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トンネルの向こう

第333話

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 小難しい文字の羅列。

 意味不明な専門用語に、おじさんの名前。


 …よくわかんないけど、1995年1月17日って言ったら、地震があった日じゃ…


 セカンドキッド?

 デジタルフロンティア?


 何回か読み直したけどわからない。

 女はパソコンの中に入っているデータを漁っていた。

 他にも色々な文書があった。

 そのどれもが、難しい内容だった。


 「そのパソコンに、探しとる資料が?」

 「このパソコンって言うより、オンライン上に保存されとるストレージにアクセスしとるだけや」

 「ふーん」

 「かなり厳重なセキュリティを突破する必要があるが、受付でもらったこのカードキーのおかげでな?」

 「それが?」

 「暗号化されたエリアを簡易的に通過できる。1時間しか有効やないが、十分や」


 そんな便利なもんだったのか

 ってかお姉さんの件、あれほんとにほんとなのか?

 人造人間が何かを知らないわけじゃない。

 思ってるのと違う可能性もゼロじゃない。

 だとしても、だ


 「…あのさ」


 詳しく聞こうと思ったが、女は画面を見ろと催促してきた。

 今度はなんだ…?

 見たところで、よくわからないと思うんだけど。


 「キーちゃんの記録が残っとる」

 「は!?」

 「“日記”みたいなもんや。と言っても、どの“世界線”のキーちゃんなんかはわからんが」


 千冬の日記…?

 画面を見ると、千冬の名前がそこにはあった。

 それだけじゃない。

 小難しい文章は無くなって、そこには日常的な文字や言葉が書かれていた。

 どれも、ブログみたいな書き方だった。

 簡易的な日付と、その日の出来事。

 …なんで、こんなもんが…?


 “俺が知ってる千冬じゃない”


 と、女は言う。

 じゃあこの前の世界の千冬?

 どうも、それも違うみたいだった。


 「ここに載っとる文書は、別の世界から集積したデータの一つに過ぎん。私たちはこのデータを、『世界の記憶』として保管しとる。これから先に起こること、これまでに起こったこと。そういったいくつもの多世界線上の中に、世界の“地脈“が流れとる。そのほんの一部を、データとして管理しとるんや。デジタル上に繋がった、クラウドネットワークを駆使してな」

 「えっと…」

 「無理に理解しようとせんでええ。わかる範囲で、理解していったら」


 ここじゃない”別“の場所。

 別の時間。

 限りなく遠い距離の先に、「彼女」がいる。

 そう言うけど、”遠い”っつったって…


 別の世界線の千冬、か。

 わからないのは、その「千冬」が書いたっていう記録が、このパソコン上で閲覧できてることだ。

 普通に考えておかしくね?

 どうやって、その記録を入手したんだ?

 単純に疑問だった。

 別の世界のことは、この世界とは関係ないんだろ?

 だったら


 「今は理解できんでもええ」

 「そうは言ってもやな」

 「ひとつ言えるのは、この「別の世界のキーちゃん」も、あんたを探しとったということや」

 「この前の話?」

 「そう」


 俺を探してる。

 世界を旅して、未来を変えようとしていた。

 その「断片」が、この文書の中にあると言った。

 彼女が書いたというその記録は、どれも、赤裸々に書かれたものだった。

 いつの時代かもわからない、どこで書かれたものかもわからない、——そんな遠い気配を、どこかに感じた。

 膨大な文字と、数字の中に。
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