空色デイズ -音のない世界の中心で-

じゃがマヨ

文字の大きさ
6 / 30
音のない世界

第6話

しおりを挟む


ゲーセンの中は、眩しいほどのネオンと、耳をつんざくような電子音で満たされていた。

——ゆいには、それらの音は一切届かない。

でも、光と人の動きで、空間の熱気は感じることができた。

人混みを抜け、美柑とマチの後をついていく。

UFOキャッチャー、音ゲー、格闘ゲームの筐体が並ぶフロアを通り抜け、奥のテーブルゲームコーナーへ。

マチがポケットから千円札を取り出し、両替機に押し込んだ。

「で、お前、なんかやるん?」

ゆいはスマホを取り出す。

「……得意なもんない」

マチは、その画面を覗き込むと、片眉を上げた。

「へぇ、そんなん言うやつ珍しいな。みんな大抵『これだけは得意や』とか言うもんやけど」

「そもそも、ゲーセンとか来たことないやろ」

美柑が、ゆいを横目に見ながら言った。

ゆいは小さく頷く。

「せやろな。お前みたいなんは、こういうとこにはおらんタイプや」

「まぁ、そんなら簡単なんからやってみたら?」

マチはそう言いながら、ボタンを押し、コインゲームの機械を選んだ。

大きなメダルがガシャンと落ちる音がする。

「適当に入れて、どこまで増やせるか試すだけや」

ゆいは、美柑とマチが並んで座るのを見て、少しだけ迷ったが、隣に座った。

美柑が、タバコをくわえながらニヤリと笑う。

「ゆい、試しに一回やってみ?」

ゆいは、メダルを一枚手に取る。

光るボタン。
画面の中で回るルーレット。

「ゲームなんかで運試ししても意味ないやろ」

美柑が言うと、マチは肩をすくめた。

「まぁな。でも、こういうのって結局『流れ』が大事やろ」

「流れ?」

ゆいがスマホに打つ。

「せや。勝つやつはずっと勝つし、負けるやつはずっと負ける。大事なんは、『どこで勝負に出るか』や」

マチはそう言うと、タバコを吸いながらコインを弾いた。

機械の中でカラカラとメダルが転がり、派手な効果音が鳴る。

「JACKPOT!」

画面が光り、マチがにやりと笑った。

「な?」

美柑が吹き出す。

「お前、ほんまこういうのだけは強いよな」

マチは肩をすくめる。

「運の使いどころ、間違えたら人生終わるで」

「それ、あんたが言う?」

「せやで。人生ってギャンブルやろ?」

美柑は笑いながら、煙を吐いた。

ゆいは、その二人の会話を聞きながら、少しだけ不思議な気分になった。

彼女たちの空気は、自分が知っているものとは違った。

「普通の人間」とは違う。

「学校」とも、「家庭」とも、「社会」とも違う。

それは、まるで別世界の住人みたいな——。

でも、だからこそ、ゆいはその世界に惹かれたのかもしれない。

ゆいは、静かにメダルを落とした。

夜のネオンが、ゆっくりと瞬いていた。


メダルゲームの機械が、派手な音を立てる。

ゆいの手元に、カラカラとメダルが落ちてきた。

「お、やるやん」

マチがニヤリと笑う。

ゆいは、じっとメダルを見つめていた。

——運。

——流れ。

「勝つやつはずっと勝つし、負けるやつはずっと負ける。」

さっきマチが言っていた言葉が、頭の中でリフレインする。

自分は、どっちの人間なんやろう。

「なぁ、美柑」

マチがコーヒーを飲みながら、タバコの煙をゆっくりと吐いた。

「この子、どんなもんなん?」

「どんなもんって?」

「覚悟、できとる?」

ゆいは、その言葉に息を詰まらせた。

覚悟——。

それは、さっき美柑にも言われた言葉やった。

けれど、未だに「何の覚悟」が必要なのか、わからないままだった。

美柑は、肩をすくめる。

「まぁ、まだやろ」

「……ふーん」

マチは、ゆいをジッと見つめた。

「お前、賭け事とかやったことあるん?」

ゆいは、スマホを開いて首を振った。

「やっぱりな」

マチは薄く笑う。

「運ってのはな、最後の最後で頼れるもんや。でも、そもそも『賭けること』ができへん人間には、意味がない」

「……賭ける?」

「せや。勝つか負けるかなんかわからん。でも、一歩踏み出せるかどうかや」

マチの目が、少し鋭くなる。

「お前は、何か賭けたことあるん?」

ゆいは、言葉を打つ手が止まった。

マチは、少しの間、ゆいを見つめた後、くくっと喉を鳴らして笑う。

「まぁ、ええわ。無理に答えんでええ」

ゆいは、スマホの画面を見つめる。

自分は、何かを賭けたことがあるんやろうか。

——いや、ない。

何も持っていないし、何も賭けたことがない。

だからこそ、自分は「空っぽ」なんだ。

「ほんなら、今からやな」

マチが椅子から立ち上がる。

「え?」

ゆいが、スマホに打ち込もうとした瞬間——。

パシッ。

マチが、ゆいのスマホを弾き飛ばした。

「……!」

スマホが床に落ち、画面が暗くなる。

美柑が、それを見て軽く笑った。

「お前、相変わらずやな」

マチは、ゆいの方を見下ろしたまま、片手をポケットに突っ込んでいる。

「スマホがなかったら、お前、どうするん?」

ゆいは、唇を噛んだ。

——どうする?

マチの目が、試すようにゆいを見ていた。

「言葉が通じへん? ほんなら、それで終わり?」

ゆいは、拳を握りしめた。

「……」

何かを言おうとした瞬間。

美柑が、ゆいのスマホを拾い上げて、軽くホコリを払った。

「まぁまぁ、マチ。あんまり意地悪したらあかんて」

「意地悪ちゃうで」

マチは、ニヤリと笑う。

「ちょっと試しただけや」

ゆいは、スマホを受け取ると、画面を確認した。

幸い、ヒビは入っていなかった。

「……」

マチは、ゆいの表情を見て、軽く舌を打つ。

「まだまだやな」

美柑が、煙草を消しながら立ち上がる。

「マチ、そろそろ行こか」

「ほーい」

ゆいは、美柑とマチが歩き出すのを見て、少しだけ迷ったが、すぐに後を追った。

「次は、ちゃんと賭けられるようになれや」

マチの言葉が、妙に重く感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう一度、やり直せるなら

青サバ
恋愛
   告白に成功し、理想の彼女ができた。 これで全部、上手くいくはずだった。 けれど―― ずっと当たり前だった幼馴染の存在が、 恋をしたその日から、 少しずつ、確実に変わっていく。 気付いた時にはもう遅い。 これは、 「彼女ができた日」から始まる、 それぞれの後悔の物語。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん

菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)

クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。 ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。 無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。 クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...