上 下
24 / 53
第2章 『エルフ国編』

第10話 「魔王様、世界樹を攻略する④」

しおりを挟む
 ”核”の間に向かう者たちは、その数を大きく減らしていた。

 私たちのパーティは全員揃っていたが、同行する白エルフの数は激減していたのである。
 さすがにロードとの戦闘の後だったので、すぐに動ける者が多くなかったのだ。


「あ……あの、クレアナード様……」
「ん? どうした? どこか痛むのか?」


 戸惑い気味のダミアンの声に、私は顔だけ向ける。
 すぐ近くに彼の顔があったのは、いま私が彼を負んぶしているからである。
 アテナが「ロード戦の功労者は疲れているようです。負んぶしてあげては?」と提案してきたので、気絶して何も役に立たなかった私は、首をぶんぶん振って断ってくる彼を無理矢理気味に負んぶしていたのだ。


「その、やっぱり俺、自分で歩くんで……」
「気を遣わないでくれ。これくらいのことはしないと、私としても気が収まらないからな」
「でも……その、重くないですか?」
「なに、ひとりくらい負んぶして歩く程度、造作もないさ」
「そ、そうですか……」


 何やらがっかりした様子でしゅんとなるダミアンをビトレイが不憫そうに見ていると、マリエムが不思議そうに小首を傾げてる。


「どうしたの? お兄ちゃん」
「いや……現実はけっこう残酷だな、って思ってさ」
「?」


 訳が分からないといった様子でさらに頭の上に疑問符を浮かべる妹に、兄はそれ以上は何も言わなかった。


「それにしてもクレア様。無理に最深部に行かずとも、あのロードの間で待っていてもよかったのではありませんか? 目的を終えた本隊の帰り道のようですし」


 改めてもっともなことを言ってくるアテナは、無表情ながらも何やら不機嫌そうだった。
 自分で言っておいて、自分を差し置いてダミアンを負んぶしていることが面白くないのだ。

 よく分からない彼女の心理はこの際無視をする私は、ずり落ちそうになった少年を支え直す。


「ここまで来たら、もう意地だろうな」
「意地?」
「こんなに苦労してここまで来たのに、今回の騒動の中心であるその”核”の間を見ないなんて、なんか悔しいだろう?」
「なるほど。クレア様のただの我が儘でしたか」
「我が儘で結構だよ。どうせ私たちには、これといった旅の目的なんてないんだからな。たまには観光気分もいいんじゃないか?」
「なるほど。物見遊山でダンジョンの最深部を目指す……ですか。狂気の趣味ですね」
「おいおい……そこまで言うか?」


 不機嫌だからか少しばかりトゲがあるアテナに苦笑しつつ、私は兄妹エルフへと目を向けた。


「君たちふたりは、別に私たちに付き合う事はなかったんだぞ?」
「前にも言いましたけど、やっぱり白エルフ族のひとりとして、最後まで見届けたいと思ってます」
「そうだね。ってか、私もクレアさんと同じ気分かな? ここまで苦労して来たら、やっぱり一度くらいは”核”の間ってのも見てみたいし」
「なるほどな」


 再びずり落ちそうになった少年を両手でしっかりと支え直すと……何やら私の腰辺りにが当たる感触が。
 感覚的には、が、徐々に硬度を増したような……


「?」


 ちらっと後ろを見ると、カアっとダミアンが顔を赤くしていたりする。


(……ああ、なるほど)


 私は状況を把握した。


(女の私では、男の身体の構造はわからんからな)


 男の子とはいえ、彼も”男”ということである。
 なぜ興奮したのかはよくわからなかったが……


「あ、あの、クレアナード様……っ」
「しっ。アテナに気付かれると揶揄われるぞ」
「……っ」
「まあ、その、なんだ。気にするな。私も、気にしないようにしよう」
「あ、はい……す、すいません……」


 気恥ずかしさからか、ダミアンの声は消え入りそうだった。

 密着していることでアテナからは見えないようで、彼女はこれといって変わった様子はなく。
 腰に当たるをなるべく意識しないようにしながら、私は兄妹エルフへと言う。


「まあ、物見遊山の意味もあるが、ここは上層部なんだ。あのロードの間で待つよりも、こちらから出向いて早く本隊と合流したほうが安全という意味合いもある」
「なるほど……言われてみればそうかもしれませんね」
「だねー。それに本隊には、白エルフ族最強の魔導士、ドラギア様がいるもんね」
「そういうことだ」
「おやおや。クレア様は、ドラギア様に負んぶに抱っこしてもらう腹積もりでしたか」
「いまの私は、もう”最強”じゃないからな」


