1日1回異世界へと通じる扉が家の裏庭に!?食糧難に喘ぐ農村を助けるため、炊飯器と米を持っておにぎりをおもてなしする!!

じゃがマヨ

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第一章 最初の一歩は、草の匂いがした。

第8話

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火床にくべられた炭の熱が、じわじわと広間に広がっていた。

カレドは、火箸で灰を寄せながら、時折麦の方をちらりと見た。
その仕草には威圧感こそなかったが、まるで「家の中で動く火の流れを、絶えず監視しているような」静かな力があった。

「お父さん、麦は変な人じゃないよ」

フィリエルの声が、やや強く響いた。

「見ればわかる」

カレドは火箸を炉の縁に立てかけ、ため息のような呼吸を吐いた。

「……だからといって、軽々しく家に連れてくるのは感心せん」

怒鳴るでもなく、あしらうでもなく、ただじっと遠くを見据えたような力強い声色が、部屋の中にピンと立ち上がった。

緊張が走る。

その空気の“重さ”は麦も感じ取っていた。

自分が警戒されていること。

そのことに対する視線の鋭さが、肌を刺すように徐々に膨らんでいた。

優しく接してくれたフィリエルとは対照的に、彼女の父親にはれっきとした距離感があった。

それもそのはずだ。

会って間もない人の家に上がり込んでいるんだ。

逆の立場だったらきっと警戒するだろうし、せめて名前くらいは聞く。

ましてや自分はフィリエルとは違う“人種”。

そういう「言い方」をすること自体非日常的だが、彼の言い分や気持ちがわかる気がしていた。

「…軽々しくじゃないよ。ちょっと立ち寄ってもらっただけ」

「知り合ったばかりなんだろう?」

「そうだけど…」

フィリエルは言葉が詰まったように口を噤む。

彼女なりに思うことがあったのだろう。

ただ、父親を説得するだけの言い分は持ち合わせていなかった。

「たとえその子が悪い「人」ではなかったとしても、家族を危険に晒すような真似はするな」

「でも、じゃあ誰が助けるの? 道に迷って、知り合いもいなくて、困ってるのに……!」

麦は2人のやりとりをじっと聞きながら、少し肩をすくめた。
朝の光が障子越しに差し込んでいたが、その温もりの裏で、家全体がどこか緊張しているようだった。

「フィリエル」

カレドの声は静かだったが、芯があった。

「おまえが“誰かを助けたい”と思う気持ちは否定しない。
だが――この村がどういう状況か、おまえも分かってるはずだ」

言葉の端に、疲労がにじむ。

「食糧は底を突きかけている。塩の備蓄も、道具も、全部が限界だ。
そんな中で、“正体の分からん者”を家に通せば、どんな波紋が広がるか……わかるな?」

フィリエルは唇を噛んだまま、下を向いた。

その横で、麦は静かに立ち上がった。

「すみません、俺のせいで……」

カレドは麦を見やった。

「……いや、おまえが悪いとは言っていない。ただ――どういう立場の人間なのか、何をしにこの村に来たのか、それを知りたいだけだ」

麦は一瞬迷ったが、深く息を吸って言った。

「……あの、変な話に聞こえるかもしれないですけど、俺、本当に……どこから来たのか、説明が難しくて。
山を越えたとか、谷を抜けたとかじゃなくて――“気づいたら、来てた”っていうか」

カレドの眉がわずかに動く。

「つまり、記憶が曖昧だということか?」

「違います。記憶はちゃんとあるんです。でも、俺がいた場所は――たぶん…」

麦は言葉に詰まった。

その先の言葉を、うまく見つけられずにいたからだ。

それを察したフィリエルは、父の顔を覗き込むように言葉を添えた。

「お父さん。変に聞こえるかもしれないけど、信じてあげて?麦はおかしなことを言ってるつもりじゃないんだよ。
“空間の裂け目”みたいなものを通って、ここに来たって……そう話してくれて」

