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100億光年の時の彼方で

第352話

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 坂の上から見える住宅街の景色。

 緩い勾配から赤い屋根がガードレール越しに見えて、松の木が、ひょっこり塀の横から顔を出してた。

 丘の上まで伸びていく電線が、山間の緑の奥に続いている。

 チチチチという囀りが、そよそよと吹く向かい風の中に弾んでいた。

 垂水方面のバスが、俺たちを追い越していく。

 ブロロロロという音と、なだらかな斜面を蹴り。


 阪神高速線の下を抜け、河川敷の上を走った。

 パチパチと浮き上がる光の粒が、川の表面を飛ぶように跳ねている。

 土手の裾に擦れていく水面が、ゆっくりと傾きながら波打っていた。

 遮るものがなにもなかった。

 中央区のビル群は、ぼんやりとした空気の中に漂っていた。

 ずっと遠い場所にあった。

 山肌の鉄塔も、街の景色も。

 平らな道なりに浮かんでいる橋。

 その真下を降っていく、広い川幅。

 朝からランニングしてる人が、乾いた地面の上を走っていた。
 
 草むらをかき分けていく石段が、川のほとりの広間まで横たわっていた。

 石の表面には草が生えて、所々がひび割れている。

 階段の手すりに触れる背の高い雑草が、肘をつくようにもたれかかり。


 鉄橋のすぐ下を抜けて、狭い路地の中を走った。

 錆びた標識が一方通行の道のそばに立ち、街の形が一気に変わっていく。

 住宅地の建物が混み合うようにひしめいていた。

 アスファルトの上には木陰が泳ぎ、チラチラと日差しを揺らしていた。

 河川敷から見えた広い景色は、土手の坂道を降りた途端にパタリと見えなくなった。

 窓にカーテンを引いたように、光の加減が弱くなる。

 ピーピーという車の音。

 ゴム収集車の回収作業。


 朝から頑張ってんな。

 俺のとこはボロボロだけど、ここらへんのステーションは綺麗だ。

 黄色い袋に入れられたゴミが、山のように積まれてる。

 可燃ごみかな?

 今日は。

 道路脇の水路が、窪んだ溝の底を洗っている。

 青く焦げたように鬱蒼と繁った藻が、ゆらゆらと漂っている。

 「メゾンさくら」と書かれたアパート。

 よく吠える犬がいる家。

 キャンピングカーが置いてある、白い看板の工務店。


 路地から路地を渡り、途中、商店街の通路を横切った。

 朝が早いから、ほとんどの店は閉まってた。

 開いてたのは生鮮市場くらいだ。

 あと、金具店。
 
 
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