 アテナに自嘲的に答えた私の言葉に、事情を知らない兄妹エルフは不思議そうな顔をしていた。



 ※ ※ ※


 
 さすがに本隊が通った後ということもあり、すぐには生まれ出でないようで、魔獣の姿がない通路を進むことしばし。

 やがて私たちの耳に、戦闘音が聞こえてきた。
 同行する白エルフたちに緊張が走り、兄妹エルフも警戒を滲ませる。

 私の横を歩くアテナが、ふむ、と顎に手を当てた。


「最深部が近いこの上層部で戦闘しているということは、本隊でしょうかね?」
「……それしか考えられないな。またロードにでも出くわしたのか?」
「かもしれませんね。そうなると、その戦闘が終わるのを見計らってから、本隊と合流ですかね?」
「うーん……下手な戦闘には、巻き込まれたくないしなぁ……」


 すでに私たちは、これまでの道中でかなり消耗しているのだ。
 しかもこのパーティのメインアタッカーであるダミアンも、先のロード戦によって疲弊を隠せない様子。
 正直、これ以上面倒な戦闘は避けたいという思いが強かったとしても、それは仕方ないことだろう。

 しかし、そんな私の想いとは裏腹に。



「急いで本隊に合流しなければ!」
「白エルフ王の身に何かあっては!」
「みんな、急ぐぞ!」



 白エルフたちは真面目だったらしく。
 急いで武装した彼らはまごつく私たちを置いて、我先にと、足早にその場を駆け去っていった。


「如何いたします? クレア様」
「んー……まあ、急がない程度の歩みで進むとしよう。本隊にはドラギアがいるんだ。それこそ、放っておいても大丈夫だろうしな。心配するだけ無駄だろう」


 どうやら兄妹エルフも私と同意見のようで、反論してくる様子はない。
 彼らもこれまでの道中で、疲労困憊だからだ。
 他の白エルフたちも同じように消耗しているはずだが……
 これが、大人と子供の違いというやつなのだろう。

 指摘するとマリエムが反感して面倒なことになるかもしれないので、いちいち言わないが。


「あの……クレアナード様。戦闘が近いかもしれないですし、そろそろ俺、降ります」
「ん? そうか? 私は別に構わんが」
「ではダミアンさんの代わりに、私を負んぶしてください」
「おいおい。なんでお前を負んぶしなきゃならん?」
「私が歩きたくないからです」
「直球だな」


 私とアテナのやり取りに兄妹エルフが苦笑い。
 そんなことをしながら、私たちはゆっくりと通路を進むが……


「戦闘音が終わりませんね」


 結局負んぶしてやることにしたアテナが、私の背中から言ってくる。
 負んぶしてやったのは、へそを曲げられると面倒だからである。


「苦戦しているのか……?」


 その場所に近づくにつれ、段々と激しさを増しているような気がするのだ。

 警戒感を強めながら私たちが歩みを続けていくと、ついには誰かしらの断末魔すら聞こえてくる。
 なおも戦闘音は聞こえてきており、収束する気配がまるでなかった。


「おいおい……どうなっているんだ? ドラギアがいるのに、苦戦する相手ということか……」


 私の呟きに、兄妹エルフがごくりと唾を飲む。

「クレアナード様、俺が偵察してきましょうか?」
「いや、どのみちもうすぐ着くんだ。状況はすぐにわかるさ。ただ、警戒はしておこうか」


 何やら雲行きが怪しくなってきたが、このまま進むしかないだろう。
 どのみち世界樹の暴走を止めないことには、引き返しても意味がないのだから。

 ──とはいえ。

 弱体化したいまの私に出来ることは、少ないかもしれないが……



 ※ ※ ※



「……なんだ”あいつ”は……」


 戦闘の舞台となっている”核”の間に到着した私は、当惑を隠せなかった。
 無表情のアテナ以外の他のメンツも同様で、声をなくしている様子。
 しかし状況を判断してか、アテナが無言ですぐに私の背中からは降りていた。