カレドは顎に手を当て、しばらく考え込むような仕草を見せた。
そして、低く呟く。

「裂け目……か」

沈黙が落ちた。

麦は、それがどんな意味なのかを読みきれずにいたが、ふと思いついたように、ポケットから“あの鍵”を取り出した。

「……これ、俺がこっちに来る前に、家の部屋で見つけたものです。
この鍵で裏庭の物置小屋を開けたら……こっちに来てたんです」

鍵は、陽光の中で鈍く光った。

カレドの視線が、ぐっと鋭くなる。

「見せてくれ」

麦は素直に鍵を渡した。

カレドはそれを手に取ると、親指で表面をなぞりながら、まるで何かを探るようにじっと見つめた。

「……この形状……」

その顔に浮かんだのは、驚きと困惑、そして――警戒ではなく、“記憶”だった。

やがて彼は、ゆっくりと麦に鍵を返した。

「その鍵……昔、似たものを見たことがある。……この村ではなく、戦の焼け跡でな」

「……え?」

「私がまだ若かった頃だ。龍人族と亜人族の前哨戦の頃、北方の廃墟で一度だけ……“黒い裂け目”のようなものと、そこに置かれていた金属片を見たことがある。
それと、形が似ている」

麦は無意識にその鍵を強く握った。

(それって……どういう…)

「お父さん……ちょっと考えてたんだけど、長老様なら何か知ってるかも」

フィリエルがぽつりと呟いた。

カレドはゆっくりと頷いた。

「そうだな。あの方なら、“古い扉”や“狭間”の話に何か心当たりがあるかもしれない。
だが、生憎今日は会えないとは思うが…」

「明日は?」

「…そうだな、明日ならきっと会えるだろう。明日の朝、村の北にある『言葉の庵(ことばのいおり)』に行くといい。
長老は、朝日が差す時刻に祈りを捧げているはずだ」

「…言葉の庵」

「村の神様が祀られているところだ。長老の家はその近くにあってな。ここからだと少し歩くが、そう遠くはない」

麦はしっかりと頷いた。

そして、心の中でそっと思った。

(…とにかく、行ってみるしかないか)



炭がパチパチと音を立ててはぜる音だけが、部屋を満たしていた。

フィリエルは、父カレドの前で火を焚べる手伝いをしながら、静かな時間を過ごしていた。

カレドは基本無口だったが、一つ一つの行動には芯があって、隙がなかった。

整然としたその佇まいは、彼がこの家の主人なのだということを伝えるように確かな“重み”を運んでいた。

フィリエルの目はまっすぐだった。

まっすぐで、迷いがなかった。

彼女もこの家の一員として、確かな面持ちの中で暮らしていた。

自分のするべきことや、朝の仕事。

それがわかっていないと、こんなふうにテキパキとは動けない。

フィリエルは作業を粛々とこなしながら、チラッと呟くように父親に尋ねた。

「……麦が帰り道を見つけるまで、この家にいさせてあげて?」

カレドは組んだ腕を崩さず、ただ視線だけで彼女を見据えていた。

長い沈黙が落ちる。
炉の炎がゆらりと揺れ、煙が天井の丸窓へと登っていく。

麦は傍らで固唾を飲み、視線を床へと落としていた。

「……構わないが、あまり軽々しく誰かを“家族の内”に迎えるものではない」

低く、重たい声だった。

「それがどれだけ、他の者に波紋を呼ぶか。フィリエル、おまえもわかっているな?」

フィリエルはうなずいた。

「わかってる。…わかってるけど」

「もし、この家に何かあったらどうするつもりだ?」

「…何か、あったら?」

「世の中の人は、誰も彼もが“いい人”ばかりではない。我ら一族でもそうだ。あの子が悪いと言っているわけではない。そういうわけではないが、例え彼が本当に困っている少年だとしても、お前は少し他人に優しすぎるところがある。言いたいことはわかるな?」

「うん」

「わかっているなら尚更だ。手を差し伸べるのは簡単だが、差し伸べた後の行動や結果には、それ相応の責任が伴わなければならない」

「…言いたいことはわかるけど」

「けど?」

「…だからって、困ってる人を見て見ぬ振りはできないよ」

その言葉を聞き、カレドはしばらく黙っていた。

が――その目が、ふと少しだけ緩んだ。

「……母親にそっくりだな。その言い方は」

フィリエルが一瞬驚いた顔をした。

「お母さんに……?」

「ああ。強情で、でも誠実で……人を引き受けることに、躊躇がなかった」

カレドは腕を解いた。

「滞在を許す。ただし、条件がある」

麦が顔を上げた。

「この家の者として扱う以上、最低限の節は通してもらう。
村の者たちは“ヒト”に敵意を持っていないが、知らぬ顔を見れば戸惑いもする。
まずはこの周辺の住人に、挨拶だけはちゃんとしておきなさい。いいね?」

「……ありがとう、お父さん」

フィリエルはカレドの顔を見て、少しだけ微笑んだように表情が柔らかくなった。

麦は反射的に立ち上がった後、彼女に続くようにお礼を言った。

カレドはそれを見て、軽く頷いた。
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