんだが、それを自分のことに当てはめて考えると、どうも…


 しかも相手は千冬だ。

 別に嫌とかじゃなくて、想像できないっていうか?

 考えられなかった。

 …なんつーか、その、わからないわけじゃないんだ。

 結婚ってのが、どういうことか。


 それはそうなんだけど…


 「さっきの世界でってこと…?」

 「へ?」

 「…いや、その、千冬と結婚したの」

 「さあ、どうやろな」


 いちいちはぐらかすのやめてくれん?

 昨日は気になって眠れなかったんだぞ?


 「あくまでそうなるかもしれんって話や」

 「は!?」

 「うーん、いや、今のは語弊があるな。ようは、そんな先のこと考えてもしょうがないやろってこと」


 未来未来って言ってたのに、どの口がほざいてんだ?

 その意見については賛成だが、そうさせてくれないのはお前だ。


 「大事なのは、あんたの気持ち」

 「俺の気持ち?」

 「この世界のキーちゃん伝えにいく。それがいちばん大事なことや」

 「この世界って言ったって…」

 「ほら、諦めとるやろ?どうせ目を覚まさないからって」


 そりゃ、そう言われても仕方ないけど、…でも


 逆に聞きたい。

 どうやって会いに行くんだ?

 どうやって伝えに行くんだよ?

 そう言うと、黙ってついてこいと言ってきた。

 ハーバー通りを抜けた先にある、神戸大橋を指差し。




 三ノ宮市街のビル群を抜け、真っ青な空と海が、ガバッと口を開けたように広がった。

 橋の上に広がる飛行機雲が、飛行船が通り過ぎる前の気配を漂わせていた。

 不意に思い出したんだ。

 そういえば、自転車に乗ってこの橋を渡る時、赤い鉄骨の向こうに広がる空が、どこか、“懐かしかった“って。

 自分が生まれるよりもずっと昔に、見たことがある。

 そんな奇妙な感覚に囚われながら、神戸大橋の自転車道を走ってた。
 
 時々夢にも見てた。

 空に浮かぶ見たこともない形の船が、ずっと高いところに飛んでいて。


 「飛行船が?」

 「ああ、いや、なんもない」

 「飛行機やなくて?」

 「飛行機やない。飛行船や。飛行機と違って、ずんぐりむっくりの体型でな」

 「あれやろ?気球を細長くしたやつやろ?」

 「ちょっと違う」

 「え?どんなやつ??」

 「うーん…。もっと縦長っていうか…。よく思い出せんのんや。目が覚めたらいっつも忘れててな」

 「ふーん」

 「いつから見てたのかもよく覚えてない。でも、多分昔から。千冬とこの橋を渡るようになってからかな?よぉわからんけど」

 「今でも見るん?」

 「今は見てない」

 「“懐かしい”って?」

 「ここを通るときにな?イマイチよぉわからんのや。なんでそんな気持ちになるんか」

 「いつから?」

 「わからん。昔、ここら辺はよく通ってたから。ほら、この先に空港があるやろ?多分、その関係かもな。よく夢を見てたのは」


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