 一見すると、大きな樹木だった。


 上級魔獣のハイ・トレント程の体躯だったが、その樹木の半ば辺りには上半身だけを出している黒エルフの姿があり、肉体と樹木の接合部が完全に結合していた。
 樹木に呑み込まれているというよりは、樹木から生えてきた、と表現したほうがいいかもしれない。
 床に根を張っているようで、その場から動くことはなかったが……



『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』



 黒エルフが吼えた。

 しかしそれはすでに人の声ではなく、とても聞きづらく、獣の咆哮に似ていた。
 その様子から、人の意識があるのかすら、定かではない。

 黒エルフの樹木の身体からは無数の枝が縦横に伸びており、まるで鞭のようにしなり、周囲を取り囲む白エルフたちを圧倒していた。


「ぐふ……っ」


 回避できなかったひとりの白エルフが枝に身体を貫通され、絶命する。


「近づきすぎるな! 枝にやられるぞ!」


 別の白エルフが焦慮のままで叫ぶも、次の瞬間には枝の攻撃によって、吹き飛ばされていた。

 仲間が次々と倒されていくも、それでも黒エルフを取り囲む他の白エルフたちは、果敢にも攻防を展開していく。


「おお、誰かと思えば。クレアナードではないか。ようやくここまで来たのかの」


 憔悴した声にそちらを見れば、負傷しているドラギアの姿。
 彼女を庇うように立ちふさがるのは、同じく傷だらけのレイである。


「ドラギア様っ、すぐに治療致します!」
「おお、すまんのう。助かるぞ」


 慌てた様子で駆け寄ったビトレイが、すぐに治療魔法を施し始める。
 マリエムも剣と盾を構え、ドラギアを庇うようにレイの横手へと移動。


「ドラギア。これはいったい、どういう状況なんだ?」
「どうもこうもないわい。犯人の黒エルフが”核”の一部を噛み千切った途端、あのようなバケモノに変貌したんじゃよ」


 すでに回収していたようで、ドラギアが一部が欠損している光のオーブを見せてくる。
 確かに、人型のかじられた跡があった。


「しかもじゃ。なぜかあのバケモノが邪魔をするせいで、”核”を台座に戻せん」


 忌々し気にドラギアが呟く。
 台座に”核”を戻さなければ、世界樹の暴動を鎮めることができないからだ。


「ふむ……。ドラギア、その”核”には、人間を魔獣化するといった効果があったのか?」
「儂が知るか」
「ですけど、あの犯人はまるでそうなることがわかっていたかのように、動きに迷いがありませんでした」


 レイの言葉に、私は樹木魔獣と化している黒エルフを見やった。

 全身から無数の枝を伸ばす彼女の両目はすでに虚ろであり、人ならざる絶叫を上げ、取り囲む白エルフたちを攻撃している。
 よく見ればその全身は傷だらけであり、いたるところに弓矢が突き立ち、焼け焦げていたものの、何の痛痒も見せておらず、取り囲む白エルフ達を圧倒していた。

 本隊に抜擢された以上、彼ら白エルフも決して弱くはないと思うのだが……


「まあ、なんにしてもじゃ。ロード3体と戦った方が、まだしも余裕があったの」
「まじか……ロード3体分の強さだと? とんでもないバケモノだな、あれは」


 また白エルフのひとりが枝に弾かれ、壁に叩きつけられた。
 その彼へと追撃が繰り出されてくるも、仲間がフォローしており、負傷した彼は仲間に引きずられて戦線を後退していく。


「ドラギア様! 治療が終わりましたっ」
「……ほう? 早いな。確かに傷が癒えておる……お前さんは、優秀な治療師のようじゃのう」
「い、いえ。とんでもないですっ」


 さすがに王が相手ということもあってか、ビトレイは緊張を隠せない様子。
 確認するように手をわきわきと動かすドラギアへと、私は視線を向けた。


「ドラギア。まだ戦えるか?」
「儂を見くびってもらっては困るのう。傷が癒えた以上、まだ戦えるわい」
「それはよかった。じゃあ、後は任せるぞ。私たちは撤退する」
「なんじゃとっ? お前さんは戦ってくれぬのか?」
「馬鹿を言うな。貴女が苦戦する相手に、弱くなった私が敵うわけないだろうが」
「いやいやいや。ここはどう考えても、お前さんも参戦する流れじゃろうがっ」
「無茶振りだな」


