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青空の向こう

第7話

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 僕たちは病院を出た後、しばらく海を眺めていた。

 三ノ宮駅を過ぎ、人混みの多い交差点を抜け、ポートタワーの見える海岸線沿いの砂浜を、一緒に歩いた。


 空は、雲ひとつなかった。


 「なんでそんな暗い顔しとんや」

 「…だって、…こんなんあり得んやろ」

 「あんたも聞いたやろ?それとも先生の言葉を疑うんか?」

 「お前はなんともないんか?」

 「どういう意味?」

 「意味もクソもあらへん。…その、…なんていうか」

 「なったもんはしょうがないやん」

 「はあ!?しょうがないってお前…」

 「神様にお願いでもするんか?治してくださいって」

 「そういうわけはないが、でも…」


 この際神様でもなんでもよかった。

 夢なら覚めてくれと何度も思った。

 なんでそんなに気楽なんだ?

 僕にはわからなかった。

 言葉の意味がわからないわけじゃなかった。

 きっと、——いや恐らく、お互いにわかっていた。

 病院で言われたこと。

 先生から聞いた話。

 だから、僕は尋ねずにはいられなかった。

 立ち止まらずにはいられなかった。


 「これからどうするんや?」


 気がつけば、僕たちは初めて出会った場所に辿り着いていた。

 穏やかな波の音と、瀬戸内海の水平線と。

 僕が彼女に尋ねた言葉は、千切れそうな吐息の泡沫に紛れて、微かな振動を含んでいた。

 思うように言葉を吐き出せなかった。

 声が詰まって、何を話せばいいのかもわからなかった。

 ただ、視線は“そこ”にあった。

 視界の片隅に見えたのは、いつもと変わらない日常の風景だった。

 穏やかな漣が、白い泡を作りながら光の粒を運んでいた。

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