 声を荒げるドラギアに私が肩をすくめると、無表情の眼差しを戦線に向けているアテナが言ってくる。


「クレア様、冗談はその辺で。戦況が思わしくありません」


 見れば、すでに白エルフの大半が戦線を離脱しており、残った白エルフたちは繰り出されてくる無数の枝を防ぐので手一杯となっていた。
 完全に攻防が逆転してしまったことで、もう白エルフたちだけでは戦線を維持できないだろう。


「やれやれ。本隊と合流するのが一番安全だと思ったんだがな……逆に危険にさらされるとは、なんとも皮肉な話だ」


 抜刀して切っ先に蒼雷を纏わせる私に合わせて、ドラギアも「よっこらせ」と立ち上がる。


「クレアナードや。あやつに魔法は効果が薄い。物理攻撃のほうが有効じゃぞ」
「なるほど。それで貴女が苦戦したというわけか」
「儂は最強のじゃからのう。相性が悪い」


 私とドラギアが戦闘態勢に入ったことで、他のメンツが緊張感を漲らせた。
 とはいえ、相変わらずアテナだけは無表情のままだったが。


「ダミアン、まだ動けるか?」
「まだ動けます」
「無理はするなよ」
「はい」


「マリエムとレイは盾をもっているからな、防御は任せる」
「任せて!」
「クレアナード様に直接指示を頂けるとは……了解しました!」
「あ、ああ。頼むぞ」


「ビトレイは後方に。前に出過ぎず、状況に応じて治療を頼む」
「は、はいっ」
「あまり気張るな。治療役のお前の存在はかなり重要だ」
「はい!」


「私とダミアンで正面から仕掛けるから、アテナとドラギアは援護を頼む」
「かしこまりました」
「ま、妥当じゃな。魔導士の儂は援護に徹しよう」
「頼りにしてるぞ、最強の魔導士殿」


 全員に指示を出し、彼らが頷いたのを見届けてから。



「──いくぞ!」



 世界樹の暴走を巡る最後の戦いが始まる──



 ※ ※ ※

 ※ ※ ※



『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』



 ”核”の一部を喰らった黒エルフの全身が一瞬で樹木と化したかと思うと、その中腹あたりから上半身だけが浮き上がり、虚ろな双眸で耳障りな咆哮を轟かせた。

 突然の事態に騒然となるその場。

 繰り出された無数の枝による鞭が、回避や防御が遅れた面々を弾き飛ばす。


「なんじゃと……っ?」
「これは……っ」


 さしもの偉そうな幼女──白エルフ王も驚きを隠せない様子。
 王の近衛騎士も同様だったが、すぐさま長剣と盾を構え、白エルフ王を庇うように身構える。



『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』



 こうして、魔獣と化した黒エルフと白エルフたちの戦闘が開始される。

 白エルフ族最強の魔導士である王が上級魔法を連発。
 大小さまざまな爆裂が巻き起こり、爆光が瞬き、烈風が吹き荒れ、氷結するも。
 樹木魔獣と化している黒エルフには、それほどの痛打を与えることは出来ていなかった。

 その光景を見据えながら、内通者である白エルフは満足げに笑む。


(やはり、あの”仮説”は正しかったということか)


 これでこの場の戦力を全滅させることができれば、世界樹の暴走は止まらず、その結果として、あのお方の大望が果たされることだろう。


(俺の任務は果たした。あとは、人間を辞めたあいつの働き次第だな)


 先程、黒エルフの最期を主に届けるという約束をしたが、あれば嘘だった。
 現状、ここから無事に逃げ出せることは不可能だからである。

 元々が初めから死を覚悟しての任務であり。
 いまさら死ぬことに恐れはないが……


(悔いがあるとすれば、もうあの方のお姿を拝見できないことだろう……)


 あの美しいおみ足に、もう口づけをすることは叶わないと思うと、死にたくなくなってくるが……


(我等の死を糧に、どうか大望を)


 次の瞬間、伸びてきた枝が彼の身体を貫通しており、声もなく絶命していた。
しおりを挟む

処理中です...